文研ブログ

メディアの動き 2023年01月25日 (水)

#446 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~「公共放送ワーキンググループ」のこれまでを振り返る<第2回・第3回>~2023年1月のNHKを巡る動き~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

(はじめに)

 総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)1」の「公共放送ワーキンググループ(以下、公共放送WG)」では、インターネット時代における公共放送の役割や、現在は"任意業務"として行われているNHKのネット活用業務のあり方の検討が進められています。ネット活用業務を拡大すべきか否か、もし拡大する場合には"必須業務"とする等の制度改正を行うかどうか、具体的な業務の範囲や内容は?他のメディア事業者との競争環境をどう確保していくのか?2022年12月まで4回にわたって議論が行われましたが、第4回には、「議論が暗礁に乗り上げているのでは」といった発言も出るなど、厳しい議論が続いています。第5回は2月末に開催が予定されています。本ブログでは第1回の議論を整理2して以降フォローしていませんでしたので、これまでの会合の内容を確認しておきたいと思います。今回は、第2回・第3回のうち、報告・ヒアリング部分について、私がポイントと感じた部分を資料の抜粋と共に振り返ります。

(第2回 2022年10月17日 構成員からの報告)

 この日は経済学・産業政策が専門の青山学院大学教授の内山隆氏と、憲法・情報法が専門の京都大学教授で、NHK会長の諮問機関「NHK受信料制度等検討委員会」に設けられた「次世代NHKに関する専門小委員会(以下、次世代小委)3」委員長の曽我部真裕氏の2人の構成員からの報告がありました4

*内山氏の報告5

 内山氏は、メディアやコンテンツの産業政策の観点から、NHKの今後の役割を考えるという立場で報告を行いました。
 図1は、日本のメディア産業の各分野が、どのようなプレイヤーで構成されているのかを示した図です。内山氏は、世界には国内メジャーを持てない国が数多くある中、日本市場は各分野において、国内メジャーと米国資本を中心としたグローバルメジャーが競争できている国であるといいます。国内メジャーを持つということは、メディア産業において核となる、配給、編成、流通、プラットフォーム機能を失わないという点で重要であり、もしも国内メジャーを失ってしまうと、文化や思想の自主性、独自性を相当失う懸念があると訴えました。そして、映像配信において、Netflix、Amazon、Disney+等に対抗する国内メジャーは育っているのかと、内山氏は問いかけました。現状の選択肢はTVerとNHKプラスなので、これをどう回していくかということが現実的だろうとコメントしました。

(図1)

 また、内山氏は世界のメディア関連企業の中で国内メジャーはどのくらいのポジションにあるのかを、時価総額と売上高の2つのデータで説明しました。時価総額ではほとんど存在感のない国内メジャーですが、売上高でいくと、2020年の世界のメディア関連企業トップ50には、ソニー、任天堂に続いてNHKは23位にランクインしているということを紹介しました。また、在京キー局も50位以内に入っており、日本の地上放送は上位の米国ハリウッド勢等とも、世界で間違いなく伍して戦うことが期待されるポジションにあると訴えました。
 その上で内山氏は、国際競争上の圧力や映像配信の市場・産業の導入期として、NHKは民間よりリスク投資をしやすい財源を持つ立場で、「業界リーダーとして何かを開拓する」上で先行するのはミッションではないか、と主張しました。

*曽我部氏の報告6

 曽我部氏は、放送メディア、公共放送の位置づけに関して確認した後、NHKネット活用業務の今後を検討する上で考えるべき5つの論点例を示しました。(図2)。

(図2)

 aからeまでいずれも重要な論点ですが、ここではbの業務範囲について詳細をみておきます。曽我部氏はNHKのネット活用業務の範囲を考えるための論点として以下の4点をあげました。

