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“1000年に1度の雨” 洪水ハザードマップで命を守る

豪雨災害が激甚化している今、確認したいもの。それが「洪水ハザードマップ」です。国はこれまでの想定を厳しく見直し、“1000年に1度の雨” に切り替えました。各自治体も洪水ハザードマップの大改修を進めています。一方で、浸水エリアの拡大や避難経路の検証などの課題も見えてきました。新たな洪水ハザードマップをどう活用するか、専門家とともに探ります。

この記事は、明日をまもるナビ「1000年に一度の雨に備える~変わるハザードマップ」(2022年6月26日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。

これだけは知っておきたい、最新ハザードマップ活用法
▼全国の主要河川の洪水と土砂災害のハザードマップが確認できる「全国ハザードマップ」をNHKが制作。
▼2020年8月からは不動産の買主・借主に対して、重要事項説明の中で水害ハザーマップの説明が義務化されている。
▼国土交通省や自治体で、地域のハザードマップを立体CG化して、分かりやすく伝える取り組みが進んでいる。


何が変わった?新しい「洪水ハザードマップ」

近年、想定を超える降水量が記録されていることから、2015年に国は水防法を改正しました。ハザードマップをこれまでの“100年~200年に1度の雨”の想定から、“1000年に1度”という想定に変えました。

現在、約87%の市町村で新しい想定の洪水ハザードマップが公表されています。

関東地方のハザードマップについて、従来と今を比べてみると…

●従来のハザードマップ

100~200年に1度の洪水を想定した浸水想定域
100~200年に1度の洪水を想定した浸水想定域

●新しいハザードマップ

1000年に1度の雨を想定 色のついた浸水想定域が広がっている
1000年に1度の雨を想定 色のついた浸水想定域が広がっている

利根川や荒川流域で浸水想定域が広がり、浸水深も最大で10メートルから20メートルと深くなりました。
新しい洪水ハザードマップでは、浸水想定域を赤系の色で表示。色が濃いところほど浸水が深いことを示しています。

ハザードマップを長年研究している東洋大学教授の及川康さんは、新しいハザードマップの特徴をこう説明します。
「どれぐらいの条件を想定して描くのか。新しいハザードマップでは、その条件設定が大きく変わったところがポイント」

東洋大学教授 及川康さん
東洋大学教授 及川康さん

ハザードマップは市区町村が作成し、各家庭に冊子などで配布。ホームページでも閲覧が可能になっています。

また、NHKでは、今年の本格的な大雨のシーズンに備えるために、全国の洪水と土砂災害のハザードマップが確認できる「全国ハザードマップ」サイトを試験的に制作しました。

NHK「全国ハザードマップ」

【NHK「全国ハザードマップ」】

全国およそ2200の主要河川を対象に、各自治体が持っているデータを集積しました。(洪水の対象河川については中小河川は一部のみ表示。内水氾濫は反映されていません)


1000年に1度の大雨とは?

この“1000年に1度の大雨”表現は、観測が始まったここ100年ほどの気象データなどから、科学的に推測した結果をもとにしています。

“1000年に1度”とは確率表現のルールです。例えばサイコロでひとつの目が出る確率は6分の1ですが、6回振って1度も出ないことも、連続して同じ目が出ることもあります。つまり1度起きたから、もう999年起きないということではなく、連続して起こる可能性も想定しなければならない」(及川さん)

●1000年に1度の雨の実例、熊本県球磨川流域の豪雨災害

2020(令和2)年、豪雨で甚大な被害を受けた熊本県球磨川流域。このときの大雨がまさに1000年に1度に迫る雨でした。

市の5分の1の世帯が被害を受けた人吉市(ひとよしし)。被災した住民の宮原信晃さんを取材しました。

宮原さんの自宅は川から100メートルほど離れた場所。57年前の球磨川の氾濫でも大きな被害を受け、それ以来、大雨の際は自分で決めた避難のルールを守ってきました。

宮原さん自宅の場所は従来のハザードマップで最大3メートルの浸水予想
宮原さん自宅の場所は従来のハザードマップで最大3メートルの浸水予想

宮原さんは、球磨川沿いにある鳥居の先の水面を目安に、自宅の2階に避難すると決めていました。
「川の水位がちょっと上がれば、自宅から水面が見える。水面が見えてくれば用心しろというサイン」(宮原さん)

57年前の浸水は1階の軒下まで。その後、自宅を1メートルほどかさ上げしたため、2階まで水は来ないと思っていたからです。

自宅の2階から見える鳥居
自宅の2階から見える鳥居

しかし、2年前の豪雨は予想を大きく上回るものでした。原因は、最近頻繁に発生する“線状降水帯”です。
このとき12時間に降った雨は流域の平均で346ミリ。一方、57年前(昭和40年)の雨は172ミリでした。

