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「かけがえのないもの」を守るための防災 阪神・淡路大震災から27年

阪神・淡路大震災から27年。死者6434人、住宅被害およそ64万棟。大都市直下型地震としては戦後最大規模の災害で、多くの人々の日常が奪われました。いま、日常の“かけがえのないもの”を再確認することで防災の心構えを築いていこうというさまざまな取り組みが始まっています。被災前日の記憶を次の世代に伝えようという被災者。たいせつなものを絵本や写真に表現する母親たち。被災者の思いを疑似体験する授業。“かけがえのないもの“を守るために私たちは何をすべきなのでしょうか?明日につながる備えを一緒に考えていきましょう。

この記事は、明日をまもるナビ「被災前日から考える」(2022年1月16日深夜 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。

これだけは知っておきたい、震災体験から学ぶこと
▼被災者の気持ちを想像して、経験していない人たちが災害へ備える思いを新たにする。
▼「今たいせつなものは何か」を知ることから、それを「どうやって守るのか?」考える。
▼たいせつなものを奪われることを自分ごととして考えて、災害体験を一歩引き寄せる。


なぜ「被災前日」から防災を考えるのか?

1月17日午前5時46分。阪神淡路大震災の発生時刻に合わせ、毎年、被災地各地で追悼行事が行なわれています。
通常、災害や防災を伝えるときは、災害が起きてからの大変さや苦労を学ぶのが通例です。しかし、近年、被災の前日やそれ以前の日常を振り返り、震災を経験していない世代へ語り継ごうとする取り組みが広がっています。

京都大学防災研究所教授の矢守克也さんは、この取り組みの意味を次のように説明します。
「地震のような突然襲ってくる自然災害では、その日までは穏やかな日常を過ごしていたはずの人たちが、前日まであったかけがえのないものを突如奪われ、被災者となる。その気持ちを想像してみることで、経験していない人たちが災害へ備える思いを新たにすることができます。そのために前日に注目して考えてみるのです」(矢守さん)

京都大学防災研究所教授の矢守克也さん
京都大学防災研究所教授の矢守克也さん

阪神・淡路大震災では104,906棟の住宅が全壊しました。
家を失うということは、それまで築き上げてきた生活の基盤を失うことです。阪神淡路大震災以降、仮設住宅に入った高齢者が体調を崩したり、自ら命を絶ったりなど「震災関連死」という言葉が使われるようになりました。命が助かっても「かけがえのないもの」を失ってしまい、心の支えがなくなってしまった心の傷が一因とも考えられています。

住宅の全壊 104,906棟

「たいせつなもの」をなくす悲しい体験をしないために、私たちはどうしたらよいのでしょうか?
ひとつの方法が「今たいせつなものは何ですか?」という問いかけです。被災した後ではなく、“今”知ることが大事です。
そして、たいせつなものを「どうやって守るのか?」と防災の観点から考えてみる。それが、「被災の前日から考える防災」の意味なのです。


阪神・淡路大震災 被災者それぞれの前日

阪神・淡路大震災 1月16日 被災者の前日

●家族と過ごす日常のたいせつさを子どもたちに伝えたい

阪神・淡路大震災で被災した、長谷川元気(はせがわ・げんき)さん。神戸市の小学校の教師で、今は妻と子どもと家族3人で暮らしています。
当時8歳だった長谷川さんは、両親と弟2人の家族5人で神戸市東灘区に住んでいました。
震災の前は3連休を利用して、近所の人たちと1泊2日のスキー旅行に行っていました。それはずっと続くはずの楽しい日常だったといいます。

神戸市の長谷川元気さん
神戸市の長谷川元気さん

しかし、朝5時46分、すべては一変しました。長谷川さん一家が住んでいたアパートは一階部分が押しつぶされ、母の規子さんと当時1歳半の弟の翔人(しょうと)くんが、倒れた家具の下敷きになり亡くなりました。
「思い出すのはやっぱりつらいですね。母と翔人がいたら良かったのになという思いがすごく掘り起こされるので」

