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津波からの避難 みんなが逃げる みんなが助かる

2022年11月17日

巨大地震による津波から、どう命を守るのか?いま全国各地で、住民と自治体がその課題に取り組んでいます。今回は、その取り組みから浮かび上がってきた問題を、深く掘り下げていきます。高い所への避難をどうする?避難場所が遠い地域での対策は?また、東日本大震災では、多くの高齢者が犠牲となりました。同じ悲劇を繰り返さないためには、どうすればよいのか?住民ひとりひとりが最善を尽くす、津波避難を考えます。

この記事は、明日をまもるナビ「みんなが逃げる みんなが助かる 津波からの避難」(2022年11月13日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。

これだけは知っておきたい、津波からの避難
▼ふだんから、どこに逃げるか、より多くの避難場所の選択肢を頭に入れておく。
▼津波からは原則は徒歩で避難。しかし高齢者など自力避難が困難な人への対策と配慮が必要。
▼避難場所まで距離がある場合、最善の方法は、地震発生後5分以内に避難する「5分ルール」の訓練と実践。


津波避難 3つの課題

南海トラフ巨大地震で想定される最大の津波高は、高知県の黒潮町で34メートル。千島・日本海溝の地震では北海道釧路市が20メートル、関東の地震では鎌倉市が14.5メートルと、太平洋側はほぼ全域が巨大津波に襲われると想定されています。

巨大津波が想定される主な震源域
巨大津波が想定される主な震源域

2011年の東日本大震災以降、全国各地で津波を想定した対策や避難訓練が行われています。まさに津波からの避難は、沿岸地域で暮らす住民全てが考えなければいけない問題です。

そんな各地の自治体での取り組みの中から、避けて通れない3つの問題が浮かび上がってきました。

3つの問題「高い所への避難」「避難場所が遠い」「高齢者の避難」

津波防災に詳しい片田敏孝さん(東京大学大学院情報学環 特任教授)は、
「この3つの課題に共通するのは『正解がない』こと。全員にとっての正しい答え、共通する答えはない。ひとりひとりが自分にとっての答えを探さなければならない問題」と言います。

片田敏孝さん(東京大学大学院情報学環 特任教授)
片田敏孝さん(東京大学大学院情報学環 特任教授)

各地の事例を検証し、この3つの課題について考えていきます。


どうする?高い所への避難

土佐湾に面した高知県・香南(こうなん)市。多くの観光客で賑わう海岸沿いに一際目立つ施設があります。2017年に完成した津波避難タワーです。

香南市の海岸

海抜15メートル以上の場所に600人を収容できる避難スペースを設置、車椅子が十分に通れるスロープも設置しています。

海岸沿いの津波避難タワー
海岸沿いの津波避難タワー

南海トラフ巨大地震が起きた場合、香南市は地震発生後、10分から20分で津波が到達、場所によっては15メートルの高さになると想定されています。市はこれを受けて、津波想定区域での一時避難場所として、避難タワー23基の建設を予定していて、すでに20基が完成しています。

車いすでも登れるスロープを設置
車いすでも登れるスロープを設置

しかし、地域の人の中には避難タワーに登ったことのない人も多く、その必要性が知れ渡っていないのが現状です。

そこで、11月5日の津波防災の日にタワーをライトアップするイベントが開催されました。近くの住民に実際にタワーに上ってもらい、施設を見学してもらいました。住民の施設への理解は高まったようです。

津波防災タワーをライトアップ
津波防災タワーをライトアップ

では、住民の避難場所はタワーだけなのでしょうか?

海岸にある避難地図を見ると、他に高台の避難場所がありました。海岸からおよそ500メートルの場所にある標高27メートルの観音山です。大人が急いで歩けば5分、頂上に登れば避難タワーを見下ろせます。避難場所へのスロープも整備されています。

標高27メートルの観音山
標高27メートルの観音山

この場所には江戸時代末期、1854年の「安政南海地震」での津波からの避難を伝える石碑が残されています。数百人が助かり、命の山と呼ばれるようになったと記されています。

安政南海地震の避難を伝える石碑
安政南海地震の避難を伝える石碑

さらに、観音山の近くには別の避難場所もあります。坪井高台です。ここからだと津波が来ても更に高い場所に「二度逃げ」が可能です。

近くには別の避難場所も
近くには別の避難場所も

●津波避難タワー避難のメリット・デメリット

もし香南市の海岸で地震に遭遇し、津波到達まで5分だとしたら、あなたはどう行動しますか?すぐ目の前の津波避難タワーか、走れば5分くらいの高台の避難場所か、どちらに逃げますか?

