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メディアの動き 2023年05月25日 (木)

NHKを巡る政策議論の最新動向②民放連・日本新聞協会の主張は?【研究員の視点】#483

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

はじめに

 NHKを巡る政策議論の最新動向、1回目は総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)」の「公共放送ワーキンググループ(以下、WG)」で行われた受信料制度議論についてまとめました 。1)そこでも紹介しましたが、4月27日に民放連は、「NHKインターネット活用業務の検討に対する見解と質問について2) 」をWGに提出しています。そして5月19日には日本新聞協会メディア開発委員会(以下、新聞協会)も、「NHKインターネット活用業務の検討に対する意見 3)」を提出しました(以下、「意見書」と総称)。
 両者の意見書には、NHKが受信料財源によるネット展開を拡大することや、現在の任意業務を必須業務化することへの懸念が示されています。こうした中、5月24日、NHKの稲葉延雄会長は定例会見で、インターネットの世界でも放送と同じ役割を果たしていきたい、と必須業務化への意欲を示しました。26日のWG 4)ではNHKが報告を行う予定になっていますので、2回目の今回は、その報告前に、民放連と新聞協会が公表した意見書のポイントをまとめておきたいと思います。

1.6つの項目

 意見書では、民放連は13、新聞協会は10の質問をあげています。1つ1つの質問文が比較的長く、中には200字近いものもあります。少なくとも私は、文章をそのまま読んだだけではなかなか理解が進まなかったので、質問内容を項目に分けて整理してみました(図1)。

<図1>

  • 1)NHKのネット活用業務拡大と「情報空間の健全性」との関係
  • 2)ネット活用業務を中心としたこれまでのNHKの取り組みの検証            
  • 3)ネット活用業務の必須業務化に伴う民間事業者への影響
  • 4)NHKの説明責任
  • 5)制度改正に対する疑問 ①必須業務化②受信料制度③義務・規律
  • 6)政策議論の今後

 この6項目に従い、民放連と新聞協会のそれぞれの質問を整理したのが図2です。この図に沿って、両者の主張を見ていきたいと思います。

<図2>

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2.両者共通の主張

 まず民放連と新聞協会がおおむね同じ主張をしていると思われたのが、1)「NHKのネット活用業務拡大と情報空間の健全性との関係」、4)「NHKの説明責任」、5)「制度改正に対する疑問①必須業務化」、6)「政策議論の今後」です。それぞれ見ていきます。
 改めて確認しておくと、在り方検の問題意識の前提にあるのは、課題が山積するデジタル情報空間におけるインフォメーションヘルスの確保です。公共放送WGでも、NHKには先導的な役割を期待するという方向で議論が進んできました。しかし、民放連および新聞協会は、NHKのネット活用業務の拡大は、どのように「情報空間の健全性」の確保につながるのか、必須業務化でなぜ健全性が高まることになるのか、という根本的な疑問を投げかけています。
 そして両者とも、もしネット活用業務の拡大や必須業務化の議論を進めるのであれば、まずNHK自らがネット上で具体的にどのような業務を行おうと考えているのかを説明すべきであると主張。その上で、そうした業務がネット上でもたらす効果や市場への影響を検討するというのがあるべき議論の順序ではないか、としました。民放連からは、対象業務が抽象的なままでは公正競争の議論も抽象論になってしまう、との指摘もありました。新聞協会からは、そもそもなぜネット活用業務が任意業務ではだめなのか、NHKにはその理由を説明してほしいという要望もありました。NHKは去年11月、第3回のWGで報告を行っていますが、両者の質問からは、NHKの報告内容に納得できていなかったことがうかがえます5)
 また、仮に制度改正が行われ、NHKのネット活用業務が必須業務化になったとして、具体的にNHKの業務展開はどう変わり、ひいては視聴者 ・国民にとって何が変わるのか、という質問もありました。また民放連からは、もしもネット活用業務を区分し、一部を必須業務、残りを任意業務とする場合は、どのように規定するのか、という質問もありました。

