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個別避難計画 高齢者・障害者を助けるために

近年の豪雨災害の犠牲者のうち、高齢者が高い割合を占めています。こうした中、高齢者や障害者などを守る対策として注目されているのが「個別避難計画」です。避難に支援が必要な人を自治体が名簿化し、一人ひとりの避難計画を作ることで“みんなが助かる”ことを目指しています。一方で、計画の作成には、多くの課題も見えてきています。

この記事は、明日をまもるナビ「みんなが助かるための個別避難計画」(2022年6月12日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。

これだけは知っておきたい、個別避難計画づくりの現状
▼2021年に災害対策基本法が改正され、市町村に個別避難計画を作成する努力義務が課せられた。
▼個別避難計画の策定率が伸びない理由のひとつに、“支援者”の確保の大変さがある。
▼自治体ではなく、民間のマンションで自主的に避難計画づくりを進めているところがある。


個別避難計画とは何か?

個別避難計画」とは、高齢者や障害者など支援を必要とする人たちの避難計画を一人ひとりの状況に合わせて事前に作成しておき、災害時に備えるものです。

  • いつ
  • どこへ
  • 誰と一緒に
  • どうやって逃げるか

などを具体的に決めておきます。

個別避難計画の対象となる人たちを「避難行動要支援者」と呼びます。

介護が必要な高齢者、障害のある方、難病を患っている方、乳幼児、妊産婦、外国人などが対象
介護が必要な高齢者、障害のある方、難病を患っている方、乳幼児、妊産婦、外国人などが対象

2021年、災害対策基本法が改正され、個別避難計画を作成する努力義務が市町村に課せられました。

跡見学園女子大学教授で、内閣府の制度作りにも携わっている鍵屋一(かぎや・はじめ)さんは、「(都会では隣近所の)つながりがない状況にある。そういう時に災害が襲ってきたらどうなるかを知ってほしい」と、個別避難計画の必要性を訴えています。

跡見学園女子大学教授の鍵屋一さん
跡見学園女子大学教授の鍵屋一さん

なぜ必要なのか?それは近年頻発する豪雨災害で、被害が高齢者に集中している現状があります。
2018年7月の西日本豪雨で最大の死者を出した岡山県倉敷市真備町では、犠牲者51人のうち45人が、65歳以上の高齢者でした。


個別避難計画の作り方

個別避難計画はどのように作られるのでしょうか?

①高齢者や障害者など、自力で避難が困難な人を自治体が調べ、名簿を作ります。これを「避難行動要支援者名簿」といいます。

個別避難計画の作り方

②自治体は、要支援者本人に対して「名簿の登録」と「支援者への情報公開」の同意を確認します。

個別避難計画の作り方

③要支援者からの同意が得られると、自治体は地域の自治会や民生委員、福祉関係者に情報を提供します。

個別避難計画の作り方

④どのような支援が必要か、自治体・支援者(福祉関係者など)・要支援者が話し合いながら計画を作成します。

個別避難計画の作り方

⑤それぞれが計画書を管理して、災害に備えます。

個別避難計画の作り方

自分が住んでいる地域の個別避難計画の作成状況は、市町村のホームページで調べられます。防災担当窓口に電話で尋ねることも可能です。

要支援者名簿への登録を自分で申請することもできます。例えば妊娠していて自力での避難が難しいと思う人は、お住まいの自治体の防災担当にご相談ください。


個別避難計画書には、具体的にどんなことが書かれているのか。京都府福知山市で実際に使われている記入例を紹介します。

これはひとり暮らしの高齢者で、足が不自由な方の例です。

福知山市の事例
福知山市の事例

特に重要なのは、要支援者一人ひとりに応じた支援情報です。
この方の場合、「足腰が弱っているため、避難には付き添いがあるほうがよい」と書かれ、避難支援者として3名が登録されています。

「特記事項」には一人ひとりに応じた支援情報が記入される
「特記事項」には一人ひとりに応じた支援情報が記入される

策定率10%、なぜ?

