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誰も取り残さない “逃げ遅れゼロの町”への5つのポイント

岡山県倉敷市真備町は、2018年の西日本豪雨による急激な増水で逃げ遅れた51人が犠牲になりました。人口の3割が洪水のリスクのある場所に住む日本では、決して他人事ではありません。真備町の地域ぐるみの挑戦から「逃げ遅れゼロの町」を実現するために必要な5つのポイントを紹介します。

この記事は、明日をまもるナビ「逃げ遅れゼロの町ヘ」(2021年6月6日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。

これだけは知っておきたい、「逃げ遅れゼロ」のためのポイント
▼住民が地域に関心を持つこと。楽しく参加できる防災訓練が有効。
▼住民と行政の連携。災害時に自治体が住民から危険情報を集めて共有。
▼町ぐるみで避難行動を支える体制を作る。ふだんからの話し合いと地域の絆がカギ。


ポイント① 楽しく学ぶ防災訓練

2018年7月の西日本豪雨で、岡山県倉敷市真備町は、大規模な洪水によりおよそ4600棟の家屋が全壊し、51人が犠牲になりました。3分の2の住民が被災し、その多くが町外での避難生活を余儀なくされました。

町が空洞化の危機に直面したなか、「町につながりを取り戻したい」と、住民ボランティア団体「あるく」が立ち上がりました。

小学校の校庭に作られた「あるく」の集会所
小学校の校庭に作られた「あるく」の集会所

小学校の校庭に作られた仮設の事務所を拠点に、豪雨災害の3か月後から支援物資の配布や炊き出しを開始。さらにはマッサージサロンやお茶会など、毎日のように催しを開き、住民の生活再建を支えています。

「あるく」の代表を務める槙原聡美さんは、住民が戻らず町が衰退するのを危惧していました。 「ゴーストタウンのように、人がまったくいない町になりました。その中で、帰りたいと思っている人たちがたくさんいます。戻ってきたときには、以前よりもつながりがあって、安心して暮らせる川辺地区にしたい。助け合える仕組みを作りたいと思って活動を続けています」(槙原さん)

あるく代表 槙原聡美さん
「あるく」代表 槙原聡美さん

この日、開かれたのは「リカバリーカフェ」。住宅再建に関するアドバイスをファイナンシャルプランナーや司法書士などの専門家から受けることができます。さらに、子どもの教育に不安を感じている親たちにも「給付型奨学金」などの制度の使い方も提供しています。

「リカバリーカフェ」でアドバイスする専門家
「リカバリーカフェ」でアドバイスする専門家

「あるく」が情報共有や意見の交換に利用してきたのが、無料通話アプリLINEです。登録者数は住民や支援者などおよそ600人。地域の人たちが何を求めているのか、どのような不安や悩みがあるのか、リアルタイムで把握することに役立っています。

「あるく」が情報共有に利用しているLINEの画面
「あるく」が情報共有に利用しているLINEの画面

寄せられた意見で多かったのは、安全対策や災害への備えに関する声です。そこで槙原さんたちは、地域ぐるみで防災に取り組む活動を始めました。

そのひとつが“防災まちあるき”。みんなで楽しく町を歩きながら、危険な箇所を確認するイベントです。しかし、2020年は新型コロナの影響で大人数で集まることができなかったので、限られた人数で訓練を行い、その模様を動画配信で生中継しました。

“防災まちあるき”のネット中継画面
“防災まちあるき”のネット中継画面

例えば、小学校の通学路にある用水路を動画で撮影しながら、大雨が降ると危険になると説明。訓練に参加できない人はスマホなどを使ってリアルタイムで視聴し、自宅にいながら疑似体験できるのです。

防災専門家で香川大学特命准教授の磯打千雅子さんは、住民が地域に関心を持つことが大切だと語ります。

香川大学特命准教授 磯打千雅子さん
香川大学特命准教授 磯打千雅子さん

「真備町は倉敷市内にアクセスの良い新しい住宅が多いのです。そこに住む若い世代が中心となって『2度と子どもたちに恐怖を味わせたくない』という熱意で動いています。自分の身の回りで何が起きているか分からないと、避難の判断がとても難しい。『防災まちあるき』で、災害が起きたらどうなるかという視点で見ておくと、いざというときに役立ちます」(磯打さん)

