文研ブログ

メディアの動き 2022年03月11日 (金)

#375 政策目的の実現のためにどう政策手段を見直すか? ~「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」第6回から~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 本ブログでは、総務省で開催中の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(本検討会)」を傍聴している私が、私なりに論点を整理し所感を記しています1)
。今回は、第6回の議論についてです。

①    政策目的と政策手段

 今年に入ってから、本検討会では主要な論点として、「マスメディア集中排除原則(マス排)」と「放送対象地域」を見直すかどうかが集中的に議論されています。これは、情報空間がネットに拡張して人々のメディア接触が大きく変容する中、また人口減少が進み地域経済が衰退しローカル局の経営基盤が揺らぎかねない状況になる中、放送の「多元性・多様性・地域性」の確保という政策目的を実現するための政策手段(上記2つの制度)が時代に合わなくなっている部分があるのではないか、という問題意識からスタートしています。政策手段が政策目的の実現を却って妨げているのではないか、と言い換えてもいいでしょう。なんだか最初から堅苦しくなってしまいましたが、このことは、この論点を見ていく点で常に忘れてはならないポイントだと思っています。

②    固まってきた見直しの方向性(案)

 前回の第5回会合では、総務省側から示された「見直しの方向性(案)」を巡り議論が行われました。それを受け、今回は、より明確な方向性(案)2)が示されました。ポイントをまとめておきます。

    1⃣認定放送持株会社制度の地域制限(現状は12地域)は撤廃

    2⃣隣接・非隣接を問わず、一定の制限の範囲内で異なる地域の兼営・支配を可能に

    3⃣同一地域については現状維持。ただしハード設備連携等で緩和ニーズがあるかを継続注視

    4⃣放送対象地域は変更せず、希望する局は複数地域での放送番組の同一化を可能に

    5⃣放送番組同一化の制度を設ける場合には、地域情報の発信確保の仕組みを措置

③ それぞれのポイントについての議論の整理と若干のコメント

 1⃣についてはこれまでも構成員から反対の声は上がりませんでしたが、今回、資本関係と自社制作番組比率との間に関連性が認められない、つまり、例えばキー局持株会社の関係会社の局とそうでない局との間に比率に差異はない、という事務局側の資料が提示され、案では「撤廃」に踏み込みました。撤廃を巡っても、特段の異論はありませんでした。

 ただし、あくまでこれは現時点での比率の数字であり、ローカル局がキー局持株会社の関係会社や子会社になってからその比率が維持されてきたのか向上してきたのか、それとも減少してきたのか、といった経年での分析ではないことには注意が必要だと思いました。認定放送持株制度導入の政策目的は、「地上放送事業者に関し、多額の資金調達や経営の一層の効率化が大きな経営課題となる中、持株会社を通じた資金調達を可能とし、放送事業者の経営の安定基盤を強化する、人材、資金、設備等について経営資源の効率的運用を可能とする、放送事業者間の連携ニーズに柔軟に対応することを可能とする3)」ということであるため、必ずしも地域に向けた自社制作番組の充実は政策目的ではありません。一方で放送法163条において、認定放送持株会社の関係会社には地域向け番組制作への努力が定められています。仮に今回「撤廃」することになったとしても、経年での評価を、地域性の確保という観点から注意深く見ていく必要があるのではないかと感じました。

