#35 『EU国民投票』 BBCの報道は公平すぎ?
メディア研究部(海外メディア研究) 田中孝宜
イギリスの公共放送BBCは「EU国民投票」をどう報道したのでしょうか。
現地調査のため、ロンドンに行ってきました。
この写真は、6月21日にロンドンのウェンブリー・アリーナで撮ったものです。
ウェンブリー・アリーナは、コンサート会場として知られていますが、
この日集まった6,000人の観客のお目当ては・・・
「イギリスは、EUに残るべきか出るべきか?」
BBCが開いた大ディベート大会です。
幸運にも私はVIP席で見せていただきました。
前ロンドン市長のボリス・ジョンソン氏ら離脱派3人と、
現ロンドン市長のサディク・カーン氏ら残留派3人が激しく討論。
観客席から時に拍手、時にブーイングを受けながら、まさに言葉による格闘技を繰り広げます。
「6月23日をイギリスの独立記念日にしよう!」
ボリス・ジョンソン氏が叫ぶと、離脱派の観客から割れんばかりの歓声が上がりました。
イギリスでは、新聞は自らの立場を明確にします。
投票日当日の朝刊では「Leave(離脱)に投票しよう」「Remain(離脱)に投票しよう」と、
大きな文字で呼びかける新聞もありました。
しかし、放送は別です。
議論が分かれる問題に関して、放送には『不偏不党』が義務づけられています。
「デモクラシー(民主主義)」という言葉を現地で何度も聞きました。
議論をして、最後は投票で決める。それが民主主義の基本だということです。
そして議論の場を作り、判断するための材料を提供する、
それが公共放送の役割だと考えられています。
ご存じの通り、イギリス国民は「EUからの離脱」を選択しました。
しかし、結果が出た後も、本当に正しい選択だったのか、納得できないという人も多くいます。
議論が尽くされていなかった、という意見も聞かれます。
離脱に投票したことを後悔している人もいるといいます。
そうした人たちの中にはBBCの報道に不満を持つ人がいます。
「BBCが公平すぎたために、かえって論点が見えなくなり、議論が深まらなかった」というのです。
デイビッド・パットナム上院議員(写真右端)もそんな一人です。
パットナム議員は、『炎のランナー』や『キリングフィールド』などを制作した映画プロデューサー。
チャンネル4の副会長を務めたこともあり、メディア政策に影響力を持っています。
そのパットナム氏が、BBCの国民投票報道について、
「不偏不党の厳格なルールに手足を縛られ、“便秘状態”だった」と述べて、
BBCは報道姿勢を見直す必要があるという考えを示しています。
こうした批判についてBBCでは、
「意見をいうのは公共放送の使命ではない。不偏不党、公平な報道は守られるべきだ」
と反論しています。
国民投票後の週末、ロンドンでEU離脱に反対する大規模なデモ行進が行われました。
ピカデリー通りからトラファルガー広場まで大勢の人が埋め尽くし、
「イギリスはEUに残るべきだ」と訴える姿には、胸が熱くなりました。
しかし、投票結果は簡単に覆せるものではありません。
デモ行進を見ながら、デモクラシーの素晴らしさと同時に怖さも感じました。
民主主義は数だ!といっても、
国の形を変え、国の将来を大きく左右する問題に関しては、
時間をかけて議論しなければ取り返しのつかない後悔が残るかもしれません。
BBCは世界の公共放送のモデルとして理想化して語られがちですが、
実際には政治家からの圧力を受けることもしばしばです。
そうした中で、BBCでは、国民投票報道にあたって、
6,000人の全報道職員を対象に研修を行ったり、
報道ガイドラインを作成し責任者が全国行脚したりして、
不偏不党、公平な報道を徹底するよう努めました。
詳細は・・・現在、原稿を執筆中、
『放送研究と調査』10月号に掲載予定です。