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おススメの1本

おススメの1本 2019年04月19日 (金)

#181 平成時代の「放送研究」あれこれ ~放送文化研究所・30年間の論文から~ ①「報道リポートを考える」(平成元年)

メディア研究部(メディア動向) 柳澤伊佐男


間もなく「平成」という時代が終わります。この30年の放送の歩みを振り返ってみますと、衛星(BS)放送の開始に伴う多メディア・チャンネル化、デジタル化、インターネットの発達による放送と通信の融合など、めまぐるしく変化したことがわかります。そうした「平成」時代の放送界の動きについて、NHK放送文化研究所(文研)はどう向き合ってきたのでしょうか。

そのような動機から、文研が平成の30年間に手掛けた調査研究について、毎月発行している『放送研究と調査』に発表された論文・リポート等から振り返ってみました。その中には、研究の内容がユニークなものも少なくありません。何がユニークなのかは、「独断と偏見」になってしまいますが、そのいくつかを、このブログの場でご紹介したいと思います。まずは、平成元年の論文「シリーズ・報道リポートを考える」です。

この論文は、同年(1989年)の『放送研究と調査』1月号から7月号にかけて、6回にわたって連載されました。この論文が出る前年の11月号に「報道リポートを考える 新しいニュース表現の可能性を求めて」という座談会の記事が掲載されています。この時の座談会で提起された問題が6回にわたる論文の柱になっています。タイトルを見ますと、1回目が「字から入る習性をやめる」、2回目が「事実のみを語る」、3回目が「取材力と常とう表現」、以降、「『ニュース』のスタイル」「『リポート』のスタイル」、最終回が「『リポート』のことば」となっています。この論文をベースにしたものが、のちに1冊の本になっています(松岡由綺雄『ニュースよ 日本語で語ってほしい ~放送文章入門~』平成4年)

 
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この論文の発表当時、私は記者生活2年目でした。取材、原稿もちろんですが、話して伝えるリポートにも苦しんでいました。事案の本筋を伝える「本記」原稿とともに、意義や課題を提起する「リポート」原稿を作るのですが、原形をとどめることがないほど、デスクに直されていました。いくら「話し言葉でわかりやすく」伝えようと思っても、デスクに直された原稿を読み上げるだけの「内容が伝わらない」リポートになっていたようです。

この論文の発表から30年、NHKをはじめとするテレビでの「ニュースリポート」はどう変わったでしょうか。画面を見る限り、アナウンサーのようによどみない言葉で報告を行う記者・リポーターが多いようです。感覚的なものかもしれませんが、「しゃべり」の能力は、全体的にあがっているようです。では、伝える内容については、どうでしょうか。今回取り上げた論文では「取材力の甘さを話のうまさでカバーしてはいけない」と戒めています。私自身の反省を込めて、この言葉を後輩の記者・リポーターに伝えたいと思います。

※今回紹介した論文をご覧になりたい場合は、国会図書館やお住まいの都道府県立の図書館のサイト等で検索・確認していただくか、NHK放送博物館(東京都港区愛宕2-1-1)で、ご覧いただけます。

おススメの1本 2019年03月26日 (火)

#177 「北海道胆振東部地震」で拡散した流言

メディア研究部(メディア動向)  福長秀彦

フェイクニュースや流言、デマの研究をしています。去年9月6日の「北海道胆振東部地震」でも数多くの「流言」が飛び交いました。その事例研究を『放送研究と調査』2019年2月号に書きました。

流言とは、推測による根拠のない情報が、人びとの不安や恐怖、怒りなどの感情によって拡散するものです。流言のほとんどは誤報ないしは著しく不正確な情報です。

北海道胆振東部地震で発生した流言は、「全域で断水する」「○○地域でこれから断水する」「○○時から断水する」(札幌市や旭川市、帯広市、小樽市など12市町)、「8日に本震が起きる」、「苫小牧で地鳴りがしているので大地震が起きる」などで、Twitter上で拡散しているのが確認されました。

北海道胆振東部地震による土砂崩れを伝えるNHKニュース(9月6日放送)
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(注)画面逆L字の一部を割愛


