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熊本県球磨川で起きた「津波洪水」 新たな豪雨災害にどう備えるか?

梅雨前線が活発になる7月。毎年のように各地で大きな被害がでています。去年の「令和2年7月豪雨」では、熊本県の球磨川が氾濫し、これまで経験したことのないような洪水が発生しました。番組では専門家と検討を重ね、これを“津波洪水”と名付け、その危険性を伝えることにしました。新たな脅威に対してどう備えたらよいのか、専門家とともに考えます。

この記事は、明日をまもるナビ「豪雨激甚化にどう備える」(2021年7月18日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。

これだけは知っておきたい、「豪雨激甚化・命をどう守る?」
▼状況を自ら判断して避難を。
▼避難3原則は「想定にとらわれない」「最善を尽くせ」「率先避難者たれ」
▼コンクリートにおおわれている都市部は、降った雨が染み込まないため、予想外の危険に注意。


豪雨激甚化・避難はいつ?

近年、日本列島を襲う豪雨が激甚化しています。去年7月に熊本県の球磨川流域で起きた豪雨では、災害関連死を含め、熊本県内で67人が亡くなり、2人が行方不明。今も3700人近くが仮設住宅での生活を余儀なくされています。

また、今年の7月に静岡県熱海市で発生した土石流では、約130棟が被害を受け、多くの死者、行方不明者がでています。熊本も熱海も、どちらも雨の量が非常に多いのが特徴ですが、時間別降水量に違いがあると、東京大学大学院特任教授の片田敏孝さんは指摘します。

令和2年熊本の豪雨と、令和3年熱海の時間別降水量
令和2年熊本の豪雨と、令和3年熱海の時間別降水量

「球磨川流域の場合は、深夜から朝にかけて1時間に70ミリくらいの、集中した雨が一気に降った『集中豪雨』タイプ。一方、熱海の雨は3日間にわたる『長雨蓄積型』。しかもピークの雨量は27ミリくらいでそれほど多くない。大量の雨が一気に降ると避難情報を出しやすいですが、ピークの雨の量が少ないと、どの段階で行政が住民に避難指示を出すのか、タイミングがつかみにくい」(片田さん)

東京大学大学院特任教授 片田敏孝さん
東京大学大学院特任教授 片田敏孝さん

「津波のような洪水」が引き起こす被害

熊本県南部を流れる球磨川
熊本県南部を流れる球磨川
球磨川流域の被害
球磨川流域の被害

豪雨で大きな被害を受けた球磨川流域では、川沿いが壊滅的な被害を受けました。コンクリートの壁が砕かれ、家屋は土台からえぐり取られるように破壊され、流されていました。建物を押し流すほどの洪水とは、いったいどのようなものだったのでしょうか?

現地調査でその実態に迫ったのが河川工学の専門家、島谷幸宏さん(熊本県立大学特別教授・大正大学特命教授)です。島谷さんは水深が堤防より高く、6メートルに及んだことが流速を増した原因のひとつとみています。流速は、水深が深いほど速くなるためです。濁流は、堤防の高さをはるかに超え、周囲と一体化。大きな1つの川のようになって、集落を飲み込ながら、流れ下ったと考えられます。

水深が堤防より高くなった
水深が堤防より高くなった

水害後に行われた解析では、洪水の流速は秒速およそ5メートル※。ふだんの流れの3倍以上に達していました。大量の水の塊が集落に押し寄せ、多くの建物を破壊したという点で、球磨川の洪水は津波とよく似ていたといいます。

※解析:前橋工科大学 平川隆一准教授

現地調査する島谷幸宏さん
現地調査する島谷幸宏さん

「道路や家の周りに、すごい勢いで水が流れた。津波のような洪水があるということは、非常に大きな警鐘を私たちに示しています」(島谷さん)

津波研究の第一人者、東北大学災害科学国際研究所教授の今村文彦さんは、水の流れの速さが津波のように被害を拡大させた理由だと分析します。

津波研究の第一人者 今村文彦さん
津波研究の第一人者 今村文彦さん

「流速が大きいほど、力を増してしまう。秒速1メートルが2メートルになっただけで、力が4倍になります」(今村さん)

海底の隆起などで発生する津波は巨大な水の塊となり、一気に陸に押し寄せて沿岸に深刻な被害を及ぼします。球磨川流域を襲った洪水も、津波のような速さと破壊力があったと考えられています。

「水の塊が移動してくる。それがものすごいスピードで流れてくる。こういう性質の津波と、今回の洪水は非常に類似していると思います」(今村さん)

球磨川流域を襲った、津波のような速さと破壊力をもつ洪水。番組ではこの新たな脅威を“津波洪水”と名付け、専門家とともにその危険性を伝えることにしました。


“津波洪水”のメカニズム

“津波洪水”は なぜ発生したのか?