 WGの今後の議論の範囲や進め方についても、民放連と新聞協会は同じ問題意識を持っていると感じました。NHKのネット活用業務の必須業務化を検討するということは、NHKにとどまらず、デジタルプラットフォーマーも含めた事業者がユーザーに対して持つ情報空間の健全性確保の責務や、 ネット空間における公共性のあり方を考えることにも通じるとし、そうした「放送法の外側にあるネット配信全般についての検討」(民放連)や、「放送法の枠を超えた議論」(新聞協会)を行うつもりはあるのかが問いかけられました。
 以上見てくると、意見書はあくまでWG宛てですが、質問の多くはNHKに対しても向けられていることがわかります。

3.新聞協会の力点

 ここからは民放連、新聞協会の主張の力点の違いを見ておきたいと思います。 まず、新聞協会の質問書からは大きく2つの主張が読み取れます。1つは、2)のNHKのこれまでの取り組みに対する検証をしっかり行うべき、という要望、もう1つは、3)のNHKのネット活用業務拡大は民間の報道機関の公正な競争を難しくさせるのではないか、という懸念です。検証の要望については3つの質問で、公正競争への懸念については4つの質問で自らの考えを示しています。これらの質問に通底する意識が次の文章からも読み取れます。「NHKのネット業務拡大が情報空間全体の改善にどの程度寄与するか、その効果が他の報道機関などに与える悪影響より優先されるのかを示すべき(中略)。一度棄損されたメディアの多元性や言論空間が元の姿を取り戻すことは難しく、そうした点に留意した議論が行われるべきだ」6)
 NHKは現在、受信契約者であるかどうかに関わらず誰でも視聴することができる、「理解増進情報」と呼ばれる番組関連情報・コンテンツをネット上で展開しています。新聞協会は、この内容について、 オリジナルコンテンツが多いのではないか、また提供方法については受信料制度上問題がないのか、それぞれ検証すべきではないかと主張しています。具体的なサービスとして「NHKニュース・防災アプリ」「NHK NEWSWEB」「NHK政治マガジン」をあげていることからも、これらのサービスを特に問題視していることがわかります。
 
4.民放連の力点

 民放連は13の質問を提出していますが、そのうちの大半が放送制度に関する内容でした。質問のベースには、これまでNHKは、「『放送』を規律するための放送法のもとで、それと矛盾しない形でインターネット活用業務を広げてきた」が、「今般のWGの議論は、この従来の枠組みを一気に超えていこうとしている」のではないか、という問題意識があります7) 。意見書で民放連が挙げた放送制度のうち、受信料に関しては意見書提出後に開催されたWGの第7回で議論されていました8) ので 、ここでは義務・規律に関する質問について触れておきます。
 民放連は今回の意見書のみならずWGの発言においても、NHKのネット活用業務の必須業務化をきっかけに、「放送」全体の枠組みにも何らかの制度変更が及ぶ可能性がないかという懸念もあり、以前から敏感に反応してきました。 民放はこれまで、ネット配信は放送制度の下で行うサービスとは異なり、あくまで個別の局によるビジネス領域であるというスタンスで取り組んできています。しかし、もしもそれが、「放送法において、インターネット配信を放送のように規律する考え」となると、今後のビジネス展開にも影響が及びかねません。そうした意味でこの点は、二元体制の一翼である民放特有のテーマであるともいえます。