真備町ではその他にも、子どもたちも参加しての「非常食づくり体験」や、災害時の教訓をまとめた「防災おやこ手帳」の作成など、住民が防災を身近に感じるためのさまざまな取り組みが続けられています。


ポイント② マイ避難先と車中泊の極意「ばすだし」

例年より早く九州地方などが大雨に襲われている2021年。コロナ禍では“密”を避けた「分散避難」が呼びかけられていますが、磯打さんがすすめるワンステップ先の避難法が「マイ避難先」です。

「避難所は行き場がない人のための場所と考えて、自分が元気を回復できるような場所として、知人宅やホテル、車中泊など、『自分に適した避難先』を3つくらいリストアップしておくといいです」(磯打さん)

マイ避難先のイメージ
マイ避難先のイメージ

さらに車中泊サバイバル術伝道師ともいわれる磯打さんが伝授する、災害時の車中泊を快適に過ごす方法。その極意を表す合言葉は「ば・す・だ・し」です。

車中泊を快適に過ごす方法
車中泊を快適に過ごす方法

「ば」=場所

浸水しない高台に車を止めることはもちろん、トイレや水道などの設備が備わっている場所に止めることが大事です。

「す」=水平

狭い車内での車中泊は、エコノミークラス症候群など血の巡りが悪くなって体調を崩す人が多くなります。対策は、横になったときに床を水平にすること。シートを倒すと、前の座席と後ろの座席の間にデコボコができるので、バスタオルやマットを敷いて水平にすることで、体が動きやすくなり、血行障害を防ぐことができます。

車中泊マット
車中泊マット

「だ」=断熱

温度対策はとても大事です。レジャー用の断熱シートを車の窓や屋根に貼ると、夏は暑さ対策、冬は防寒になります。

断熱シート
断熱シート

「し」=収納

布製の収納箱を座席の足元に置けば、収納スペースとして有効に使うことができます。

布製の収納箱
布製の収納箱

ポイント③ 住民と行政が連携!危険情報の共有

住民ボランティア団体「あるく」が進めてきた防災への取り組みは、自治体や国との連携にもつながっています。

西日本豪雨で真備町の被害を大きくした原因のひとつが、危険情報をすぐに共有できなかったことだと考えられています。当時、夜間に堤防が決壊したことは、住民や行政がすぐに知ることができませんでした。また、避難勧告を伝える防災無線の音も激しい雨音にかき消され、気づかなかった住民も多くいました。

どうすれば、身近な危険情報を共有できるのか。この問題を解決するための防災情報共有システムが、国や自治体、住民などが連携して作られています。

豪雨災害を想定し、対策本部は被害状況をたずねるメッセージをLINEで一斉配信。住民は、自分がいる場所の状況を写真やメッセージを添えて、送り返します。

被害状況を住民から集める仕組み
被害状況を住民から集める仕組み

対策本部に送られた写真は、すぐさま位置情報と共にLINEの地図上に表示されます。

地図に表示された危険情報
地図に表示された危険情報
※現在、LINEを用いた防災訓練のシステムはリニューアル中です。

メディアや行政が把握しにくい被害の情報をリアルタイムで共有し、避難行動につなげる試み。事前に登録しておくと、こうした危険情報は全国どこにいてもすぐに共有できます。


ポイント④ 高齢者一人ひとりの「避難計画」

甚大な被害と多くの犠牲者を出した真備町。実は西日本豪雨での避難率が全国平均0.5%のなか、6割の住民が避難していました。着目すべきデータがあると磯打さんが指摘します。

「何らかの形で避難した人の割合は住人の6割。ずば抜けて高い数字ですが、逆に残りの4割には逃げたくても逃げられなかった方も含まれています。真備町で亡くなられた51人のうち、48人が65歳以上の高齢者でした」(磯打さん)

そこで、「逃げ遅れゼロの町」を目指す真備町では、高齢者を町ぐるみでサポートするシステムを作ろうとしています。

津田由起子さんは真備町で介護事業所を営んでいますが、西日本豪雨の際に事業所は水没して全壊。施設の利用者一人ひとりの家へ救助に向かいましたが、助けられなかった人もいました。このときの体験を教訓に、高齢者などの要支援者を守る取り組みを進めています。