「小樽 断水」のキーワードでTwitterの投稿を検索してみると、地震発生の直後には、水を貯めておくなどの用心を呼びかけるツイートが多く、「これから断水する」という投稿は見当たりませんでした。ところが、しばらくすると「断水するらしい」という推測形、さらに時間が経つと「10時半から断水する」という確定的な表現の投稿が現れました。もちろん、いずれも事実無根です。

「8日に本震」のキーワード検索で最初に現れたツイートは、“熊本地震や東日本大震災のように、2日後に本震が起きなければいいが”と単に心配した投稿でした。しかし、このあとすぐに「8日に本震くるの?」という疑問形、「8日に本震くるかもしれない」という推測形のツイートが次々と現れました。また、それらに交じって「怖い」という恐怖感を訴える投稿が多数ありました。SNSは文字で伝えられるので、口伝てに比べて流言が変容しにくいとされていますが、トーンが次第に強くなっていく傾向が窺えました。

自治体やNHKなどのメディアがSNSで発信した、流言を否定する情報には流言の拡散を抑制する効果がありました。否定情報がTwitter上で伝播してゆくスピードは、「8日に本震」「苫小牧で地鳴り」など恐怖感情の強い流言ほど早い傾向が見られました。

放送の逆L字画面に二次元コード貼り付け
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(注)NHK総合テレビ9月6日の放送画面に加筆


北海道胆振東部地震では、大規模停電によって多くの人びとが長時間にわたってテレビから情報を得ることができませんでした。先行研究によると、流言の拡散を抑制する基本は、「正確な情報を十分に伝え、情報の曖昧さをなくすこと」とされています。

NHKはテレビ・ラジオの放送をインターネットで同時配信するとともに、ライフライン情報などのきめ細かなコンテンツをウェブサイトやスマホのアプリでも提供しました。Twitterのツイートにそれらへのリンクを貼ったり、北海道以外の人たちが札幌放送局のウェブサイトにアクセスして、詳しい情報を道内の人たちに伝えることができるようにと、全国放送のテレビ画面に二次元コードを貼り付けたりしました。

北海道胆振東部地震は、ネット時代の流言の拡散抑制を考えるうえからも、重大な災害であると思います。

 

おススメの1本 2019年03月08日 (金)

#174  時代とともに変化する"子どもとメディア"をめぐる研究

メディア研究部(番組研究) 小平さち子


40年前に、私が“子どもとメディア”の研究に関わり始めた時、人々の注目を集めていたメディアは、圧倒的にテレビでした。当時は、NHKだけでなく、民放各局も、子ども向け番組を多数放送しており、親たちの間でも、研究者の間でも、子どものテレビ視聴時間や番組内容に対する関心が高かったのです。

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現在はどうでしょうか。テレビは子どもたちの生活時間の中で、相変わらず大きなウェイトを占めていますが、関心の対象は変化しているようです。スマートフォンを手放すことができない子どもを心配する親、スマートフォンを目にした2歳児に、お気に入りの動画をせがまれる親・・・・・・。学校に目を向けると、タブレット端末の授業への導入が進む中で、先生たちは新たな対応を求められる等、社会に広まった新しいメディアに対する関心が高まっています。

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このように、子どもを取り巻くメディア環境は大きく変化していますが、インターネットの本格的な普及が始まった2000年以降に注目して、文研の他、政府機関や民間の研究所、大学の研究室等で実施された“子どもとメディア”をめぐる多様な調査研究事例に目を通して、この時期の研究動向の特徴を整理してみました。

その結果、「スマートフォンやタブレット端末等新たに登場したメディアを取り上げる研究の増加」「乳幼児を対象とする研究の増加」「メディアの影響分析における、量的側面だけでなく、番組・コンテンツの内容や描写といった質的側面を重視する傾向」「研究成果を授業・保育・保護者の啓蒙等の教育プログラムに反映させる枠組みを意識した研究の重視傾向」等が明らかになりました。

詳細については、“子どもとメディア”をめぐる研究に関する一考察 ~2000年以降の研究動向を中心に~『放送研究と調査』2019年2月号に掲載)をご一読ください。

本稿の前段となる、テレビ放送開始の1953年から2000年までの時期の研究動向については、子どもとテレビ研究・50年の軌跡と考察: 今後の研究と議論の展開のためにと題して、『NHK放送文化研究所年報』47集(2003年1月発行)に発表しています。“子どもとメディア”の研究に関心をお持ちの方は、こちらも併せてお読みいただき、今後の研究の発展に役立てていただければ幸いです。

