文研ブログ

メディアの動き 2020年10月14日 (水)

#276 『テラスハウス』ショック ~リアリティーショーの現在地② 先行するイギリスの状況~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 フジテレビ系で放送していたリアリティーショー『TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020(以下、『テラスハウス』)に出演していた22歳の女性プロレスラー、木村花さんが亡くなって、まもなく5か月が経とうとしています。花さんの母親の響子さんはBPO(放送倫理・番組向上機構)に対し、「番組で狂暴な女性のように描かれたことによって、番組内に映る虚像が本人の人格として結び付けられて誹謗中傷され、精神的苦痛を受けた」と人格権の侵害などを申し立てていましたが、先月(9月)15日、BPOは審理を開始することを決定しました。今後BPOの放送人権委員会では、番組を制作したフジテレビにもヒアリングを行っていくことになります。

 10月1日に発行した『放送研究と調査』10月号では、木村花さんの死が社会に提起した様々な問題について考えていくシリーズの第1回を掲載しています。

ここでは、リアリティーショーの誕生から今日に至る歴史を、欧米と日本を比較しながらひも解きました。欧米や日本のこれまでのリアリティーショーの具体的な番組内容や様々な課題について詳細に触れていますので是非お読みいただきたいのですが、かなりの長文になっていますので、そこまではちょっと…と思われる方は、サマリーした内容(10分もあれば読了します!)を先日のブログにまとめていますので、こちらを是非お読みください。

 今後、本ブログや「放送研究と調査」では、BPOの審理の進捗なども踏まえながら、SNS時代のリアリティーショーと番組制作における制作者の責任や、出演者・視聴者との関係性について考えていこうと思っています。今回のブログでは、日本よりもはるかに多くのリアリティーショーが放送されており、同様の問題への対策の議論が先行するイギリスの状況について触れておこうと思います。

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 イギリスでは2019年7月から2020年7月まで、放送やメディアの独立規制機関であるOfcomが、視聴者参加型の番組で出演者を守るためのルールについて、意見募集を行いました。Ofcomでは以下の項目を放送規則に加えることを提案しています。

*放送局側が番組参加者に対し、参加することでどのような損害を被る可能性があり、
 どのような負の影響が出るかなどについて説明し、これに十分な同意を得ること
*“傷つきやすい人々”及び参加することで損害を被るリスクがある人々に対し、十分なケアを提供すること。

なぜこうした提案がOfcomから出てきたのか、意見募集を終えた現在の状況はどうなっているのかについて、ご自身もブログでイギリスのリアリティーショーについて執筆されている1)フリージャーナリストの小林恭子さんに伺いました。小林さんには今回、「放送研究と調査」の論考を書くにあたり、イギリスのリサーチをお願いしています

村上:
 今回Ofcomが提案している規則案は、リアリティーショーの出演者に対する放送局の説明責任や、ケアの必要性について言及したものですが、“リアリティーショー先進国”であるイギリス社会では、いつ頃からこうした問題意識が持たれていたんでしょうか。

小林:
 イギリスでいわゆるリアリティショーのブームを生む契機となったの『ビッグ・ブラザー』(2000年、チャンネル4で放送開始)です。郊外の一軒家(「ビッグブラザーハウス」)に若い男女数人を隔離し、共同生活の様子をカメラで監視し、これを放送するという、当時としては前代未聞の形式が取られた番組で、当時からプライバシーの侵害問題、人間を常時監視することの是非、参加者たちのプライベートな会話の中の中傷あるいは差別的表現、暴力的行為などにどう対処するべきかなど、論争のネタは尽きませんでした。
 ただ、当初は参加者・出演者の心身への負の影響は(同列に語られていたとしても)それほど大きな問題とは認識されていなかったように記憶しています。テレビに出ると途中で脱落しても有名人になれましたし、「普通の人」がメディアに出ることで私生活を切り売りしたり、最後に優勝すれば多額の賞金がもらえたりするなどの行為について、参加者は「私生活が暴かれるのを承知で出ているのだから」という認識がありました。
 この番組が大ヒットとなり類似番組が続々と作られていくようになると、リアリティーショーは「番組形式の1つ」として受けいれられるようになっていきます。日常になってしまったわけですね。それに伴い、番組形式自体に対する批判(監視体制やプライバシー侵害の是非など)は当初よりは目立たなくなり、知識人を含めた著名人が出るスピンオフ番組も数多く放送されるようになってきました。

