文研ブログ

メディアの動き 2020年03月02日 (月)

#238 総務省・吉田眞人情報流通行政局長インタビュー①~「放送を巡る諸課題に関する検討会」 今後の論点‐同時配信~

メディア研究部(メディア動向) 村上 圭子

 本ブログでも度々登場している総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」。メディアサービスにおいて通信と放送の融合が進展する中、放送メディアが抱える“諸課題”を整理すると共に、政策としての対応策が議論されています。この「諸課題検」が立ち上がったのは、NETFLIXやAmazon prime Videoがサービスを開始した2015年ですが、それ以降に起きている放送メディアを取り巻くテクノロジー、サービス、事業者、視聴者像などの激変に対し、議論はどこまでスピード感を持って進められているのか、疑問を感じることも少なくありません。
 こうした中、先日(2月21日)開かれた「諸課題検」では、今後の検討項目4つが示されました(図1)。項目を見たり議論を傍聴したりしただけでは項目に込められた意図が十分に理解できなかった点もあったので、吉田眞人情報流通行政局長に直接お話を伺いました。その内容をブログでご紹介したいと思います。論点が多いので2度に分けてお伝えします。

<図1>
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  出典:総務省・放送を巡る諸課題に関する検討会・2月21日資料

<問題意識と基本的なスタンス>

村上:「諸課題検」も5年目に入りました。吉田局長は、発足当時は審議官として、現在は局長として放送政策をご担当されています。まず局長の現在の問題意識をお聞かせください。

吉田:通信放送融合時代が進展し、放送サービスの独自の存在意義が問われるような時代になっています。しかし、社会と文化の安定装置の意味合いとしての存在意義は、少なくとも短期・中期的には必要だと思っています。だとしたら放送サービスがサステイナブル(持続可能)に提供されるような環境をどう維持していくかを考えていくべきであろう、というのが基本的な私の問題意識です。

村上:周辺環境は激変し続けているため、個々の事業者にはスピード感ある変革が求められていますよね。他方で放送サービスはメディアの中では唯一、放送法という制度的枠組みの中にあります。だからこそ、時に総務省のイニシアチブも求められるのではないかと思うのですが、長らく取材を続けていて、失礼ながら総務省自身のグランドデザインが見えにくい気がしているのですが・・・ 

吉田:もともと放送事業は基本が無線局の免許に基づいており、更にそれに関連する枠組みが存在しています。ですので、制度の議論をする際には十分に注意しないと、特に民間事業者においては制度改正に合わせた方向に経営方針を役所が主導しようとしているのではないかと誤解されがちで、それは避けたいです。事業者から「こうしてほしい」という意見をもらえれば、その道を開く議論ができます。つまり、総務省は“べき”論ではなく“可能性”論を模索する立場であると考えています。

<同時配信に関する制度議論>

村上:これまでの「諸課題検」では、NHKの常時同時配信に関する議論にかなりの時間が割かれました。結果、昨年は放送法改正が行われ、まもなくNHKの同時配信サービスも開始されます(図2)。では、今後の「諸課題検」では、「通信・放送融合時代における放送政策」についてどんな論点が想定されているのでしょうか。多賀谷一照座長からは、制度の見直しも含めた議論をするとのご発言もありましたが。

<図2> 「NHKプラス」の画面イメージ  <同時配信>と<見逃し配信>
              
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  出典:https://plus.nhk.jp/info/

吉田:放送事業者からずっと言われていることではありますが、同時配信に関する著作権の問題について本腰を入れて検討していきたいと思っています。日本の場合、通信と放送が、法体系が分かれているが故に別々に取り扱われていますが、コンテンツの中身からいうと、同時配信は基本的に同じものが提供されます。それを別のものとして取り扱う必要があるのか。これは著作権の整理と密接に関わっているので、放送法を所管する役所が取り組むべき課題だと考えています。