? アセットを活かす観点
? 情報空間の不備補完
? 利用者ニーズ
? 国民文化/国内コンテンツ確保

 ?のアセットとは、資産・資源・財産という意味です。曽我部氏は、人材、拠点、取材・制作能力、アーカイブ、信頼・ブランド等をNHKのアセットと位置づけ、これを別チャンネル、つまり放送ではなくネット上でも活かすという観点で業務範囲を広げることが考えられるのではないか、と述べました。また、そのことは受信料を含めた国民負担の有効活用につながる一方で、既存の組織維持を正当化するという批判もあるだろうと指摘しました。
 ?については、曽我部氏が最も重要な論点と位置づけたところです。詳細は後述します。
 ?については、ニーズが多い少ないで判断すべきではないという考えを示しました。曽我部氏は、視聴者の利益を"市民の利益"と"消費者の利益"に分けて考えるという英国の議論を紹介し、公共放送が貢献してきたのは主として"市民の利益"に対してであり、公共放送の役割は、単にニーズに応えるのではなく、共有すべき情報を提供するという規範論からも考えなければならないとしました。
 ?の国民文化については、例として朝ドラと大河をあげながら、NHKは「時代を象徴するような番組を放送し、国民文化の一翼を担ってきた」とし、"国民統合的な側面"で考えるべきだとコメントしました。こうした番組については、テレビ視聴が減少していく中、ネットも活用して少しでも多くの国民に届けていくことが必要なのではないか、そういう意味で曽我部氏は論点としてあげていると私は理解しました。また、国内コンテンツ確保という"産業政策的な側面"は、内山氏が詳細に報告されたので割愛します。
 図3に示したのが、?情報空間の不備補完に関する論点を3つの観点から説明した資料です。1つ目が、供給が少ないジャンルの情報を補うという観点、2つ目がデジタル情報空間の弊害を直接是正するという観点、3つ目がNHKの潜在利用者のニーズを充足するという観点です。曽我部氏は、1つ目については、具体的にこういう発想の下で議論していくとなると色々と限界があるとし、2つ目については、ネット上でNHKのコンテンツがバラバラに流通していたり、自前のPFではセレンディピティ(偶然の出会い)を提供できたとしてもリテンション(ユーザーとの関係性の維持)が困難だったりして、NHKが情報空間の弊害を直接是正する可能性は限定的であると述べました。一方、3つ目については、本来であればNHKを見てもおかしくないような層に公共放送の価値を届けるということは当然あり得るのではないか、と述べました。

(図3)

 先に触れたように、曽我部氏はNHK会長の諮問機関の次世代小委の委員長を務めており、デジタル情報空間の課題とそこにおけるNHKの役割について、公共放送WGの議論をいわば"先取り"するかたちで2年前から議論を行っています。最近では、テレビを持たない人を対象にNHKが実施した社会実証の詳細な分析をもとにした議論も複数回行っており、曽我部氏の報告には、次世代小委の議論で積み重ねてきた認識も少なからず反映されていると推察しました。
 また曽我部氏は、情報空間の健全化にNHKの役割が期待されるとしても、メディアの多元性が提供する価値を毀損してはならず、NHKがネットに進出することで他のメディアの存在が脅かされることになれば、情報空間全体としてプラスにならず、本末転倒だとしました。

(第3回 2022年11月24日 NHK・民放連・新聞協会へのヒアリング)

 この日は、NHK、民放連、新聞協会の順番でヒアリングが行われました。第2回同様、それぞれのヒアリングのポイントを資料の引用とともに振り返ります。

*NHKへのヒアリング7

 NHKの発表の最近の傾向は、自身が実施した調査をベースに論を組み立てるスタイルのため、資料の枚数は多いです。今回の報告は80ページでしたが、その中から、NHK自身の問題意識と論点を示した3枚を紹介しておきます。

(図4)