震災で亡くなった母の規子さんと弟の翔人くん
震災で亡くなった母の規子さんと弟の翔人くん

被災した後、長谷川さんは亡くなった2人の夢をよく見るようになったといいます。
サッカーボールを蹴る翔人君を、母と一緒に見守る夢。家族みんなで食事をしながら何気ない会話をする夢。日常の光景ばかりでした。
「目が覚めた時は、地震の後に住んでいる家の天井を見て、ああ、やっぱり地震はあったんだな、地震前の現実だったら良かったのにと思って涙が流れてきて。日常が当たり前じゃないことを経験したので、自分ができる限りのことを日頃からすることが大事かなと思いますね」

勤務する小学校で体験を語る長谷川さん
勤務する小学校で体験を語る長谷川さん

長谷川さんは、勤務する神戸市立若宮小学校で、紙芝居を使って自らの体験を語っています。震災で奪われてしまった「日常のたいせつさ」を子どもたちに伝えたいという思いからです。
「みんなには先生と同じような後悔をしてほしくないから、日ごろから周りをたいせつにして生きてほしい」
今できることは何かをしっかり考えて過ごす。それが大事だと子どもたちに語りかけています。

●鮮明に残る「息子との前日」を胸に

被災前日のかけがえのない記憶を幾度となく思い出し、胸に刻んでいる人もいます。
神戸市須磨区に住む崔敏夫(さい・としお)さん。震災前と同じ場所に住宅を再建し、今も暮らしています。

震災で息子を失った崔敏夫さん
震災で息子を失った崔敏夫さん

住宅被害の大きかったこの地区では、大規模な火災も起き、多くの人が命を落としました。
崔さんの息子、秀光(すぐぁん)さんは崩れた家の下敷きになり亡くなりました。
当時東京で大学生だった秀光さんは、成人式に出るために帰省しているところでした。
秀光さんは大震災の前日16日に東京に戻る予定でしたが、崔さんがそれを止めたといいます。
「体調を崩していたし、しんどそうだから、『じゃあ1日延ばして17日に帰ったらどうだ』と。その一言が本当に悔いの残る言葉になりました」

成人式に出るための帰省中に被災した崔秀光さんの遺影
成人式に出るための帰省中に被災した崔秀光さんの遺影

崔さんが今も忘れられない記憶。それは震災の前夜の出来事です。
崔さんがいる部屋を、秀光さんが訪ねてきました。
「銭湯に行こうと息子に誘われた。おう、っと驚いたね。今までそんなこと言われたことがないので」
秀光さんが小さい頃2人でよく行った近所の銭湯に行き、お互いに背中を流し合いながら話をしたといいます。

最後の一晩を近所の銭湯で過ごした
最後の一晩を近所の銭湯で過ごした

「大学でどういう生活をやっているとか、大学を卒業したら学校の先生になりたいとか、そういう話を。不思議ですよ。最後の一晩を一緒に過ごしたわけだから」
崔さんは、息子さんとの前日の記憶を胸に、震災のことを後世に語り継いでいくと心に決めています。


防災絵本で伝える「たいせつなもの」

今たいせつなものが何かを知ってもらいたい。そんな思いで子どもたちに読み聞かせをする活動に取り組んでいる人たちがいます。滋賀県草津市の防災グループ「南草津マンション防災委員会」です。
このグループでは、オリジナルの防災絵本「たいせつなもの」を作成しました。

「たいせつなもの」の表紙
「たいせつなもの」の表紙

グループ代表の江藤沙織さんは、絵本のメッセージが防災のきっかけになるといいます。

「何のために防災をするんですかと言われたら、守りたいものがあるからというのがシンプルな答えだと思います。他人から見たら取るに足らないことでも自分には大事で、幸せや豊かさを感じていたりすること。それが何かを、お互いに語り合える時間があって、じゃあそれを守ろうねという認め合いが、防災をする最初にベースにあれば、本当の意味で人を救うし、災害が起きなくても幸せにすると思います。それで絵本にしました」(江藤さん)