気候変動の影響を研究する熊本大学准教授の石田桂さん(くまもと水循環・減災研究教育センター)は、豪雨を3次元シミュレーションで解析しました。

青や赤は雨の量。赤は特に激しく降っていることを示している
青や赤は雨の量。赤は特に激しく降っていることを示している

発災前日の7月3日、帯状に雨が降る「線状降水帯」が見られました。そして4日未明から、激しい雨が球磨川流域に、途切れることなく朝まで降り続きます。

昭和40年と令和2年の降水量の比較
昭和40年と令和2年の降水量の比較

これは、昭和40年、球磨川流域で1万戸以上が浸水した時の、24時間降水量です。最も雨の降った場所で300mmほどでした。しかし、去年の豪雨では流域のほぼ全域で300mm以上。多いところでは500mmを超える雨量がありました。

球磨川流域には、支流が毛細血管のように数多く流れています。その支流から雨水が一気に本流へ集まりました。その結果、球磨川の広い範囲に津波洪水が発生したのです。背景には、気候変動の影響があると石田さんは見ています。

熊本大学准教授 くまもと水循環・減災研究教育センター 石田桂さん
熊本大学准教授 くまもと水循環・減災研究教育センター 石田桂さん

「球磨川流域の広い範囲、ほぼ全域にずっと強い雨が降り続けたことが今回の豪雨の特徴。これから先は、もっとひどい雨が降る可能性が十分にあると考えるべきです」(石田さん)

“津波洪水”が被害を拡大させたメカニズムも分かってきました。

激しい流れの直撃を受ける前の食堂

激しい流れの直撃を受けた食堂
激しい流れの直撃を受けた食堂

堤防のすぐそばにある木造2階建ての大きな食堂は根こそぎ流されていました。なぜこの場所を最も激しい流れが襲ったのか?

河川工学の専門家で水害の分析を行ってきた熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター特任教授の大本照憲さんが、現地調査で注目したのは、食堂から1キロほど上流の「くの字」を描くカーブです。

「くの字」を描く川
「くの字」を描く川
3.4メートルの高低差
3.4メートルの高低差

水位の痕跡を調べると、カーブの内側と外側で3.4メートルの高低差がありました。増水した川の流れが蛇行部に差し掛かると、遠心力で水がカーブの外側に集まり、持ち上げられた水は駆け下りるように加速。川沿いの道路の上を走るように流れました。

洪水の痕跡を調べる大本照憲さん
洪水の痕跡を調べる大本照憲さん

「勾配も大きいので高速の流れが道路面に沿って発生して、その先にあった食堂が直撃を受けたのだと思います」(大本さん)

一方、川のカーブが連続する場所では洪水の流れが変化して、被害を拡大させたことを突き止めたのは河川シミュレーションの専門家、前橋工科大学工学部准教授の平川隆一さんです。

平川さんが集落を襲った流れをシミュレーションした結果、川が増水を続けると堤防を水が乗り越えました。そして、しばらくすると蛇行していた川の流れがまっすぐに変わり、上流から来た速い流れが最短距離を流れ、集落を飲み込んでいきました。

増水前の川の流れ
増水前の川の流れ
川の流れが増水後まっすぐに
川の流れが増水後まっすぐに

蛇行部の集落が次々に襲われるこうした現象は、この地域だけにかぎったものではないと平川さんは指摘します。

「日本各地、蛇行部の、かつ低いところ、水のそばは住宅が広がっています。今回のように水がショートカットして住宅街を流れていく災害は、これからも日本各地で起きる可能性はあります」(平川さん)

