この記事は、明日をまもるナビ「どう伝える?子どもへの防災教育」(2021年12月12日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
これだけは知っておきたい、子どもの防災意識を高める方法
▼自分が主人公の「防災小説」を書くことで、防災が“自分のこと化”される
▼写真を見ながら、いざというときの行動を確認するのに役立つ「写真で危険探し授業」
▼「防災教育」の目的は、ひとり一人をよりよく生きられるように育んでいくこと
高まる「防災教育」への需要
東日本大震災が起きてから、学校教育の場で、「防災教育」という言葉を多く聞くようになりました。この10年間で防災教育に対する親や地域からの社会的な需要が高まってきているのです。

文部科学省の調査によると、小学校・中学校・高等学校で防災の指導をしている学校はほぼ100パーセント近くになっています。ただし、これには学校行事や学級活動の中の避難訓練も含まれています。理科や社会科などの教科に取り入れて教えているところは半分近くにすぎません。
地震学が専門で、各地で防災教育にも取り組んでいる慶應義塾大学准教授の大木聖子さんは、
「“防災”という科目があるわけではないのです。防災教育を熱心に進めてきた学校とそうでない学校との差が大きく開いてきた10年とも言えます」と現状を説明しています。

「防災小説」で災害を“自分のこと化”
●「防災小説」とは?
「防災小説」。それは自分を主人公にして、まだ起きていない災害を想像して書く物語です。
自分が大災害に遭遇したら、どう行動するのか、どんな気持ちになるのか。災害を「自分のこと」にするのがねらいです。
この取り組みを始めたのは大木さん。南海トラフ地震による津波の高さが最も高くなると想定されている高知県土佐清水市での防災教育について相談を受けたのをきっかけに、2016年から始めました。
●防災小説の書き方
まず、災害が発生する日時とその時の天候を設定し、あらかじめ生徒たちに示します。日時は、例えば1か月後までで、来週の何曜日の何時とか想像しやすい日時とします。
その時自分は何をしているか、家族はどこで何をしているか、自分はどんな気持ちになるか、町の様子はどうか、などを想像します。その上で、必ず自分を主人公とした物語を原稿用紙2、3枚につづります。
「まだ」起きていない未来の災害を「もう」起きたものとして描くのが特徴です。
大木さんはこの防災小説のメリットを、
「自分が主人公の防災小説を書くことで、防災が“自分のこと化”される」と説明します。
異なる地域や世代をつなげる「防災小説」
●5つの中学校を結んだ「防災小説交流会」
今年(2021年)11月、防災小説の新たな取り組みが始まりました。
「防災小説」の授業に取り組んでいる全国5つの中学校をオンラインで結ぶ「防災小説交流会」が開かれました。5つの学校それぞれが自分たちの防災小説を発表する初めての試みです。どんな想像力で災害に備えようとしているのか刺激しあうのが目的です。
今回参加する5つの中学校です。
東日本大震災で津波が到達した北海道釧路市の音別中学校。
日本海側で、かつて津波が来たことのある秋田県能代市の能代東中学校。
今回参加する5校の内で唯一、海に面していない県にある埼玉県川越市の霞ケ関西中学校。
そして南海トラフ地震で大きな津波が予想される、高知県土佐清水市の清水中学校と、愛媛県愛南町の御荘中学校。

このうち北海道と埼玉から二つの作品を紹介します。
北海道の釧路市立音別中学校は、海沿いの町にあり千島海溝で大地震が起こった場合、大きな津波の被害が予想されています。
作品を発表したのは、親が民宿を経営している清水望叶(しみず・もか)さん。突然、地震に襲われた時の家族の様子を想像して書きました。

(中略)
とりあえず避難しようと私達は、必要な物を持って車に乗った。祖母は足が不自由で、歩いていくのは難しいと思ったからだ。お客さんに避難所の位置を教えてから出発した。母の運転する車の中から見る景色は、よくテレビで流れていた東日本大震災とそっくりだった。
発表を聞いた他の中学校の生徒たちの反応は…。
「具体的な情景が分かりやすかった。『東日本大震災』という私たちでも分かる地震を使うのもよかった」
●災害で知る“助け合いの心”
埼玉県川越市の霞ケ関西中学校で作品を発表するのは、3年生の谷林真友(たにばやし・まゆ)さんです。