村上:
 出演を決めた側に責任はある、という世間の受け止めですね。ただ、多くの人達が一斉に視聴するテレビに出演し、名前や顔が一気に広まり“有名になる”ことに伴う様々な影響はあまりに大きく、プラスの効果はなんとなく想像できるしそれを期待して出演を望んだ(受け入れた)というのはあると思うのですが、マイナスの効果についてどこまで想像が及んでいたかといえば疑問ですよね。だから、私は自己責任論には拠りたくないです。しかし、イギリスでもその論調が変わってきた、ということなんでしょうか。きっかけはどんなことからですか。

小林:
 ソーシャルメディアが急激に広がり、これによる番組参加者への影響も大きくなり、出演者には以前には見られなかったほどの複雑な問題やリスクが生じる可能性が出てきたんです。こうした中、2019年には司会者が課題を抱える家族同士を対決させる『ジェレミー・カイル・ショ―』(ITV)の出演予定者が自ら命を絶ったり、番組が中止になったりする事件(2019年5月)がおきました。また今年2月には、孤島で8週間若い男女が生活する様子を観察する『ラブ・アイランド』(ITV)で、司会者キャロライン・フラックが自ら命を絶つ事件(今年2月)が発生しました。フラックさんは、同番組への出演者(司会者も含むと)の中では3人目の自殺者です。この番組ではその後も1人亡くなり、計4人が自ら命を絶っています。自殺の背景にどこまで番組への出演の影響があるのかは事例によって異なるようですが、社会的に見逃せない状況になってきているのは間違いありません。こうした事件が起きるたびに、Ofcomには数千、場合によっては数万の苦情が寄せられています。
 加えてイギリスでは近年、メンタルヘルスに対するイメージアップや、幸福感(ウェルビーイング)についての意識が高まるという文化上の変化も起きています。このことによって、番組への出演も含めて様々な体験から生じる心身への危害をもっとオープンにしていこう、そして懸念を発信していこうという動きが出てきていると思われます。


村上:
 なるほど。リアリティーショーという番組そのものが出演者にかける負荷の問題に加えてソーシャルメディアの存在が大きくなってきたということが、今回、Ofcomが動いた大きなきっかけということですね。意見募集は7月に終わったそうですが、現在はどのような状況なのでしょうか。

小林:
 現在、Ofcomは取りまとめに入っているところです。放送業界の反応ですが、リアリティーショーだけでなく、ニュースや時事番組の出演者についても放送局側に「ケアの義務」を課されることになると自由な報道ができなくなる、と懸念しているようです。

村上:
 たしかに放送局の立場からすると、放送規則で縛られるのではなく、局自身が自主的にルールを決め、その内容を社会に示して対話の中で決めていく、そして出演者に対し、出演を決める前から継続的にコミュニケーションをとり信頼関係を構築しながら番組制作、放送を行っていくというのが理想だと思いますが、それはなかなか難しいということなんでしょうか。

小林:
 先の『ラブ・アイランド』など人気が高いリアリティショーを多く放送するITVは、既に「注意義務(Duty of Care)」を文書化しています。最新の注意義務ガイダンスによると、番組制作者は出演者の健康と安全に責任を持ち、番組参加による出演者への衝撃及び放送による衝撃の両方を考慮することが求められています。補則にはリスクの程度に応じて、何をするべきか、リスクをどう判断するかも示されています。
 ローリスクの場合は、制作前の段階として「出演者から同意(インフォームドコンセント)を得る」、「番組の性質、目的、出演者は何を求められるかを説明」、「同意を与える能力に影響を与えるような健康問題などを抱えているかどうかを査定」するなど。撮影中は「ストレスやメンタルヘルス問題の兆候があるかどうかをモニターする」、「ITVのコンプライアンスあるいはリスクチームからアドバイスを得る」など。アフターケアとしては、「放送後の制作側の連絡情報を提供する」、「常にサポートを提供できることを出演者に明確にする」、「ソーシャルメディア上での敵意あるコメントについてのアドバイスを与える」などです。
 ハイリスクの番組の場合は、制作前に「番組出演による負の面、例えばオンラインでの攻撃、知人らがメディアにその人についての情報を売る可能性があることなどを教える」、「これを記録する」など。撮影中は「専門家による心理学上のアドバイスを24時間提供できるようにする」、「出演者の健康を管理する担当者を置くこと」など。アフターケアとして「フィードバックの時間を持つ」、「それまでの生活に戻るため、あるいはメディア報道への対処などを支援する」、「カウンセリングを提供する」など。撮影が終了し、出演者が帰宅する前に出演者の心理状態、番組内でどのような位置づけとなっているか、メディアやソーシャルメディア関連のアドバイス、お金の面についてのアドバイスも提供するようにと書かれています。最後の項目は、出演によって巨額の出演料が入る可能性も高いことを加味してだと思われます。