前橋工科大学工学部准教授 平川隆一さん
前橋工科大学工学部准教授 平川隆一さん

受け身の姿勢ではダメ 逃げ遅れないための避難3原則

今回の球磨川の水害では、避難しようという行動に結び付ける難しさが指摘されています。人吉市の隣にある球磨村で、大雨警報や洪水警報が出されたのは3日夜。そして、線状降水帯による記録的短時間大雨情報が出されたのは4日にかけての夜中でした。球磨村の住民アンケートで「危険なことが起こるかもしれないと思った日時は?」と尋ねたところ、「7月3日のうちに危険を感じた」と答えた人はわずか15%ほど。大半の人が寝る前には事態の深刻さを把握できませんでした。

球磨村の住民アンケート
球磨村の住民アンケート

「3時の段階で記録的短時間大雨情報、5時の段階で氾濫発生情報が出ましたが、ここに至るまでなかなか危ないと思えないのは、こういう状況の中で仕方がないことです。しかし、大丈夫だと思ってしまうのではなくて、次なる避難行動に対応できる私たちであり、地域であり、社会である必要があるんです」(片田さん)

今年2021年から線状降水帯の発生情報が気象庁から出されるようになりましたが、片田さんはそれは「予測情報」ではないことに注意をうながしています。

「線状降水帯がこれから発生するという予測ではなく、線状降水帯が“できた”という情報です。そのため、行政から避難指示がでて、それに沿って避難すればいいという受け身の姿勢ではダメなのです」(片田さん)

防災力を高めるために、片田さんは「避難3原則」を提唱しています。

片田さんが提唱する「避難3原則」
片田さんが提唱する「避難3原則」

①想定にとらわれるな
「これまで大丈夫だったから」ではだめ。

②最善を尽くせ
高台など、より安全なところを目指す。

③率先避難者たれ
声かけをして真っ先に対応する行動が、地域みんなの行動を促して命を守る。

「令和2年7月豪雨」では、球磨村の高台に住むある住民が、低い場所に住むご近所の皆さんに家族総出で電話をかけるなどして、32人を高台の自宅に避難させ、命を救ったという事例もありました。


水害から命を守る「ベスト避難チャレンジ」

危険が迫っても避難したがらない人をどう避難させるか?

日頃から早めの避難を意識するための取り組みがあります。NHK「水害から命をまもる」特設サイトの「ベスト避難チャレンジ」です。人気動画クリエイターのフィッシャーズと一緒に、水害から命をまもるためのアイデアを考える企画です。

ベスト避難チャレンジ・親子編
ベスト避難チャレンジ・親子編

【ベスト避難チャレンジ・親子編】
①息子「父ちゃん、裏の川がだいぶ増水してきたよ」
②父「いまはコロナもあるし、動かないほうがいいんだよ」
③息子「○○○○○○○○○」← ここに入る父親に避難を促すひと言を考えてください
④父「すぐ避難しよう!」

「私たち専門家はいつも『逃げるべき』と理屈で語って説得しようとしてしまいますが、人は『心』で動くもの。このようなコミュニケーションが大事です」(片田さん)


あらゆる対策を組み合わせる「流域治水」

国や自治体は、これまでの想定を超える災害に対処するべく、考え方を大きく転換しています。これまでの治水は川の水をあふれさせないように、ダムや堤防を造ってきました。ところが、最近の雨の降り方はそれだけでは対処できません。

そこでキーワードとなるのが“流域治水”。水があふれることを前提にして、水をためられる場所をたくさん確保したり、危険な場所に住まないようにしたり、あらゆる対策を組み合わせて被害を小さくしようという考え方です。

水があふれることを前提にした流域治水の考え方
水があふれることを前提にした流域治水の考え方

球磨川流域で大きな注目を集めているのが“田んぼダム”。大雨の時にはギリギリまで水をため、川に流れる水を減らして洪水を防ごうというものです。

田んぼダムの仕組み
田んぼダムの仕組み

カギとなるのは田んぼ一つひとつにある、水の出入り口。大雨が降るとふたを閉じて田んぼに水をため、川に流れる水量を減らします。田んぼの水量をコンピュータで一括管理し、ふたの開け閉めをスマートフォンで操作できる“スマート田んぼダム”の実証実験も始まっています。24時間以内の冠水であれば、田んぼの稲には影響がないとされています。

