この記事は、明日をまもるナビ「帰宅困難 そのときあなたは?」(2021年7月4日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
これだけは知っておきたい、災害時の帰宅がもたらす危険ポイント
▼密集状態の中で1人が倒れると、雪崩を打つように周囲も転倒する“群集雪崩”に。
▼大勢が一斉に帰ると大渋滞になり、救急車や消防車の活動を阻害する危険がある。
▼超過密状態の場所では体力的に弱い高齢者、女性、子どもに被害が集中。
帰宅困難でも“あなたのために帰らない”
災害発生時、都市部ならどこでも起こりうる帰宅困難問題。鉄道を使って長距離通勤する人が多い日本の大都市の都市構造の問題です。そうした場合に備えて知っておきたい新常識、それが「帰らない」ことです。
東京都が作成しているポスターがあります。

「あなたのために帰らない」という言葉の意図について、東京都の帰宅困難者対策に関わり、都市防災が専門の東京大学大学院准教授の廣井悠さんが2つの理由を説明します。

「1つ目は大きな地震が起きているときは、いたる所で火災が発生したり、余震で看板などが倒れてくる可能性が高くなり、二次災害に巻き込まれる可能性があります。2つ目は、人が一斉に帰ると大渋滞になり、救急車や消防車の活動を阻害する可能性がある。つまり、助けられるはずの命を助けられないかもしれない。消せるはずの火災を消せないかもしれない」(廣井さん)
これが、あなたのために、あるいはあなたの家族のために帰らないという、東京都のポスターのキーワードです。
廣井さんが2011年に東日本大震災で家に帰れた帰宅困難者に、「もしまた同じ状況になったらどうするか」とアンケート調査したところ、84%もの人たちが次も同じ行動をとる、「自宅に帰る」と答えました。

「この結果からは、恐らく『なんだ、帰れるじゃないか』と多くの人が自信をつけてしまったと解釈できます。次に想定される首都直下地震や南海トラフ巨大地震の時に、みんながこの時の教訓をよりどころにして一斉に帰ってしまったらどうなるか、もしかしたら次は被災の規模が全く違う状況かもしれないということを考えるのが非常に重要です。」(廣井さん)
命の危険がある“群集雪崩”とは
大都市で大災害に襲われた時、人々は密集状態になると予想されます。ここで心配される現象が「群集雪崩」です。密集状態の中で1人が倒れると雪崩を打つように周囲も転倒し、押しつぶされた人は最悪、死につながる現象です。
「将棋倒し」は後ろの人が前の人を倒すなど一方向ですが、さらに過密状態のときに起きる群集雪崩は全方向の人が巻き込まれます。

密集状態の中で、人の体にはどのくらいの力が加わるのか、大阪工業大学教授の吉村英祐さんが実験を行いました。群集雪崩が起きるとされる1平方メートルあたり10人以上の状態を再現。実験では、1人あたり270キロもの力がかかっていることがわかり、3人に1人が呼吸困難に陥ったといいます。

「群集事故が起きると、体力的に弱いお年寄り、女性、子どもに被害が集中します。もともと(東京には)高密度という群集事故が起きやすい条件がそろっています。そういうリスクが首都直下地震になると、一斉に吹き出てくるのではないかと思います」(吉村さん)

廣井さんが東京都心部の約500万人が一斉に徒歩で帰宅したケースをシミュレーションしました。すると、都内のあちこちに人が密集して、事故のリスクが高まる場所が出現。そのひとつが東京丸の内です。1平方メートルあたり、6人以上の超過密状態が現れました。

これは、ほとんど動くことすらできず、群集雪崩などが危惧される状態だといいます。ほかにも、渋谷駅前の明治通り、新宿駅前の甲州街道、赤坂見附駅の周辺など都内30か所以上で、満員電車並みの超過密状態が予想されています。
群集雪崩に巻き込まれないためのポイント
命の危険にもつながりかねない群集雪崩。巻き込まれないための注意点と帰宅までの待機日数の目安です。

