文研ブログ

2017年1月20日

おススメの1本 2017年01月20日 (金)

#61 「切迫性を伝え切る」ってどういうこと?

メディア研究部(メディア動向) 福長秀彦

 おととし9月の鬼怒川の氾濫では、多くの人が濁流の中に取り残され、約4,200人がヘリやゴムボートで救助されました。住民に「切迫性を伝え切れなかった」ことが防災上の反省点の一つとされています。切迫性を伝え切れなかったのは何故か?このことをずっと考えてきました。

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 鬼怒川の氾濫から2カ月近くが経ったおととし11月、堤防が決壊した常総市上三坂地区を訪れ、住民の方々から話を伺いました。堤防から溢れた水の流れがいつの間にか激しく波打ち、渦を巻くような様相に変わっていたこと、堤防の上で決壊の瞬間を目撃し、慌てて逃げようとしたものの、濁流に呑みこまれてしまったことなど、衝撃的な話を数多く聞きました。住民の多くは、まさか自宅近くの堤防が決壊するとは思ってもいませんでした。

 堤防が決壊した原因は、川の水が堤防を乗り越えて(越水)住宅地側の土手をえぐり崩していく越水破堤が起きたためでした。越水したからといって、必ずしも堤防が決壊するとは限りませんが、越水すれば決壊の危険性が増すことになります。堤防決壊で一番多いのが、この越水破堤です。これらは河川工学や災害の専門家にとっては当たり前のことですが、一般の人びとにとっても常識と言えるでしょうか?私は越水破堤のことは全く知りませんでした。

 私が抱いた素朴な疑問は「越水すれば決壊の危険性が増すことを住民は知らされていたのだろうか」でした。「堤防が決壊するまで人びとがその危険に気づかないのはまずい。切迫性を伝えるのであれば、最悪のリスクを知ってもらう必要がある」と思いました。こうした疑問と考えを出発点に最初に書いたのが、鬼怒川の越水破堤を対象にした事例研究「堤防決壊と緊急時コミュニケーション」(「放送研究と調査」(2016年2月号)に掲載)です。

 川沿いなどで浸水のおそれがある地域では、越水する前に立ち退き避難することが最も重要なのですが、過去の水害をみると、越水しても逃げない人が多いのが現実です。中には越水の様子を見に行ったりする人もいます。ですから、越水から決壊までの限られた時間に、人びとに決壊の危険性を伝え、近くの頑丈な建物の2階以上に上がることなど適切に身を守るよう呼びかけることも、切迫性を伝える上で重要だと思います。

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 鬼怒川の事例では、越水から決壊まで1時間40分のタイムラグがありましたが、そもそも、一般的にタイムラグはどの位あるのでしょうか?鬼怒川の氾濫の後、国土交通省は越水しても決壊しにくい構造に堤防を補強する危機管理型ハード対策の導入を進めていますが、これによってどの位タイムラグを引き延ばすことができるのでしょうか?タイムラグを生かして切迫性を伝え切るために、情報はどうあるべきなのでしょうか?こうした疑問をもとに続編として書き上げたのが「越水破堤のタイムラグと緊急時コミュニケーション」で、「放送調査と研究」の最新号(2017年1月号)に掲載されています。

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 私はNHK報道のOBで、テレビニュースのエディター(編集責任者)をしていたことがあります。台風や低気圧が接近して重大な災害が起きるおそれがあるときには番組を中断して特設ニュースを長時間・繰り返し放送し、警報や洪水予報などを伝えてきましたが、早めに避難しないで被災してしまう方々も多く、切迫性を伝えることの難しさをいつも痛感していました。文研で緊急時コミュニケーションの研究をするようになったのも、そのためです。
 「切迫性を伝え切る」ことについて、今後も私なりに考えていきたいと思っています。