村上:
 うーん。それを伺うと、細かく決めて配慮を行っている、という印象以上に、そこまでのことをしなくてはならないほどリスクの高い番組って何なんだろう、と感じてしまうのが正直なところです。特にハイリスクの番組については、そもそもこうした番組をあえて制作すべきなのか、とも感じてしまいました。そして、こうした「注意義務」があるにも関わらず、結局は出演者の自殺を食い止められていない、ということなんですね。

小林:
 そうなんです。そのことも今回、Ofcomが規則化を提案する背景にあります。提案が今後どうなっていくのかについては注視していきたいと思いますが、ただ、こうしたリスクが指摘され、議論が大きくなってもなお、リアリティショーは継続して制作・放送されるのではないではないでしょうか。それはやはり、視聴率が高いこと、高額の広告収入が入ることなどの要因があるからですが、根本に「テレビの魔力」があるからではないかと思います。「出てみたい」と思わせるのがテレビです。多くの若い人にとって、リアリティショーに出る人は憧れの対象になり得ます。著名人であっても、一つ上の段階に行くためにテレビに出たがる人は無数にいることでしょう。
 でも、Ofcomが提案書を出す際の理由にも挙げていますが、その負の面も次第に注目を集めることになってきました。いいことばかりではないことが分かってきたのです。リアリティショーをめぐって、私たちは「テレビ」という、いわば魔物を手なずける道を探すべき時に来ているのではないでしょうか。何万もの人の目にさらされることで、自分の傷つきやすい部分が何倍にも拡大されてしまうこと、ソーシャルメディアが発達したことで、視聴者の反応が双方向に広がること、出演者を攻撃する可能性があること、こうしたことに自分は 本当に耐えられるのかを考えてみること
 もし前向きの要素があるとしたら、リアリティーショー出演による負の面を減少させる動きが出演者の側から出てきたことかもしれません。BBCニュースによりますと、リアリティーショーの出演者たちがいかにソーシャルメディアの反応に苦しめられたかなどを告白し始めています。また、今月から、リアリティーショーの番組の出演者を“オーディションする新番組”が放送されるのですが、そこでは、かつて出演者だった人達がオーディションに来た若者たちへのアドバイスをするそうです。「スポットライトの下に出た瞬間、あなたは(人に)判断される。だから、面の皮が熱くないとダメ」と。その出演者たちは、かつて自分たちが制作側から全く何のケアも支援も行われなかったと吐露しています
 リアリティーショーは多くの若者層にとってすでに日常の一部として受け止められていますし、テレビの魔力が続く限り、出演者側が賢くなって「ともに生きる」しか選択肢はないように思っています。

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 木村花さんが亡くなって以降、リアリティーショーのような番組を制作すべきではない、と発言している精神科医や評論家は少なくありません。番組が何らかのきっかけとなって尊い命が失われた以上、こうした論調に大きく傾くのはある意味当然であるとも思います。ただ、放送文化やコンテンツ文化のあり方を考える立場の私としては、リアリティーショーと呼ばれるジャンルを全て一律に括り、制作はやめてしまうべき、という論に安易に与してしまうことは、この問題に対して思考停止してしまうことになると思っており、だからこそ考え続けていかなければならないというスタンスに立っています。そして日本においては、いまもなお数多くのリアリティーショーが、主に現在は配信サービスではありますが、制作されているという状況もあります。
 ただ、今回イギリスの状況を小林さんに伺い、より頭を抱えることになってしまったというのが正直な感想です。日本ではイギリスのような放送局や配信事業者自身によるガイドラインも作られていない状態ですし、仮にガイドラインが作成されたとして、ソーシャルメディアがこれだけ広がっている中で果たしてどこまで有効に機能しうるのか……。
 今回、小林さんに伺ったOfcomの提案の結果や放送局の反応については、改めて「放送研究と調査」で続報を記していきたいと思います。また、日本でのBPOでの審理についても見守っていきたいと思います。




1) 小林恭子「【テラスハウス・出演者死去】英国のリアリティ番組でも、問題続出 私生活露出でもOK?」
  『ヤフー個人ニュース』(2020年6月1日)
  https://news.yahoo.co.jp/byline/kobayashiginko/20200601-00180964/