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災害データをデータベース化とAI分析で明日に生かす

毎年、日本を襲う激甚化した災害。今、災害から身を守る切り札として注目されているのが過去の災害の記録やデータの活用です。大分県では1900件の災害を掘り起こし、データベース化。防災学習などを通して、過去の災害を学び、次への備えを促しています。さらに、災害データをAIが分析し、危険なエリアを特定。より早い避難行動につなげる最先端の取り組みが進んでいます。

この記事は、明日をまもるナビ「災害データを明日に生かす」(2021年10月10日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。

これだけは知っておきたい、災害データの活用法
▼災害データベースにはいつでも・どこでも・誰でもアクセスできる
▼過去のデータに住民参加で情報を付け足して防災マップをつくる
▼AIに頼るだけでなく、災害データを使ってどう行動するかを考える


過去の災害をデータとして利用する

水害が非常に多い地域として知られる大分県。特に大きな被害を受けたのが2017年の九州北部豪雨でした。日田市では猛烈な雨が降り続け、河川が氾濫。住宅1,300棟が被災し、土砂崩れなどで3人が犠牲になりました。2012年にも日田市は同様の豪雨被害に遭い、住宅700棟が被災。1人が亡くなっています。

2017年九州北部豪雨による土砂崩れの被害
2017年九州北部豪雨による土砂崩れの被害

その大分県で被害を繰り返すことなく、今後の防災に生かそうと、最先端のプロジェクトが始まっています。「大分県災害データアーカイブ」です。

このプロジェクトのサイトでは、大分県で過去に「どのような」災害が起き、「どこで」被害が発生したか、およそ1300年間の記録をまとめ、地図上に表示しています。

大分県災害データアーカイブの全体地図
大分県災害データアーカイブの全体地図

【参考】
大分県災害データアーカイブ
※NHKサイトを離れます

九州大学アジア防災研究センター教授の三谷泰浩(みたに・やすひろ)さんは、「過去の災害の事例はこれから起こる次の災害に備える傾向と対策に役に立つ」とその意義を説明しています。

九州大学アジア防災研究センター教授の三谷泰浩さん
九州大学アジア防災研究センター教授の三谷泰浩さん

最も古いデータはおよそ1300年前、西暦679年の筑紫地震の記録です。「豊後風土記」によると、現在の日田市天ヶ瀬温泉の場所で「地震のため五馬山が崩れて、温泉がところどころに出た」との記述があります。

最も古い西暦679年の筑紫地震の記録
最も古い西暦679年の筑紫地震の記録

大分県以外には、国立研究開発法人「防災科学技術研究所」が作成した「災害事例データベース」があります。全国の6万1000件に及ぶ災害の記録を検索することができます。

災害年表マップ
災害年表マップ

【参考】
防災科学技術研究所
災害事例データベース
災害年表マップ
※NHKサイトを離れます

「災害をデータベース化することのメリットは、いつでも・どこでも・誰でも、この災害の情報にアクセスできること」(三谷さん)


一般の人も参加して忘れられた災害を発掘

全国でも例がないほど情報豊富な「大分県災害データアーカイブ」。地域の防災に生かそうと、さまざまな取り組みが行われています。

プロジェクトが始動したのは4年前。大分大学や気象台、NHK大分放送局が立ち上げました。まず行ったのは、文献の調査。過去の資料から災害の記録を一つ一つ掘り起こし、デジタルデータ化していきました。

さらに一般の人にも災害の記録の提供を呼びかけました。提供された写真などをもとに、文献を調査したり、地域で証言者を探し出して、過去の災害を掘り起こしたりして、災害の記録をデジタルデータにして蓄積しつづけています。

提供された写真から、1943年9月の台風による竹田市荻町の列車事故の記録が明らかに
提供された写真から、1943年9月の台風による竹田市荻町の列車事故の記録が明らかに
災害マップ上に記録された列車事故の記録
災害マップ上に記録された列車事故の記録

プロジェクトの中心メンバー、大分大学の鶴成悦久(つるなり・よしひさ)教授は、
「大規模な土砂崩れがあった場合、周辺部分にも同様のことがおきるかもしれない。過去に同じ場所で災害が発生したことは、非常に有用な情報になる」と意義を語っています。


