文研ブログ

メディアの動き 2023年01月23日 (月)

#445 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~2023年1月のNHKを巡る動き~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

 毎年1月、NHKは新年度の「収支予算、事業計画及び資金計画(以下、事業計画等)」を公表します。これは、新年度にNHKは何を目指し、どういう分野に力を入れていくのか、そのためにどのくらいの予算を組み、どうやってその資金を使っていくのかについて、受信料を負担する視聴者・国民、そして社会に示す極めて重要なものです。この事業計画等は経営委員会(以下、経営委)で議決後、公表すると共に、NHKは総務大臣に提出します。その後、内閣を経て国会に提出され、審議・承認を受けるという流れになっています。
 令和5年度の事業計画等1は1月10日に公表されました。国内放送費、国際放送費、契約収納費、広報費等、業務別に具体的な内容が示されており、文研の業務は調査研究費という項目の中に示されています。図1に文研の主な業務、図2に業務別予算の全体像を抜粋しておきます。

(図1)

(図2)

 この事業計画等の発表の他、今月は例年以上にNHKを巡る動きが多い月となりました。いずれもこれからのNHKがどこに向かうのかを考える上で重要な内容だと思いましたので、本ブログでは3つの動きに分けてまとめておきたいと思います。

① 1月10日 「"スリム"で"強靱"な新しいNHKの3年目は?」 修正経営計画 経営委員会で議決

 1月10日、事業計画等と共に経営委で議決されたのが、「経営計画(2021-2023年度)」の修正2(以下、修正計画)です。この内容については、修正案が意見募集されている時に書いたブログ3でも少し触れましたが、改めてポイントを引用しておきます(図3)。

(図3)

 NHKはこの3年間、前田会長のもとで、"スリムで強靱な新しいNHK"への変革を目指してきました。今回の修正計画も、衛星波(BS2K)の1波削減と地上・衛星契約料金のそれぞれ1割の値下げという、"スリム"化が強く打ち出された内容となっています。前田会長は経営委議決後に行われた10日の会見4で、「2024年度以降も収入が大きく減少することとなり、最終的には事業規模は6000億円を下回る形で全体のスリム化も進む予定」としています。ちなみに、1つ前の経営計画(2018-2020年度)のもとで策定された2020年度の事業収入は約7200億円でした。
 では、もう一つの柱である"強靱"さはどこに示されているのでしょうか。修正計画では、「"安全・安心"の追求」「"あまねく"の追求」の2つの重点項目を強化するとしています(図4)。ただ、重点項目は取り組みの大枠を示すものであるため、より具体的に内容が示されているものとして、前述した令和5年度の事業計画も参照しておきたいと思います(図5)。

(図4)

(図5)

 修正計画の重点項目(図4)と事業計画の重点事項(図5)には直接の対応関係がないので、並列すると少し混乱を招くかもしれませんが、詳細は、修正経営計画と事業計画をごらんいただければと思います。NHKは事業計画において、新年度、「経費の削減等で生み出した原資の一部を、事業計画の重点事項に配分」するとしており、図5に示された4つは、強靱なNHKを目指すための具体的な取り組みの1つと考えてもいいと思います。
 この中で私が最も注目しておきたいと思うのは、1つ目にあげられている「デジタル時代に新たな公共性を確立」です。なぜ注目しておきたいかというと、一昨年に開始した総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会5(以下、在り方検)」や、そこに設けられた公共放送ワーキンググループ(以下、公共放送WG)の議論の中で、NHKはこれまで以上に、情報空間において公共性を発揮していくべきではないかという趣旨の指摘がくりかえしなされているからです。そのためこの事項は、これらの発言に対するNHKの応答として見ることもできると思います。事業計画には、この事項に関する詳細な記載もあるのでこちらも紹介しておきます(図6)。

(図6)

 NHKには、公共的な番組・コンテンツ・ネットサービスとは何かについて、日々模索し続けている現場があります。こうした現場の取り組み1つ1つについて、なぜNHKでなければ手がけられないのか、なぜNHKが今それをやる意義があるのかを問い直し、その結果を積み上げ、体系化した上で真摯に問いかけていく、そのことによってしか、国民・視聴者の理解、他のメディア事業者の納得を得ていくことはできないのではないかと私は考えています。
 総務省の検討会のような憲法学者や経済学者、弁護士等の有識者が数多く名を連ねる場は、とかく抽象度の高い議論になりがちです。その場において、NHKはジャーナリズムやコンテンツ制作の担い手として、"新たなNHK"が確立したいと考える"新たな公共性"をどのように示していくのか・・・・・・。こちらについては回を改めて詳細にリポートしたいと思います。

