この記事は、明日をまもるナビ「ブラッと防災 地震火災に備える」(2021年9月26日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
これだけは知っておきたい、地震火災の怖さと防災の取り組み
▼木造住宅などが密集「地震時等に著しく危険な密集市街地」は全国に111か所も…
▼同時多発火災が引き起こす「火災旋風」の怖さ
▼初期消火に備えは地域ぐるみで!
地震火災の危険は全国各地に
国土交通省は、地震が起きると多数の建物が倒壊して避難が困難になったり、火災が発生すると延焼しやすい地域を「地震時等に著しく危険な密集市街地」に指定しています。12都府県に111か所(令和3年3月現在)あり、その多くは木造住宅が密集している市街地です。

今から25年前の阪神・淡路大震災では、住宅密集地で同時多発火災が発生し、甚大な被害を生みました。そして、今後関東で発生すると予測されている首都直下地震では、それをはるかにしのぐ被害が想定されています。
【参考】
国土交通省「地震時等に著しく危険な密集市街地」について
※NHKサイトを離れます
関東大震災では「火災旋風」で多くの死者が
今回、過去に地震火災で多くの犠牲者を出した東京都墨田区に注目。現地で歴史の教訓と自治体や住民の防災への取り組みを取材しました。

東京スカイツリーから眼下の墨田区を眺めてみると、北側の地域は住宅が密集しているのに対し、南側は碁盤の目のような整然とした街並みでビルも目立ちます。

墨田区の南部の都立横網(よこあみ)町公園、その中に大正12(1923)年9月1日に発生した関東大震災による犠牲者のために、昭和5(1930)年に建てられた東京都慰霊堂があります。その後、昭和20(1945)年3月の東京大空襲の殉難者もここにまつられました。
この場所は、震災当時、陸軍被服廠(ひふくしょう)という軍服などを作る工場が移転した跡地で、広大な空き地が広がっていました。震災によって各所で同時に火災が発生したため、ここに周辺の人たちが家から布団や家財道具を持って、続々と避難してきたのです。
そこへ、折からの強風にあおられた炎が四方から迫り、持ち込まれた燃えやすい荷物に飛び火。さらに激しい炎は「火災旋風」という高熱を伴う竜巻となり人々を襲いました。その結果、ここに逃げ込んだ4万人のうち3万8,000人以上の方が命を落とすという、当時の東京市内(現在の23区の中心部)で最も被害の多い場所となってしまいました。

「火災旋風」とはどういうものでしょうか?
消防庁消防研究センター主幹研究官の篠原雅彦さんによると、「火災旋風」とは火災があるところ、あるいは周りで起きる竜巻状の渦のことです。関東大震災では「黒煙渦」(くろけむりうず)と表現された証言がたくさんあり、被服廠跡では秒速50メートルの強風と言われるほどのすさまじさでした。

火災旋風の動きを調べた実験映像では、炎のそばで竜巻が次々と立ち上がり、移動していきます。この火災旋風が火の粉をまき散らし、延焼を広げたと考えられています。

大規模火災を防ぐポイントは“初期消火”
首都直下地震でも懸念される大規模火災。東京大学大学院教授の廣井悠(ひろいゆう)さんは、「起こってしまったらその場から離れるしかない。なので、大規模火災にならないために“初期消火”が重要」と強調しています。

廣井さんは、初期消火活動のポイントについて次の3つをあげています。
初期消火のポイント
- 消化器は、炎の上からではなく、火元(炎の根本)を狙って消化剤をまく
- 炎が自分の目線の高さ以上になったら、消火をあきらめて逃げる
- 3分たっても鎮火しなかったら避難する
「火災は初期であればあるほど対応が簡単です。逆に言うと、大きくなってしまうと素人には手が負えない。正しく消火するためには訓練が必要なのです」(廣井さん)
より安全な避難場所にするために
●墨田区・タワー危機管理ベース
東京スカイツリーは大災害時でも放送・通信の機能を維持する役目を持った電波塔で、首都直下地震でも倒壊しない設計になっています。
その中に「タワー危機管理ベース」と呼ばれる施設があります。ここは万が一、墨田区役所が被災したときの「防災の砦(とりで)」。ここで災害対策本部会議を開くなどして方針を決定し、区民に発信する機能を備えています。

各避難所につながる防災無線や、スカイツリーからカメラで墨田区を360度監視できるモニターもあり、被害の発生状況を見ながら情報を発信できます。

●白鬚防災団地
隅田川と荒川に挟まれた地区に、高さ40メートル、長さ約1.2キロメートルも連なる巨大な集合住宅群があります。通称「白鬚(しらひげ)防災団地」、正式名称は「白鬚東アパート」という都営住宅です。この団地は10年の歳月と約850億円をかけて建設され、昭和57(1982)年に完成しました。団地の東側は火災の危険性が高いという木造住宅が密集する地域で、西側は災害時4万人収容の避難場所となる公園です。この団地は火災から避難民を守る「壁」として構想されています。

建物には厚さ20センチメートルある巨大な防火扉が設けられており、手動で開閉できます。また団地の各住戸のベランダには火災時に閉められる防火シャッターもあります。

地下の受水槽には10万人が1週間暮らせる約3000トンの水を常備。ふだんは団地住民の飲料水に使用され、災害時には非常用発電によって地上に汲み上げられ、避難してきた人に供給できるようになっています。また備蓄棟にはアルファ化米など約9万食の食料や生活用品を備えています。