「なんかゆれてない?」
そう言われてからは一瞬の出来事だった。十秒ほど強いゆれが続き、一度おさまった。想像以上だった。普段見ている景色とは変わり果てた町の姿に、私は呆然とした。
「早く避難しよ」
その友達の声に、私ははっとした。私達はすぐに避難所の学校に向かうことにした。しかし、それは簡単なことではなかった。
道路が冠水している所もあった。
「そこ深いから気をつけてねー」
前にいたおじさんがそう声をかけてくれた。
「あそこくずれやすいからこっち通りな。」
近くにいたお姉さんがおしえてくれた。
避難所に着き、想像以上の人の量に驚いた。だけどそれ以上に驚いた事があった。けが人を救うためにきた救急隊の方々、物資を運んできた市や県の人達、外国の方に対応する人、みんなに指示を出して避難所を運営する人、そこには同じ中学の友達もいた。きっとみんな私のように突然の出来事で不安だし怖いのに、助け合うその姿に私は感動した。避難しよと言ってくれた友達、避難所に行く時に助けてくれた街の人、避難所でみんなをまとめてくれた人、その一人でも欠けていたら、今の私はここにいなかったと思う。
他校の生徒たちからはこんな感想が…。
「友達との会話や町の様子から、地震の情景が鮮明で伝わりやすい」
「人と助け合うことは本当にすごいことだと改めて思った」
●地域・世代を超えてつながる防災の心
中学生たちの作品は、大人たちなど広い世代の心にも響くといいます。
大木さんはその理由を次のように語ります。
「私のような専門家が地震のことを伝える時は、地震の発生確率や津波の高さなど数字で語りがち。子どもたちの小説には数字は出てきませんが、近所の具体的な場所や大切な人のことを書いています」
また、大木さんは異なる地域の子どもたちが交流することの意義を
「防災とは、自分にとって大切な地域や人を増やしていくこと。それこそが防災なのだと気づいてもらえたのではないか」と伝えています。
段階を経て防災を学ぶ ステップアップ授業
●3年間かけて学ぶ防災
今回の交流会に参加した川越市立霞ケ関西中学校で、防災小説の授業が始まったのは、3年前。当初は試行錯誤の連続だったといいます。
学校がある埼玉県川越市は、海から遠く離れ、津波や崖崩れの危険も少ないとされています。防災に対する意識があまり高くない地域でした。
「これまでの防災教育は、定期的な避難訓練などしかやっておらず、マンネリ化・形式化していた。『防災小説』を取り入れれば、改善できるのではないかと考えましたが、いきなり子どもたちにやらせるのは難しかった」(校長・堤貴幸さん)
そこで、霞ケ関西中学校では、1年生から3年生まで、3年間かけてステップアップしていく独自の防災教育を取り入れました。
1年生は、自宅でできる防災のアイデアを考えます。
食料の確保など、家族単位の防災計画書を作ることで、自らの命を守る「自助」を学びます。

2年生では、互いに助け合う「共助」を学びます。
災害が起きた時、避難所で起こるさまざまな問題にどう対処するのか。4コマ漫画を使って、避難所の人たちにどう呼びかけるのか、そのセリフを自分たちで考えるユニークな授業です。

これを繰り返すことで、いざ災害が起きた時は、助け合い、励まし合うことの大切さを学んでくのです。
今回、防災小説を発表した谷林真友さんたち3年生は、こうした全国でも珍しいステップアップ型の教育を経験してきた初めての学年でした。谷林さんは「助け合いの心」をテーマに防災小説を書きました。
「2年生の時に避難所運営を分担する授業をして、1人だけでは運営できないと分かったし、みんなで協力し合うことが大切だと分かったので、助け合うことが大切だということがよく分かるような文章にした」(谷林さん)
防災を通じて“育む”
●気軽に楽しくできる「写真で危険探し授業」
学校のクラスの子どもたちが写っている、日常生活やふだんの授業中の写真を使う「写真で危険探し授業」です。

この授業のポイントは、自分たちのクラスの写真を使うこと。子どもたちは、自分が写っている写真の中で、地震発生時に危険なものを探し、「落ちてこない」「倒れてこない」「移動してこない」という “3つの「ない」” がどこで守られるかを確認します。

この授業のあとに、緊急地震速報の音を鳴らし、実際に机の下に入る訓練をすると、先生が「ふだんの3倍速だった」と言うほど、すばやくなったそうです。
「自分が写真に写っているので、自然に“自分のこと化”されて、周りのリスクを考えて、行動できるようになります」(大木さん)
学校だけでなく、家庭でも同じように写真を見ながら、いざというときの行動を確認するのにも役立つ方法です。
●これからの防災教育が目指すもの
「(防災教育とは)自分が大人になっていく中でどう育っていくのか、どうやってよりよく生きていくかを学ぶ教育です。防災小説では、地域の人のつながりや、助け合いの心が書かれていました。道徳や理科で習った知識も入っています。防災を通じて、ひとり一人をより良く生きられるように育んでいく。そんな教育であってほしいなと思っています」(大木さん)