② 1月18日「"割増金"制度導入へ」 放送受信規約の変更 総務省が認可

 2つ目は制度改正についてです。割増金という少し耳慣れないキーワードがメディアに頻出しましたので、既に内容をご存じの方も少なくないかもしれません。ここでは、なぜこの制度が誕生したのか、そもそものところから少し整理しておきたいと思います。
 日本の受信料制度は、テレビを受信できる受信設備を設置した者が、NHKにそのことを届け出てNHKと受信契約を締結する義務(放送法64条1項)と、受信契約後にNHKに対して受信料を支払う義務(受信規約)の、いわば"2つの義務"によって構成されています。今回、総務省が認可した割増金の制度は、受信設備を設置したにもかかわらず、正当な理由なくNHKに受信契約の申込みをしなかった場合、もしくは不正な手段により受信料の支払いを免れた場合、NHKは所定の受信料に加えて、その2倍に相当する額を設置者に請求することができるというものです(図76)。また、これまでは受信契約の申込みの期限を「遅延なく」としか示していなかったものを、「受信機の設置の翌々月の末日まで」と明確化したのも大きな変更点です。
 これらの内容は、2022年10月に施行された改正放送法7を踏まえた「日本放送協会放送受信規約」の変更8にあたります。NHKの申請を受けて1月18日に総務省が認可し9、2023年4月から施行されることになっています。

(図7)

 この制度を巡り、メディアの記事やSNS上では、NHKに対する批判が散見されます。しかしこの制度、NHKの要望がきっかけでできたわけではないということをご存じでしょうか。詳細は、「これからの放送はどこに向かうのか?Vol.6~公共放送・受信料制度議論10」で経緯をまとめているので関心があればお読みいただけばと思いますが、本ブログでも振り返りを兼ねて、少し紹介しておきたいと思います。
 割増金制度が誕生した舞台は、在り方検の前身である「放送を巡る諸課題に関する検討会11」に設けられた「公共放送の在り方に関する検討分科会」です。分科会では主要テーマとして、受信料の公平負担の徹底の方策が議論されることになり、NHKは2つの制度の設置を要望しました。1つは受信設備を設置した際にそれをNHKに届け出る、もしくは設置しない場合は未設置であることを届け出ることを義務づける制度、もう1つは受信料未契約者の氏名・居住地情報の照会ができる制度です。2つをワンセットで導入することで、当時、問題となっていた訪問営業によるトラブルを防止できると共に、公平負担も徹底していけるというのがNHKの主張でした。しかし、後者の要望については、NHKが個人情報を取得することに対して構成員から相次いで懸念が寄せられ、NHKは要望を撤回せざるを得ませんでした。
 一方、総務省の事務局側は分科会に対し、受信設備を設置した段階で直ちに受信料の支払い義務が発生するという法的枠組みの方向性を議論してほしい、と提起しました。ちなみに、受信料制度が存在する大半の国では、日本のような"2つの義務"のような方法はとられておらず、受信設備設置=支払い義務となっています。そして、支払率は日本よりはるかに高いという状況もありました。事務局側からは、こうした海外の受信料制度に関する資料も提示されました。私は長らく国の検討会の取材や傍聴をしていますが、事務局側がこのように明確な意志を持って問題提起するケースは珍しく、当時、このテーマに対する総務省の強い意気込みを感じていました。
 しかし、この事務局側の提起に対して、一部の構成員たちから猛反発の声があがりました。構成員たちの主張はこうです。受信者とNHKの関係の構築が日本の受信料制度の根幹であり、それは2017年の最高裁大法廷判決12でも確認されている、それを変更するということは放送制度全体に関わる大きな議論になるのではないかー。そして、現行法より強力な手段をNHKに求めるということになれば、それによって受信者とNHKの絆が弱くなってしまうのではないかー。そして、反発した構成員の側から提案されたのが、今回の割増金という制度だったのです。制度の趣旨としては、本来契約すべき受信料契約をしなかったことによって、NHKあるいはほかの受信者に一種の損害を与えている、その損害の部分を補てんする、という考え方が示されました。議論の結果、この提案が採択され、制度化に至ったのです。
 つまり、この割増金という制度は、受信料の公平負担の徹底と、NHKと視聴者・国民との信頼関係の構築、この2つを両立させていくための制度だといっても過言ではないと思います。NHKは制度導入にあたり、「割増金が導入されても、NHKの「価値や受信料制度の意義をご理解いただき、納得してお手続きやお支払いをいただくという、これまでのNHKの方針に変わりはありません」と説明しています。また松野博一官房長官も1月19日の記者会見で、NHKに対して、受信料制度の丁寧な説明と支払いを要請する努力を重ねるよう求めています。制度の実効性はどうなのか、スタートする4月以降、見ていきたいと思います。
 また、前述した在り方検の公共放送WGでは、ネット経由のみで放送コンテンツを視聴する人に対して受信料制度をどのように考えていくのかという、新たな局面の議論も開始されています。こちらの議論についても、また回を改めて触れていきたいと思います。

