この記事は、明日をまもるナビ「台風の“風”による災害に備えよう!」(2023年8月27日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
風の強さと吹き方 「風速○○メートル」ってどんな風?
台風が接近すると、天気予報やニュースで「風の強さ」に関する言葉をよく聞きますが、その意味をご存じでしょうか?
10分間の平均風速が「風速」。3秒間の平均風速を「瞬間風速」といいます。
近年、毎年のように全国各地で「最大瞬間風速」の記録を塗り替える台風が襲来しています。
実際にはどのような風なのか?
気象庁が示している「風の強さと吹き方」を元にまとめた表です。
気象庁は、風の強さを予報用語として、風速の大きさに合わせて「やや強い風」「強い風」「非常に強い風」「猛烈な風」に分けています。
例えば、最大瞬間風速50メートルの風は、「猛烈な風」が吹いたと考えられます。これは、電柱が倒れるなどする恐れがある強さです。
そして、最大瞬間風速が60メートル以上になると、倒壊する住宅も出てくる恐れがあります。
台風の風による影響を研究している京都大学防災研究所准教授の西嶋一欽さんは、「地球温暖化の影響もあって、近年は日本近海の海水温が高い状況です。そうなるとこれから台風が非常に強い勢力を保ったまま、日本に上陸し、今まで以上に猛烈な風になる可能性がある」と、強く注意をうながしています。
“風”による災害とは? ―2019年台風15号
2019年9月。東海地方から関東を中心に甚大な被害をもたらした台風15号。
猛烈な風がまちを襲いました。
千葉市では、最大瞬間風速57.5メートルを記録。
この台風によって、千葉県各地で電柱や送電用の鉄塔が倒壊。多くの地域で停電が発生しました。
市原市では、ゴルフ練習場のポールが倒壊して民家を直撃するなど、特に多くの住宅で被害が相次ぎました。
国の調査によると、千葉県内では全壊426棟、半壊4486棟、一部損壊7万6319棟に及ぶ住宅に被害が発生。
なぜここまで多くの住宅に被害が及んだのか?
住宅の7割が被災した鋸南町で、復興支援を続けてきた地元のボランティア団体を訪ねました。代表を務める堀田了誓(りょうせい)さんは、これまで風の脅威を感じたことがなかったといいます。
「閉めやすいところの雨戸だけ閉めて、あとはいいかな、くらい。大規模災害を想定するような雰囲気は家族でも近所でも全くなかった」(堀田さん)

そんな堀田さんが見せてくれたのは、被災直後の住宅の写真です。
暴風で壊れた瓦の下に見えているのは土です。昔ながらの住宅は、屋根の瓦を土の上にのせたり、屋根板の上に並べたりするだけのものが多かったそうです。
「瓦を一枚ずつ固定というのはされておらず、瓦が飛ぶほどの風の影響はこの町内の歴史上あまりなかった。あとは建築様式がとにかく古かったので」(堀田さん)
台風による暴風で、広い範囲で一度に多くの住宅が被災したことで、住民たちは思わぬ問題に直面しました。屋根などを修理する業者の数が足りず、ボランティアによる一時的な措置での生活を強いられました。
堀田さんたちは、今でも台風シーズンを前に補修の必要がないか、住民たちに声をかけています。
台風15号で被災した白熊准子(しらくま・じゅんこ)さんの自宅は、かつて民宿を営んでいた母が、築70年の家を増築してきた建物です。103歳で亡くなった母が台風を心配することはなく、風害の保険にも入っていなかったといいます。
しかし、台風15号のこれまでに経験したことのない暴風で、4棟すべての屋根や壁などが被害を受けました。
修理を待っている間、新たな問題に直面します。室内に大量のカビが発生。天井や床にまで被害が広がりました。二次被害とも言えるこの事態に力を貸してくれたのが、堀田さんたちボランティアでした。

現在、白熊さんは退職金の多くを使って家族が生活している部屋のみを改修。ほとんどの屋根は、漁師さんから譲り受けた網などで保護するしかありませんでした。被災から4年、今もこの家で暮らし続けています。
■建てられた年代で屋根の被害率に大きな差が
京都大学防災研究所准教授の西嶋一欽さんは、台風15号の被災地調査チームの一員として、2019年11月から2020年にかけて、千葉県鋸南町・南房総市・館山市のおよそ2000棟の住宅を現地調査しました。
住宅で台風の風の被害を特に受けやすいのが屋根です。
調査の結果、1959年以前に建てられた住宅の65パーセントで屋根の被害が見られました。一方、2000年以降に建てられた住宅の被害率は33パーセントでした。