「20数人の方が地域に散らばっているので、私たちが一人ひとりを助けるのは不可能。その方たちを守っていく下地を作っておかないと救えないことが分かりました」(津田さん)

町内の福祉事業所が把握しているだけでも、災害時の避難に声かけや介助が必要な高齢者は400人以上。そこで津田さんたちは、サポートが必要な高齢者に対し、個別の支援策をまとめた一人ひとりの避難計画「マイ・タイムライン」を作る取り組みを始めました。最大の特徴は、近所の人にも協力してもらい、サポート体制を明確に決めておくことです。

避難計画「マイ・タイムライン」
避難計画「マイ・タイムライン」

壁は個人情報の扱いでした。本人や家族、そして近所の支援者の間で信頼関係をどう築くのかが大きな課題です。避難を支えることは責任も伴うため、きちんと理解を得たうえでサポート体制に加わってもらおうとしています。そのためには、ふだんからのコミュニケーションがカギになると磯打さんは考えます。

「ふだんの生活で『避難をどうする?』など、災害時の困りごとを話しておくことが重要です。ふだんはお付き合いがなくても『西日本豪雨のようなことがあるから』と、少し距離を詰めていくきっかけになります」(磯打さん)

※NHK「水害から命を守る」サイトで「マイ・タイムライン」の作り方を紹介しています。
NHK「マイ・タイムライン作ってみた|水害から命を守る


ポイント⑤ 地域の絆「黄色いタスキ大作戦」

西日本豪雨後に市が実施したアンケートでは、町外に避難した住民の8割が真備町に戻ることを希望していました。町に戻ってきた人もいる状況で、一度、バラバラになってしまった地域の絆をどう取り戻すかが課題となっています。

そうしたなか、ことし(2021年)5月16日、真備町で「新たな絆の芽生え」を実感させる防災訓練が、まちづくり推進協議会や「あるく」などの住民グループの呼びかけで行われました。

名付けて“黄色いタスキ大作戦”。事前に配っておいた「無事です」という文字が書かれた黄色い布を住民が玄関先の目立つところに結びます。これが「私は避難しました」という安否確認の合図になります。

“黄色いタスキ大作戦”で使われた布
“黄色いタスキ大作戦”で使われた布

タスキを結んでいる家は無事に避難していることが分かり、近所の人も速やかに避難できます。一方、タスキがない場合、逃げられずに困っている住民がいるかもしれません。躊躇なく声をかけてもらい、迅速な避難や救助につなげるのが狙いです。

黄色いタスキを発案した「あるく」の槙原さんが、西日本豪雨での苦い経験を語ります。 「私の家の場合は、災害が起きる前に家族一緒に避難できました。でも災害後に、何軒もの方が、どこまで泥水が上がってくるか分からない恐怖の中、救助を待ったという話を聞きました。なぜ『一緒に避難しませんか』と声をかけられなかったのかとすごく後悔しています」(槙原さん)

3か月前に配布したタスキは1300あまり。訓練では、当初の予想よりも多くの玄関先にタスキが結ばれ、3分の2にあたる882軒の住民が参加してくれたことが分かりました。「逃げ遅れゼロの町」を目指した地域のつながりが大きな力になっています。

「この黄色いタスキは、単に自分の安全や無事を知らせるだけのツールではないと、今回取り組んで感じました。皆同じタスキを持っていること自体でつながりを感じる。そして、みんなでちゃんと災害に備えようという、意思疎通のツールになったと思います」(槙原さん)

災害を経験したからこそ生まれた地域の絆。訓練にアドバイザーとして関わった磯打さんは、同様の取り組みを全国で行うべきだと提案します。

「真備町でやっていることは特別なことではありません。水害の多い日本で暮らす私たち誰もがやるべきこと。自分が住んでいる町のことを知って、好きになってください。それが『逃げ遅れゼロの町』への第一歩です」(磯打さん)

いざというとき、逃げ遅れることがないようにするには、何かあったときの地域の支え合いのネットワーク作りも大切。ぜひ今回の5つのポイントを家族や地域の人と話し合ってみてください。