 

おススメの1本 2019年01月11日 (金)

#162 今年は教育テレビ(Eテレ)60年

メディア研究部(番組研究) 宇治橋祐之


昨日、1月10日、NHK教育テレビ(Eテレ)放送開始60年、人間でいえば還暦にあたる、一つの節目を迎えました。

現在はEテレという愛称が定着し、子ども番組から、学校放送番組、語学番組や趣味実用番組、福祉番組や教養番組と多種多様な番組を放送していますが、開局当初は文字どおり「教育」のためのチャンネルとして開局しました。

1953年にテレビ放送が始まると、高度経済成長にあわせて、多くの人がテレビを購入するようになり、日本テレビ(1953年)、TBS(1955年)と開局が続きます。その一方で、評論家の大宅壮一による「一億総白痴化」という言葉に代表されるように、テレビに対する批判も生まれてきました。

そこで教育専門チャンネルを作ろうという機運が高まり、1959年にNHK教育テレビ、民放では同じ1959年に日本教育テレビ(現 テレビ朝日)、1964年に日本科学技術振興財団テレビ(現 テレビ東京)と、教育専門局が3つ誕生します。

しかし、民放の教育専門チャンネルは財政の事情などから総合番組局に移行、現在はNHK教育テレビだけになりました。

教育テレビ60年の特に最初の20年は、学校放送番組が中心でした。写真は1950年代の小学校の様子ですが、朝9時から午後3時過ぎまで、理科や社会などの番組が放送されます。

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この頃、「おかあさんといっしょ」をはじめとする子ども向けの番組は、すべて総合テレビで放送されていました。まさに「教育」のためのチャンネルだったのです。

その後の教育テレビは、時代の要請にも応えながら、他のテレビ局とは一味違う、番組編成を続けます。子どもから高齢者まで、それぞれの世代にターゲットを合わせた番組が増え、インターネット展開も積極的に進めています。現在は「みつかるEテレ」として、“こどもからおとなまで。いくつになっても、みつかる。「使える!」から「おもしろい!」まで。どんな「!」も、みつかる。”をキャッチフレーズにしています。

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教育テレビからEテレにいたる60年にどんな歴史があったのか? NHKが毎年策定・公表している「国内放送番組編集の基本計画」という少し硬い文章と、今年もEテレ60として放送される周年記念番組の出演者や内容から、読み解きました。

「教育テレビ60年 生涯学習波への広がりとインターネット展開」『放送研究と調査』2019年1月号


おススメの1本 2018年12月28日 (金)

#161 新しい時代の"学び"とは・・・

メディア研究部(メディア動向) 谷 卓生

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ことしの秋から初冬にかけて、私は、
「教育×テクノロジー」系のイベントやシンポジウムなど1)をいくつか取材した(上の写真はそれらの様子)。そこには、学校関係者や行政、産業界の人などさまざまなひとたちが参加していたが、話されていたことを煎じ詰めれば、次の一言につきると感じる。

 「教育」(Education)から「学び」(Learning)へ

振り返れば、こうした指摘は、ずいぶん前からされてはいた。しかし、「21世紀型スキル」(コミュニケーション能力や課題発見力、創造力など)や「生涯にわたって学び続ける力」を身につける必要があると言われている中で、既存の学校制度や教育制度が、そこに十分に対応できていないことが誰の目にも明らかになり、一方、インターネットやAIなどのテクノロジーの進歩が、そうした能力を身につける“新たな学び”を可能にする上で大いに役立っているということで、具体的な事例をもって、「教育から学びへ」ということが語られるようになっているのだと思う。すでに、学校に行かなくても、教師がいなくても、自由に、主体的に学べる環境はできつつある。ある通信高校の関係者に話を聞いたところ、勉強は嫌いじゃないけど、「学校」という束縛が嫌で、ネットで授業を受けたり、部活や趣味、仕事をできたりするということで通信制を選ぶ生徒も普通にいるという。「選択肢」は増えたほうが、きっといいに違いない。