村上:2015年11月に「諸課題検」が開始されてすぐ、こうした問題意識も含んだ検討会が情報通信審議会の下で開催され、2年間議論が行われました。その時には、対応策としては著作権法の改正なのか放送法の改正なのか、つまり文化庁が主導で考えるのか、総務省が主導で考えるのか、押し付け合いをしているように映ることも少なくありませんでした。結局、制度改正は行われないまま現在に至っており、この論点は文化庁の文化審議会著作権分科会や規制改革推進会議で議論されています。局長のご発言は、総務省は放送法改正も視野に議論していく、という理解でいいのでしょうか。

吉田:現時点では、著作権法改正なのか放送法改正なのかというのは結論が出ているわけではないけれど、これまで総務省は、この論点はどちらかというと文化庁さんの領域ではないか、というスタンスでした。でも、こちらで何も汗をかかずに先方にやってください、というだけだとやはり物事は進まないので、総務省としても覚悟を持ってどこまで踏み込むべきか議論する必要はあると思っています。こうした議論は、抽象論の時には理念的立場の主張になってしまいあまり進まないのですが、NHKの同時配信も始まりますし、民放もまだトライアル的な部分も多いけれども、5年前に比べたら本格的に取り組むようになってきました。ようやく本格的に制度の議論をリアルにできる時期になったと思っています。

村上:もしも放送法を改正するとしたら、同時配信を放送と“みなす”ということになるのでしょうか。そうなると同時配信の品質の担保、つまり、放送との同一性をどこまで担保するか、という技術的な議論にもなりますよね。

吉田:一言で放送法の改正といっても、同時配信を本来の放送そのものとして位置づけるという方法もあるし、必要な部分だけ、つまり今求められているのは権利処理の部分なので、その部分の要件を満たしたものを放送に準ずるものとみなすという方法もあると思います。

村上:“要件を満たす”ということですが、その際に、放送エリアと同じように同時配信でもエリアを制限するかどうかという点は大きいですよね。NHKは先の放送法改正で地域局から配信する場合には、放送と同一のエリアに制限することになっていますが、民放が現在実施しているケース(甲子園やマラソン等のスポーツイベントの同時配信やTVerで行われている実証実験等)見ると、キー局もローカル局も放送エリアを越えて全国に配信し、CMも差し替えてのマネタイズを模索しようとしています。このあたりはどのように考えればいいのでしょうか。

吉田:確かにCMの差し替えとかがあると制度を作るのはすごく難しいのですが、民放がエリア制御をかけるのかどうかとか、CMを差し替えるのかどうかというのは法制度ではなくてビジネスの議論ですから、そこは民放の人達ともよく話をしていきたいと考えています。同時配信について、総務省は事業者がどういう方向にも動けるような環境整備をしていきたいと思っています。

 
 今回のブログでは、吉田局長へのインタビュー部分のうち、同時配信に関する内容をまとめてみました。皆さんはどう受け止められましたでしょうか。私は、外部環境の変化が激しい昨今、放送行政を所管する総務省が何らかのビジョンを示すべき、という立場ですが、局長はあくまで、放送事業者の主体性を重んじ、事業者が具体的に動いて初めて制度の議論もついてくるという立場でした。ただ今回、同時配信の著作権問題について、総務省も覚悟を持って臨むという姿勢が示されたことは、これまでにない大きな変化であると感じました。
 これから制度改正の議論に向かうにあたり、放送事業者自身も、同時配信に対する問題意識を改めて整理しておく必要があると思います。同時配信は、①これ以上人々のテレビ離れを進行させないため、もしくはテレビ離れした人々にもネットでテレビの情報や番組に触れてもらうために行うのか、②一斉同報・時間編成・地域制御という放送メディアとしてのアイデンティティをネット上に拡張させるために行うのか、③フェイクニュース・フィルターバブルという課題に対し、制度で規律されたメディアがネットにも存在すべきという社会的要請に応えるために行うのか、④データビジネス、データマーケティング主流の時代にユーザーとのつながりを形成するために行うのか、⑤将来的に伝送路がオールIP化することも見越した備えとして行うのか…等々。なしくずしの実施にならず、将来も見据えた議論を期待したいものです。
次回は、「諸課題検」で新たな分科会を作ることになった「これからの公共放送の在り方」「災害時における放送の確保のあり方」そして、とりまとめに向けて議論が進んでいる「放送事業の基盤強化」について取り上げます。