支援が必要な人々の命を守るために大切な個別避難計画ですが、全国の自治体での策定率は、現在10%にすぎません。

理由のひとつに、「支援者」を確保することが難しいという現実があります。兵庫県川西市(かわにしし)を取材しました。

兵庫県川西市役所
兵庫県川西市役所

人口およそ15万人の川西市。2017年までに市の名簿に登録された避難行動要支援者はおよそ3300人です。
市は、要支援者の情報を各地区の自治会と共有し、個別避難計画を作るよう呼びかけてきました。

市役所で保管される避難行動要支援者の名簿
市役所で保管される避難行動要支援者の名簿

市内で最も大きな地区では、避難の支援を希望している住民は400人を超えています。

要支援者名簿の一部
要支援者名簿の一部

避難計画には、支援者の確保が欠かせません。ところが、この地区は高齢化が進んでいて、65歳以上が占める割合はおよそ42%に達しています。

「支援者も高齢化しているので、避難誘導するのは負担が大きい」(多田グリーンハイツ自治会 滝利喜さん)

個別支援計画づくりの難しさを語る自治会の滝利喜さん
個別支援計画づくりの難しさを語る自治会の滝利喜さん
必要な数の支援者を集められない
必要な数の支援者を集められない

なぜ支援者が集まらないのか?それには理由がありました。

自治会では、支援を申し出た住民を対象に個別避難計画づくりの勉強会を開催しました。
しかし、災害時に避難誘導を行わなければならないことがわかると、295人いた支援者の半分以上が辞退を申し出ました。

自治会が作った個別避難計画
自治会が作った個別避難計画

そこで自治会は、支援者の負担を減らそうと、「避難誘導まではしなくてもよい」と方針を変更。支援者の役割を安否確認のみとしたのです。

支援者の役割を安否確認のみに変更
支援者の役割を安否確認のみに変更

現在(2022年)の川西市の個別避難計画の策定率は10.5%。この地区でも支援者が増えているといいます。

●なぜ計画が進まない?自治体の悩み

個別避難計画の策定が進まない理由として、ほかにもさまざまな問題点が考えられます。

内閣府は解決方法を探ろうと、2021年から「個別避難計画モデル事業」を行い、成果の発表とノウハウの共有を行っています。NHKでは、参加している34の市区町村の担当者に計画作成にどんな難しさがあるのか聞きました。

個別避難計画モデル事業 各自治体の計画作成の成果を発表 ノウハウの共有と普及が目的

【自治体の悩み・1】 要支援者名簿を毎年見直さなければいけない

要支援者の介護度が変化したり、在宅介護から施設に移ったりなどすると、何年か前に作った情報のままでは役に立ちません。毎年見直すべきなのはわかっているものの、なかなか着手できないのが現状です。

【自治体の悩み・2】 名簿の開示に同意してもらえない

自分の個人情報を地域に公開していいのか、要支援者の多くが悩んでいます。自治体の名簿への登録は了承しても、デリケートな情報だけに地域の自治会への情報提供は拒否する方が多く存在しています。

【自治体の悩み・3】 行政主導には限界がある。地域の理解が得られないと難しい

鍵屋さんは「これが一番切実な問題」だといいます。
「地域のコミュニティがふだんからお祭りなどで顔がつながっていれば、『そういうことなら手伝おうか』となりますが、そうでなければ地域が理解するのはなかなか難しい。どれだけ自治体が計画を作成しようとしても進まないのです」(鍵屋さん)


要支援者全員の避難誘導を行うマンション防災

自治体主導ではなく、民間で避難計画づくりをうまく進めているところがあります。

神奈川県横須賀市の新興住宅地にある、マンション。

300世帯が暮らす横須賀市の大型マンション
300世帯が暮らす横須賀市の大型マンション

約300世帯が暮らすこのマンションでは、要支援者に対する支援者の割合が、なんと100%です。

このマンションでは、自治会が独自の避難計画を作成しています。

マンションの自治会がまず手がけたのが、居住者台帳の整備です。
支援が必要な一人ひとりについて、避難誘導が必要かどうか、持病や飲んでいる薬は何かなど、避難の際に必要となる情報を集めました。こうした情報は、個人情報として、厳重に管理しています。

避難計画の基礎になる居住者台帳
避難計画の基礎になる居住者台帳

さらに、およそ30世帯ごとにグループを作り、「防災リーダー」を決めました。災害の際は防災リーダーのもと、グループのメンバーが協力して高齢者などを避難所に誘導することにしています。