現在の学校制度の行き詰まりを強く感じたケースは他にもあった。
去年に続いて今年の夏も、NHKでは、新学期を前に憂うつな気持ちや不安を抱える10代の若者たちの声に耳を傾けるキャンペーン「#8月31日の夜に」を行った。2)
私は、2年目を迎えたキャンペーンを検証するため、8月31日の放送を見たり、ネットへの投稿を読んだりしたが、出演者の発言や書き込みの多くに、「嫌なら、学校になんか行かなくていい」「ずっと学校に通うわけではない。いつか卒業する日が来るからがんばって・・・」等々とあった。膨大な数の“学校へのダメ出し”が行われている、というのが率直な感想だった。

じゃあ、どうすればいいのか。学ぶ者の自主性を生かし、能力に応じて、学年や教科の壁などを越えた学びが実現すれば、子どもや生徒の目はもっと輝くのではないか。上記のイベントなどでもそうしたことが指摘されていた。「その一助になりたい」「学びの好奇心に火をつけたい」ということで、当研究所でも「VRやARを使った学びのコンテンツ」3)の開発をめざして、NHK放送技術研究所や外部のクリエイター・研究者といっしょに調査を進めている。VRなどのテクノロジーは、インタラクティブで、自主的に学べるコンテンツ作りに有用で、これまでのように「情報」を伝えるだけでなく、「体験」をも伝えることが可能になると期待されている。「体験を通じた、豊かな学び」の時代が来るのは、そう遠いことではないのだと思う。 

平成最後のお正月”に、新しい時代の学びについて、妄想をたくましくしたい!


1)
Edvation×Summit 2018 (https://www.edvationxsummit.jp/)
  SFC OPEN RESEARCH FORUM 2018(https://orf.sfc.keio.ac.jp/2018/)
  他にも、「超教育展」(http://lot.or.jp/wp/project/545/)や「eラーニングアワード2018フォーラム」(http://www.elearningawards.jp/)などが行われた。

2)キャンペーン「#8月31日の夜に」については、『放送研究と調査』(2018年12月号)「2年目の「#8月31日の夜に。」~“公共メディアによるキャンペーン”の可能性~」をご覧ください。


3)VR=Virtual Reality :仮想現実
  AR=Argumented Reality:拡張現実

おススメの1本 2018年11月30日 (金)

#156 大阪府北部の地震で飛び交った流言・虚偽情報

メディア研究部(メディア動向) 福長秀彦


2018年は「大阪府北部の地震」(6月)、「西日本豪雨」(7月)、「北海道胆振東部地震」(9月)と大きな災害が続きました。そのたびに、事実の裏づけがない情報が飛び交いました。
このうち大阪府北部の事例を『放送研究と調査』11月号で分析しました。
事実の裏づけがない情報は、「デマ」と総称されていますが、厳密に言うと、思い込みや疑いなどによる根拠のない情報が人びとの動揺や不安などによって拡散するのが「流言」、誹謗ひぼう中傷など悪意のウソによる虚偽情報が「デマ」と定義されています。流言にはデマのよぅな作為性はないとされています。

大阪府北部の地震では、「京阪(電鉄)の電車が脱線」、「京セラドーム大阪の屋上に亀裂」、「シマウマ脱走」などの事実無根の情報が拡散しているのがTwitter上で確認されました。

 京セラドーム大阪
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(注)2018年8月10日に筆者撮影

「京阪脱線」のキーワードでTwitterの投稿を検索してみると(Yahoo!リアルタイム検索等を使用)、地震が発生した直後に投稿されたツイートは「脱線するかと思った」「脱線したかと思った」というものでした。ところが、しばらくすると「脱線したの?」という疑問形のツイート、続いて「脱線しているらしい」という推測のツイートが増えてゆきます。やがて、「脱線した」という確定的な表現の投稿が現れました。この例は、事実の裏づけがない情報が人びとの動揺や不安によって変容しながら拡散してゆく「流言」と言えるのではないでしょうか。
「シマウマ脱走」のツイートは明らかに虚偽情報ですが、悪意によるデマというよりは悪ふざけの「フェイクニュース」に当たると思います。熊本地震の際の「ライオン逃げた」のツイートと同様に、まったく無関係の画像が添付されていました。

「シマウマ脱走」の虚偽情報などに注意を呼び掛けるNHKニュース(6月18日放送)
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(注)画像はツイートに添付されていたもの