特に被害が多かったのは、“非常に古い工法で作られた屋根”です。これは、瓦を固定しないでのせただけの屋根や、トタンを屋根にふきつけただけの比較的単純な工法のものです。昔から住んでいる住民は、ここまで強い台風を経験したことがなく、工法を見直す必要を感じていなかったので、古い住宅にこれだけの被害が出たと考えられます。
一方、2000年代以降に普及した新しい工法の瓦屋根は被害が比較的少ないことがわかります。それでも33パーセントは被害を受けており、安心できるわけではありません。
被害の原因は次のような「被害の連鎖」にあります。
①最初は古い住宅の屋根や窓の一部が壊れる。
②そこから飛散物として飛んで行って、周辺の住宅に被害を与える。
③飛散物によって窓ガラスや玄関などが壊れて、そこに非常に強い風が吹き込むと、屋根が押し上げられて飛散することも。
自分の家が新しくても、まわりからの飛散物で被害を受ける場合もあるのです。
都市部で威力を増す風 ―2018年台風21号
2018年9月に近畿地方を襲った台風21号。台風が『非常に強い勢力』のまま上陸したのは25年ぶりのこと。記録的暴風と大規模な高潮をもたらしました。
関西空港では、最大瞬間風速58.1メートルを記録。さらに多くの地点で、観測史上1位を塗り替えました。
この猛烈な風によって、大型トラックが横転。乗用車も宙を舞って転がりました。
台風21号では、屋根や外壁などが飛ばされたことも、被害が拡大する要因となりました。
大阪の市街地でいったい何が起きていたのか。
自然災害のメカニズムを研究している京都大学防災研究所の竹見哲也(たけみ・てつや)教授が注目したのは、大きな被害が出た大阪市の難波周辺です。
気象台によると、大阪市の最大瞬間風速は47.4メートル。しかし、竹見さんは、この地域ではそれ以上の猛烈な風が吹いたと見ています。その理由は、風通しのよい大通りや高層ビルがある、都市ならではの街の構造にあるといいます。
「風が吹き抜けやすい道が交差する状況と、高い建物で風が吹き下ろしてきた。複合的な効果が重なり合うことによって、突発的に、局所的に強い風が吹いていた」(竹見さん)

竹見さんの見立てでは、上空を吹き抜ける風は、高いビルに当たることで、強さを保ったまま地上に吹き下ろします。いわゆる“ビル風”です。そこに大通りを吹き抜ける風が合流。一層、風の威力が増すというのです。
実際、どの程度の風が吹いていたのか。竹見さんはシミュレーションを行いました。難波周辺の街並みを再現し、台風21号を想定した風を流します。
その結果では、高い建物がある駅の周辺は、瞬間的に風速50メートル以上の「猛烈な風」が吹いていました。場所によっては60メートルを超える風が吹いた可能性があることもわかりました。
竹見さんは、都市部では想定以上の風が吹くという前提に立って行動するべきだと指摘します。
「いろいろな建物があることで風が弱められると思われていたが、実際にはそうではなかった。暴風リスクという意味では非常に危険度が高いという認識を改めて持つ必要あるのではないか」(竹見さん)
もしも台風21号と同程度の台風が首都圏を襲った場合、どうなるのか。京都大学の西嶋さんは次のように予測しています。
「大阪で一部損壊以上の住宅は7万3064棟でした。首都圏の場合は、人口密度が近畿地方の約2倍ですので、被害が単純に2倍以上になる可能性があります。
首都圏、特に東京では、これまで台風による大きな被害を経験していませんので、住宅や建物は風に対して弱いものが多く残っていると考えられ、被害数がさらに拡大する可能性は十分にあります」(西嶋さん)
■風による飛散物の脅威
こちらは、圧縮した空気で物体を飛ばす装置です。強風で飛んでくる飛散物の威力がわかります。
まずは「傘」です。風速35メートルほどのスピードでガラスが粉々になってしまいます。
さらに、「ぬれた雑誌」がガラスを破壊しました。
そんな飛散物による被害、実は私たち自身が“加害者になる危険性”にも注意が必要です。過去には、裁判で損害賠償を認めた次のような判決がありました。
では、ひとり一人にどのような対策が考えられるのか、主な対策を紹介します。
①雨戸やシャッターで窓を守る
②飛散防止フィルムや段ボールを貼って窓を補強する
③ベランダや庭にある植木鉢など飛びそうなものは家の中にしまう
④停電に備え、手回しラジオ・予備の電源などを準備
「窓に段ボールを貼ることは、割れることを防ぐ効果は少ないですが、割れた後に部屋の中に飛散しにくくする役割は十分に期待できます」(西嶋さん)
その他にできる対策として、西嶋さんは「まずは風速に注目して天気予報を見ること」をあげています。
「自分の住んでいるところでどれぐらいの風が吹くのか情報を知って、そのときにどういうことが起こりうるのかまずは想像することが一番大事です」(西嶋さん)
台風の“風”から暮らしを守る取り組みとは?
近年、私たちの暮らしを守るために、新しい取り組みが始まっています。
それが「ガイドライン工法」と「耐風(たいふう)診断」です。
ガイドライン工法とは、「地震や台風に強い瓦屋根を作るために考案された施工方法です。そのルールが強化されて、非常にシンプルに言えば、すべての瓦を釘やネジなどでしっかり固定することが義務化されました。これにより、瓦が屋根に止められていなくて飛んでいった被害が、大幅に軽減されると考えられます」(西嶋さん)