津波到達まで5分 どこに逃げる? A.避難タワー B.高台

津波避難タワーへの避難

●メリット

短い時間で避難することができる。

●デメリット

想定を超える津波が来たら、逃げようがない。周りは全て津波で囲まれた中で、最初の津波より大きい次の津波が押し寄せることも考えられる。

高台への避難

●メリット

さらに大きな津波が来た場合には、より高い場所へ「二度逃げ」ができる。

●デメリット

避難に時間がかかる。高台への距離がある場合、途中に地震で倒壊した建物や土砂崩れがあるかもしれず、安全に行けるかが不確実。

「どちらを選んでもメリット・デメリットがある。ふだんから、自分にとって最適な避難ができるよう、より多くの避難場所の選択肢を頭に入れておくことが非常に重要です」(片田さん)


どうする?避難場所が遠い

太平洋に面した人口およそ16万人の北海道釧路市。現在の想定では、巨大地震発生の際、津波は内陸部まで達します。浸水域に暮らしているのは、人口の7割、11万人です。

釧路市中心部の津波ハザードマップ
釧路市中心部の津波ハザードマップ

市内の大楽毛(おたのしけ)地区にある小学校では、巨大地震による大津波を想定した避難訓練が行われています。この日は、住民や地元の企業も参加。900人が1キロあまり内陸にある高さ14メートルの高台を目指しました。

訓練開始から20分後、全員が到着しました。津波の到達予想時間は30分足らず。地震発生直後に同じように無事に走りきれるとはかぎりません。

大楽毛地区の人口はおよそ5400人。国の想定では、広い範囲で5メートルから10メートル浸水するとされました。海に近い住宅地には、避難に適した高い建物が少ないうえ、分断するように線路があり、踏切を渡るために遠回りを余儀なくされる所もあります。

大楽毛地区 広範囲で5~10メートルの浸水

地図の赤い地点が釧路市の「避難困難地域」です。浸水域でありながら、近くに高い避難先が少ないのです。

「避難困難地域」を示した地図

さらに高齢化も大きな問題です。大楽毛地区では、65歳以上の人が占める割合はおよそ40%。自力で避難できない人は60人以上。リヤカーを使った避難も検討していますが、全員の避難は難しいのが現状です。

町内会では、「この地域にとっての命綱」だとして、津波避難施設を増やすよう釧路市に要望し、市も津波避難施設などの整備費用の国の補助率を引き上げるよう、国に求めてきました。

今年5月、千島海溝・日本海溝で想定される巨大地震や津波に関わる特別措置法が改正され、補助率はそれまでの2分の1から3分の2に引き上げられることになりました。大楽毛地区の住民は、「しっかり事前の準備をすれば(犠牲者が)8割ぐらいは減らせるという数字もある」として、今後の整備が進むことを期待しています。

施設・避難道路の整備費用 国の補助率 2分の1から3分の2に

釧路市の避難困難地域のような場所で避難する場合、車の利用はどう考えればいいのでしょうか?

片田さんは「原則は徒歩です。道路渋滞で全ての道路が車で埋め尽くされ、身動きできなくなってしまう」と指摘します。

しかし、冬の北海道では、足腰の弱い高齢者などはどうしても車を利用せざるを得ません。「行政は、渋滞しない交通対策や、避難した先で車が止められるスペースの確保といった現実的な対応もしていかなければならないと思います」(片田さん)

【参考】
明日をまもるナビ「車でどう避難する?災害時の車の使い方(1)」


命をまもる!5分ルール

避難場所が遠い地域に住む住民にとって最善の策は、「命をまもる!5分ルール」です。安全な避難場所まで距離がある人たちは、一刻も早く逃げるしかありません。地震発生後5分以内に避難できるような体制を整えておくことです。