流言や虚偽情報(デマ、フェイクニュースなど)はTwitterなどのSNSによって瞬時に、そして広範囲に拡散し、拡散する様子がリアルタイムで可視化されます。災害時の流言や虚偽情報の中には、人びとの安全に係わり、迅速に拡散を抑制しなければならないものが多くあります。大阪府北部の地震以降、自治体や警察は「事実と異なる情報に注意し、確認されていない情報をむやみに拡散しないように」と積極的に呼びかけるようになっています。また、NHKなどメディアが事実無根の情報を打ち消す報道をすることも多くなりました。

マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究グループによると、Twitter上で虚偽情報が伝わるスピードは正しい情報よりもはるかに速いということです。流言についても同じことが言えるのではないでしょうか。SNS時代の流言や虚偽情報をどう抑制すべきか、緊急時コミュニケーションの重要なテーマであると思います。

おススメの1本 2018年11月09日 (金)

#153 いのちを守る「黄色いタオル」 ~2017年九州北部豪雨・2018年西日本豪雨の避難行動を考える~

メディア研究部(メディア動向) 入江さやか

■  西日本豪雨 高齢者中心に避難の遅れ 

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写真1 岡山県倉敷市真備町上空からの映像(NHK・2018年7月7日)

7月に発生した「西日本豪雨(平成30年7月豪雨)」では、岡山県・広島県・愛媛県などで死者・行方不明者が232人にのぼりました(2018年10月9日現在)。特に岡山県倉敷市真備町では、町内を流れる小田川などの中小河川が氾濫し、地区の3分の2、住宅約4000棟が浸水(写真1)。51人が亡くなり、その9割が高齢者でした。倉敷市が避難勧告や避難指示を発表したのは7月6日の午後10時以降で、周囲の状況がわからない夜間に大量の水が押し寄せ、避難が遅れたのが原因とみられています。

図1は2017年に倉敷市が作成した真備町の「洪水・土砂災害ハザードマップ」(部分)です。紫色で示された部分が、河川の氾濫で浸水すると想定されていた区域です。これは西日本豪雨で浸水した地域とほぼ一致しています。しかし豪雨のあとの内閣府のヒアリングに対して、住民は「ハザードマップでは自宅周辺まで浸水することを明示していたが、現在は河川改修がなされたこともあって『超えないだろう』と油断していた(原文ママ)」と話しています。

西日本豪雨によって「地域の災害リスクの認知」と「高齢者などの迅速な避難」という課題が改めて浮き彫りになりました。現在、内閣府に有識者のワーキンググループが設置され、対策が検討されています。

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図1 倉敷市真備町の「洪水・土砂災害ハザードマップ(部分)」

■  高齢化率41.9%の村で起きたこと

こうした課題に、すでに地域ぐるみで取り組んでいた村がありました。
NHK放送文化研究所では2017年7月の「九州北部豪雨」で被災した福岡県朝倉市・東峰村、大分県日田市の20歳以上の男女2,000人を対象に世論調査を行いました。このデータを改めてみてみると、興味深いことがわかりました。

調査の対象とした3自治体のうち、東峰村は人口約2,000人の小さな山村です。福岡県内で最も高齢化が進んでおり、高齢化率は41.9%(2018年4月1日現在)となっています。ところが、豪雨災害が起きた2017年7月5日に東峰村にいた人のうち42%もの人が、自宅や職場などから安全な場所へと避難していました。さらに避難したタイミングのデータをグラフにすると、立ち上がりが他の2つの自治体に比べて2時間ほど早いように見えるのです(図2)。九州北部豪雨の死者・行方不明者は42人でしたが、このうち東峰村は3人でした。


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図2 立ち退き避難をした時間帯(7月5日午後0時~11時)


■幸福の「黄色いタオル」

これはいったいなぜなのか? 東峰村に取材したところ、その「秘密」の背景がわかりました。豪雨災害に備えて、2015年から毎年村ぐるみの防災訓練を毎年繰り返し、「いかに高齢者をスムーズに避難させるか」に注力していたのです。昨年の九州北部豪雨のちょうど10日前に行った訓練には、村民の半数にあたる1,050人が参加。高齢者の避難を手助けするサポーターを決めておき、実際に避難経路の確認もしていました。

