文研ブログ

メディアの動き 2023年01月27日 (金)

#447 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~「公共放送ワーキンググループ」のこれまでを振り返る<第4回の議論から>~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

◇はじめに

 総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)」の「公共放送ワーキンググループ(以下、公共放送WG)」について、先日のブログ1では第2回・第3回の報告・ヒアリングのポイントを整理しました。今回は第4回の議論を紹介します。
 第4回は、私がこれまで約10年にわたり放送政策に関するこの種の検討会を傍聴してきた中でも、最も刺激的な議論が行われた会合の1つではなかったかと感じています。NHK、民放連、新聞協会、総務省、そのそれぞれに対して、構成員たちからかなり厳しい要望や意見が投げかけられたからです。これらは、デジタル時代において旧来型の放送政策議論を続けていては、拡張する情報空間における伝統的メディアの役割を再定義できないのではないか、という問題提起でもあるように感じました。そして、このWGの議論の主役であるNHKに対しては、本来やるべきものをやっているかどうか、その成果を測る指標等を設定すべきであり、その役割が果たせていなければNHKはいらないのではないか、といった発言まで出されました。
 どういう議論が行われたのか、詳細を見ていきたいと思います。なお、本ブログ執筆時にはまだ総務省から議事要旨が公開されていなかったため、私の手元のメモをもとにしています。

◇繰り返される主張

 第4回ではまず、第3回でヒアリングを受けたNHK、民放連、新聞協会に対し、構成員たちからの追加の質問とそれに対する回答が紹介されました2。主なものを紹介しておきます。
 NHKに対しては、“公共放送としてのあるべき姿をどのようにデザインされているか自身の言葉で語ってほしい”“何が公共放送として求められる役割なのか、NHKとして日本においてはどのようなものが(メディアとして)公的な性質を持った役割と考えているか”という問いかけがありました。それに対しNHKは、“現在の放送と同様の範囲・効用のあるものは提供の態様が異なっても役割を果たしていくことが出来る、今後はWGの議論の深まりに期待したい”と答えました。
 民放連に対しては、“NHKのネット活用業務の拡大や存在が、民放との競争関係にどれだけの影響をもたらすと考えられるのかエビデンスや調査はないか”という問いかけがありました。それに対して民放連は、“そうした結果は持ち合わせておらず、政府やNHKが必要に応じて民放や新聞に不利益が生じるかどうか明らかにする調査を実施してほしい”と答えました。また、“NHKのネットオリジナルのコンテンツの制作・配信が民放との競争上具体的にどのような問題につながるか”という問いかけに対しては、“現行の受信料制度を維持したままNHKの新たな業務範囲を検討するのであればオリジナルコンテンツが含まれないことは当然であり、財源(受信料)の問題を抜きにしてはこの話はできない”と答えました。
 新聞協会に対しては、“情報空間の全体構造との関係でNHKとの協力のあり方についてどう考えるか”という問いかけがありました。それに対し、“NHKがネット活用業務に関して具体的な内容や範囲、それに伴う受信料制度なども含めた全体像を現時点で示していない段階では答えられない”としました。また、“現状でもネット活用業務のなし崩し的な拡大がみられる、ネット時代における公共放送の役割について議論するのであれば、まず公共放送として取り組む業務範囲から検討が必要だ”という従来からのスタンスを強調しました。

◇問われるメディア自身の説明責任

 ここまでは事務局が事業者の回答を紹介するという形で進められましたが、その後は、オブザーバーとして参加していたNHK及び民放連に対し、構成員が更に突っ込んで質問をしていくという流れになりました。NHKに対しては宍戸常寿構成員から、“NHKは今後どういう風に公共放送の役割を果たしていくのか、その全体像を示さない限り、議論は暗礁に乗り上げている気もする、その答えはしっかりNHKから出してもらえるのか”という趣旨の問いかけがありました。NHKはこれに対し、第3回の報告の内容を繰り返した上で、“WGでの議論の深まりを期待したい”と回答するに留まりました。しかし、落合孝文構成員からは、“BBC等の場合はこういうものを公共性がある情報だということをもっと具体的に示している、NHKが力点を入れるという「あまねく伝える」「安心・安全」だとなんでも入ってしまいそうな気がするので、どこかでNHKから明確な意見をまとめてほしい”と重ねて要望がありました。
 落合構成員は民放連に対しても、“仮にNHKのネット展開拡大で悪影響があるにしても、それを是正する措置としての協力・連携、資金の投入等の点も考慮して検討してほしい”という趣旨の要望を述べました。
 また新聞協会に対しては大谷和子構成員から、“ネット活用業務のなし崩し的な拡大がみられるという発言があるが、私から見たらNHKは慎重に拡大してきたという認識。具体的にどういう点で課題となっているのか、漠然とした懸念ではなく、数字等も含めて具体的に教えてもらえないと公正競争のフレームワークを議論しにくい”という発言があり、三友仁志座長からも新聞協会に再度質問するようにと事務局に対する念押しの発言がありました。

◇問われる行政の責任

 また、宍戸構成員は総務省に対して、“放送政策の効果について抽象的な話のやりとりではなく、データや指標に基づいて議論すべきであり、放送法を所管されている以上、データを把握し提示する責任があるのではないか、デジタル化が進んでいる社会全体の中でこれまでのような放送政策の流儀が成り立つのか非常に危機感を持っている”と発言しました。この問いかけに対し総務省の事務局は、“どのようなデータが必要なのかも含めてWGの構成員と一緒に議論を進めていきたい”と回答するにとどまりました。