大雨特別警報の発表からほどなくして、宮原さんは鳥居の先に濁流を確認。氾濫した水が2階にまで及び、屋根の上に逃げるしかありませんでした。

浸水は、これまでのハザードマップの想定3メートルを上回る、4メートルに達していました。

濁流に呑み込まれた鳥居の先端。宮原さんの自宅も2階まで浸水
濁流に呑み込まれた鳥居の先端。宮原さんの自宅も2階まで浸水

想定をはるかに越えた洪水は堤防を越え、町を飲み込みました。建物が川の流れに沿うように下流へとなぎ倒されました。

洪水がなぎ倒した住宅
洪水がなぎ倒した住宅

現地を調査した河川工学の専門家・島谷幸宏さんの解析では、洪水の流速は秒速およそ5メートル。ふだんの流れの3倍以上に達していました。堤防よりはるかに高い6メートルに及んだ水深が、流速が増した原因の一つと見られています。流速は、水深が深いほど速くなるためです。

1000年に1度に迫る雨は、巨大な水の塊となり、集落に押し寄せていたのです。

巨大な水の塊に飲み込まれる住宅
巨大な水の塊に飲み込まれる住宅

【参考記事】
明日をまもるナビ「熊本県球磨川で起きた「津波洪水」 新たな豪雨災害にどう備えるか?」(2021年7月21日公開)
「令和2年7月豪雨」での球磨川氾濫災害を詳しく紹介しています。


どうして?浸水リスクが高いのに、なぜ人口が増える?

新しいハザードマップで被害想定が更新された結果、浸水想定区域に住んでいる人口が増えました。実は、区域そのものが広がったこと以外に、浸水想定区域に指定される地域に新たに住み始めた人が増えていることもわかってきました。

全国の浸水想定区域の人口は増えている
全国の浸水想定区域の人口は増えている

浸水リスクが高いエリアでの人口増加を分析した研究者の1人、明治大学教授の野澤千絵(のざわ・ちえ)さんが注目したのは、埼玉県幸手市(さってし)。3年前(2019年)の台風19号で、利根川の水位が上昇し、道路が冠水するなどの被害が出ました。

明治大学教授 野澤千絵さん
明治大学教授 野澤千絵さん

幸手市では、かつて人がほとんど住んでいなかったエリアの人口が急激に増えていました。

2004年と2021年の航空画像を比較すると、以前は農地が多かった場所が、現在では住宅地になっていることがわかります。3メートル以上の浸水リスクがあるエリアでも、宅地開発などで人口が増えているのです。

2004年の航空写真
2004年の航空写真
同じ地区の17年後(2021年)の航空写真
同じ地区の17年後(2021年)の航空写真

このような浸水想定区域で暮らす住民たちは、浸水のリスクをどのくらい把握しているのか。NHKはアンケート調査を行いました。

住宅を購入する際にハザードマップを確認していたのは4割ほど。半数以上が浸水リスクを確認していませんでした。

住宅購入時にハザードマップを確認したかどうか
住宅購入時にハザードマップを確認したかどうか

住宅を購入するときに重視した項目を複数回答で聞いたところ、多かったのは『広さ・間取り』『立地の利便性』『価格』でした。

住宅購入時に何を重視したか
住宅購入時に何を重視したか

2020年8月からは宅地建物取引業法が改正され、取引業者が行う重要事項説明で、不動産の買主・借主に対して、水害ハザードマップの説明が義務化されています。

「ハザードマップはその気さえあれば確認できる情報です。聞いてないとか、誰かのせいにするような類いの情報ではありません」と及川さんは事前の確認を勧めています。


1000年に1度の雨に備える取り組み

まさに1000年に1度に迫る雨に見舞われた熊本県球磨川流域では、住民たちが被害を検証し、激甚化する大雨災害に備えようと動き出しています。

球磨川流域では50人が犠牲となりました。亡くなった人々は、いったいどのような状況に遭遇していたのか。かつて球磨川でリバーガイドをしていた市花保(いちはな・たもつ)さんたちは、家族や近所の人々に聞き込みを続けてきました。

「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会」を運営する市花保さん(正面)
「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会」を運営する市花保さん(正面)

調査の結果、 最も多かったのは、平屋から逃げ遅れて溺死した人でした。また、避難中などの移動中に亡くなった人が8人もいました。

球磨川水害で亡くなった50人の被災状況
球磨川水害で亡くなった50人の被災状況

人吉市の下薩摩瀬町(しもさつまぜまち)では、川から150メートルほど離れた場所で、長年農業を営んできた老夫婦が命を落としました。

人吉市下薩摩瀬町
人吉市下薩摩瀬町

近所に住む男性に市花さんらが聞き込みをしてわかったのは、ハザードマップだけでは見過ごされる重大なリスクがあるということでした。

午前7時ごろ、浸水に気づいた夫婦は、軽トラックで避難しました。その途中、流れが強く立ち往生。流れはさらに激しさを増し、ほどなくして流されてしまったのです。市花さんたちの分析からは、夫婦の自宅付近に特に激しい流れが発生していたことが分かってきました。

老夫婦が避難に使った軽トラックが取り残されていた
老夫婦が避難に使った軽トラックが取り残されていた

インターネットで公開されている国土地理院の地図に、標高50センチごとに色をつけていくと、ふだん意識することのない、わずかな高低差が浮かび上がってきました。この色が大きく変化する場所で多くの犠牲者が亡くなっていたのです。

