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台風から命を守る方法とは 千曲川決壊の教訓

暴風域最大650キロ。観測史上最大規模となった2019年10月の台風19号は、関東甲信越から東北地方にかけて、かつてない広範囲で次々と河川を氾濫させ、甚大な被害を出しました。長野県・千曲川の洪水で、ほぼ全域が浸水した長野市長沼地区。水害から1年後に行われた地区住民のアンケート調査で、あの日の克明な行動が明らかに。人々の行動から浮かび上がってきた「台風から命をまもる方法」とは?

この記事は、明日をまもるナビ「台風から命を守るには」(2021年10月3日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。

これだけは知っておきたい、台風水害から命を守る方法
▼『マイ・タイムライン』を作って災害時の行動を計画・想定しておこう!
▼これまでの習慣にとらわれずに迅速な避難行動を!
▼ふだんからの顔が見える付き合いが逃げ遅れをなくす!


“マイ・タイムライン”を作ってあらかじめ備えよう

2019年10月の台風19号は、関東甲信越から東北地方にかけて、かつてない広範囲で被害をもたらしました。

全国の被害状況と、千曲川の氾濫で浸水した北陸新幹線の長野車両センター
全国の被害状況と浸水した北陸新幹線の長野車両センター

近年「観測史上最大」「記録破りの」という枕詞がつく豪雨災害が増えています。過去20年間の年間あたりの堤防が決壊した河川の数を見ると、この10年間の平均はそれ以前に比べておよそ3倍になっています。

堤防決壊した河川数
堤防決壊した河川数

京都大学防災研究所教授の矢守克也さんは、「おそらく地球規模の気候変動が影響して、20年か30年後かと言っていたことがもう起こり始めている。それに河川の整備や治水対策が追い付いていないために、河川の氾濫や堤防の決壊が増えている」と説明しています。

「いざというとき、自分・家族、大切な人の命を守れる大事なもの」として、どのようなタイミングで、どのような避難行動を取るかをあらかじめ計画する“タイムライン”というものがあります。

「タイムラインは川に近いかどうかなど、お住まいの環境や家族構成によっても違ってきます。絶対にこれが正解というものがあるわけではありません。まずは基本的なことでいいから作ってみて、まずいところは少しずつ修正していく。そういう形でタイムライン作りをしてみてください」(矢守さん)

【矢守流マイ・タイムライン作成法(台風編)】

矢守さんのマイ・タイムライン作成例
矢守さんのマイ・タイムライン作成例

①台風接近の3日前までには、ハザードマップなどで自分の住んでいる地域の洪水や土砂災害の危険を確認。最寄りの避難場所もチェック。
②3日前からは台風の進路、風や雨の強さをテレビやラジオ、気象庁などのホームページでこまめに確認。
③接近当日の家族の行動予定を確認しましょう。
④変更があればそのつど書き直すことが大事。


台風迫る!アンケート調査から住民の動きを再現

東北など東日本で甚大な被害をもたらした2年前の台風19号。長野県千曲川の教訓から学ぶ意味を、矢守さんは次のように語ります。

「被害のあった長沼地区、残念ながら犠牲者の数をゼロにはできなかったのですが、もともと住民の皆さんがすごく高い防災意識をお持ちの地域の一つなんです。そのおかげもあって、多くの方が何とか命を守りきったという一面もあるんです。そこにはたくさんの教訓が詰まっているんです」

千曲川では70メートルにわたって堤防が決壊。川沿いの長野市長沼地区はほぼ全域が浸水し、2人が亡くなりました。

長野市長沼地区
長野市長沼地区

翌年、NHK長野放送局では、長沼地区の全住民2000人あまりを対象にアンケート調査を実施。堤防決壊の直前、住民はいつ、どこで、何をしていたのか。40項目にわたる質問の回答を詳細に分析しました。それをもとに、住民の行動を地図上に表した『避難マップ』を作成。千曲川の水が街に広がった氾濫のシミュレーションを重ね合わせることで、あの日の長沼地区の動きを再現しました。

台風の翌年、地区の全住民対象にアンケート
台風の翌年、地区の全住民対象にアンケート

■2019年10月12日 午後3時半

この日の午前中には、ときどき雨が弱く降る程度で、晴れ間も見えていました。しかし午後になると、雨は一気に勢いを増します。午後3時半には、長野県初の大雨特別警報が発令されました。数十年に一度の大雨が予想され、鉄道は運休。百貨店も臨時休業しました。

『避難マップ』で、赤い線で囲まれている地域が長沼地区です。黄色の丸は1人の人、もしくは一緒に行動した集団を表しています。この時点では、まだほとんどの住民が避難を開始していなかったことがわかります。

10月12日15時時点の長沼地区
10月12日15時時点の長沼地区

■同日 午後4時半

当時、地区の自治会長を務めていた柳見澤宏(やなみさわ・ひろし)さんが、自治会幹部を集め、防災対策本部を立ち上げました。最初に取りかかったのは、避難に時間がかかる高齢者などへの呼びかけでした。

