文研ブログ

2020年2月 4日

文研フォーラム 2020年02月04日 (火)

#232 放送アーカイブが生み出す新たな価値を求めて

メディア研究部(メディア動向)大髙 崇

イギリス人アーティストのイアン・ベリー(Ian Berry)の作品をご存知でしょうか?
地下鉄、バーなどの都会的な情景画や、アイルトン・セナの肖像画。ブルーの世界に彩られた油絵のような質感ですが、近づいてよーく見ると・・・
実はデニム(ジーンズ)の生地を貼り合わせた「切り絵」なのです。デニムの様々な青・黒・白の濃淡だけでリアリティたっぷりに表現されている傑作ぞろい。

イアンは、自分がもう履かなくなったたくさんのデニムを見て「捨ててしまうのはもったいない」と思ったのが、創作を始めたきっかけだと語ったそうです。
衣服としての役割を終えたデニムがアーティストの感性を刺激して、絵画の素材という意外な形で新たな光があたったわけです。

お見事!!
こんな風にNHKアーカイブスが保存する100万本の過去番組にも新たな光をバンバンあてたい!
その思いで文研フォーラム2020に臨みます!(^O^)♪
3月5日午前10時からのプログラムC 「NHKアーカイブスに公共メディアの価値を探る」では、過去番組をNHK以外の専門家や研究者の視点から活用する事例を紹介します。

●大学などの研究者の方々にアーカイブスの番組を視聴して論文を書いていただく「学術利用トライアル」での研究成果を発表。「ドキュメント72時間」やNスぺ「人体」シリーズ、「歌舞伎の舞台映像」の昔と今を分析した結果、意外な発見が続々と…!

 ootaka001.png

●認知症ケアの専門家の方々との連携で生まれた「回想法ライブラリー」を徹底解剖。
むかしの思い出を語り合うことで脳が活性化する効果が期待される認知症の心理療法に、NHKアーカイブスが一役買っています。古い映像のリノベーション成功事例です!

 ootaka002.png

過去の番組は、たくさんの人の感性を刺激することでしょう。
そして、放送とは違った、意外な形で新たな光があたることでしょう。

 「デニムを絵画に活用しよう」のような発想には、たくさんの方々とのコラボが必要です。みなさん、ぜひ語り合いましょう!

 文研フォーラムの詳細はこちらから↓
 bnr_forum_l.png

文研フォーラム 2020年02月04日 (火)

#231 デジタル・ディスラプション?デジタル・トランスフォーメーション?

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

あまり聞きなれない2つのキーワードをタイトルにしました。この2つ、皆さんはご存じですか?ディスラプションとは「破壊」、トランスフォーメーションとは「変化・変質」という意味です。

 イギリスの通信社ロイターの研究所とオックスフォード大学が毎年出しているリポートJournalism, Media, and Technology Trends and Predictions 2020」が今年も1月に発表されたのですが、その冒頭のサマリーには、「この10年でモバイルとSNSによって既存メディア産業が大きく“破壊”された」と書かれています(図1)。モバイルとSNS、まさにデジタルによるディスラプションですね。

    (図1)
  0204001.JPG
      出典:「Journalism, Media, and Technology Trends and Predictions 2020」

  では、こうしたデジタル・ディスラプションは日本でも起きているのでしょうか。
図2は民放連研究所が行なった「媒体別広告費の中期予測」です。2025年に向けて、テレビ(地上波)はインターネットに大きく水を開けられると予測しています。昨年11月末に民放連研究所が主催した「ローカルテレビ経営研究会」でも、所長の木村幹夫氏は「ネットがテレビに代わるリーチメディアになるディスラプションは当分起こりそうにないが、そのことへの備えは今から必要だ」と指摘しました。

  (図2)
0204002.jpg
           出典:民放連研究所 (民放経営四季報2019夏)

 一方、広告収入ではなく受信料収入で成り立つ公共放送はどうでしょうか。ここ数年、欧州では公共放送のあり方や受信料制度を巡って様々な議論や、実際に制度改革が行われています。欧州も日本と同様、テレビ端末を持つ世帯が受信料を支払い、公共放送を支えるという制度を運用する国が多数です(2013年にテレビ端末の有無に関わらず個人が負担する制度に変えたドイツを除く)。しかしスウェーデンでは2019年に受信料制度が廃止されてドイツと同じ制度に、デンマークは同じく2019年から段階的に公共放送の予算が受信料から政府交付金へと移行することになり、それに伴ってチャンネル数の大幅削減も行なわれました。去年末にはイギリスでも、受信料未払いに対する刑事罰の廃止が検討されていると報じられています。OTTによる多様な動画配信サービスの充実によって、公共放送のサービスや価格、制度が相対化され、これまでのようなあり方でいいのかという問いが投げかけられているのだと思います。
 日本でも、総務省「放送を巡る諸課題に関する検討会」では、NHKに対して、業務・受信料・ガバナンスの三位一体改革の必要性が繰り返されています。また、「NHKから国民を守る党」が活動を続けるなど、NHKには国民からの厳しい目も注がれています。ただ、公共放送を取り巻く変革のうねりは、日本固有の問題ではなく世界的な潮流といえるでしょう。

  こうした状況にどのように対応していくか。それが、冒頭にもう1つあげたキーワード、デジタル・トランスフォーメーションです。放送波だけでなくネットでも、テレビ端末だけでなくモバイルにも、番組や情報をどう提供していくか、そのためのビジネスモデルの変革や法制度の改革をどのように進めていくのか…等々。他の事業と異なり、地上放送業界は、テレビ端末の上に限られた局だけがチャンネルを持つことを許されてきた、いわば“一艘の船”。NHKと民放の二元体制、在京キー局とローカル局のネットワークモデル、広告代理店主導の強固なビジネスモデル等、この船を支えるこれらの“骨組み”はあまりに複雑に絡み合い、また多様な立場の多数の“乗組員”がいて、羅針盤を描ける人がいない状態が続いています。図3には、現在、私が取材を通じて感じている変革に向けた課題の主なものを挙げてみました。もちろんこれ以外にも挙げればきりがないですが…。

 (図3)
 0204004.jpg

  しっかりした取材基盤を持ち、確かな情報を伝え、社会でいま何を考え、解決していくべきか、絶えず問題提起し続けるメディアの機能は、フェイクニュースが氾濫しフィルターバブルの問題が指摘されるインターネットが中心となる言論社会にとって、また、人口減少や少子高齢化で課題が増大する地域社会にとって、これまで以上に重要になってくると思います。その機能の重要な担い手として、これまで一世紀近く続いてきた地上放送は、時代の変化に応じた変革を行うことが果たして可能なのでしょうか。

 こうしたことを考えるために、3月6日、「NHK文研フォーラム2020」では「これからの“放送”はどこに向かうのか? 本質的な論点に向き合うために」と題したシンポジウムを行います。アカデミックな視点から、今後の放送やメディアを考えるための糸口をさぐれればと思っています。

 文研フォーラムの詳細はこちらから↓
bnr_forum_l.png