 2⃣については、局にとって使い勝手のいい柔軟な制度改正が必要だ、という方向で議論は進んでいきました。また、この考え方は4⃣の放送番組の同一化の対象地域を考える際にも援用できるのではないか、ということも今回、示されました。それを受け、現在、現行法では隣接地域の局において3分の1の出資規制がかからない、つまり、局同士の合併まで可能な制度(「特定隣接地域特例」)では対象外とされている広域局の扱いをどうすべきか、ということが一つの論点となりました。
 一例としてあげられたのが静岡県でした。静岡県の場合、東部は関東エリアに近く、逆に西部は中京エリアに近い生活圏となっています。しかし現行法上は、関東も中京も広域局の地域であるため、もしも静岡県にある局が経営統合もしくは番組同一化を考えたとすれば、静岡県については長野県か山梨県としか一緒になれず、生活圏を同じくする関東や中京とは一緒になれません。それは視聴者目線から考えてどうなのか、という問題提起がありました。今回は静岡県が例にあげられましたが、このほかにも同様の課題を抱える県は存在すると思います。それに対して総務省側からは、三大広域圏の資本関係が結びつくことは放送の多様性が損なわれる恐れが強いとの懸念があるため、現行法では認められてこなかった、また、資本関係の強化であれば認定放送持株会社制度を活用すれば可能であり、これまで要望もなかったという発言がありました。ただ、検討の余地はあるという発言もありましたので、次回更に議論が深められていくものと思います。
 しかし、当然ながらこうした“静岡県問題”のようなことは、放送制度特有の論点ではないということには注意が必要だと思います。今後仮に、行政単位が現在の都道府県から、道州制や広域行政圏などへ見直す議論が進んでいくとしたら、同様の問題が顕在化してくることは間違いありません。それをどう解消していくかについては、大きな政治的判断を伴うものとなってくるでしょう。そうした判断の前に、事業者の事情によって先んじて放送制度の側がこのような議論をし、新たな枠組みを設けようとしていることについては、個人的にはいささか違和感を覚えますが、今回、放送対象地域という原則を変えない、ということで、“後戻りできる”制度設計とみることもできると思います。次回は、広域局において隣接特例を拡張するかどうかが議論されると思いますが、認定放送持株制度がある中、今一度、放送3原則という大きな政策目的に立ち返りながら、幅広い議論が行われることを期待しています。

 3⃣については、ローカル局自身から、系列を超えた1局2波や、局の数を減らすクロスネット局化といった具体的な要望が出ていない以上は現状維持でいいのではないか、という構成員が多かったように思います。今回、テレビ朝日HDはヒアリングの追加資料を提出しましたが、そこにおいても同一放送地域内の緩和については否定的な見解が述べられていました4)。ただ、ローカル局の要望については、三友座長が愛媛県を訪れてヒアリングした結果が次回示されるということなので、潜在的にローカル局にこうしたニーズがあるのかどうか、少しは明らかになってくると思いますので、次回の議論を待ちたいと思います。
 また、こうした論点とは異なり、専らハード設備を前提とした連携を行うため、マス排緩和を行わなければできないような資本関係強化の必要があるのかどうかも議論されていました。今回の議論では、ハード設備といっても、“ソフト寄り”のハードとしてのマスター設備については、系列で仕様が異なるために“タテ”(つまり系列ごと)の連携が、一方で中継局設備のようなものについては“ヨコ”の連携が求められるのではないかといった、放送業界にとってよりリアリティのある議論になっている印象を受けました。その上で、ヨコ連携については、既に中継局についてはNHKも含めた共建が進んでいること、またメンテナンス会社については系列を超えて横で共同の会社を作ったり、共同で別会社に委託したりという取り組みが既に進んでいる実例がある中 5)、更に経済合理性を高めていくためにどのような姿を模索していくのか、これはユニバーサルサービスのブロードバンド代替の取り組みを本格的に進めていくことになる中で、NHKも含めた次のステージの議論として改めて出てくる論点ではないかという印象を持ちました。

 4⃣の複数地域の同一放送の可能化については、5⃣の地域情報確保の措置とワンパッケージで議論されてきました。同一放送を可能にするという政策手段によって実現しようとする政策目的は何なのか、今回の検討の中では最も重要な議論であるように思います。ここについては、まだ議論がしつくされているとは思いませんので、次項で詳細に述べていきます。

④    複数地域での番組の同一化の政策目的は何か?