訓練では、迅速な避難を促す東峰村独自の「自分のいのちを災害から守る7か条」が書かれた黄色いタオルが全員に配布されました(写真2)。自宅を離れて避難する時には、このタオルを玄関先などに結び、「避難済み」であることを示すルールになっていて、訓練でも実践しました。ちなみにタオルに黄色を選んだのは、東峰村が俳優の故・高倉健さんのゆかりの地で、主演映画「幸福の黄色いハンカチ」にちなんでのことだそうです。

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写真2 東峰村の「黄色いタオル」


■  「グッド・プラクティス」の共有を

災害が起きると、メディアは自治体などの「あら探し」をしがちです。もちろん、対応が適切だったかどうかを客観的に検証することはメディアの重要な役割です。その一方で、高齢化率の極めて高い東峰村のような取り組みを、他の地域の模範となる「グッド・プラクティス」として積極的に周知・共有していくことも、有効な減災報道だと考えています。

今回ご紹介した世論調査の内容は、11月1日刊行の『放送研究と調査』11月号に掲載されます。あわせて同10月号掲載の「西日本豪雨(平成30年7月豪雨)をテレビはどう伝えたか」もご覧ください。

おススメの1本 2018年11月02日 (金)

#152 8Kで地域の災害を記録し、伝えつづける意味 ~NHK熊本 8K防災ワークショップから~

メディア研究部(メディア動向) 山口 勝


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ハイビジョンの4倍・16倍の高精細映像を使った4K・8K放送が、いよいよ12月1日に始まります。自然や芸術、スポーツ中継など、新たな映像体験が期待されています。
私はこの8Kを「美しさ」だけでなく「命を守る映像センサー」として活用できないかと、8K防災活用の研究に取り組んでいます

きっかけとなったのは2016年の熊本地震。地震直後に8Kカメラで空撮した被災地の映像を解析すると、従来の空中写真や現地調査ではわからなかった断層や亀裂、家屋倒壊や車中泊の様子などが詳細にわかり、防災や人命救助に役立つことが分かりました。NHKスペシャル「活断層の村の苦闘 熊本地震半年間の記録」(2016年10月放送)や、サイエンスZERO「防災から医療まで活用 8K  SHV」(2017年4月放送)、「超高精細映像で災害に挑む 8K SHV」(SHV試験放送2017年4月、5月、6月放送)などの番組にも展開しました。

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熊本地震から2年半となる10月6,7日。NHK熊本放送局の220インチ大型8Kモニターを使って、視聴者のみなさんと8Kワークショップ「8Kでわかった熊本地震の爪痕」を開きました。2日間で定員の2倍以上となる120人が参加。地震や防災に対する関心の高さを感じました。参加していただいた皆さん ありがとうございました!

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ワークショップでは、まず8Kを防災に生かす方法や事例について解説した後、NHK熊本局制作の「熊本地震 痕跡を未来へ」という20分の8K番組を見ていただきました。この番組は、地方局が独自に制作した初の8K番組です。熊本地震の活断層や破壊された阿蘇大橋、断層が鉄筋コンクリートの建物を引き裂いた東海大学阿蘇キャンパスなど、災害を後世に伝えるために「震災遺構」として保存することが決まった場所を、8K撮影しました。人が近寄ることが出来ない峡谷の壁面に表れた断層露頭は、小型8Kカメラをドローンに乗せて撮影。断層で引きちぎられた建物の床や柱の8K映像は、現場以上に、破壊の様子を鮮明に伝えていました。参加者からは、「立体感や奥行き感があるので驚いた。床の砂ぼこりまで見える」「この8K空撮で、美しい熊本や九州の島々をぜひとって、全国の人に見てもらいたい」などの声をいただきました。

撮影監督のNHK熊本局の中西紀雄チーフエンジニアは、「アマゾン熱帯雨林での自然番組の撮影で使った小型8Kカメラなら、NHK熊本局という地方局でも8K番組が作れる。熊本の震災を8Kで記録することで、自分のふるさと熊本に恩返ししたいと企画した」と制作意図を熱く語りました。防災教育が専門の熊本大学竹内裕希子准教授は、「風化し、失われやすい震災遺構を現物と8Kというデジタルの両方で保存することで、災害を後世に伝えることができる。熊本県が構想する『巡回型震災ミュージアム』の一角に、熊本城に近いNHK熊本局が入り、8Kをはじめとした映像で震災の記録を、多くの人に見てもらえるとすれば、防災教育や復興観光への貢献にもなるのではないか」と述べました。