さらに、「風が強い地域では『防災瓦』という、瓦同士をかみ合わせて地震や台風によるズレや飛散を防ぎ、非常に強い風にも耐えられる瓦を使うことなどが決められています」
瓦を固定した場合と、あえて固定していない場合の実験があります。
左側は、瓦を固定せずに並べた状態です。風速およそ30メートルの風を吹かせると、ほとんどの瓦が飛んで行ってしまいました。
右側は「ガイドライン工法」で瓦をネジでしっかり固定した場合です。さらに強い風速およそ43メートルの風でも、瓦は動かないままでした。
「瓦屋根は決して災害に弱いものではなく、瓦さえきちんと固定しておけば、台風の風にも十分耐えるものなのです」(西嶋さん)
風による災害に備える「耐風診断」とは?
もう一つの新たな取り組みは「耐風診断」です。令和3年度から国が、一定の条件を満たしていて、希望する自治体と協力して、瓦屋根の「耐風診断」に補助金を出してきました。補助金制度がない自治体では自費で行うことができます。
そんな「耐風診断」とは一体どんなものなのか?風害に強い住宅とはどんな家なのかを取材しました。
千葉県神崎町(こうざきまち)にあるお寺です。
敷地を案内してもらうと、地面には割れた陶器のカケラが散乱しています。これは5月に吹いた強風で落ちた瓦屋根です。
そこで今回依頼したのが「瓦屋根の耐風診断」。壊れている箇所の他にも異常がないかを調べてもらうことにしたのです。
住職の金澤真勝さんが診断をお願いしたのは、お寺と昔から付き合いのある屋根専門の業者、瓦屋根診断技士の篠崎聖さんです。

耐風診断は2つのステップに分かれています。
まずは、地上から屋根の様子を診る「一次診断」。目視や高所カメラから見える範囲で、瓦に浮き上がりや損傷など不具合がないかを調べていきます。
見つかったのは、屋根瓦のずれ。まっすぐ横に並んでいるのが本来の姿なのに対し、一部分の瓦が大きく波打っています。

「一次診断」で、より詳しく調べる必要があると判断した場合、次に行うのが「二次診断」。屋根に上がって近くで見たり触ったりしながら、異常の原因などを細かく診ていきます。
先ほど瓦が波打っていた箇所は、瓦を支えているはずの木が、クギの劣化によりちゃんと固定されていませんでした。
「風の勢いが強くなったり、山側から風が吹いたりした場合、瓦がめくられる状況です」(瓦屋根診断技士・篠塚さん)
40年以上前に作られた建物は老朽化も進んでいて、瓦が浮き上がっている所や、隙間があいている所など、他の箇所でも問題が見つかるという結果に。今後の強風に備えるためにも、修理をしたほうがいいと診断されました。
「屋根は、やはり人が異変になかなか気づかないポイント。危険な部分の周知は、私たち屋根業者がやらなくてはいけない責務だと感じています」(瓦屋根診断技士・篠塚さん)
「心配なものを放置するくらいなら一度診てもらうのは選択肢のひとつですね」(住職の金澤さん)
※修理業者などを名乗った詐欺などで様々なトラブルも起きていますので、診断を依頼する際には、ご注意ください。
風の被害を受けにくい家の開発に力を入れる動きもあります。
君津市にある住宅メーカーでは、“風害対策”に特化した部材を積極的に取り入れています。きっかけの1つとなったのが、2019年に千葉県を襲った「台風15号」。君津市も記録的な暴風に見舞われました。
「風の影響を受けて近所でも屋根が飛ばされたところがあり、こういう家を出してはいけないと思って開発をしました」(住宅メーカー企画開発部・石田喜彦さん)
例えば、窓のサッシのフレームの強度は1.5倍から2倍に。一見、なんの変哲もないようですが、剛性が強く作られています。
家の骨組みにも工夫が。木材同士を固定する補強金具は、通常は片側のみに止めますが、「風害対策」の住宅ではその反対側にもつけて、より強度を高めています。
さらに、風による飛来物がぶつかることも多い外壁には、傷がつきにくい材料を使用しています。
■アメリカでの耐風実験
竜巻や山火事による住宅の被害が相次ぐアメリカでは、保険業界などが率先して大規模な耐風実験を行うことで、耐風補強などを促している事例があります。
こちらの2軒の家は、左側が一般的な住宅で、右側は家全体を強風に耐えるように補強したものです。

そこに風速およそ30から37メートルの風を吹かせます。あっという間に屋根が飛んで行ってしまいました。

また、さらに強い、風速およそ38から50メートルの風を吹かせた実験では、補強していない住宅だけが倒壊してしまいました。

■住宅診断で家の弱点をチェック
最後に台風による風に備えるために、日頃から心がけておいたほうがいいこととして、西嶋さんは、第三者の立場の建築士や住宅診断士などによる「住宅診断」を勧めています。
「自分の住まいの弱点を客観的にチェックしましょう。まずはそれぞれが被害を減らすというマインドをもつことが大事です」(京都大学・西嶋さん)