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メディアの動き 2020年05月29日 (金)

#251 ファクトチェックと風刺

メディア研究部(海外メディア研究) 塩﨑隆敏

 

 「ファクトチェック」という言葉が最近、よく使われるようになってきました。ファクトチェックとは、記事に含まれる言説やデータの信憑性を確かめ、内容について、“正”“誤”“ミスリード”といった表現を用いて判定するものです。対象となるのは、もちろん疑わしい情報です。広告収入を得るため、派手な見出しを付け、虚偽の情報を発信する人が世界中にいますから、日々、そうした情報に向き合いファクトチェックを行う「ファクトチェッカー」と呼ばれる人たちも活躍しています。

 『放送研究と調査』2020年4月号で、2019年12月にシンガポールで開かれたアジアのメディア関係者の国際会議、「APAC Trusted Media Summit」について報告しました。各地のファクトチェッカーたちも参加したあるセッションで、あまり聞き慣れない英単語を耳にしました。Satireです。辞書を引いてみると(政治・時事問題などについての)風刺、皮肉と出てきました。

 風刺は、新聞の風刺漫画や挿絵など、ジャーナリズムと深い関わりを持っています。パロディーとともに、時の権力や有力者を揶揄したり、世の中の本音をあぶり出したりと、ジャーナリズムの批判精神を体現してきた存在です。風刺とファクトチェックにいったい何の関係があるのか、興味を覚えました。 

 風刺やパロディーは、もともと“事実ではない事柄”です。架空の話だったり、内容が誇張されたりした言説も含まれます。パンチの効いた風刺や皮肉は、重苦しい空気を笑い飛ばす力を持っていますが、読者の側にも意図を読み解くメディア・リテラシーが必要になります。風刺の記事をSNSに投稿すると多くの人の目にとまります。ところが、一部分だけが取り上げられ、人々に共有されるうちに、風刺やパロディーだったはずのものが、どこかの段階で、あたかも事実であるかのように広まっていくことがあります。なかには、風刺であることを故意に隠して偽情報を広める人までいます。

 とはいえ、風刺は、そもそも「事実」ではないので、ファクトチェックの対象と一線を画すべきものだと講師は説明していましたファクトチェックを進めている人たちの間では、以前からこの点を論じてきたようです 1)。風刺やパロディーは「芸術の形の1つ」としてみなし、ファクトチェックの中で、きちんと切り離して考えていく必要があるのだと、講師は強調していました。会議に参加するまで考えてもみなかったことでした。

 ただ、時として風刺は思わぬ事態も招きます。2015年にはイスラム教の預言者を風刺する漫画を載せたフランスの新聞社「シャルリ・エブド」への襲撃事件も起きています。表現の自由やリテラシーといった点以外からも議論する必要があります。極端な例はともかくとして、ファクトチェックにしても風刺にしても、根底に共通しているのは批判精神であると考えます。さまざまな情報が瞬時に世界を駆け巡る今だからこそ、ジャーナリズムやメディアにとって、批判精神が出発点であることを会議の議論から共有できたと感じています。

1) https://firstdraftnews.org/latest/fake-news-complicated/