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おススメの1本 2017年04月28日 (金)

#76 月を指さす人の「指」

メディア研究部(メディア史研究) 宮田 章

アーカイブに保管されている過去の膨大な放送番組は、放送局の「財産」だとよく言われます。ただ、これが具体的にどういう価値を持つ「財産」であるかはまだはっきりしません。ここではテレビドキュメンタリーを研究する者の立場から、過去の放送番組が潜在的に持っている価値を十分に引き出す研究とはどんなものか考えてみましょう。

現状、放送番組のアーカイブ研究で数的に主流なのは、「テレビが描いた○○」と名付けられるタイプの研究です。「沖縄戦後史」、「水俣病」、あるいは「高度成長期の東京」といったテーマを立てて、それぞれのテーマに関係する番組(ドキュメンタリーが多くなります)を選び出し、各番組がそのテーマをどのように描いているかを見ます。数十年前の水俣病患者の映像・音声が大きなインパクトを持つなどと今更言うまでもなく、過去の放送番組はこうしたテーマ研究の資料として価値を持っています。

ただし、アーカイブの側から見ると上記のようなテーマ研究は、過去の放送番組を使ってくれる大口の顧客ではあるものの、放送番組が潜在的に持つ価値を十分に引き出してくれているとは言えないところがあります。こうした研究では、放送番組全体からいえばごく一部の番組を選択し、選択した番組の中でもテーマに関係する部分だけをいわば「つまみ食い」するのが普通です。しかも、放送番組は研究の主要な資料ではなく、文書や関係者の証言や統計データといった他の様々な資料の中のone of themであることがしばしばです。また、今のところ映像や音声を資料としてどう扱うかについて定見があるわけではないので、諸資料の中での放送番組のプライオリティは必ずしも高くないでしょう。

76-0428.jpgではどんな研究なら、過去の放送番組がもつ価値をもっと大きく引き出すことができるでしょうか。色々アイデアはあるでしょうが、ここではテーマ研究の「逆張り」を考えてみましょう。つまり、放送番組の外に成立しているテーマの解明を目指して放送番組をそのone of themの資料とするのではなく、放送番組そのものの解明を目指してその番組が関係しているテーマをone of themの資料とするのです。様々な指(メディア)がさし示している月(対象)に重点を置いて研究するのではなく、様々な月をさし示している指の方に重点を置いて研究するわけです。メディア研究としてはこちらの方が普通でしょう。もちろん、「指」の研究は、それがさし示している「月」への言及なしに、あるいはその「指」の持ち主である「人」への言及なしには十分ではないので、「月」や「人」を取り上げないわけではありません。

『放送研究と調査』4月号に掲載した「テレビドキュメンタリーの音声分析」は、一本一本の番組に含まれる特定の種類の音声の量を手掛かりにしてテレビドキュメンタリーという「指」の解明を試みるものです。このやり方だと一部の番組のつまみ食いではなく全てのテレビドキュメンタリーを対象に、その「指」としての基本的なありようを探ることができます。月を指差す人の「指」の解明を目指すこうしたタイプの研究から、アーカイブに眠る放送番組が持っている価値が徐々に現れてくるのではないかと考えています。