③ 1月24日「前田会長退任」 稲葉延雄会長体制スタートへ

 3つ目は前田会長の退任です。1月24日に3年の任期が終了し、NHKは稲葉延雄会長の新体制がスタートします。"スリムで強靱な新しいNHK"を標榜した前田会長のもとでの3年間は、NHKにとって、またメディア業界全体にとってどのような意味を持つものだったのでしょうか。メディアの最新動向を取材、分析、記録する立場として、もう少し時間をおいてからしっかりと検証したいと思いますが、ここでは1月10日の最後の会長会見の中から、NHKの今後、放送の今後を考える上で示唆的だと私が感じた発言内容を5つ抜粋し、それぞれに少し論じておきたいと思います。

 1つ目の発言はNHKのデジタル展開についてです。「率直にいって、NHKは相当出遅れたと思います。どうしても放送を中心でやってきましたので、放送のおまけみたいな形でデジタルを発信するという形になっていました。今やデジタルファーストの時代になりましたので、(中略)そちらに合わせないと情報が届かないという現実があるわけですから、そこも大胆なシフトをしました」
 NHKのインターネット活用業務は、放送法上、任意業務という位置づけであり、業務内容や予算規模については、NHKは毎年、実施基準及び実施計画を策定し、総務大臣の認可を得て実施しています。前田会長が就任してほどなく、NHKは地上波の同時・見逃し配信サービス「NHKプラス」を開始。その後、ネット活用業務の予算規模について、前田会長はこれまで設定していた「受信料収入の2.5%以内」とするという上限を撤廃します。この2.5%を巡っては、上田良一元会長の時代に、民放連・新聞協会とNHKの間で長年にわたり攻防が続いていた案件だっただけに、スピーディーな決断に驚いた記憶があります。現在は、NHKが実施基準を策定する際、NHK自らが上限額を設定することになっており、新年度は今年度同様、200億円を上限としています。
 では、今後のNHKには何が待ち受けているのでしょうか。まず、テレビを持たない人たち(NHKと受信契約をしていない人たち)を対象とした「社会実証13」の第2期です。こちらは当初2022年中に実施する予定でしたが、まだ実施されていません。また、総務省の公共放送WGでは、ネット活用業務を本来業務とするかどうかの議論、つまり"放送のおまけ"ではない形でのデジタル発信を認めるかどうかの議論が行われています。もしもこれが変更となれば、NHKがネット活用業務を開始して以来の大転換点となり、より"大胆なシフト"になります。公共放送WGは2月末に議論が再開されます。

 2つめの発言は受信料制度についてです。「スマホだけで見ている人から受信料を取った方がいいとか、そういうことにいきなり飛びつくのはやめた方がいいと思います。今のところは、テレビを持っている人が受信料を払っていただくというシステムで、約8割の方が払っていただいているわけですから(中略)。ただ、時代がずっと進んで、そのまま維持できるかというとそれはちょっと分からない」「機が熟したら、私は総合受信料のほうがいいと思います」
 NHKは既に現在の経営計画で、「衛星付加受信料の見直しを含めた総合的な受信料のあり方について導入の検討を進めます」としています。2020年9月からは会長の諮問会議のNHK受信料制度等検討委員会の中に「次世代NHKに関する専門小委員会14」を設け、様々な角度から議論を進めています。
 公共放送WGで受信料制度に関する議論は本格化していませんが、テレビを持たない人がNHKプラスを利用したい場合にどうするかについては論点の1つとなっています。また、民放連や新聞協会からは、ネット活用業務のあり方の検討と財源の問題、つまり受信料制度の議論は切り離せないという意見も出ています。どのタイミングで本格的な議論が始まるのか、注視していきたいと思います。