当時の自治会長 柳見澤宏さん
当時の自治会長 柳見澤宏さん

高齢者の見守りなどをする民生委員だった笹井眞澄(ささい・ますみ)さんは、自治会からの要請を受け、高齢者などおよそ40世帯に電話をかけ、避難を呼びかけました。

しかし、こうした呼びかけで避難したのは、一部の住民にとどまりました。この時点で、地区にはまだ92%の住民が残っていました。

自治会の呼びかけで避難したのは一部の住民にとどまった
自治会の呼びかけで避難したのは一部の住民にとどまった

■同日 午後6時

長野市は、千曲川沿いの広い範囲に住民全員の避難を促す『避難勧告』(2019年当時の避難情報)を発令します。

災害発生の危険度を表す『警戒レベル』は5つ。それまでレベル2が出ていましたが、次のレベルを飛ばしてより警戒度が高いレベル4の『避難勧告』を発令しました。

その理由は地形にあります。長野県を縦断するように流れる千曲川には毛細血管のような支流があります。広い範囲に降りそそいだ雨が支流にたまり、その水が一気に千曲川に流れ込んでいたのです。水位は1時間で1メートル近くも増え、3メートルに達していました。

支流から流れ込んだ雨で増水する千曲川(中央の太い赤線)
支流から流れ込んだ雨で増水する千曲川(中央の太い赤線)

千曲川から300メートルの所にある特別養護老人ホームの施設長の千野真(ちの・まこと)さんは、避難勧告が出た午後6時、暗い中で外に入居者を避難させるべきか迷っていました。そんなとき、江戸時代からの水位が記された水位標を思い出します。

水位標に記された歴代の水害の記録
水位標に記された歴代の水害の記録

それによると過去に5メートルまでは水害が来ていませんでした。そこで、施設の2階部分であれば過去の水害より若干高いと判断し、2階に避難することに決めました。


なぜ避難しなかったのか?避難を促した意外な呼びかけとは?

■同日 午後9時

避難勧告が出てから3時間。川の水位はさらに上昇し、堤防のおよそ半分、6メートルにまで達しようとしていました。

午後9時の千曲川河川敷
午後9時の千曲川河川敷

自治会長の柳見澤さんは、「ここにとどまっていては自分たちの命も危ない」と考え、防災本部を午後9時半に解散すると決め、防災無線で住民に最後の呼びかけをしました。

アンケートによると、このとき69%の人がまだ地区に残っていました。多かったのが『堤防が決壊するとは思わなかった』という声です。地区の堤防は、幾度にもわたる工事で12メートルまで高さを増し、10年前に拡幅工事も行われたばかりでした。

幾度もの工事で高さ12メートルになっていた堤防
幾度もの工事で高さ12メートルになっていた堤防

■同日 午後11時40分 避難指示(緊急)発令

千曲川の水位は上昇を続け、午後11時には高さ9メートルに達しようとしていました。この頃、市内の上流部では、千曲川の水が堤防を乗り越える越水被害が相次いでいました。

午後11時、千曲川の水が堤防を乗り越えた
午後11時、千曲川の水が堤防を乗り越えた

そして午後11時40分、市は、災害が発生する恐れが極めて高いとして、「勧告」より強い「避難指示(緊急)」(2019年当時の避難情報)を出します。その後、市は次々に緊急速報メールを発信しました。

市役所からの緊急速報メール
市役所からの緊急速報メール

しかし、このときの避難マップを見ると、避難指示が出てからも大きな変化は見られず、日付が変わった午前0時の時点で、まだ53%の住民が残っていました。

避難しなかった理由に「ピンと来なかった」と答えた住民がいます。

「避難勧告や避難指示と言われてもピンとこない」
「避難勧告や避難指示と言われてもピンとこない」

小滝卓也(おたき・たくや)さんは、メールや防災無線で相次ぐ避難の呼びかけが、あまりに頻繁に来たことで、逆に危機感が薄れていったと証言しています。

「同じことを常に繰り返すんですよ。なんでそうなのかと言わない。ただひたすら録音を流している感じになるから、逆に切迫感がないよね」(小滝さん)

「情報が次から次にやってくると、逆に『これだけ呼び掛けていても、まだ何もおこっていない、騒ぎすぎなんじゃないの?』という気持ちになった方もいる。情報があることが避難にとってプラスばかりではない。情報の使い方、伝え方は難しい」(矢守さん)

■10月13日 午前1時

避難指示が出ても鈍かった住民の動き。しかし、午前1時過ぎ、地図上に変化が起こります。大勢の住民が避難を始めたのです。

小滝さんも、このとき、ある音を聞き、避難を始めました。

その音は、昔ながらの「火の見やぐらの半鐘」です。昔から地区にありますが、近年、鳴らされたことはほとんどありませんでした。

地区の火の見やぐらの半鐘
地区の火の見やぐらの半鐘

地区の4か所に設置された鐘が、1時10分から5分間、一斉に鳴ったのです。鳴るはずのない鐘の音で、小滝さんは事態の深刻さに気がつきました。

「一番の緊急事態。あ、これ本当にまずいんだと」(小滝さん)

