文研ブログ

2020年5月 1日

メディアの動き 2020年05月01日 (金)

#247 「公共放送の在り方に関する検討分科会」始まる~構成員の3人(宍戸常寿氏、西田亮介氏、林秀弥氏)からのコメント~

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

 4月17日、総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」に「公共放送の在り方に関する検討分科会(公共放送分科会)」が立ち上がりました。これまで議論が行われてきたNHKの三位一体改革(業務・受信料・ガバナンス)に加えて、受信料制度のあり方そのものについて議論が始まることになります。
*総務省ホームページ
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/housou_kadai/02ryutsu07_04000232.html

 本ブログでは、NHKに関する現状認識や今後の議論に何を期待するか等について、東京大学大学院の宍戸常寿教授、東京工業大学の西田亮介准教授、名古屋大学大学院の林秀弥教授にコメントを寄せていただきました。実はこのお三方については、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため中止した「文研フォーラム2020」にご登壇いただく予定でした。偶然にもお三方とも公共放送分科会の構成員に就任されたので、これを機にコメントをいただきました。以下、いただいた内容を筆者なりに整理して皆さんと共有したいと思います。

 まず、林氏からは、これまでの常時同時配信を巡るNHKの姿勢について厳しい指摘がありました。林氏は、総務省の電波監理審議会のメンバーであり、NHKが提出した「インターネット活用業務実施基準」の案が、総務大臣が認可をするのに適当かどうかを議論、判断する立場にあります。
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NHKの常時同時配信には、これまで一定の「ニーズ」がある、という言い方をされてきたかと思いますが、「ニーズ」をいうだけではだけでは私は少し弱いと思います。なぜ公共放送として、常時同時配信で提供したいのかという、理念的なところを国民視聴者にもっと訴えかける必要があったのではないかと思っています。(中略)常時同時配信はすでに走り出したわけですが、なぜNHKがやりたいと考えたのか、なぜやる必要があるのか、なぜ社会の役に立つのか、ということをもっと発信をしてほしいと思います。これは、常時同時配信に限らず、NHKの業務全般についていえることと存じます。NHKの説明責任といえばそれまでかもしれませんが、NHKは公共放送として、政治からも経済からも独立して国民みんなが支えるものという共通認識のもとに存在していると思いますので、通常の民間企業や公益企業以上に高いレベルの説明責任が課されていると思います。」



 政治とメディア、ジャーナリズムについて研究し、民放やネットメディアでも積極的に言論活動を行っている西田氏は、NHKに対しては以下のような現状認識をお持ちでした。
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「あるべき公共放送の姿やビジョンが明確にならないことには、公共放送の適正規模や適正な受信料も明確になりにくい。ただし注意したいのは、インターネット、スマホ、SNSの普及等、メディア環境は近年大きく変化している一方で、幾つかの理由でNHKの役割は減じていないどころか信頼される、質の高いコンテンツの提供者という意味では却って重要性を増しているようにも思える点である。(中略)実際、幾つかの調査を見ても、国民のNHKに対する信頼も総じて高い。厳密に実証されているとまではいえないが、その信頼は放送か、ネットかで分けられるものではなく、NHK全般に係るものと見なすことができるのではないか。そうであれば公共放送のあり方は、より広いコンテンツレイヤー全般に位置する「公共メディア」のあり方とあわせて考えていくことが好ましいようにも思えてくる。」

 
 諸課題検が開始した2015年の当初から構成員としてNHKを巡る議論に関わってきた宍戸氏は、今後の議論に臨むにあたり、受信料を負担する立場の国民・視聴者、そしてNHK議論について報じるメディアに対して以下のように訴えました。
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 まず国民・視聴者に対しては「メディア不信の矛先がNHKに集中的に向けられることもあるが、メディアの多元性が私たちの知る権利の実現や情報環境にとって決定的に重要であり、そのための仕組みである受信料制度について、国民・視聴者の側に、より深い理解が必要だと思う。」
報じるメディアに対しては「この間、NHKに対して「肥大化」という批判がされてきた。しかし、諸課題検で繰り返し指摘したように、何がNHKの適正規模かというベースがないままの「肥大化」批判は、あまりにも粗雑である。NHK改革を巡る記事には、依然として、「肥大化」という表現が踊っているように思われるので、改めて、報道に携わる方々に対しては、この点を強く訴えたい。」

 



 
受信料制度についても伺いました。宍戸氏は、「NHKを巡る議論には、一方に極端な廃止や全面スクランブル化論があり、他方にいわゆるドイツ型の全世帯受信料のような議論があるが、そもそも比較対象に挙げられる国や社会の文脈で公共放送が果たしている役割を具体的に踏まえた上で」議論すべきとし、NHKにとってはこれまでの方法を抜本的に見直すことになるような以下の問題提起を行いました。NHKがその公共放送としての役割を果たすために必要なチャンネル数という観点から、地上契約と衛星契約の二本立てをこのまま維持するのかどうか、2K減波やネットでの同時送信を含めて、契約の一本化やそれに伴う受信料額の引き下げと、全世帯が衛星放送を見られるための措置を検討してもよいのではないか。」