防災リーダーのもと班全体で避難誘導
防災リーダーのもと班全体で避難誘導

自治会は災害時だけでなく、ふだんからの支え合いにも取り組んでいます。ふだんから親密な関係を築いておくことが、災害時の避難にも役立つと考えているためです。居住者台帳には、日常生活で支援してほしいことも記入されていて、病院への送迎や買い物などを住民がボランティアで助け合う仕組みになっています。

居住者台帳の情報で日常生活をサポート
居住者台帳の情報で日常生活をサポート
マンションの自主防災会のリーダー安部俊一さん
マンションの自主防災会のリーダー安部俊一さん

「住民同士が信頼し合っている。自治会や自主防災会に信頼を寄せていることが大変重要だと思います」(マンションの自主防災会 安部俊一さん)

鍵屋さんは、このマンションの防災組織がうまくいっている理由を
「リーダーのリーダーシップです。住民の年齢もバラバラで、さまざまな職業や経歴、能力の方がいる。それを組み合わせる人がいるかいないかで差が出てくる」と分析しています。

▼関連動画はこちら
逃げ遅れゼロへ マンションの避難計画


カギは「防災と福祉の連携」

国と自治体が個別避難計画の作成を進める中でわかってきた根本的な問題を、鍵屋さんは「防災と福祉の分断」だと指摘します。

「災害時に命を守る防災と、支援を必要とする人たちの日常生活を支える福祉の世界が、これまでは縦割りになって分かれていた」(鍵屋さん)

今後は、市町村の防災担当と福祉担当が連携して計画作成をすることが必須要件になってきているといいます。

●”福祉のプロ”を巻き込んだ別府市の取り組み

大分県別府市は、南海トラフの巨大地震で津波の被害が心配される地域です。

市の防災推進専門員を務める村野淳子さんが個別避難計画の策定にあたり注目したのが、ケアマネージャーや相談支援専門員といった福祉の専門職の協力でした。

福祉の専門職が個別避難計画をつくる
福祉の専門職が個別避難計画をつくる

村野さんからの依頼を受けた相談支援専門員の首藤辰也さんが個別避難計画を立てるのは、知的障害のある女性。10年あまり女性を見守ってきたことから、障害の特性や生活の様子をよく知っています。

相談支援専門員の首藤辰也さん
相談支援専門員の首藤辰也さん

家族からの聴き取りを元に個別避難計画を考えます。津波の被害から逃れるため、自宅から高台に避難する際、坂道の移動が課題でした。

村野さんと首藤さんは、協力が必要となる地域の関係者に呼びかけ、意見を聞くことにしました。参加したのは、自治会や自主防災組織の人など12人。首藤さんが障害の状況を説明したあと、具体的な避難の方法について、さまざまな意見が飛び交いました。

避難計画を話し合う地域の関係者
避難計画を話し合う地域の関係者

話し合いで出されたアイデアは、地域の避難訓練で試してみることになりました。
まずは、乗り慣れている車いすで避難を開始。家の周りの平坦な道では使えましたが、勾配のきつい坂道では移動が困難になりました。そこでアイデアの一つ、リヤカーが登場。住民たちの協力で、高台の避難所に無事たどり着くことができました。

車いすからリヤカーに乗り換えて坂道を移動
車いすからリヤカーに乗り換えて坂道を移動

福祉の専門家が参加することで、一人ひとりの要支援者にあわせた個別避難計画を作ることができたのです。

「要支援者が安心して移動して、安全な場所まで行くためにどんなことが必要なのかが、福祉の専門家なら代弁できる。そういう方々に関わってもらわないと、避難するという計画はできないと思ったんです」(村野さん)

村野淳子さん
村野淳子さん

別府市は、2021年の内閣府のモデル事業で、人工呼吸器など医療的ケアが必要な難病患者の個別避難計画の作成にも取り組んでいます。

2021年 医療的ケア者の個別避難計画を作成


「防災と福祉の連携によって、災害時だけではなく、日常も安全安心に暮らせる環境をつくることは、”生きていて良かった”という社会に繋がっていくのではないでしょうか。そのきっかけとして、ぜひ個別避難計画を積極的に作っていただきたい」と鍵屋さんは呼びかけています。

跡見学園女子大学教授の鍵屋一さん
跡見学園女子大学教授の鍵屋一さん