文研ブログ

2020年11月11日

メディアの動き 2020年11月11日 (水)

#284 "菅首相の説明は不十分" ~学術会議問題から見えるもの~

放送文化研究所 島田敏男


 9月16日の菅内閣発足以来、「菅さんって苦労人だそうだから安倍さんとは違うんじゃないの?」「いやいや、しょせん番頭役を務めてきたんだから安倍亜流さ」などといったやり取りをした日本人が、いかに多かったことか。

 10月26日、臨時国会が召集され、菅総理大臣は就任後初めての所信表明演説に臨みました。毎年1月にスタートする通常国会での施政方針演説が向こう1年間を展望するのに対し、臨時国会で行う所信表明演説は当面の考えを示すものです。

 とはいえ安倍前総理の急な退陣でバタバタと就任した後、初めてまとまった考えを示す機会です。NHKが欠かさず放送する所信表明の国会中継にも、冒頭のような素朴な興味を湛えた視線が向けられていました。

1111-11.png 所信表明演説には二つの柱がありました。一つは新型コロナウイルスの爆発的な感染を防ぐと同時に、経済を回復させる姿勢を強調したこと。もう一つは脱炭素社会の実現に向けて「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と宣言したことです。

 新型コロナウイルスとの戦いでは、日本は欧米の国々と比べ感染者数も死亡した人の数も比較的低い水準です。最大の問題は経済活動の活発化が感染拡大を招かないかという点です。政府も手探りの状態ですので、演説は決意表明と言わざるを得ません。

 もう一つの「2050年温室効果ガスゼロ宣言」は、パリ協定の枠組みに沿って全力投球しようという国際的なトレンドに乗ったものです。ただ、具体的にどういう方法で実現するかが説得力を持って示されたわけではないので、これも一種の決意表明でしょう。

 前の安倍総理は、どちらかと言えば選挙に役立つ足元のテーマに拘っていた面があります。それを一番近くで見守っていた菅総理が「ここは一つ30年先に話を膨らませて、自分の色を出したい」と考えても不思議ではありません。

 とはいえ敢えて2050年に言及するならば、是非継続的に人口減少に歯止めをかける対策、税と社会保障の新たな一体改革などにも踏み込んでいただきたい。国民が切望しているのは「将来に備える安心づくり」なのですから。

1111-21.png さて、所信表明に対する衆参両院での各党の代表質問、そして予算委員会での一問一答の論戦へと進むにつれ、学術会議が推薦した105人のうち、政府が6人を会員に任命しなかった問題が次第に焦点になってきました。

 菅総理は与党議員の質問を受けて、以前は正式な推薦名簿が提出される前に内閣府の事務局などと学術会議の会長との間で、一定の調整が行われていたことを認めました。しかし、今回は推薦前の調整が働かなかったため、一部が任命に至らなかったのだとして問題は無いという考えを強調しました。

 これに対し野党側は、「なぜ6人だけを任命しなかったのか理由を明らかにすべきだ」と攻め立てましたが、菅総理は「総合的、俯瞰的に判断した」と繰り返し、突っぱねました。

1111-31.png この予算委員会の論戦を受け、11月6日からの3日間、NHK世論調査が行われました。電話による月例世論調査です。

 菅内閣を「支持する」と答えた人が56%、「支持しない」が19%でした。内閣発足直後の9月調査は支持する62%でしたが、10月調査は55%に下がり、今月の数字はこれとほぼ横ばいです。

 支持率を下支えしている要素として見えたのは、新型コロナウイルスを巡る政府の対応への評価です。「評価する」が60%、「評価しない」が35%で、安倍内閣の末期よりも評価する数字が上向いています。

 急速な感染の拡大や重症者の増加が、今のところ何とか抑えられていることが、こうした評価に繋がっていると考えられます。

 では、学術会議問題での菅総理の説明は、どう受け止められているのか?説明は「十分だ」と答えた人が17%にとどまったのに対し、「十分ではない」と答えた人は62%に上りました。

 菅総理は「学術会議の会員任命は公務員人事であり、人事の理由は明らかにしない」と繰り返していますが、これが説明不十分と受け止められているわけです。

 企業や組織で人事権を行使する側の人にとっては菅総理の姿勢は当たり前かもしれませんが、行使される側の人には不透明さを感じさせる面が強いのでしょう。安定した政権運営に欠かせない「総理大臣の持つ説得力」に対する評価が定まっていないのが現状です。

1111-41.png 野党は引き続き学術会議の問題を追及する構えで、自民党のベテラン議員の間からも「長引くと政権の傷になりかねない」と心配するつぶやきが聞こえてきます。

 政府・自民党は会員任命方法の見直しなど、いわゆる学術会議のあり方の検証を進めることにしています。

 ただ、今回の6人の問題が不透明なまま残るとするならば、検証の結果として示される提言などの説得力を損なうことにもなりかねません。

 “より十分な説明を”ーこれが多数の声として続くならば、菅総理はこの声に応えていけるのか。それとも、冷めた眼差しが向けられていく結果になるのでしょうか。