 まず、図4はメディアの構造変化の分析と、そこで生じている影響や課題、それに対する対策の必然性について、曽我部氏の資料も引用するかたちで述べています。
 続いて図5は、こうした状況の中でNHKが寄与できること、すべきこととは何かをまとめたものです。NHKは様々な調査結果から、SNSを毎日利用するようなネットヘビー層や、テレビを視聴しているいないにかかわらず多くの人々が、デジタルに拡大し続ける情報空間において、信頼できる情報、基本的な情報、いわば"情報空間の参照点"に対する期待があるとしています。同時に調査結果から、新聞、民放、NHKに対する人々の信頼や期待が大きいということから、伝統的なメディアがそれぞれの特性を生かしながら参照点としての役割を果たしていくという"多元性の確保"が重要だとしています。そこからNHKには、この2つの期待にどう貢献してくかが求められているという結論を導き出しています。

(図5)

 図6は、今後、NHKのネット活用業務の範囲をどう考えていくのかについて、NHKが現時点で考えている論点を示したものです。"情報の参照点"の存在として貢献し、情報提供者の"多元性の確保"に寄与することを前提とした場合、放送と同様の公共性をもたらす範囲はどのようなものになるのかー。その範囲は、"効用"という観点から見た場合、NHK自身による同時配信・見逃し・それ以外の動画やテキスト配信だけでなく、PFを通じた提供のところにまで役割を伸ばして考えることが論点となるのではないかとしています。一方、その範囲をどこまで放送と同等と捉えるかということを考える場合には、また別の論点から考えなければならないとしています。
 NHKは以前から、ネット活用業務が現在の放送の補完という位置づけになっていることは、放送と通信の融合が進んでいる海外と比べると社会の現実に合わなくなっているのではないか、とくりかえし述べてきました。この報告は、NHK自身がどの範囲まで業務を拡大したいのか、どんな業務を実施したいのかという自らの意思の表明ではなく、今後、どんな観点から検討がなされるべきかという分析を示したものだと私は理解しました。

(図6)

*民放連へのヒアリング8

 民放連はこれまで、ネット上はグローバル企業を含めた様々なプレイヤーが切磋琢磨している事業領域であり、NHKのネット活用業務のあり方によっては民放の事業環境に大きな影響を与える可能性があるとして、NHKの業務拡大には懸念を示してきました。そして、基本的なスタンスは、NHKのネット活用業務の議論は財源及び受信料徴収の問題とあわせて議論して結論を得ていく必要がある、テレビ受信機にひもづく従来の受信料制度との整合性や、負担の公平性などの議論を先送りしてはならないというものでした。
 今回のヒアリングでも、直前のNHKの報告を受ける形で、NHKは明示的には必須業務化を要望しなかったけれど、もし必須業務化を検討しているのであれば、その趣旨や業務内容を具体的に説明してほしい、その上で、民放や視聴者、国民の意見を広く聞いて、丁寧な議論をお願いしたいと述べました。
 より具体的な要望も今回行いました。それは、放送番組の「理解増進情報」を拡大解釈しないこと、ネットオリジナルコンテンツの制作・配信はしないこと、広告収入を得ないこと、予算に厳格な歯止めを設けること、これらの取り組みが最低限必要だと述べました(図7)。

(図7)

 この「理解増進情報」についてはご存じない方もいると思うので少し説明しておきます。先に述べたように、NHKのネット活用業務は任意業務であり、予算も業務の範囲も限定的に行われています。予算については、2022年度、2023年度とも200億円を上限に設定しており、業務については、基本的には放送した番組をネットで配信するということに限られています。そのため、例えばネットオリジナルコンテンツを制作して配信するということは認められていません。ただし、特定の番組に関連付けられた補助的な情報の範囲のものに限り、番組の周知・広報や、番組内容の解説・補足を行い、放送だけでは提供しきれない情報を発信していくことが可能となっています。これを「NHKインターネット活用業務実施基準9」で理解増進情報と位置づけ、NHKは対応する番組のリストを定期的に公表しています10。民放連の主張は、この理解増進情報の解釈を拡大すべきではないというものでした。これについては、次に紹介する新聞協会がヒアリングでより詳細に述べているので後述します。
 最後に民放連は、本日のテーマがインターネット時代の公共放送という設定だったため、意見もNHKのネット活用業務に焦点を当てた内容になってしまったが、そもそものNHKの存在意義は、商業ベースと民間事業者だけでは十分ではないところを補うことにある、民間でできないことをするのがまずNHKの一番の役割であろう、ということを述べました。

