この記事は、明日をまもるナビ「新しい避難生活」(2021年6月20日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
これだけは知っておきたい、快適な避難生活を送るためのポイント
▼簡単なパーティションが感染症対策とプライバシー保護に
▼自宅が安全なら住み慣れた「在宅避難」を優先
▼避難所の合言葉は「TKB」。「トイレ」、「キッチン」、「ベッド」が重要!
避難所に求められる感染症対策
いつどんな形でスタートするかわからない避難生活。避難のしかたは災害の種類や状況によっても異なります。
台風や水害の場合は事前に予報や避難に関する情報が出され、ある程度の準備が可能です。一方で地震や大規模な火災などは発生後に避難することになり、避難生活も長期間になる可能性があります。2016年の熊本地震では最長で7か月も避難生活が続きました。

避難所は人を集める場所です。新型コロナウイルスだけでなく、ノロウイルスなどさまざまな感染症の対策が求められます。
2011年の東日本大震災では感染症に悩んだ避難所がありました。当時、3000人を超える人々が避難した福島県郡山市の展示場「ビッグパレットふくしま」です。避難した人が密集し、食べ残しが放置されたり、毛布にはカビが生えたりすることもありました。この状況でノロウイルスが人々を襲いました。
ノロウイルスは深刻な胃腸炎を起こし、重症化すると命に関わります。感染者の排せつ物や吐き出したものに多く含まれるのが特徴です。感染力は高く、消毒などを適切にしなければ乾燥して粉じんとなり、空気中を漂います。
感染者が急速に拡大するなか、現場で感染症対策を担った福島県の職員が力を入れたのは、避難所で雑魚寝が続いている状況の改善です。
まずは、ウイルスが人から人へと感染するのを防ぐため、区画ごとに布で仕切りました。

さらに、直接床に寝ないですむよう、かさ上げした居住スペースを用意し、床に付着した飛まつからウイルスに感染するリスクを減らしました。こうした対策の結果、240人まで増えた感染者は急激に減り、ゼロになりました。密を避けることが感染症対策の基本なのです。
ふだんの対策を避難所でも
新型コロナウイルス対策も、ふだん皆さんが気をつけていることを避難所でも継続することが肝心です。
①体温計で体調をチェック
避難所に入るときは体温計などで体調をチェック。体調に不安があれば、避難所の運営者に申し出ましょう。避難所が学校であれば別の教室など、ほかの人と離れた場所に移る必要があります。
②避難者同士の間隔を2メートル以上保つ
間仕切りなどを活用し、避難者同士の間隔を2メートル以上保って密を避けましょう。炊き出しなど、人が集中しやすい場所では密集を避ける行動を心掛けましょう。
防災教育に力を入れている慶應義塾大学准教授の大木聖子さんは避難所の感染症対策について次のように説明します。

「あらゆる感染症の対策として基本になるのが手洗い、うがい、そして消毒です。避難所に行ってもそれを一人ひとりが続けていくことが大事です」(大木さん)
避難生活では「熱中症」と「口腔ケア」に注意
避難生活で気をつけなければいけないのは、感染症だけではありません。避難所特有の注意点があります。
熱中症
被災した上に、避難生活が長引くと疲労がたまり、体調不良や栄養不足、夏場は熱中症リスクが高まります。予防には2つの対策が必要です。
①こまめに水分補給
避難所などではトイレが混んでいるのではないか、汚れているのではないかと、トイレを我慢するため、水分を控える人が増えます。熱中症のリスクがあるので、こまめに水分補給をしましょう。
②いつも以上に体調管理に気をつける
コロナ対策としてマスクを着用する機会が多くなります。暑い場所などではいつも以上に熱中症の危険を高めるので気をつけましょう。
口腔ケア
「口腔ケア」とは歯を磨いたり、口をゆすいだりすること。1995年の阪神淡路大震災では震災関連死が900名以上になりましたが、その大部分が高齢者で、そのうちの4分の1の死因は肺炎で亡くなっています。その肺炎になった原因のひとつがこの口腔ケア不足によるものと言われています。口の中で細菌が増えていって、誤えんで肺の中に細菌が入ってしまい、死に至る場合もあるのです。
断水して水が十分に使えず歯磨きをしなくなってしまう、また、歯磨きがない、防災グッズに歯磨きを入れていなかった、その場合の対策として、普通のガーゼを指に巻いて歯を拭く方法が有効です。これだけで十分な予防となります。ガムを噛んだり、水やお茶でうがいをしても対策になります。

密を防ぐ避難の基本は「分散避難」
避難所での感染症対策は進むようになってきましたが、新たな問題も浮上しています。
新型コロナなどの感染症対策として有効な避難所のソーシャルディスタンス。しかしテントやベッドの導入で問題になるのはスペースの確保です。密を避ければ避難所の収容人数が減ってしまいます。
2020年9月、非常に強い勢力の台風10号が接近した宮崎県宮崎市の避難所で、その心配が現実となってしまいました。事前に最大級の警戒が呼びかけられて避難する人が増えたうえ、避難所では密を防ぐため、定員が半分になっていたのです。そのため特定の避難所に避難者が殺到し、定員を超えたのです。入り口には「受入不可」の文字が。宮崎市は急きょロビーにブルーシートを敷くなどして、対応しようとしましたが、避難所開設から2時間余りで受け入れできなくなり、やむなく他の避難所に移動してもらう事態に。満員になった避難所は21か所、全体の2割にのぼりました。

避難所に入れないという事態を避けるには、災害の種類にもよりますが、基本的には「分散避難」が重要。
自宅が安全な場合→在宅避難
例えば自宅が浸水域ではない場合、耐震性があって倒壊の恐れがない場合などは、住み慣れた自宅で「在宅避難」しましょう。