災害データアーカイブで防災意識を高める

災害データアーカイブを使って、住民の防災意識を高めようという動きも始まっています。

大分川での防災フィールドワーク

大分川下流地区の災害マップ
大分川での防災フィールドワークとこの地区の災害マップ

「防災フィールドワーク」が行われた大分川の下流地区は、2020年7月に氾濫が発生しました。災害データアーカイブによると、この地区は過去に何度も水害に襲われていることがわかりました。

プロジェクトでは災害データアーカイブを使って、小学校で出前授業も行っています。
温泉で有名な由布市(ゆふし)の東庄内小学校では、学校の周囲で実際に発生した水害や森林火災、地震などを災害アーカイブで確かめながら、子どもたちが地域の災害の歴史を学びました。

災害アーカイブを見ながら学ぶ出前授業
災害アーカイブを見ながら学ぶ出前授業

1975年の「大分県中部地震」では、由布市では大型ホテルが崩れ落ちたり、高速道路が土砂崩れで寸断されたりしました。5年前の熊本地震でも、県内でいちばん被害が出たのは由布市でした。市周辺には活断層が集まっていて、地震にも注意が必要なことが授業でも確認できました。

「大変なことや怖いことを知ったので、地震や災害があったら、避難場所に逃げたいと思います」(児童)
授業で学んだことは、児童たちが自宅に持ち帰り、家族と話し合って共有しています。

1975年の大分県中部地震で崩壊したホテル(当時の湯布院町)
1975年の大分県中部地震で崩壊したホテル(当時の湯布院町)

住民オリジナルの防災マップ作り

福岡県の南東に位置する、人口およそ2000人の東峰村(とうほうむら)。山間には美しい棚田が広がり、村に流れる2本の川に沿って、集落が点在しています。

美しい棚田が広がる福岡県東峰村
美しい棚田が広がる福岡県東峰村

4年前の2017年、この村を九州北部豪雨が襲いました。村内の38か所で土砂崩れが起き、3人が犠牲になりました。悲劇を繰り返さないためにはどうすればいいのか。住民たちが始めたのは、オリジナルの「防災マップ」作りです。

地域の情報を防災マップに書き込む
地域の情報を防災マップに書き込む

身の回りの被害が出やすい場所を洗い出し、マップ上に可視化。村にある15の地区すべてで行われ、豪雨の翌年に完成しました。村が出していたハザードマップの情報に、過去に災害が発生した箇所など、住民たちが実地で調べた情報を加えた防災マップです。

住民の情報を加えた防災マップ
住民の情報を加えた防災マップ

地区の自治会長を務めていた高倉美紀恵(たかくら・みきえ)さんも防災マップ作りに参加しました。九州北部豪雨の際に、自宅の裏山が崩れて危ない目に合った経験から、災害時にどう行動するか、考えておかなければならないと思ったと言います。

その時はハザードマップで示された場所の外側で土砂崩れが発生。さらに、大雨が降ると必ず水があふれる水路など、エリアの内側にも見落としがちなリスクを見つけました。

地域の危険な場所を指摘する元自治会長の高倉さん
地域の危険な場所を指摘する元自治会長の高倉さん

このように住民たちは、危険箇所をくまなくチェック。情報を持ち寄って、ハザードマップに書き加えていったのです。また、その防災マップを使って、最寄りの避難所への安全な避難経路をそれぞれ決めています。

安全な避難経路を防災マップで確認
安全な避難経路を防災マップで確認

この防災マップをとりまとめたのが、九州大学アジア防災研究センターの三谷泰浩教授です。集められた危険箇所の情報をデジタル地図上に追加しています。今後も、住民たちから寄せられた情報を付け加えながら、5年をメドに更新していく予定です。

防災マップをデジタル化する際には、三谷さんが開発した「G空間情報収集システム」が取り入れられています。GはGeography、地理という意味です。

カーナビゲーションのように、地図の上にさまざまな災害の発生位置や写真などの情報を掲載しています。行政や住民が写真や情報を投稿でき、防災マップと重ね合わされて、災害時の避難経路などがリアルタイムで確認できます。