①駅には近づかない
多くの人が電車の運行情報を求めて集まるため、駅には近づかない。特に過去の事例から群集雪崩で被害にあう可能性が高いと言われている、高齢者の方や子ども連れの方は行かない。電車の運行情報はラジオなどで入手する。または電車が動く可能性はない、とあきらめるスタンスも重要。
②橋には近づかない
橋は逃げ場のない空間。密度が高まって群集雪崩が起きる可能性が高く危険。なるべく近づかない。
③もちろん家には帰らない
これが一番重要です。
3日間(72時間)は待機
では、いつ帰ればいいのか。推奨されている「待機日数」があります。それは「3日間」。この時間、職場や学校に待機してほしいと言われています。
「これは、1995年の阪神・淡路大震災の状況が根拠になっています。当時は建物倒壊で亡くなった方も多く、救出できても、72時間以降は生存率がかなり下がっていました。少なくとも72時間までは救出モードにして、消防車や救急車などの緊急車両が迅速に活動するために、3日間は都市の中で大渋滞を起こさないという根拠です。もちろん地震の状況によっては、ある程度落ち着いたら3日とは言わず、帰っても良いかもしれません。それは状況を見極める必要があります。」(廣井さん)
一時滞在施設の活用
では、外出先で地震などの災害にあった場合、どこに行ったらいいのでしょうか。
そのときは、「一時滞在施設」への避難を考えましょう。東日本大震災以降、大都市で整備され始めています。庁舎、大規模な体育館など公の施設のほか、民間企業のエントランスホールや会議室、ホテルのロビーなどがあります。
災害時の支援シール

また、徒歩で帰宅する方たちへの支援場所として、コンビニやファミリーレストラン、ガソリンスタンドなどに「災害時帰宅支援ステーション」「災害時サポートステーション」というマークが表示されています。
これらの施設では災害時に水やトイレ、災害情報などを提供してくれます。都市部に限らず、全国各地で貼られているので、いざというときのためによく行く外出先で事前に確認したり、災害にあった場合、探してみましょう。
災害時の連絡方法は?
災害時には多くの人が一斉に電話をかけるため、つながりにくくなります。そこで帰宅せずに家族に連絡を取れる手段を用意しておくことが必要です。

災害用伝言ダイヤル
「171」にかけて、音声案内に従って連絡を取りたい電話番号を入力。伝言を録音したり、再生したりできます。録音できる時間は30秒間だけ。自分の名前、現在地、誰といるか、次にいつ伝言をするかを伝えることが大切です。

災害用伝言板(web171)
インターネット上の伝言板です。伝言を100文字で登録、閲覧できます。

災害用伝言板(web171)はインターネット上の伝言板です。伝言を100文字以内で登録、閲覧できます。どちらも毎月1日と15日など、下記の期間に体験利用ができます。
- 体験利用ができる日
- ■毎月1日と15日
- ■正月三が日(1月1日〜1月3日)
- ■防災とボランティア週間(1月15日〜1月21日)
- ■防災週間(8月30日〜9月5日)
ぜひ一度使ってみることをおすすめします。
また、携帯電話会社各社が提供する災害用伝言板もあります。お持ちの機種で事前に使い方を確認しておきましょう。
三角連絡法

災害発生時、被災地にいる人同士ではとくに電話がつながりにくくなります。しかし、遠隔地にいる人とならつながりやすいため、安否を伝言しておけばそこを中継点にして伝えることができます。親戚や知人など、いざというときに連絡する相手を事前に決めておきましょう。
これらの連絡方法は自分ひとりだけで覚えていても使えません。いざという時のために、家族で共有しておくことが大切です。ふだんネットでしか連絡を取り合っていない大事な人の携帯電話番号も確かめておきましょう。
「家族の電話番号だけではなく、どこで落ち合うか、集合場所も事前に決めておくとよいかもしれません」(廣井さん)
知っておこう いざというときの救命処置
外出時に被災した時に覚えておきたいのが救命処置です。
救急指導のプロフェッショナルで東京消防庁の畠中正太郎さんが、対処法のポイントを教えてくれました。
「意識のない方が倒れていた場合、まずは119番通報。そして、AEDとともに大切なのが、心臓のポンプ機能を補助するために胸骨圧迫、いわゆる心臓マッサージを行うことです」(畠中さん)
AED(自動体外式除細動器)とは?
心臓の震えを電気ショックで取り除くための機器。通常、心臓は全身に血液を送るポンプの役割を行っています。しかし、心臓が規則正しく動くのではなく、ブルブルと細かく震える「心室細動」という状態になると注意。血液を全身に送り出せなくなり、長時間放置すると心停止します。心室細動を取り除き、本来の心臓の動きに戻すのが、AEDによる電気ショックです。