命をまもる!5分ルール

この「5分間」という数字は、津波が起きた場合の避難状況や被害の発生状況をシミュレーションした結果から導かれたものです。

三重県尾鷲市の「動く津波ハザードマップ」で行ったシミュレーションを紹介します。

尾鷲市の「動く津波ハザードマップ」
尾鷲市の「動く津波ハザードマップ」

市街地に住んでいる1万6917人が、「地震が発生し避難警報を聞いてから20分後」に避難を始めたと仮定すると、逃げ遅れた津波で亡くなる被害者は3201人というシミュレーション結果になりました。

地震発生20分後から避難開始すると被害者数は3201人に
地震発生20分後から避難開始すると被害者数は3201人に

被害者をゼロにするためにはどうすればよいか、シミュレーションを繰り返した結果、地震発生後5分以内に避難すればよいことが分かりました。

5分で避難すると、被害者数は0人
5分で避難すると、被害者数は0人

尾鷲市役所では、「5分で逃げれば犠牲者ゼロ」という横断幕を掲げて、ふだんから市民に呼びかけを行っています。

尾鷲市役所の横断幕
尾鷲市役所の横断幕

津波からの避難は時間との勝負ということがわかります。
「携帯で情報を確かめたり、周りの状況を調べたりしたくなるが、そんなことをしていては駄目。大切なのは一刻でも早く逃げること。」(片田さん)


どうする?高齢者の避難

●「津波てんでんこ」の教訓

東北地方の三陸沿岸はこれまで繰り返し津波の被害を受けています。その中で、地域では「津波てんでんこ」という言葉が伝承されています。

津波てんでんこ

「津波のときにはてんでばらばらで逃げろ」という意味です。東日本大震災では、この言い伝えを守って多くの方が命を守られた一方で、自力で逃げるのが難しい人を助けに行き、一緒に命を落とした方も多くいました。

岩手県宮古市の田老(たろう)地区は、東日本大震災のとき、高さ10メートルの巨大堤防を乗り越えた津波によって壊滅的な被害を受け、181人の犠牲者を出しました。

この地区で食堂を営んでいた、赤沼ヨシ(あかぬま・よし)さん(2012年12月取材時95歳 2016年に死去)。
赤沼さんは、1933年の昭和三陸津波のとき、家族がバラバラに逃げる『津波てんでんこ』で、全員助かった経験があります。
「津波だったら、人も待っていられない。自分の身を守るだけ、本当にてんでんこなのさ」

赤沼ヨシさん(2012年取材時)
赤沼ヨシさん(2012年取材時)

地震が起きた当時、赤沼さんは海の近くにある自宅にひとりでいました。

近所に住んでいた家族が心配して様子を見に来ましたが、赤沼さんは家族に、指定された避難場所に先に逃げるよう促しました。自分の足では避難場所の前にある階段を上がるのは難しく、一緒に避難すると家族を危険にさらすと考えたからです。

当時避難所だった地区の総合事務所
当時避難所だった地区の総合事務所

階段を上らなくてもいい場所はないか。赤沼さんは近くの山を目指すことにします。

赤沼さんの避難ルート
赤沼さんの避難ルート

周りにいた人が手を貸そうとしましたが、赤沼さんは、みんなが巻き込まれてはいけないと、山に避難するように言いました。
「おばあさんがいたら、置いて逃げるのが当たり前。若い人たち、これからの人なんだもの」

何とか山のふもとにさしかかったその時。背後から津波が音を立てて迫るのが見えました。
赤沼さんはその場にしゃがみ込み、耳も目も閉じて、死を覚悟したと言います。しかし、しばらくして津波が襲って来ないことに気がつきます。津波は赤沼さんが逃げてきた場所のすぐ手前で止まっていたのです。

津波はギリギリで止まった

避難した家族も、全員無事でした。逃げられる場所へ、それぞれが素早く避難することが大切だと、赤沼さんは改めて思ったといいます。
「昭和8年(1933年)の津波が、結局勉強になった。『おぶったり、しょったり、連れたり、引っ張ったりしないで逃げる』とそのとき教えられた。みずから本当に身軽にして、逃げなきゃだめ」(赤沼さん)