防災マップ上に記された災害発生ポイント
防災マップ上に記された災害発生ポイント
クリックすると災害発生場所の写真と情報を表示
クリックすると災害発生場所の写真と情報を表示

災害の予測にAIを活用

「大分県災害データアーカイブ」を運用している大分大学では、大分市のIT企業と協力し、新たな防災システムの開発を進めています。

その名は「エジソン」(EDISON=Earth Disaster Intelligence System & Operational Network)。
AIを使って、大雨が降った際、災害が起こる危険性の高いエリアを予測しようというものです。気象データのみならず、地形や人口のデータ、「災害時のSNSでの投稿」などをAIに学ばせることで、これまで以上に精緻な予測を目指しています。

「エジソン」のAIが学ぶデータ
「エジソン」のAIが学ぶデータ

2017年の九州北部豪雨のデータを使ってシミュレーションしてみると、雨量など気象データのみを使って予測した災害リスクは、エリアが大まかにしか表示されませんでした。一方、地形や人口データなどを学ばせて分析すると、500メートル四方で細かく色分けできました。

「エジソン」により災害リスクがより細かくわかる
「エジソン」により災害リスクがより細かくわかる

AIに学ばせるデータを増やせば増やすほど、災害リスクの予測精度は上がります。いま進められているのが、このシステムに「大分県災害データアーカイブ」に蓄積された災害の記録を組み込むことです。

「災害データアーカイブに入っている過去の情報は、リスクの中で非常に重要な情報になります。どこで、どういった条件の中で、災害が発生したのか、どんな災害だったかを(AIが)学習することによって、次の予測に当てていきます」(鶴成さん)

開発チームを率いる大分大学の鶴成悦久教授
開発チームを率いる大分大学の鶴成悦久教授

迅速な避難判断に役立つ“AI村長”

福岡県の東峰村でも、2年前からAIによる災害予測システムを導入しています。
名付けて「AI村長」。正式名称は「市町村災害対応統合システム」です。これはAIが予測した避難情報・準備情報・注意情報が役場内の画面で表示できるシステムです。

「ハザードマップをもとに、各地区に住んでいる住民の年齢や人数などの情報を加えて、避難に要する時間を予測して、避難情報を出すタイミングを判断する仕組みを今作っているところです」(三谷さん)

「避難・準備・注意」のエリア情報を表示するAI村長のテスト画面
「避難・準備・注意」のエリア情報を表示するAI村長のテスト画面

去年2020年7月6日。AI村長が迅速な避難判断に役立ったケースがありました。
この日10時16分、気象庁から大雨警報が出され、11時すぎには、線状降水帯が村に近づく可能性が示されます。AI村長は、これらの情報と、村の地形や人口分布などを分析。村内に数か所、避難が必要な地区があると表示したのです。

役場内に設置されたAI村長の表示画面
役場内に設置されたAI村長の表示画面

それを元に、午後0時50分、村は避難勧告を出しました。その後、線状降水帯が村の上空にかかり、1時間に50ミリを超える雨が降りました。いち早い避難勧告を出した東峰村では、家屋の浸水は起きましたが、人的被害は出ませんでした。

線状降水帯による集中豪雨で河川が氾濫
線状降水帯による集中豪雨で河川が氾濫

AI村長は学習モードも備えています。避難指示が出せなかった過去の大雨の事例を復習させると、いつの時点で出せたかがわかるようになります。また、自治体でしばしば問題になる「避難の解除」のタイミングを判断するのにもAIの予測が役立ちます。

このAI村長のように、行政の防災対応をサポートする試みが、現在、内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP)の中で開発され、7つの自治体で実証実験が始まっています。

実証実験が始まっている茨城県常総市・千葉県香取市・東京都足立区・京都府舞鶴市・兵庫県加古川市・岡山県高梁市・福岡県東峰村
実証実験が始まっている7つの自治体

一方で、三谷さんは、「AIを使ってすべてのことが決められるわけではない。判断の支援をするまでが今のAIでは限界」と指摘します。

「災害情報・災害データがあるから、明日が守れるのではなくて、災害データを使ってどう行動するかを考える。知るだけではなくてアクションまでつなげることを考えて、活用していただいた方がいいかと思います」(三谷さん)