しかし、この防災拠点はこれまで一度も実際の火災で使われることはありませんでした。
世界各国の都市防災を研究している東北大学災害科学国際研究所の村尾修教授は、この団地は、防災のあり方が時代とともに変化していく象徴的な存在だといいます。
「ハード面で施設を造るには長い時間とお金がかかってしまう。だからこそ今の時代、ふだん使っている日常的なものと非常時をどうするか、ソフトの部分でカバーしていくことがこれからとても重要だと思います」(村尾さん)
●地域への開放と改善の取り組み
白鬚防災団地の住民たちは、より安心できる避難場所にするためにソフト面の改善の取り組みを続けてきました。
そのひとつが団地の中に170か所あるエレベーターホールは避難民の一時避難場所として活用してもらうこと。全部あわせるとテニスコート40面分もの広さです。

住民たちはさらに、建設当初からあった設備をより快適にバージョンアップしました。それは「災害用トイレ」。マンホールを開けると折り畳み式のトイレが現れ、そこにテントをかぶせて約10分で完成します。洋式トイレなのでお年寄りでも安心して使えます。


阪神淡路大震災の後、住民たちがもともとあった災害用トイレを確認してみると、コンクリートで塗ってあるだけで、全部割らないとトイレとして使えないことが判明。そこで東京都に陳情を繰り返し、改良を重ね、2年前に今のマンホールトイレの形に完成させたのです。
●防災機能のある場所のサインに注目
「白鬚団地が周辺住民のための避難場所であることを知ってほしい」と団地の皆さんは言っています。でも、そんな場所や設備があることはなかなか気付きにくいもの。
そこで廣井さんは、ふだん私たちが暮らしている街の中にある、さまざまなサインに注目して防災機能のある場所を知っておくことを勧めています。

これは災害時の「避難場所」を示すサインです。
サインの右側の○印は、どんな災害、ハザード(危険)に対して安全な場所かを示しています。×印は、ここではその災害からの安全は確保されないので、別の場所を探す必要があります。
「避難場所は、地域の状況や襲来するハザードの質によって変わります。自分の住んでいる地域では、どういう避難方法が良いとされているのか、きちんと知っておくことがとても重要です」(廣井さん)
住民主導による消火の備え
墨田区の北部には、東京都が発表した「火災危険度」マップで最も危険度の高いレベル5に指定されている京島地区があります。

この地区で大規模火災が起こったらどうなるのか。シミュレーションでは、震度7の揺れが襲い、風速8メートルの風が吹いている中、同時に4軒の火災が発生した場合、延焼が広がり6時間後には面積8万6,352平方メートル、東京ドームおよそ2個分が焼失してしまうと試算されています。

(資料提供 東京消防庁 ©NTT空間情報)
京島地区は古くから町工場が多く、そこで働く職人さんの街として栄えました。昭和20(1945)年の東京大空襲では被害が少なかったため古い木造住宅や長屋が残っています。消防車が入れないような細い路地もたくさん。そこで危機感をもつ住民が主導して、消火のためのさまざまな備えをしています。
●消火の備え① スタンドパイプ
パイプを消火栓に差し込み、ホースをつなげて放水する消火器具「スタンドパイプ」が各町会に配備されています。これは、消防車が入れないような細い路地で活躍します。ホース4本で、つなげると80メートル先で放水可能になります。消防団もこれを使った訓練を重ねています。


消火の備え② 火災時緊急水栓と水道式消火道具
家庭用の蛇口(水栓)を提供してくれる家庭に、「火災時緊急水栓」というシールを貼っています。協力しているお宅は72軒あります(2021年6月現在)。そこに水道式消火道具をつなげて使います。この道具を家庭用の蛇口につなげると、ホースで直接まくのに比べ、15倍の面積に放水でき、初期消火に効果を発揮します。


●消火の備え③ 井戸
ところが、この地区に首都直下型の地震が来ると、約8割の確率で断水してしまい、これらの設備は使えなくなってしまいます。しかし、京島の人たちはちゃんと備えをしています。
町内で去年完成したばかりの耐震耐火のシェアハウスでは、持ち主の協力を得て、地域のための井戸を掘りました。ふだんは建物に水を循環させ冷暖房に活用し、いざ火災時にはポンプで水を汲み上げて消火に使う作戦です。

さらに今年4月に区の公園にできたばかりの「防災井戸」もあります。地域の町会では、こうした防災用の井戸を増やして次世代に残していきたいと考えているそうです。

●「助ける」「消す」「逃げる」の役割分担を地域ぐるみで話し合う
誰もが被害を受ける可能性がある地震火災。そのための準備を廣井さんは次のように話します。
「地震火災が起きている状況では必要なタスクが3つあります。ひとつ建物倒壊などで救助を待っている人たちを助けるタスク。火災が小さいうちに消すというタスクもあります、それから逃げるというタスク。『助ける、消す、逃げる』を誰がどういうふうにやって、どこで逃げるか見極めを作っておくかということを、ぜひ地域の中で、話し合ったり、訓練していただきたいと思います」