 3つ目の発言は人事制度と組織改革についてです。「今まで誰も手を付けなかったところに全部着手しようと考え(中略)今までのNHKの非常に強烈な縦型、年功序列型のところを縦と横を両方組み合わせて、フラットな組織」にしました。「フラットにして意志決定を早くしないと世の中についていけないと思います」。このほかにも、この改革に最も力を入れてきた前田会長ならではの発言が相次ぎました。
 私は昨年開催した「文研フォーラム2022」で、前田会長の下で行われた人事制度改革の1つ、若手への権限委譲を議論のテーマとして取り上げました15。改革の目玉の1つに、社内公募で40代の地域局長を誕生させるというものがあり、その1人であるNHK富山放送局の葛城豪局長に登壇してもらいました。葛城局長は、着任早々、若手職員に権限を与えて新企画を次々と始めたり、自ら地域に飛びこんで様々なつながりを積極的に作ったりと、意欲的な活動をしていました。ただ、ディスカッションでは、世代交代や権限委譲のような人事改革は進め方によっては世代間の分断を引き起こしかねないといった懸念や、行うべき人事改革は"意識交代"ではないか、時代の変化に対応できない意識の人こそ交代すべきであり世代のみで判断されるものではない、といった意見が出ました。
 前田会長は人事制度改革の今後について、「制度を作れば運用の問題ですから、十分いけると私は思っております」と語っています。ディスカッション時の発言に呼応しますが、時代の変化に対応したいと考える意欲的な中高年層のモチベーションが上がるような施策や、世代交代にとどまらない、より多様性が生かされる施策を期待したいと思います。

 4つ目の発言は、コストとクオリティーとの関係です。「品質管理をするときに8割まで品質を管理するのと、99パーセントまで管理するのでは、原価コストが、ものすごく変わります。(中略)完璧なものを作るには、コストは多分めちゃくちゃ上がっていきますよね。それでは過剰品質なので、許容できるところまで落としていいよと。そこは具体的にこのレベルまでで良いという基準を内部で作るしかないんです」
 この発言は番組制作の文脈で出てきたものですが、私はこの内容から今後の放送インフラのあり方を想起しました。
 現在、地上放送はユニバーサルサービスとして全国津々浦々に放送を届ける義務があり、そのために数多くの小規模中継局やミニサテライト局、NHK共聴施設を設置しています。しかし、それらの施設の維持・更新にかかるコストは、スカイツリーなどの大規模局に比べて極めて高く、それが放送局の経営をじわじわと圧迫してきています。このコストをいかに減らしていくかが、大きな課題となっています。そのため、こうしたエリアでは、これまで整備していた放送波の仕組みではなく、ブロードバンド、それも汎用性の高いIPユニキャストでその仕組みを代替することでコストを減らしていけないかという検討が総務省で開始されています。
 ただし、ブロードバンドで代替する場合、これまで放送波で届けていたクオリティーを100%保証することはなかなか難しいという問題があります。では、視聴者はどこまでなら受容してくれるのか、放送事業者はどこまでクオリティーを下げることが許されるのか。それは99%なのか、それとも90%なのか・・・・・・。もちろん、視聴者の意向をなおざりにするという判断は決してあってはなりませんし、IP化したからこその付加サービスも検討していくことになると思いますが、今後一層、IP化が進んでいく中、そしてNHKも民放も財源が限られる中で、コストとクオリティーのバランスを考える議論は避けて通れないテーマになるのではないでしょうか。

 最後の発言はNHKらしさについてです。「NHKは戦う相手、公共放送がほかにないんです。これは、悪くすると完全に自己中心的になりやすいですよね。」「NHKは民放とどう違うのか、同じ事をやっていたら何もNHKらしくないじゃないか、何が違うんだと」「要するに毎日の実績がNHKらしさかどうかということを自問自答すると。時代の要請でたぶん変わると思いますが、それを含めてやっていただくということです。だから、らしさの定義はしない方がいっていいと言っているんですよ」
 NHKらしさとは何かということは、私もNHKの職員の一人として日々考えています。しかしそれ以上に考えているのが、公共放送らしさとは何か、ネットも活用する時代の"公共メディア"らしさとは何かです。これについては、らしさの定義をしっかりとしていく必要があると考えており、その上に初めてNHKらしさがあるのではないかと考えています。
 最初にも触れましたが、NHKは新年度の事業計画で、「デジタル時代における新たな公共性を確立」するということを重点事項に掲げています。私は、公共放送らしさ・公共メディアらしさとは何か、というアプローチから、このテーマに向き合っていきたいと思います。