*新聞協会へのヒアリング11

 新聞協会のヒアリング内容の大半は、NHKとの競合領域に関するものでした。まず、NHKのネット活用業務の上限予算の200億円という規模について、新聞社の総売上高は約1兆4,690億円で一般紙の売上高に占めるデジタル関連事業収入の割合は約2.3%、単純に掛け合わせることはできないが、その大きさをイメージしてほしいと訴えました。そして、ポータルサイト、ソーシャルメディア経由でニュースに接触する利用者が年々増える中、多くの新聞社がサブスクでの収益拡大を目指しているが、こうした厳しい環境下での収益化は容易ではないとし、こうした中、NHKのネット活用業務が本来業務に格上げされた場合、予算の歯止めすらなくなる可能性があり、事業が継続できなくなるメディアも出てきかねないおそれがあるとしました。また、NHKのページには広告が掲載されないためページの表示速度が速く、検索順位で有利になるとの指摘もある、ということも述べられました。
 更に現行のNHKのネット活用業務に対する批判として、大きく2つの観点から意見を述べました(図8)。まず理解増進情報について。NHKは自らが特定の放送番組に関連付けられた補助的な情報の範囲のものと定義しているが、この範囲を逸脱しているものがあるのではないか、なし崩し的な業務拡大につながっている理解増進情報の在り方を抜本的に見直すべきではないかとしました。次に、プラットフォームを通じて行っている記事配信について、NHKがこのままプラットフォーム事業者との結びつきを強め、無料コンテンツの配信を拡大すれば、民間報道機関のデジタル事業が影響を受けるのは明らかだとしました。そして、公共放送WGのこれまでの議論の中で、フェイクニュースなどネット空間のゆがみの是正にNHKの役割が大きくなるほうが望ましいという声もあるようだが、その是正効果が示されていない上に、そうした効果以上に民間事業者への悪影響が大きいのでは、と問いかけました。

(図8)

(おわりに)

 今回はそれぞれの報告・ヒアリングのポイントの部分を私なりに整理してみました。民放連と新聞協会のヒアリングは、NHKが同時配信を要望し始めた2015年頃からスタンスはほとんど変わっていないと感じました。ただ、メディア環境の構造変化が進展する中、伝統メディアのビジネスモデルは年々厳しさを増していることは事実です。新聞協会からは、一般紙の売り上げに占めるデジタル関連事業収入は約2.3%というデータが示されましたが、地上放送の広告費全体に占める動画広告収入の割合も約1.5%と、いずれも厳しい状況にあります。そのため、両者がNHKのネット活用業務拡大に懸念をいだくのは理解ができます。一方で公共放送WGでは、宍戸常寿構成員の「日本では、同時配信の実施が遅れた結果、情報空間に若い世代が参加できなかったり、偽情報が流布されたり、場が海外サービスに左右 されたりすることが危惧される」という発言、林秀弥構成員の「わが国がこのまま制度を変えずに放置したままだと、インターネットを含めた情報空間全体の中で市民の健全な情報アクセスにおいて日本がますます周回遅れになる」といった発言のベースにある危機感も共有されています。NHKは、民放連や新聞協会、複数の構成員から、ネット活用業務を拡大するとしたらNHKは具体的に何を行いたいと考えているのか、今後のネット上での自身のあるべき姿をどのようにデザインしているのか自分の言葉で語るべきではないか、との指摘を受けていますが、今回のヒアリングでも、意思ではなく分析を提示するという内容になっています。
 今後議論はどう進んでいくのか。次回は、第4回の主な議論の内容を整理していきます。