#48 参加報告:RIPE(世界公共放送研究者会議)@アントワープ
メディア研究部(海外メディア研究) 田中孝宜
「公共放送」の将来について考える会議が
9月22日〜24日の3日間ベルギーのアントワープであり、参加してきました。
RIPE(ライプ)と呼ばれる会議で、2年に一回開かれます。
2年前はNHK放送文化研究所と慶応大学が共催し、東京で開催しました。
今回はベルギーの公共放送VRTとアントワープ大学がホストです。
VRTは、450年の歴史がある市庁舎を会場に歓迎レセプションを開いてくれました。
写真 レセプション会場の市庁舎とVRTの若手職員たち
アントワープでのRIPE会議の全体テーマは「ネットワーク時代の公共放送」。
インターネットや新しいテクノロジーの出現は放送をどう変えるのか?
それに対して公共放送はどう向き合えばいいのか?
世界から約70人の研究者が集まり、話し合いました。
写真 VRTのLembrechts会長(左) RTBFのPhilippot会長(右)
会議初日は、ベルギーの公共放送から最新の取り組みについて紹介がありました。
ベルギーにはオランダ語圏のVRT、フランス語圏のRTBF、
ドイツ語圏のBRFの3つの公共放送があります。
VRTの会長の報告では、取材記者が破壊されたシリアの油田地帯を
360度カメラを使って撮影し、ドキュメンタリーを制作したことが紹介されました。
ベルギーでは3月に空港と地下鉄の駅でテロがあり、
難民問題がクローズアップされる中で、
難民の故郷シリアの現状を伝えるための新たな技術の可能性を試してみたそうです。
写真 360度カメラの活用方法を紹介するVRT職員とドキュメンタリーを視聴する参加者
2日目と3日目は、
「オンライン時代のジャーナリズム」、
「双方向、ソーシャルメディアと向き合う公共放送」など、
参加者は6つの分科会に分かれて研究成果を持ち寄り、意見交換しました。
私が参加した分科会のテーマは、
「民主主義社会における公共放送の役割とネット時代の視聴者」。
難しそうなテーマですが、いろいろな国の参加者から興味深い研究報告がありました。
例えば、南アフリカの研究者は、
「公共放送SABC(南アフリカ放送協会)はイギリスBBCの仕組みにならって作られたが、
今は政治介入が強く国営放送のようになっている。
制度は似ていても公共放送としての中身が違っている」と現状を危惧する発表を行いました。
また、スペインの研究者からは、一部で独立を求める動きもあるバスク地方などについて
「地元の話題を中心に放送すると視聴率は上がるが、
一方で愛国心をあおることにもつながりかねない。
公共放送としてのバランスが求められている」という報告がありました。
私自身は、今年2月に行ったイギリスでの調査を基に
「NetflixなどOTT事業者が公共放送に与える影響」について発表しました。
(詳細は『放送研究と調査』2016年7月号を参照してください)
会議の中で、ベルギーの研究者の一枚のスライドが特に印象に残っています。
水の中を泳ぐ魚たちの映像です。
その研究者はいいます。「水の中の魚のように、私たちはメディアの中に暮らしている。
メディアは私たちの生活の仕方を左右し、社会のあり方を左右し、将来を左右する」。
さて、濁流の中を泳ぐのか、清流を泳ぐのか・・・
公共放送が「健康な水」を市民一人一人に提供し続けられるのかが
問われていることを、会議を通して感じました。
3日間、研究者が話し合って解決策が見つかるわけではありませんが、
放送が大きな変革期を迎えている中で、NHKの将来を考える上でのヒントをもらいました。
そして何より、公共放送について共に考える海外の仲間と出会えたことは
貴重な財産だと思っています。
写真左から イギリス・カナダ・スペイン・(筆者)・南アフリカの研究者