  競争政策がご専門の林氏は、「一部で主張されているNHKのスクランブル放送化は、有料放送市場における競争を措定するものですが、公共放送に求められている役割は、他の競争事業者と受信契約者を奪い合うという同一次元のゼロサム的な競争状態の創出ではなく、それとは異次元の競争概念ではないか、と思います。公共放送のあり方を論じるときには、経済的競争ではなくいわば「ジャーナリズム上の競争」を念頭に置く必要があると思います。その上で、民放とNHKが切磋琢磨していってほしいと思います」と述べています。

  確かに、NHKと民放による“ジャーナリズム上の競争”は、国民・視聴者の知る権利の充足のためにも不可欠だと筆者も考えます。ただ西田氏は、新聞社や民放各社はコストカットに注力しており、「将来的に現在のマスコミ各社の取材網や、コストがペイしにくい報道、ドキュメンタリー、教育番組等の制作、提供が現在の水準で維持できるのかは必ずしも自明ではない」とした上で、NHKに以下のような連携のあり方を問題提起しました「中長期のコンテンツの有効活用という観点でいえば、新聞業界における通信社のような役割についてもひとつ参考にできるのではないか。例えば民放各局の情報番組の制作現場では、データベースに保存、更新される自社等の記事、映像を組み合わせ、演出しながら、番組を制作している。もしNHKが民放各社、ネット企業等にも強力なネットワークで取材する記事、映像を提供するようになれば、利用可能な選択肢が増加し各社のコンテンツ制作力もいっそう豊かになるかもしれないし、より強みを特化させていけるかもしれない。NHKと民放、民間企業の連携のあり方として考えてみても面白いのではないか。」
大胆な問題提起ですが、NHKの取材した素材や制作したコンテンツ、アーカイブのオープン化については、公共放送の今後の役割として、この分科会の主要な論点になると筆者も考えています。

 林氏と宍戸氏は、NHKの今後のあり方について考えるということは同時に二元体制の一翼である民放の公共性について考えることでもあると述べています。
 林氏は「私は、公共放送にいう「公共」は、「主体」の公共性だけでなく、「役務」の公共性でもあるべきだと思っています。三位一体改革や受信料制度をはじめとする議論は、主に、公共放送の「主体」としてのNHKのあり方に関する議論でしたが、「役務」の公共性論についても議論が必要だと思います(もちろん番組編集の自主自律を前提にした話ではあります。)。そもそも、NHKと民間放送とは役務の性質という点では共通するわけで、二元体制の下では、NHKと民放の併存によって両者が車の両輪となって公共の福祉に寄与しており、その意味では、NHKのみを公共放送と呼ぶことはその意味ではある意味ミスリーディングではないかと思っております。NHKと民放が同種の役務を提供する中で、にもかかわらずそれでもやはり、NHKにしかできない公共放送の内容や役割は何か、という観点に立ち返って、NHKは放送に臨んでおられると思いますし、今後ともそうであってほしいと思います。」
 
宍戸氏は、放送の公共性を担う民放に期待することとして「今後は、民間放送が現在のメディア環境において、自らの活動の方向性を示し、それとの相関関係でNHKの業務の制限・縮小や、逆にNHKの協力を求めるというのが、健全な議論のあり方であると思われる。そうでなければ、放送制度と放送事業の総体が、人口・世帯減少とテレビ離れの中で、共倒れしていくことになるのではないか、危惧している」と述べています。

 お三方に共通していたのは、この分科会で公共放送とは何か、放送の公共性とは何かという本質的な議論をすべきだと考えていることでした。
「日本の放送制度の根本的問題に常に立ち返りながら各論を議論することが必要(宍戸氏)」
「そもそも論として「現代の公共放送はいかにあるべきか/いかなるものか」を問い直す必要があるのではないか(西田氏)」
「放送の根源的価値に根差した骨太の議論を期待します(林氏)」

 分科会の第一回では、これまでのNHKの三位一体改革の議論を基に、総務省がNHKの現状と課題をまとめた89ページにも及ぶ資料が公開されました。NHKの今後のあり方については、出来る限り国民、視聴者に関心を持ってもらい、開かれた議論をしていかなければならないと思っていますので、その資料を筆者なりに整理した一覧表を作成しました。本ブログで共有しておきます。ここに挙げられた17に及ぶ論点についてどのような優先順位で議論していくべきか、抜け落ちている論点はないか、お三方の指摘のような本質的な議論にどこまで迫っていけるのか。今後も引き続き取材すると共に、本ブログでも積極的に発信していきたいと思います。

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