 改めて確認しておくと、現行制度においても、複数地域での番組の同一化を実現する制度は既にあります。この制度は「経営基盤強化計画認定制度」というものですが、「経済事情の変動により放送系の数の目標の達成が困難になる恐れがある等と認められる」地域に指定され、そこの地域の局が計画を作成して総務大臣の認定を受けて初めて実現するもので、いわば、経営が悪化してからの対応策のような制度です。今回議論されているのは、経営が悪化する前に複数局が番組の同一化という施策を行うことで、ローカル局の経営基盤強化を図ろうという、いわば“転ばぬ先の杖”の性質のもので、既存制度とは別立てで設けていこうということを総務省側は方向性案として示しています。
 これを要望したのはテレ朝HDで、要望の際、その目的は「地域での放送の維持」であるとしていました。では、ここで想定する“地域”とは何を指すのか。これが非常に重要な論点だと思います。4⃣と共に議論されている5⃣の地域情報確保の措置についても同様です。今回の議論では、災害でも県よりも広域の地域のニーズがある、といった意見や、県よりも小さな住民自治の単位としての地域情報の確保が重要だ、と言った意見が出され、かならずしも構成員の間で、地域の範囲や地域情報のイメージが共有されているとは思えませんでした。一方で、共有できないのは当然であり、それぞれの地域によって、またそれぞれの局面によって住民のニーズも異なるため、そこは放送を行う局に委ね、局が自らの判断で行っていくべき、という趣旨の発言もありました。
 5⃣の地域情報確保の措置については、これまでのような事業者の努力義務に委ねていてはだめだ、といった厳しい意見や、地域性確保の取り組みのモニタリングが必要という意見、事業者が視聴者への責任として情報発信の見える化を自らの判断で取り組んで公表すべきといった意見が出されました。また、こうした取り組みについては、放送番組の同一化の制度を活用した局かどうかに関わらず、全ての局が公表していくべきではないか、といった意見も出ました。事業者への過度な介入にならず、しかし制度のお題目として形骸化したものにならないよう、そして何より、こうした取り組みが事業者にとって単なる義務ではなく、取り組みを行う事が地域の信頼の確保やビジネスにつながり、更に局が地域メディアとしての役割を高めていくきっかけとなる、そういう方向に向かう議論になっていくことを期待します。前回のブログで私は、単なる放送による地域情報の提供という視点ではない多面的な地域性の物差しを開発することが必要だと述べましたが、そのことを今回も改めて述べておきたいと思います。その物差しをローカル局自らが開発し、公表していくことを通じて、地域における自局の存在意義とは何かを再認識し、住民や広告主・自治体などとコミュニケーションをしていく一つのツールにしていくことができるといいのではないかと考えます。
 更に今回の議論では2つ重要な視点が提示されました。1つ目は、小さな経済圏の情報発信が減ることが懸念されるので、何らかの手段で、地域情報の総量を定量的に維持できる仕組みが必要ではないか、という視点です。番組の同一化によって局の経営合理化を進め、そのことによって地域情報の確保を図っていくという政策目的そのものは総論では同意しますが、更にもう一歩踏み込んで、“市場原理にゆだねていては減少していくことが想定される地域”における情報の確保にこそ力を入れて取り組む視点が、公共的なメディアとしての放送には重要なのではないかと思います。そのためには、複数地域の同一番組における編成の方針や取材地域の力点の置き方をどうするか、といったことも重要になってきます。こうした、地域に対する考え方についても、放送局が積極的に公表していくことが重要なのではないかと思います。
 2つ目は、放送をリアルタイム視聴する人が減少する中で、アクセシビリティをどのように高めていくか、そこを下支えする方策を考える事ができないか、という視点です。その一つのアイデアとして、ネット上の外部プラットフォームや、公共施設のサイネージに優先的に放送コンテンツを載せていくといったことが制度的に考えられないか、という意見が出ました。“市場原理にゆだねていては減少していくことが想定される地域”における情報の確保のため、欧州では、公的支援や受信料による支援の枠組みがあるといった事例が増えていますが、日本ではどのようなモデルがありうるのかを考えていく上で、アクセシビリティという視点から考えていくことも興味深いと思いました。

1)  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/12/01/ 
     
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/01/20/ 
      https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/02/10/
 
     
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/03/07/ 
2)https://www.soumu.go.jp/main_content/000797980.pdf
3)https://www.soumu.go.jp/main_content/000404701.pdf
4)https://www.soumu.go.jp/main_content/000797976.pdf 
5)長崎県や青森県等では系列を超えてメンテナンスの会社を設立・運営、関東広域圏では同一会社に委託しているなどの事例がある