自宅が危険な場合→親族宅やホテルに避難
自宅が危険な場合、例えば、高台にある安全な親族宅、あるいはホテルへの避難を検討。自治体が避難所として指定しているホテルもあります。
車中泊
いま注目されている分散避難先が車中泊です。プライバシーを保ちやすく、エアコンやラジオなども利用できる利点があります。そのときに気をつけなければいけないのが、「エコノミークラス症候群」です。

※参考
マイ避難先と車中泊の極意「ばすだし」
https://www.nhk.or.jp/ashitanavi/article/1913.html#mokuji02
避難生活を快適にする最新防災アイテム
新型コロナ対策をきっかけに日々進化している防災アイテムを紹介します。
●段ボールパーティション/ベッド

段ボールのパーティションで空間を保てば、感染症対策として効果的です。さらに、避難所はプライバシーのない空間なので、プライベートな空間を作れば精神的にも楽になります。顔の部分を隠せる構造の段ボール製ベッドも備わっているものもあり、寝るときに周囲の音や光を遮り、落ち着けます。
●簡易パーティション

コンパクトに折りたためて、必要なときに簡単に広げられるテントタイプのパーティションです。新型コロナウイルスの拡大以降は、感染症対策として導入している自治体が少しずつ増えています。私物のテントを持ち込めるかは避難所の状況にもよるので、事前に確認しておきましょう。
2020年の秋に開かれた危機管理産業展2020。防災に役立つ製品を展示したイベントです。ここでも避難生活で活用できる最新の感染症対策グッズが注目を集めました。
●循環型手洗い機

最新の浄水機能で水を循環させ、水道がない場所でもきれいな水で手を洗い続けることができます。横にはスマートフォンを除菌する装置も備わっており、手元からの感染を防ぐ効果が期待されています。
●組み立て式の小部屋

組み立て式の小部屋で、換気ダクトが備え付けられている点がポイント。空気を常時外に排出でき、感染症対策が求められる医療介護スペースとしても利用できます。
エコノミークラス症候群対策! 簡単ストレッチ
車中泊避難や長期間の避難所生活で気をつけたいのが「エコノミークラス症候群」です。
車などの狭い座席に長時間座っていて、足を動かさないと血行不良が起こって、血液が固まりやすくなります。その結果、血の塊、血栓が血管の中を流れて、それが肺に詰まって、肺塞栓などを誘発する恐れがあります。
そこで、椅子に座ってできる、エコノミークラス症候群対策の簡単なストレッチを紹介します。それぞれ5回ずつ行いましょう。
①足の指でグーパー
足の指でグーを作り、その後、指を開いてパーを作ります。末梢部分を動かすことで、血液が戻る力を後押しできます。

②足を上下につま先立ち
足を上下につま先立ちします。ポンプ作用で血栓を防ぎます。

③足首を回す
ひざを両手で抱えて足首をゆっくり回します。足の力を抜いて、力まないのがコツ。無理は禁物です。

④ふくらはぎ全体をもむ
ふくらはぎ全体を軽くもみます。強すぎず、軽くもむのがポイント。

ほかにも、エコノミークラス症候群対策には、以下があります。
- こまめに水分をとる
- ゆったりとした服装にする
- 眠るときは足を上げる
新しい避難生活のカギ「TKB」
医師や災害の専門家でつくる学会が、避難所の環境をより良くするための抜本的な改善の提言をまとめました。合言葉は「TKB」です。
T…快適で十分な数の「トイレ」
K…温かい食事を提供する「キッチン」
B…「ベッド」

日本国内の災害では、どの避難所でも「数が少ない」「汚い」と、真っ先に問題となるのがトイレ。東日本大震災の際には洗顔や歯磨き、洗濯などでもトイレに人が集まり、感染症が広がったケースがありました。
また、2018年7月の西日本豪雨では、約3か月もの間、パン3種類、おにぎり3種類といった同じメニューが続いた避難所がありました。市の担当者によると、大量の食事が必要だったことや、食中毒対策などのために種類をしぼらざるを得なかったとのことです。
災害が多い国の中には、TKBの導入が進んでいるところがあります。それは繰り返し大地震に見舞われるイタリアです。
2016年の大地震では、発生から48時間以内にコンテナ型のトイレが整備されました。水洗が基本なので手も洗えます。

食事については、調理を担うボランティア団体は、各地に備えたキッチンカーで、調理師がパスタなどの温かい食事を用意します。国の機関がボランティア団体に指示を出し、費用を負担する仕組みが整っています。
そして、テントやベッドが家族ごとに支給され、広さは1人あたり最低3.5平方メートルとかなり広めです。


日本でも被災地のTKB環境を良くしようと、コンテナ型の水洗トイレの導入が進みつつあります。この環境をいかに早く準備するかが大切だということで、避難所・避難生活学会の専門家たちが提唱しているのが「TKB48」。つまりTKB環境を災害発生から48時間以内に整えようという目標です。
そのうえで、少しでも健やかな避難生活を送る上で、環境の準備とともに、もう一つ大切なことがあると大木さんは語ります。
「避難所の限られたスペースで一緒に暮らす以上、協力しあう気持ちを持っていくこと。『そろそろ換気しましょうか?』『顔色が悪いですが大丈夫ですか?』など、お互いに声をかけあえて、お互いを思う気持ちがあれば、感染症対策も含めて早め早めの対策につながります。避難所では長い生活で苦しいと思いますが、協力しあう気持ちを進めていただきたいと思います」(大木さん)