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今回のワークショップで、最前列で見ていた高齢の女性から頂いた言葉が強く記憶に残りました。番組を見た感想を聞くと「熊本地震の記憶が、よみがえってきました」と涙をこらえながら答えてくださいました。この方は、冒頭に紹介した2016年放送のNHKスペシャル「活断層に苦闘する村 熊本地震半年間の記録」の舞台となった西原村大切畑から、ワークショップのために熊本放送局まで来てくださっていたのです。
地域の放送局が、地域の災害を記録し、伝え続けることの意義を改めて感じました。
震災当時は渦中にいた方たちが、震災から2年たって、ようやく何が起きていたのか知りたくなったのかもしれないと感じました。

「公共放送から公共メディアへ」とNHKは変わろうとしています。新しく始まる8K放送、美しい自然や文化だけでなく、8Kで災害を記録し、放送するだけでなく、こうしたワークショップや上映会、VODなどを使って伝え続けることは、災害などから命と暮らしを守ることが使命であるNHKだからこそできる、新たな公共メディア像の1つではないかと感じました。

 

おススメの1本 2018年10月19日 (金)

#149 災害多発の時代 テレビ・ラジオは何ができるのか? ~平成29年7月九州北部豪雨被災地の住民調査から考える~

メディア研究部(メディア動向) 入江さやか


2017年7月の「九州北部豪雨」では、7月5日から6日にかけて、台風と梅雨前線の影響による猛烈な雨が福岡県と大分県の中山間地に降りました。中小河川が氾濫、流域の集落が浸水や土砂災害に見舞われ、死者・行方不明者は42人にのぼりました。


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災害後、私も被災地に入りました。泥に覆われた坂道を30分ほど歩いてたどり着いた福岡県朝倉市の集落は、両側を急峻な山の斜面に挟まれ、川沿いのわずかな平地に建つ住宅や商店は土砂に埋もれていました。発災当時、外は滝のような雨、目の前の川には大量の流木や土石流、背後の山からは土砂が家の中になだれ込む・・・そんな状況が目に浮かびました。「この地域の人たちはどうやって身を守ったのだろうか?」「警報や避難情報は有効だったのだろうか?」当時の状況を明らかにするため、NHK放送文化研究所は、被災した福岡県朝倉市・東峰村、大分県日田市の20歳以上の男女2,000人を対象に世論調査を実施しました。


■「立ち退き避難」は20~29% 川のようになった道路を通って

自宅などから避難場所などに移動する「立ち退き避難」をした人は、朝倉市で20%、東峰村で29%、日田市で21%でした。「立ち退き避難」をした動機は「雨の降り方が激しかった」「周りの道路が川のようになっていた」「近くの川の水位が上がってきた」などの異常な現象でした。土砂災害警戒情報や避難勧告・避難指示などの「情報」だけで動いた人はほとんどいませんでした。
さらに、移動する途上の状況を聞いたところ、半数以上の人が「道路が川のようになっていた」と回答。浸水していない安全な状況下で移動した人は2割程度でした。
気象状況が急激に悪化した九州北部豪雨では、災害が発生するまでの「リードタイム(先行時間)」がほとんどありませんでした。今回の調査では、避難勧告や避難指示が出たときには、すでに浸水などの被害が起きていたこともわかり、「防災情報の限界」を痛感しました。


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■速報は「テレビ」から「メール」にシフト

従来の被災地の調査では、防災気象情報や避難情報を知ったメディアとして「NHKテレビ」がトップにあげられてきました(手前味噌になりますが・・・)。しかし今回の調査では「行政からのメール()」が「NHKテレビ」にほぼ並び、場合によっては「行政からのメール」の方が多いケースもありました。今後はメールや防災情報アプリでこうした緊急情報を得る人の方が増えていくのは間違いありません。 
ネットによる防災情報の伝達が今後一層拡大・充実していく中で、「テレビ・ラジオ」の役割が問われています。
 ※緊急速報メール(エリアメール)や自治体の防災情報メール


■激甚化する災害 テレビ・ラジオだからできることは?

