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2019年9月13日

メディアの動き 2019年09月13日 (金)

#207 誤情報・虚偽情報の打ち消し報道でマスメディアが注意すべきこと

メディア研究部(メディア動向)福長秀彦


いつの時代でも、どんな社会であっても、事実の裏づけのない怪しげな情報が出回るものです。でも、今はそれがインターネットのサイトやSNSによって瞬時に、爆発的に拡散してしまいます。怪しげな情報の中には、人びとの安全や健康、民主主義社会の健全な世論形成を損なうおそれのある誤情報(間違い)や虚偽情報(ウソ)が含まれていることがあります。
マスメディアは強力な取材力と情報伝達力をもっていますから、怪しげな情報の真偽を迅速に確認して、公益を害する誤情報・虚偽情報の拡散を抑制する役割があると考えます。マスメディアが誤情報・虚偽情報を否定し、それらに惑わされたり、拡散したりしないよう呼びかける「打消し報道」を行う際に、注意すべき事柄や課題を『放送研究と調査』8月号にまとめてみました。

打ち消し報道の例(2018年6月「大阪府北部の地震」
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   (注)2018年6月18日NHK「ニュース シブ5時」の放送画面


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①正確な情報は拡散力が弱い
打ち消し報道の内容は誤情報・虚偽情報と比べると「新奇性」に欠けるので、拡散力が弱いと考えられます。そこで、打ち消し報道はできるだけ繰り返し行う必要があると思います。
②タイミングを見計らう必要がある
誤情報・虚偽情報が拡散していないのに打ち消し報道をすると、まだ知らない人にまでそれらを伝え、新奇性の強い誤情報・虚偽情報の中身だけが独り歩きしてしまうおそれもあります。
③打ち消し報道への抵抗・反発もある
人びとが信じ、あるいは信じたいと思っていることを否定し、他の人に伝えたいと思う気持ちにブレーキをかけると、抵抗や反発を招くことがあります。そうした受け手の心理に配慮することが必要でしょう。
④「流言」のすべてが誤情報とは限らない
流言とは揣摩臆測による根拠のない情報が、人びとの不安や怒りなどの感情によって拡散するものです。多くは事実に反する誤情報ですが、中には事実と間違いが混然となったものもあります。その場合「デマ」という言葉で一括りにして表現すると、すべてを事実無根、ウソと決めつけてしまうことになるので、注意が必要です。
⑤偽動画は巧妙化するおそれがある
偽動画はAIの機械学習などの手法を悪用して、ますます巧妙化するおそれがあると言われています。アメリカでは既にメディアや大学などが偽動画を見分ける技術の研究を行っていますが、日本国内でも今後は巧妙な偽動画が出回る可能性があります。
⑥放送の特性に配慮する
テレビやラジオで打ち消し報道を見聞きしても、聞き逃しや聞き間違い、早合点をしてしまうこともあります。放送画面からネット上などの打ち消し情報(活字・図表)に随時アクセスできれば便利だと思います。

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打ち消し報道をしても、人びとの信頼が得られなければ、誤情報・虚偽情報の拡散抑制はおぼつかないでしょう。
災害時に拡散する誤情報・虚偽情報の打ち消し報道は、人びとの命や安全を守るという目的が分かりやすいので、比較的受け入れられやすいのではないかと思います。緊急時で人びとが強い不安や恐怖感を抱いているときには、あまり信頼していないテレビ局であっても、また信じたい情報を否定する報道であっても、マスメディアの取材力と専門性を“とりあえず方便で”信頼してみようかという心理が働くことが考えられます。
一方、政治や外交、歴史といった分野の誤情報・虚偽情報の打ち消し報道をする目的は、客観的な事実に基づく衆議によって最適解を導き出す民主主義のプロセスを守ることですが、これは人びとにとってそれほど分かりやすいものではないでしょう。誤情報・虚偽情報が何らかの主義・主張、党派的選好と結びついていると、打ち消し報道が特定の言論を正当化するために行われていると曲解されるおそれがあります。
打ち消し報道の対象を選ぶときには、どうしても記者の価値判断が入ります。だからこそ、打ち消し報道の「公益性」を如何にクリアに説明するかが追求されなければならないと考えます。