この記事は、明日をまもるナビ「水難事故から命を守る」(2022年7月31日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
これだけは知っておきたい、川や海に潜む危険
▼水の屈折率により、深い川が浅く見えてしまい、急に深くなる場所で溺れてしまう。
▼たとえ水泳が得意でも、特殊な訓練を受けていない限り、自分で泳いで溺れている人を助けるのは無理。
▼溺れている人を見つけたら、「ういてまて」と声をかけ、すぐに119番通報する。
子どもの水難事故 河川が最も多い理由は?
夏の時期、水の事故の被害にあった人は全国でどのくらいいるのか。
2020年と2021年の7~8月における水難者の数を比較したグラフです。
水難者の数は、全体で見ると51件減っていますが、子ども(中学生以下)は、逆に9人増えています。
2021年7~8月、中学生以下の子どもの死亡事故が起きた場所は、河川が最も多くなっています。
水難事故研究の第一人者、水難学会会長で長岡技術科学大学大学院教授の斉藤秀俊さんは、
「キャンプがブームになって、慣れない川で泳いでしまうことも多い。また川の場合は、海水浴場とは異なり、監視員やライフセーバーなど、危ないときに助けに来てくれる人はいない。どうしても重大事故につながる」と、その原因を分析しています。

とりわけ川の水難事故で多いのは、浅そうに見える川で溺れてしまうケースです。
「浅く見える川が、実際には深いのです。それに気づかないで、はまってしまう」(斎藤さん)
川の中に潜む危険を探る
なぜ川が急に深くなるのか。水辺に潜む危険を知ってもらおうと、NHKの水中撮影を手がける「潜水班」が、水難学会の協力のもと、取材しました。
東京の都心から車で1時間あまりの秋川(あきがわ)の上流。川遊びをする家族連れなどに人気のスポットです。

川に潜むリスク。それは、流れが少し緩くなっている場所にあると専門家は指摘します。
実際に流れが緩くなっている場所を岸から見てみると、透明な水で川底が見え、一見安全なように見えます。

しかし、たった5歩進んだだけで、川底が急に深くなり、足がつかなくなりました。水深は2メートル近く。頭まですっぽりと沈んでしまいました。

川がどのくらい深いかは、陸上から見ただけではわかりづらいのです。
水中カメラで川の底を撮影してみると…川の流れが岩にぶつかり、川底に向かっています。そのため、川底の土砂が押し流されて深くなっています。こうした深みにはまって溺れるケースが後を絶たないのです。
次に向かったのは、同じ秋川の中流域。川べりにはバーベキュー場があります。川は天然のプールのような穏やかな流れです。ここで事故が多発しています。

川に入ってみると…。
数歩進んだだけで急に水深が増していました。

この地点は、2つの川が合流するなどして複雑な流れになっています。川底が掘られ、水深が急に深くなっているのです。
この深みを水中で詳しく撮影してみると、事故につながる危険な要因がいくつかわかりました。
① 川底の砂利と深みの角度
斜面の細かい砂利は、手ですくいあげると、さらさらと軟らかくなっていました。また、この深みの傾斜は急なところで30度近くもあり、砂が崩れやすい限界の角度です。こうした構造が深みにはまることにつなります。

深みから引き返そうとすると、砂が崩れて川底がさらに深くなり、“アリ地獄”のように登ることができず、溺れる可能性が高まります。

② 大丈夫だという思い込みと油断
この場所で起こりうる危険な状況を再現してみましょう。例えば、泳いで渡った人が向こう岸にいる場合、手前にいる人は「川全体が浅い」と思い込んでしまいます。