今回の調査では、防災情報や災害報道に関する意見も自由に書いてもらいました。これからの防災報道のあり方を考えていく上で、被災地の方々の生の声は「宝」です。「雨雲のレーダー画像をもっと見せて」「通行可能な道路の情報を伝えて」「停電中や自動車を運転しているときにはラジオだけが情報源。ラジオで避難情報の対象地区名などをきめ細かく繰り返し伝えて」といった具体的な要望も多く寄せられました。また、学校関係者と思われる方から「視聴者が投稿した映像がテレビで流れ、地元の校区内の状況がわかった。現場の映像を見られたことで、学校としても早期に動くことができた」という報告もありました。

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平成最悪の水害となった西日本豪雨、台風20号・21号・24号、大阪府北部地震と北海道胆振東部地震・・・。今年の6月以降、各地で災害が相次ぎました。まもなく終わる「平成」という時代は、阪神・淡路大震災、東日本大震災、西日本豪雨などに代表される「災害の時代」として記憶されるのかもしれません。災害が激甚化していく中で、「テレビ・ラジオだからできる防災・減災報道」をさらに進化させるときに来ているのではないでしょうか。

今回ご紹介した世論調査の内容は11月1日発行予定の『放送研究と調査』11月号に掲載されます。あわせて放送研究と調査』10月号掲載の「西日本豪雨(平成30年7月豪雨)をテレビはどう伝えたか」もご覧ください。

 

おススメの1本 2018年10月05日 (金)

#147 「トライアル研究」の発表会はトライアルでした

メディア研究部 鳥谷部寛巳

つい2年ほど前まで「アーカイブ研究」なるものをよく知らなかった自分が、こうしたイベントの開催を担うことになるとは思ってもみませんでした。「NHK番組アーカイブス学術利用トライアイル 研究発表会2018」のことです。その模様を『放送研究と調査』10月号掲載の「アーカイブ研究の現在」で報告しました。

NHKは2010年から、NHKアーカイブスに保管されている放送番組を学術利用の閲覧に供する事業(詳しくは公式ウェブサイト参照)を行っています。そこから生まれた成果論文は61本、研究発表(学会等にて)は65件にのぼります(今年3月末時点)。
事業の担当チームは去年末、アーカイブ研究の一層の発展につなげることを趣旨とした研究発表会を開くことを決めました。開催は半年余り後(今年7月)。成果論文の中から5つほどを選考し、利用番組の一部上映を盛り込むなどアーカイブ研究ならではの発表会にしようということになりました。突然ですが、そのときの私の心のつぶやきを以下に。

……こういう立ち上げって、誰かがプロデューサー役を担って少々強引に事を進めていかないと、“絵に描いた餅”で終わりかねないんだよな~。それだけにとっても大事な役割。結構大変な役割。個人的にはなるべく、いや何とか避けたいところ。ま、自分はこの事業に関わってまだ1年半と最短だから、免れるかな……

しかしながら結局、立場上&成り行き上(詳細略)、ほとんど買って出るかのごとく私がプロデューサー役を務めることになりました。組織に身を置いて30年。多少は物分かりがよくなっているのです(発表者はじめ関係者の皆さん、実はそんな経緯で申し訳ありません)。

私は番組制作畑の出身ですが、アーカイブ研究についてはほぼ素人。担当チームの先輩たちや審査委員の先生方の意見・指導を仰ぎ、開催の段取りとプログラム内容を少しずつ固めていきました。まさに手探りの“トライアル”だったように思います。
その中でも特に苦心し、印象に残っているのは、発表会のラインナップをバラエティーに富んだものにしようと試みた、「研究分類」です。これは自分のアーカイブ研究への理解を深める意味でもかなり勉強になりました。どんな分類なのかは、冒頭で紹介した報告の中で共同執筆者の宮田章が解説しています。「のっぺらぼうの顔にいくらか目鼻がつく」(=「茫洋としていたアーカイブ研究が分節できる」)ことにつながった、「これまでになかった研究分類」。もともと発表会用の便宜的なものではありましたが、それこそ意味ある“トライアル”になったように思います。今回発表された研究5件の内容(要旨)とともに、ぜひご一読ください。

147-1005-111.pngちなみに、発表会が終了したあとに、発表者・審査委員・来場者が自由に参加できる懇親会を行いました。発表者の皆さんが喜んでくださっている様子、アーカイブ研究に関心のある人たちがつながっていく様子を拝見し、「開催してよかったな」としみじみうれしくなりました。あんなことを思っていたくせに。現金なものです。