高低差の変わる場所で移動中の人たちが亡くなっていた(赤い丸)
高低差の変わる場所で移動中の人たちが亡くなっていた(赤い丸)

1000年に1度に迫る雨の場合、早い段階で小さな支流や水路があふれ、町の中に激しい流れが生じる危険性が浮き彫りになったのです。

「こういう微妙な高低差を見て、その道路にどのような流れが発生するのかを分析することは、避難する時にも命を救うのにも役立つと思います」(市花さん)

東洋大学の及川さんは、避難路を分析することの大切さを指摘しています。

「一般的な洪水ハザードマップは、基本的には浸水の深さの表示に止まるものが多いのが実情です。しかし流れが加わると、水の中を歩いて避難することも大変難しくなります」(及川さん)

早めの避難

水害への備えで最も大切なことは「早めの避難」です。及川さんも「早めの避難がまずは鉄則、大原則」と強調します。

周囲が水に浸かった中を歩く「ジャブジャブ避難」は、濁っている水の底に何があるか分からず、マンホールの蓋が取れていたりすると大変危険です。そうなる前に避難することが必要です。

大雨や河川の情報、さらに自治体から出される避難情報もキャッチして、早めに避難しましょう。

水に浸かった中を歩くのは大変危険
水に浸かった中を歩くのは大変危険

自分が住んでいる場所がどんな場所なのか、どんなリスクがあり得るのかに気付くきっかけとしても、ハザードマップはとても大事です。

一方で、及川さんが危惧するのが「災害イメージの固定化」という問題です。

例えば、自宅の場所がハザードマップ上で色が示されていない区域の場合、「浸水することがないから安全だ」と信じ込むケースがあります。

もしさらに想定を上回る2000年に1度クラスの豪雨が降った場合、ハザードマップに描かれていないからと言っても、自分や家族の命は守れません。やはり早めの避難が大原則です。


被害の予測を立体化して、よりリアルに

雨の降り方が激甚化する中、被害の予測を立体化した地図を使って住民に示し、よりリアルに感じてもらうことで災害に備えようとする取り組みも始まっています。

全国56の都市の道路や建物を立体CG(コンピューター・グラフィック)に再現した地図「プロジェクト・プラトー」です。建物がいつ建てられたのか、木造か、鉄筋コンクリートか、などの情報も入っています。さらに、自治体ごとに、災害の予測に役立てることもできます。

浸水をシミュレーションしたプラトーの画面から
浸水をシミュレーションしたプラトーの画面から

【参考】
PLATEAU(プラトー) ※NHKサイトを離れます
国土交通省が主導する、日本全国の3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクト。


国土交通省は、このデータを全国すべての自治体が利用できるようにする計画です。

この立体CGの技術を、いち早く取り入れ、防災に役立てようとしているのが、長野県茅野市です。

山に囲まれた長野県茅野市
山に囲まれた長野県茅野市

去年(2021年)9月、茅野市高部地区では、豪雨による土石流で100軒以上が被災しました。住民は早めに避難したため、死者もけが人もでませんでしたが、山に囲まれる茅野市では、毎年のように起こる土砂災害への対策が課題になっています。

ハザードマップの立体化を話し合う茅野市の若手職員たち
ハザードマップの立体化を話し合う茅野市の若手職員たち

ITに詳しい若手の市職員がチームを組んで、どうしたら早い避難に結び付くマップになるかを検討し、2021年の土石流の被災データをもとに新たな立体マップを作成しました。モニター上で自由に拡大でき、押し寄せた土砂の高さをひと目でイメージできます。被災地の住民にも見てもらい、使い勝手を確かめています。

実際の土石流被害を元に作成した立体マップ
実際の土石流被害を元に作成した立体マップ
立体マップの拡大断面図
立体マップの拡大断面図

茅野市ではこうした立体的なマップを全地域で作成し、スマートフォンでも見られるようにしたいと考えています。

さらに茅野市では、土砂災害への対策として、山間部の渓流の水位を測る取り組みを始めました。小さな渓流が無数にあり、豪雨になれば水があふれ、土石流の原因になるからです。

山間部の小規模河川
山間部の小規模河川

地元の公立諏訪東京理科大学の協力を得て、電池と無線通信装置を内蔵した水位計センサーを58か所に設置。センサーがリアルタイムにキャッチしたすべての水位データを次の災害の予測に役立てる計画です。

山岳地水位計を設置
山岳地水位計を設置

「川の流れがこんなに大きくなっているのかと、とてもわかりやすいと思います」(公立諏訪東京理科大学特任教授 小林誠司さん)

集められたデータはスマートフォンで確認できる
集められたデータはスマートフォンで確認できる

近い将来、立体マップに渓流の水位データも加えることで、住民の早めの避難を促したいと考えています。

「例えば河川堤防の決壊ポイントを変えると、自宅の浸水被害がどう変わり得るのか、可視化できるようなツールになっていくと、より一層有効なツールになる」と、及川さんも可能性を高く評価しています。

NHK防災・命と暮らしを守るポータルサイト
NHK防災・命と暮らしを守るポータルサイト