鐘を鳴らしたのは、地元の消防団員でした。飯島基弘(いいじま・もとひろ)さんは、町の見回りの途中、まだ多くの住宅に明かりがついているのを目撃しました。

消防団長沼分団長(当時)の飯島基弘さん
消防団長沼分団長(当時)の飯島基弘さん

住民に本気で避難をしてもらうために。災害の危険も高まる中、飯島さんたちは、5分間だけ火の見やぐらの半鐘を鳴らしました。

「本当に最後の手段。とにかく叩けるだけ叩いて、叩き終わったら、自分が助かるように安全な場所にすぐ避難するようにと」(飯島さん)

アンケートによると、午前1時台におよそ1割が避難を始めました。

「この半鐘を聞いている人は、誰が鐘をたたいていたり、誰が言っているかを知っていたんですね。自分たちの身内の、一緒に危機に立ち向かっている人からのメッセージだと受け取った。そこが避難をうながした大事なポイントだと思います」(矢守さん)

午前1時52分時点で残り32%
午前1時52分時点で残り32%

その頃、恐れていたことが起こります。川の水が堤防を越え、長沼地区にじわじわと流れ込み始めたのです。

午前2時、川の水が堤防を越えた
午前2時、川の水が堤防を越えた

■同日 午前4時ごろ 堤防が決壊

そして、水が堤防を越え始めてから3時間。削られて薄くなった堤防は、ついに水圧に耐えらなくなり決壊。千曲川の水が、波を打ちながら、街になだれ込みました。

この時点で住民の20%が地区に残っていました。

堤防が決壊
堤防が決壊

「自分たちにできることは、やっぱり誰に言われなくても危ないなと思ったら、率先して逃げましょうということ。この『率先避難』をぜひ皆さんにやっていただきたい。自ら逃げるということは自分の命を守ることにももちろんつながりますが、大事なポイントして、自分が声を出せば、そして自分が逃げようと声を出して率先して逃げれば、他の人を助けることにもなるというそこが大事なところだと思います」(矢守さん)


顔が見えるつきあいが逃げ遅れをなくす

2人の犠牲者を出した長野市長沼地区。災害の教訓を生かそうと、1人の住民も逃げ遅れさせない新たなプロジェクトを立ち上げました。

西澤清文(にしざわ・きよふみ)さんは当時、支援が必要な住民の名簿を元に避難を呼びかけました。しかし、そこには「身障者1級」や「高齢者夫婦」としか書かれておらず、何の支援が必要かは具体的にわからず、充分に避難を促せずにいました。

当時の要支援者名簿
当時の要支援者名簿

さらに、避難を呼びかけたものの、その後、実際に避難したかまでは確認できずにいました。

長沼地区で亡くなった1人は、長く認知症を患っていた男性でした。足も悪く、自力で2階に上がることが困難でしたが、自治会では把握していませんでした。決壊した翌日、自宅の1階で見つかり、病院で死亡が確認されました。

「切ないですよ、やっぱり。こんなに大きな災害にも関わらず犠牲者2名は奇跡なんて言われるんですけど、2名って重いんですよ、本当に」(西澤さん)

犠牲者を出してしまった悔しさを語る西澤清文さん
犠牲者を出してしまった悔しさを語る西澤清文さん

水害のあと、長沼地区の自治会長となった西澤さんは、住民同士のつながりをより深めようと、毎朝6時半、地区のごみ収集所に立ち、住民に挨拶する活動を始めました。顔が見える付き合いを積み重ねることで、住民の困っていることに気づき、災害のときに生きる関係づくりを目指しています。

「防災のことを自分1人じゃなくて、誰かと一緒に考え始める。いざというときには誰かに声を掛けてあげる。あるいは誰かから声を掛けてもらえるように。それは直接玄関先だけでなくても、SNSでも電話でも、災害時に声を掛け合える関係を作り始めることが大事じゃないでしょうか」(矢守さん)

さらに西澤さんは、行政や専門家とも話し合いを重ね、逃げ遅れをゼロにするための取り組みを続けています。住民に“災害時、状況に応じて、どのような避難行動を取るか”、あらかじめ計画するため、『マイ・タイムライン』を作ってもらおうというのです。

長沼地区のマイ・タイムライン記入例
長沼地区のマイ・タイムライン記入例

千曲川の堤防からわずか300メートルのところに住む住田昌生(すみた・まさお)さんは、マイ・タイムラインを作ったことで、取るべき行動がより明確になったと感じています。

「いつもリスクを背負っている場所というのを心の中において、マイ・タイムラインや避難計画、行動は誰もが真剣に考えておかないといけない」(住田さん)

「災害の場合は(用紙を)見ながら避難するわけではないので、見なくても頭に入って、行動できる人が増えれば、それだけ地域としては安全度が高まる」(西澤さん)

全国の自治体でもこのマイタイムラインの作成が推奨されています。災害の種類や地域の特性に合わせたタイムライン作成のためのガイドブックや、ひな形になるシートも出されていますので参考にしてください。

熊本県、長野市、東京都のマイ・タイムライン
熊本県、長野市、東京都のマイ・タイムライン

【参考】
熊本県 くまもとマイタイムライン
長野市 『マイ・タイムライン』について
東京都 東京マイ・タイムライン
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