初めは流れも穏やかで足が着くため、安心して川を渡ろうとしますが、予想外の深みが突如現れます。その油断が焦りにつながり、溺れてしまうのです。
命を落とさないためには、川には目に見えない危険があると常に考えて行動することが大切です。
●水の屈折率が川底を浅く見せる
そもそも川底はなぜ浅く見えるのでしょうか。それは水の屈折率によって目の錯覚が起こるためです。
簡単な実験をしてみましょう。
紙コップの中に10円玉を入れます。水を注ぐ前には底の10円玉は見えません。
ここに水を注ぐと、カメラの角度は同じなのに、10円玉が見えてきます。
水の屈折率はおよそ1.3。中の物は3割ほど膨張して大きく見えるので、紙コップの中の10円玉が見えているのです。同様に、川底も膨張して見えるため、「3割ほど、浅く・近くに見える」のです。
溺れている人を助けるには?
泳ぎが得意な人でも川の中で溺れてしまうことがよくあります。
水難学会の斎藤さんはこの理由をこう分析しています。
「川に入るときは泳ぎながらではなく、立ったまま入っていく。突然足が立たなくなったところで、泳ぐための水平の姿勢になろうという動作は難しい」
足の届くところなら、流れに逆らうことが可能で、呼吸も簡単にできます。
ところが、足が届かないと当然地面が蹴れません。流れに逆らえないし、呼吸も困難になってしまいます。
では目の前に川で溺れた人がいたら、どんな行動を取るべきでしょうか。
答えは、②と③。
まず「ういてまて!」と声をかけることが重要です。
「力を抜いて、背浮きの姿勢になります。背中を下にして、水の上に寝るような状態。そうすると呼吸ができる。その姿勢で救助を待ってください」(水難学会・齋藤さん)
そして、すぐに119番に電話して救助要請します。
救急車が事故現場に到着するまで平均8.9分かかります(2020年全国平均/消防庁調べ)。約10分間、水に浮いて呼吸が続けば、助かる確率が上がります。
ペットボトルなど浮く物を投げて与えるのも有効です。溺れている人の体力、精神的にも楽になります。
もしも自分の子どもが目の前で溺れたら?泳いで助けに行こうとする親御さんは多いでしょう。
しかし、斎藤さんは「それは無理だ」と断言します。
「たとえ、水泳が得意でも、溺れている人を助けるのは無理です。そうやって子どもを助けようとして命を落としたお父さんは毎年後を絶ちません」(水難学会・齋藤さん)
溺れている人を何も持たずに救助しようとするとどうなるのか?NHKの潜水班が実験してみました。
水に流されたり漂流している人を泳いで助けに行くという設定です。
2人ともダイビングのインストラクターの資格を持っています。
浮いている人を抱えて運ぼうとしますが…
2人どちらも顔が沈んで、息をすることさえ難しくなります。
特別な訓練を受けていない限り、水面に浮いている人を助けるのは絶対に無理なのです。
ではどうしたらよいのか。斎藤さんは、子どもの側に寄り添い、救助が来るまで一緒に「ういて(浮いて)まつ(待つ)」方法を紹介しています。相手を励まし、落ち着かせるのも救助のひとつ。自分自身が冷静になることも大切です。
なぜ「ういてまて」が有効なのか?
実は、「ういてまて」は2年前から小学校の学習指導要領に明記され、学校のプールの授業で教えられています。
斎藤さんらの水難学会では、全国の小学校で「ういてまて」教室を開催しています。
人間の体は空気を吸った状態で真水に浮いたとき、全身のうち2%が水面に出て、98%が水面の下になります。気を付けの姿勢だと、頭の先端が水面に出るくらいです。
この状態で両手を上げると、手の先端が水面に出て、体はより沈みます。手の先が2%部分になるためです。そのため、溺れたときには、手を振って誰かに自分が溺れていることを知らせるのは危険な行為です。
さらに「助けて」と声を出せば、肺の空気が減って、さらに体が沈みます。
斎藤さんの指導のもと溺れて沈む場面をプールで再現しました。両手を上げて「助けて」と声を出してみると、すぐに体が沈んでしまいました。

こんなとき、浮いて待てる体勢に移ることができるポーズがあります。
それは「クリオネのポーズ」。両手をパタパタと動かして、水面に近づいていきます。足はバタバタさせません。靴の浮力も手伝って、体がちょっと水面に近くなってきます。

その次に「ういてまて」のポーズをとります。

斎藤さん
「服と靴をつけた状態で普通のプールに入る機会はあまりないので、興味のある方は水難学会で開いている講習会に参加して覚えてください」
●水難学会のホームページ ※NHKサイトを離れます

また、水遊びするときは
「常にひざ下の水深のところで遊んで、もし、ちょっと深みに入ってしまったら少し戻って、膝下のところで遊んでもらうように」と、斎藤さんは指導しています。
「ういてまて」はあくまでも最後の非常手段です。
水辺で遊ぶ際は、危険な川には近づかない、川に入る場合はひざ下まで、などの注意点は守りましょう。
遠浅の海に潜む危険な「離岸流」
ここからは、海での水難事故について見ていきます。
去年の夏に水難事故で亡くなった人を全世代で見ると、最も多いのは海の事故です。
海での事故原因の一つに「離岸流」があります。
離岸流とはどんなものなのか?NHKの潜水班のカメラマンが、水難学会の指導のもと、安全対策を行ったうえで離岸流の撮影に臨みました。
見えない海の流れを見えるようにするために、海水を色付けできる着色剤を使ってみると…
離岸流が発生していない場所では、波の影響で着色剤が岸の方に流れます。ところが、着色剤が沖に向かって流れる箇所があります。これが「離岸流」です。


離岸流は砂浜に近いところから100メートルくらい沖までの範囲で発生します。海水浴中に、この流れに乗ってしまうと、沖へ流されてしまうのです。

一般の人が陸から見ただけでは離岸流を見つけることが難しいため、事前に危険を察知することができず、海の事故につながっているケースが後を絶ちません。
海で遊んでいる時、離岸流に流されてしまったらどうなるのか。NHKの潜水班のカメラマン2人が、離岸流が発生した場所に入ってみました。

沖に向かう強い流れで、岸から離されていきます。すぐ足が着かなくなり、その時点で溺れてしまう可能性もあります。

岸に向かって全力で泳いでも全く進みません。このとき、岸で待つ側は2人が流されているのか、戻ってきているのか、判別がつきませんでした。
結局2人は、離岸流をう回して泳ぎ、ようやく岸に戻ることができました。

離岸流の発生しやすい場所は、家族連れが遊ぶような海水浴場の遠浅な海に多く見られます。しかも人工の構造物などがある場合、その裏を回って離岸流が発生する場合もあります。
「海水浴場で泳ぐ時には、ライフセーバーにどこが危ないかを確かめると同時に、ライフセーバーがいるところで泳いでほしい」(斎藤さん)
もし、岸から離れたと思ったら、とにかく呼吸を確保して、浮いて助けが来るのを待ちましょう。何か浮き具があるなら、つかんで浮いて待ちましょう。ライフセーバーがいれば、必ず見つけて助けに来てくれます。

「川や海は本来楽しい場所です。夏休みに皆さんで思い出を作っていただくには本当にいい場所ですから、ぜひとも、浅い水深のところで親子で楽しんでいただけるといいと思います」(斎藤さん)