5.意見書公表が意味するもの

 今回意見書として示された民放連と新聞協会の主張には、過去半年間に開かれた7回のWGで、論点化され議論されてきたことも数多く含まれています 。在り方検の前身である「放送を巡る諸課題に関する検討会」に設けられた「公共放送の在り方に関する検討分科会 9)」でも、NHKのネット活用業務について議論が続けられてきました。にもかかわらず、ここにきて、こうした質問が提出されたということは何を意味するのでしょうか。
 1つ目は前述した通り、当事者であるNHKの姿勢が問われているのだと思います。 NHKがまず主体的にネット上でどのような役割を果たしたいのか、その考え方や具体的な業務内容を示すべき、という意見は、民放連、新聞協会からだけでなく、複数の構成員からも出されています。NHKはこれまで、まずはWGでの議論を待ちたい、というスタンスを示してきました。これまでのWGの議論、そして 民放連や新聞協会の意見書を受け、5月26日のWGではどのような内容の報告を行うのか。改めてNHKの姿勢が問われることになるでしょう。
 2つ目は、NHKのネット活用業務の拡大や必須業務化を少しでも先送りさせたいという、民放連、新聞協会の思惑ではないかと思います。 放送や新聞といった伝統的なメディア企業は、公共放送であるNHKと同様、人々の知る権利に奉仕し、民主主義を下支えし、文化の発展を担ってきた存在です。在り方検の議論では、デジタル情報空間の課題への対応は待ったなしである、とか、外資系のデジタルプラットフォーマーが存在感を増す中で国内の事業者同士が争っている場合ではない、という問題意識が示されていますが、こうしたテーマに、民放も新聞も、時に私企業としての利害を超えて解決策を検討する議論に参画する責務があると私は思います。一方で、民放や新聞の経営の立場にたって考えてみれば、NHKも含めて、ライバルになり得る事業者は1つでも少ないほうがいいし規模も小さいほうがいいというのも当然の発想です。既存事業の落ち込みとネット上のビジネスの伸び悩みの状況が一層深刻になる中、“あるべき論”を振りかざすだけでは議論は前に進まなくなってきているということだと思います。

 WGでは、何度も確認されているとおり、インターネット時代のNHKの役割、ネット業務の範囲、公正競争のあり方、財源・受信料問題をひと通り議論し終わった後、改めて積み残された論点を議論していくことになっています。今後どういう進め方をしていけば建設的な議論ができるのでしょうか。
 民放連、新聞協会が共に疑問を投げかけていたとおり、デジタル情報空間における健全性の確保と各メディアの役割という議論は、NHKだけでなく、放送法の枠を超える議論です。公共放送WGと平行して別な会合でも議論を進め、WGの議論と接合させながら改めてNHKの役割や業務を考えていく、そうした議論の設計も必要なのではないかと思います。
 また、NHKが主語の議論になると、どうしても民放・新聞とNHKの関係が「競争」の観点一辺倒の議論になりがちです。もちろん、公正競争の議論はWGでもさらに具体的に進めていくことになりますが、一方で、「協調」「連携」の観点からの議論をどのように進めていくのかも考えていかなければなりません。今回の両者の意見書には出てきませんでしたが、過疎化や地域経済の衰退に悩む地域を基盤にしたローカルメディアの状況は、東京や全国を基盤とするメディアよりもさらに深刻です。こうした地域に地盤を置くローカル局、ケーブルテレビ、コミュニティ放送局、地方紙などのローカルメディアを支えるための協調や連携を、NHKはどう進めていくべきか。受信料を財源にした何らかの枠組みを作っていくことはできるのか。このことは、今回のWGの議論の主舞台であるネット空間にとどまらず、幅広く考えていかなければならないテーマだと思います。そのためには、NHK主語ではなく、地域メディア主語の議論をしていく必要があるはずです。
 現在示されているスケジュールでは、WGは今夏にとりまとめを発表することになっています。今後、どこまで議論は深まっていくのか。引き続き注視し、ブログを執筆していきたいと思います。


  •   1.  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2023/05/18/
  •   2.  https://j-ba.or.jp/category/topics/jba105989
  •   3.  https://www.pressnet.or.jp/statement/20230519.pdf
  •   4.  https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/02ryutsu07_04000377.html
  •   5.  第3回のNHKの報告とそれを受けた議論について詳しくは...
           https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2023/01/25/
  •   6.  カギカッコ部分は新聞協会の意見書1Pから引用
  •   7.  カギカッコ部分は民放連の意見書2Pからの引用
  •   8.  WG第7回の議論の内容については1)を参照
  •   9.  公共放送の在り方に関する検討分科会とりまとめ
  •        https://www.soumu.go.jp/main_content/000733495.pdf

 

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村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。 インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。