倒れている人を発見したら
①周りの安全を確認してから倒れている人に近づく。
②両肩をたたきながら「わかりますか?大丈夫ですか?」と3回程度呼びかける。

③意識がなければ大声で協力者を募り、119番通報とAEDの手配を依頼。
④胸とおなかの動きを横から見て、呼吸があるか確認。
⑤呼吸を確認できなければ胸骨圧迫を始める。
胸骨圧迫(心臓マッサージ)の方法
①コロナ禍での感染防止のため、必ずマスクをして実施。倒れている人の口と鼻にもタオルやハンカチをかぶせる。
②胸の真ん中に手のひらの付け根をおき、両手を重ねて垂直に押し下げる。
③押す深さは約5センチ、1秒に2回程度の間隔で繰り返す。
④AEDが届いたら、いったん胸骨圧迫を休止してAEDを開始する。
AEDの使い方
①AEDを倒れている人の頭側に置く。
②AEDのフタを開けると電源が自動で入る。
③声とモニター画面に従い、順番通りに進める。





④AEDから「電気ショックが終わりました」「ただちに胸骨圧迫と人工呼吸を始めてください」と指示があるので、胸骨圧迫を再開。人工呼吸の訓練を受けていない人は胸骨圧迫に専念する。
⑤救急車が近づいても胸骨圧迫を止めず、救急隊員が目の前に来て交代するまで続ける。
AEDの使い方を知っておかないと、いざというときに有効に活用できません。消防本部やNPO法人で講習会を開いているので、ぜひ事前に学んでみてください。東京消防庁では使い方を動画で詳しく紹介しています。
【参考】東京消防庁公式チャンネル
(大人向け)心肺蘇生(AED)動画(一般成人用)
キュータとやってみよう!AED(AEDの使い方)
※NHKサイトを離れます
注目される「エリア防災」の取り組み
一日の乗降客数が日本一の新宿駅では、東日本大震災の際に行き場をなくした人たちが駅で長い時間を過ごしました。東京都の想定では首都直下地震が発生した場合、新宿駅周辺には最大37万人が滞留し、多くの人が行き場を失うとされています。

しかし、自治体は住民への対応もしなくてはならず、帰宅困難者への支援には限界があります。そこで地域の事業所や学校なども連携して、避難所の開設や支援物資の提供などを行う「エリア防災」という考え方が大切になるのです。
西新宿のエリア防災を中心となって進めているのが工学院大学の村上正浩教授です。新宿駅の近くにある工学院大学では東日本大震災当日、キャンパス内におよそ700人の帰宅困難者を受け入れました。しかし、その帰宅困難者への情報提供が十分にできなかったのです。
それをきっかけに、村上さんたちが独自に開発したのが「エリア災害対応支援システム」です。

地域の事業所などが連携して鉄道情報やビルに避難できる人数、電気などのライフライン情報などを収集。システムに入力し、新宿を訪れた人が帰宅困難になったときにスマートフォンなどで受け入れ可能な施設を簡単に探すことができるのです。

「それぞれ大きなターミナル駅を抱えている所が連携し合うことで、災害時の帰宅困難者の移動など、お互いに情報共有することで、支援ができるかもしれない。どんどん広がっていくべきだと思うし、被害に応じた形で、連携という輪をつくっていくべきだと思います」(村上さん)
さらに、個々の事情に合わせた備えが必要だと東京大学大学院准教授の廣井さんは考えます。
「帰宅困難者が発生するときの状況は、地震が起きたときの時間帯、平日か休日か、あるいは場所によって違います。また、個人の事情によっても違ってきます。持病を持っている人は会社に薬がないと待機できません。どこで被災するかわからないので、何が必要かを事前にシミュレーションしておくことが重要です。いろいろな状況を想定して、自分はどうしたらいいか考えるのが対策の第一歩です。」(廣井さん)