●“津波てんでんこ”赤沼ヨシさんから学ぶこと

赤沼ヨシさんが遺した「津波てんでんこ」の証言から、片田さんは次のような教訓を読み取ります。

赤沼ヨシさん
赤沼ヨシさん

「昭和三陸津波で、助け合おうとして、結果としてみんなが亡くなる状況を(赤沼さんは)たくさん見てきた。もちろん自分も助かりたいんだけども、ひとりひひとりの精いっぱいの努力で、“みんながより多く助かる”ということを言っておられる。自分の体の状態をちゃんと自覚して、自分のできる最大限の最善の対応行動は何なのかをしっかりわかっておられて、その行動を取られたのです」


震災の犠牲から生まれた「消防団の15分退避ルール」

高さ20メートルを超える津波に襲われた岩手県大槌町(おおつちちょう)。犠牲者は、町の人口の1割に近い1200人以上にのぼりました。その中には、最後まで住民を救おうとしていた14人の消防団員が含まれています。

団員のひとり、岩崎伸行さんは、亡くなった団員たちと行動を共にしていました。水門を閉鎖し、避難誘導をしていた時のことです。

大槌町消防団 岩崎伸行さん
大槌町消防団 岩崎伸行さん

防潮堤に面した民家から寝たきりの病人を運び出してほしいと頼まれました。しかし、医療用のチューブや装置につながれ、簡単には運び出せない状態でした。
「時間もかかってまずいから、とりあえず2階に上げようと、みんなで並んで持って上がった」(岩崎さん)

しかし、津波は瞬く間に防潮堤を越え、2階に流れ込んできました。2階部分はそのまま津波に流されていくうちにバラバラに壊れ、ほかの団員の姿は見えなくなりました。岩崎さんは、流される途中でがれきの上に乗り移って、九死に一生を得ました。しかし、病人と5人の仲間は、帰らぬ人となりました。

岩崎さんは海沿いから1.5キロ奥まで流された
岩崎さんは海沿いから1.5キロ奥まで流された

どうすれば消防団員が犠牲になることなく、住民を助けることができるのか?大槌町は防災マニュアルを作成し、こう宣言しました。
「津波到達予想時刻の15分前には消防も逃げます」

大槌町が作成した防災マニュアル
大槌町が作成した防災マニュアル

消防団の退避ルールが全国に先駆けて決められたのです。津波の到達予想時間は地震発生から30分。消防団の活動時間は15分しかありません。住民はどう対応すればいいのか。町内会で検討を重ねました。

津波防災計画のための住民懇談会

そして、大槌町では今、消防団と住民が一体となって、実際に15分で避難できるよう、訓練を行っています。

住民と消防団が一体となった避難訓練
住民と消防団が一体となった避難訓練

「自分たちを助けられるのは15分という時間しかないと意識してもらって、その間に自分がやるべきことを最大限やる。救助に入って15分たってしまって、まだ避難できないとなると、助ける側も悩んでしまうので、そうならない状況を作る。15分たつ前に、少なくとも玄関先までは助けられる側の人も出てきてもらう。そうすると、全員が助かりますよという思想で作られた」(大槌町安渡町内会 会長佐々木慶一さん)

●死なずに助かるための“15分ルール”

片田さんはこの15分間の意味を次のように説明しています。
「この地域に来る津波の到達時間から、これだけの時間があれば、安全を確保できると考えたもの。その時間で精いっぱい高齢者や身体の不自由な人たちを助けようという考え。“津波てんでんこ”の教訓と、その一方で許される範囲で助けたいという思いとの間で出てきたルールだと考えるべき」

片田敏孝さん(東京大学大学院情報学環 特任教授)
片田敏孝さん(東京大学大学院情報学環 特任教授)

最後に片田さんは、津波からの避難の心構えをこうまとめました。
「ひとりひとりの力ではどうにも対処しきれないような大きな津波のリスクに、私たちみんなが向かい合っています。だからこそ、みんなで精いっぱい備え、犠牲者ゼロを目指してみんなで頑張る。そんな取り組みが必要になってきていると思います」

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