◇今後の議論に向けた構成員からの論点案

 後半の議論では、今後の施策を考えるための具体的な論点案が相次いで構成員から出されました。今後、諸外国の制度等も参考にしながら議論が深められていくと思いますので、こちらについては改めて海外の状況と共にブログで紹介していきたいと思います。ここではどんな意見が出ていたのか、備忘録的に項目だけ挙げておきたいと思います。

  • プラットフォームとの交渉における伝統メディア間の協力の枠組みつくり
  • メディアの競争政策について、“市民の利益”という観点から検討する
  • NHKの活動について指標を定めて成果を計測する仕組みを作る
  • ガバナンス強化が求められるNHKの経営委員会に、デジタルや競争政策の専門家という選任要件を設ける
  • NHKは非競争領域(例:国際業務)においては、BBCのように積極的にビジネス活動の展開を検討する
  • 受信料についてNHK業務以外での活用用途を検討する
  • WGの議論を視聴者・国民に対してわかりやすい形で情報発信する

◇議論を傍聴して感じたこと

 前述したように、後半には構成員から積極的な論点案が提示されました。特に、前回で曽我部構成員が提起した、視聴者の利益を消費者の利益と市民の利益に分け、公共放送に対してはより市民の利益を重視する方向で公共的役割を定めていこうという議論の方向性は、第4回の議論でより深まってきたという印象を持ちました。ただ、これらの議論を、放送事業者の一員、NHKの一職員として聞いていてある種のむなしさも感じました。
 メディアの自主自律を標ぼうするのであれば、デジタル情報空間についての問題意識を、新聞、民放、NHKの伝統メディアが共有した上で、まずそれぞれの事業者が、自らの価値の再定義について日々の実践を踏まえて具体的に言語化し、それをもとに、これまで切磋琢磨して民主主義を支えてきた事業者どうしがどうすみ分けどう共創していくのか自ら調整し、それを政策当局に提示し、その内容を政策に反映させていく、それが本来のあるべき姿だと考えます。ただ、第4回の事業者に対する構成員の反応をみると、いずれのメディアも自社のもしくは自身の業界の利害という狭い視野でしか発言していないように受け取られてしまったのではないかと推察しています。
 公正競争のフレームワーク作りは、メディアの多様性、それを支える多元性のために必要不可欠なことは言うまでもありません。それをNHKのネット活用業務という枠でのみ考えるのではなく、現在の放送サービスも含めた全体から改めて考えていくべき、という民放連、新聞協会の意見については、私自身は納得感を感じています。例えば地域のメディア機能をどう維持していくのか、供給不足をどう補っていくかということを考えた時、その議論はネットサービスの範囲だけの議論にはとどまらないからです。NHKは、第3回のヒアリングで、自身に今後求められる役割としてメディアの多元性の確保に貢献するという分析をし、提示しています。NHKは、ネット活用業務という狭い範囲ではなく、放送サービス全体まで視野を広げ、それぞれの業務が“市民の利益”にかなうものなのか、今一度点検し、説明責任を果たしていくという姿勢が今後求められるのではないでしょうか。
 また、民放連や新聞協会が、NHKの現在の理解増進情報への取り組みや、今後、ネットのオリジナルコンテンツを制作することに対して競争上問題があると発言するのであれば、もう少し具体的に自身の業務のどの部分とバッティングするのか、今後伸ばしていきたいどの業務の部分の成長を阻害する恐れがあるのかを説明する必要があると思います。これは、多くの構成員が指摘したところであり、私もそう感じます。また、第4回では海外の放送政策について事務局から紹介がありましたが、ドイツでは新聞メディアとの関係から、公共放送のテキスト配信や地域コンテンツの全国ネット展開に制約がかけられているということでした。私自身はNHKの現場の取り組みを見ていて、これらに制約がかけられることに対しては消極的な立場ではありますが、具体的な議論を進めていくためには、こうした政策の背景に何があるのかについて、事務局報告任せにせず新聞協会自らが取材・調査し発信していく、そうした姿勢も必要なのではないかと思います。もちろん、NHKが現在、理解増進情報において何に取り組んでいるのか、対応番組のリストの公開だけでなく、それがどう“市民の利益”に貢献すると考えて取り組んでいるのか、NHKでなければできない理由をどう考えているのか、その説明をしていくことも必要だと考えます。
 宍戸構成員から、デジタル時代の放送政策として、もしくは公共放送の成果を表すものとして、エビデンスをデータで示すべき、という問題提起がありました。確かに指摘はもっともだと思います。ただ、そう思うと同時に、仮にメディアの働きかけが視聴者・国民にどのような影響、行動変容を及ぼしているのか、というものを指標化し測定するということが行われるとすれば、それが行き過ぎることには怖さも感じます。今行われている議論は、今後の情報空間において信頼されるメディアをどう維持すべきか、という非常に大きな枠組みの議論です。もちろん民放連が指摘する通り、その議論を公共放送のネット活用業務を議論する場で行っていることには違和感もあります。ただ、既にこのWGで議論が開始されている以上、メディアの意思が不在のまま、今後の日本のメディアに関する政策が決定してしまうということには、メディアに所属する一人として大きな危機感を感じます。文研が、こうしたテーマを考え、業界横断的な議論を促していく旗振り役になるべきではないか、第4回を傍聴して最も強く感じたのはそのことでした。今後、何ができるのか、改めて考えていきたいと思います。