蓋の開け閉めを遠隔操作
蓋の開け閉めを遠隔操作

球磨川流域で田んぼダムとして想定される面積は3300ヘクタール。東京ドームおよそ700個分の面積に相当します。このような流域治水の取り組みは全国109の水系でも計画されています。

東京や大阪など、都市部を流れる川でも、公園の地下などに貯水槽を造るといった対策が始まっています。大きなものでは、埼玉県春日部市に作られた首都圏外郭放水路があります。全長約6.3キロ、周辺の中小河川の水を一時的に取り込み、江戸川に流す巨大な地下貯水槽です。

地下神殿のような内部
地下神殿のような内部

浅い浸水でも危険 都市部に潜む水害リスク

去年7月の熊本の豪雨では、都市部でも激しい流れが発生しました。球磨川中流部の盆地に広がる熊本県人吉市では洪水で20人が犠牲となりました。亡くなった場所と浸水の深さを分析すると、浸水が浅い場所でも亡くなった人がいたのです。

熊本県人吉市 浸水が浅い場所でも犠牲者(黄色い○)
熊本県人吉市 浸水が浅い場所でも犠牲者(黄色い○)

豪雨当日の朝、水に浸かりはじめた交差点をオートバイで渡ろうとした男性が転倒。徐々に水の勢いが増してそのまま流され、数日後、交差点から100メートルほど離れた神社の池でオートバイが、その近くで男性の遺体が発見されました。

命を奪うほどの流れはなぜ発生したのか。

河川工学の専門家、中央大学教授の福岡捷二さんが、豪雨当日の人吉市の水の流れをシミュレーションしました。

豪雨当日のシミュレーション結果
豪雨当日のシミュレーション結果

男性が転倒した交差点付近の断面図を見ると、水があふれ出した球磨川の支流・山田川から交差点は平坦ですが、100メートルほど先の神社にかけては2.5メートルほど下っています。福岡さんはこのわずかな勾配が激しい流れを生んだとみています。男性が転倒した頃の洪水の深さはおよそ40センチ。流れは秒速1.5メートルほどと分かりました。

わずかな勾配が激しい流れを生む
わずかな勾配が激しい流れを生む

「毎秒1.5メートルの流速はすごいです。同じ秒速1.5メートルでも風の800倍の力を受けるので、浅くても流速が大きいと、歩くのはとても大変です」(福岡さん)

さらに住宅地では、意外なところで危険が増すことも分かってきました。

球磨川から500メートルほど離れた住宅街に暮らす80代の男性が避難しようとしたところ、家の目の前で身動きが取れなくなってしまったのです。道路の水深は50センチほど。しかし水路の部分は1.5メートルに達し、局所的に流れが速まっていたとみられています。向かいの住人がロープを投げて男性を水の流れから懸命に助けようとしましたが、力尽きた男性は流されて、命を落としました。

流れが速くなった住宅街の水路
流れが速くなった住宅街の水路

市街地のわずかな高低差や住宅街の水路など、熊本の豪雨では都市部に潜むリスクも浮き彫りになりました。

「都市部はアスファルトやコンクリートにおおわれているので、降った雨が染み込まず一気に流れます。都会でも同じように危険があると考えられます」(片田さん)

豪雨激甚化の中で、避難に対する考え方を私たちが改める必要があると片田さんは言います。

東京大学大学院特任教授 片田敏孝さん

「行政から災害の厳しさの状況の進展に応じ、“このような避難情報が出るから、我々は行政の指定した避難所に行けばいい”と、ある意味受け身だったと思うんですよね。指示されて逃げるというのではなく、これからは、それぞれの個別の状況で、例えば家は鉄筋か木造か、ハザードマップでの危険箇所と安全な箇所など、状況を自分で判断して、自分で行動を取らなければならないということです」

「逃げて何もなかったら、『空振り』という心情になりますよね。これは、行政の指示で逃げたから外れたって思うんです。ところが、何かあるといけないから、逃げておこうと自分で思ったとします。そして何事も起こらなかったら、良かったなって言えますよね。これは、『空振り』という言葉じゃなく、『素振り』と考えられる。その時に向けての訓練だと思えばいいんですよね」