「南草津マンション防災委員会」代表・江藤沙織さん
「南草津マンション防災委員会」代表・江藤沙織さん

2020年1月、滋賀県草津市で開催された「たいせつなもの」展では、絵本の原画だけでなく、近隣の人たちの「たいせつなもの」の写真も展示されました。防災委員会のメンバーを中心に草津市の34組の家族が、それぞれの「たいせつなもの」とともに写されたものです。

「たいせつなもの」写真
「たいせつなもの」写真

「そのどれもが、みんながそれぞれ大事だと思っているもの、日常を豊かにしてくれるもの。防災リュックの中の項目にはないものばかりだったんですね。自分しかできない備えだと感じました。大事なものを共有し合い、相互理解が深まれば『助けて』と言いやすいと思います」(江藤さん)

江藤さんのたいせつなものは「帽子」。子どもが生まれたとき父がプレゼントした。
江藤さんのたいせつなものは「帽子」。子どもが生まれたとき父がプレゼントした。

疑似体験で「失うこと」に向き合う

たいせつなものを失うことを疑似体験する授業があります。

福島東稜高校で行われた疑似体験授業
福島東稜高校で行われた疑似体験授業

2017年、福島市にある福島東稜高校では、東日本大震災の語り部の体験を聞く授業を行いました。
福島市では、時間が経つにつれ東日本大震災の記憶が薄れてきているという生徒もいます。
「震災でなにかを失うとはどういうことなのか」を考えるため、学校は、大学教授の金菱清(かねびし・きよし)さんを招きました。
金菱さんは、語り部の話を聞く前に、生徒にある事をしてもらいました。
それは、生徒にとって「たいせつなもの」や「たいせつな人」をカードに書くことです。

カードにたいせつなものや人を記入する
カードにたいせつなものや人を記入する

その後、津波で両親を亡くした髙橋匡美(たかはし・きょうみ)さんから話を聞きました。
「ばいばい、またねって。それが母の笑顔を見た最後になってしまいました」

髙橋匡美さん
髙橋匡美さん

体験談のあと、生徒に試練が与えられます。
「目の前にあるたいせつな人やものとお別れしなければなりません」
たいせつな人やものが記されているカードをひとつずつ選んで、破ることを要求されます。たいせつな人やものを失うことの「擬似体験」です。

カードを選び順番に破る
カードを選び順番に破る

「廊下の足元に私の母が小さくうつぶせになって倒れていました。信じられない、受け入れられない、受け入れたくなんかない」
震災で母を失ったという髙橋さんの話に自分を重ね、カードを破る手が止まります。
しかし、最後の一枚まで破らなければなりません。
「失うとは、そういうことです。たいせつな何かと決別をしなければならないのです」

1枚ずつ破っていく
1枚ずつ破っていく

現在、関西学院大学教授の金菱さんは、震災をまず「自分ごと」として捉えることが重要だと考え、この取り組みを始めたといいます。
「日常生活が壊れていく過程とリンク(関係づけ)させることによって、災害の悲惨さや災害が壊したもの、たいせつなものと改めて向き合えると思うんですね。たいせつなものを奪われることを自分ごととして考えることによって、災害を一歩引き寄せる」

関西学院大学教授の金菱清さん
関西学院大学教授の金菱清さん

内閣府「一日前プロジェクト」

今回紹介した取り組みを、自分で行動に移せるでしょうか?参考になる情報として、内閣府が防災情報の広報活動として行っている「一日前プロジェクト」を紹介します。
地震や水害などの被災者に「災害の1日前に戻れるとしたら、あなたは何をしますか」と問いかけ、その体験談を集めた事例集です。
実際に起きたことが災害の種類や場所などのカテゴリー別に分けられていて、これをもとに被災者の立場を想像してみたり、自分を振り返ったりするための参考になります。
「これは共感できるな、真似したいなと思うものから取り組んでいただくといいのではないでしょうか」(矢守さん)

内閣府 防災情報のページ「一日前プロジェクト」

内閣府 防災情報のページ「一日前プロジェクト
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