この記事は、明日をまもるナビ「水害からの避難」(2021年4月11日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
これだけは知っておきたい、水害対策のポイント
1. ふだんから安全な避難場所を確認し、家族で情報を共有しておく
2. 避難情報が発令されたら早めに行動し、その場にとどまらない
3. 車での避難は避け、やむをえない場合は複数の避難ルートを準備
身近に迫る水害の危険
ここ数年、毎年のように大きな水害が続いています。
平成29年7月の九州北部豪雨、平成30年7月の西日本豪雨、令和元年には台風19号、令和2年7月にも豪雨がありました。
毎年のように豪雨が続くなか、2019年5月に発表された江戸川区の「水害ハザードマップ」は、表紙に「ここにいてはダメです」と記載され、大きな話題となりました。

住民に対して、埼玉、東京西部、神奈川、茨城、千葉など、浸水のおそれがない地域への避難を呼びかけているのです。このハザードマップの監修者で、東京大学 大学院特任教授の片田敏孝さんが作成の狙いを語ります。
「ここにとどまったら命が危ないと、子どもたちにもわかるようにストレートに書きました。自分の住んでいる自治体から、『ここにいてはダメです』なんてふつうは言われませんから、SNSなどで炎上することはわかっていました。しかし、江東5区(江戸川区、墨田区、江東区、足立区、葛飾区)の地域には250万人が住んでいます。この方々の避難を考えると、行政がすべて避難場所を準備するわけにはいきません」(片田さん)
なぜ江戸川区は、区外への避難を強く呼びかけるようになったのでしょうか?
江戸川区の人口は約70万人。西に荒川、東に江戸川、南に東京湾と、水に囲まれています。そして、陸地の7割が、満ち潮の海面より低い「海抜ゼロメートル地帯」です。ひとたび洪水が起きると広い地域が浸水し、なかには2週間も水が引かない場所があると想定されています。
実は、江戸川区内とその周辺に安全な避難所は3か所しかなく、すべての住民を収容できないことが問題となっていました。
そこで、江戸川区が打ち出した計画が、千葉県や埼玉県などへの広域避難だったのです。発表当初、住民への説明会では戸惑いの声が上がりました。
「『区以外に逃げなさい』と言われても、どうしたらいいのか」(説明会に出席した住民)
こうした声に対し、江戸川区防災危機管理課の本多吉成さんは苦しい胸の内を語ります。
「行政が避難場所を指定していないことにお叱りの言葉を頂くこともあるが、区民の命をまもることが優先されますので、今からご自身で避難場所についてご家族で考えながら検討してほしい」(本多さん)
ふだんから頼れる避難場所を考えておくことが大切。しかし、すべて自己責任での避難を求めているわけではないと片田さんは強調します。
「すべての住民に、自分で行き先を決めてほしいと言ってるわけではありません。行政も努力し、各自治体と連携して避難場所を準備しています。しかし、全部はできないので、各自が準備して、行政も準備する。みんなの力で安全な避難をしていただく」(片田さん)
水害が発生!とるべき行動とは?
地球温暖化の影響もあり、激しい水害が広域化しているといわれています。水害対策もこれまでとは違った対応が必要になってきました。では、どのように避難すればよいのでしょうか。
江戸川区は、避難の呼びかけについて次のように発表しています。
▼3日前(72時間前)
共同検討開始
⇒ 危険な可能性があるため、避難の準備
▼2日前(48時間前)
自主的広域避難情報
⇒ 水害の可能性が高まっているため、区外の安全な場所へ避難
▼1日前(24時間前)
広域避難勧告
⇒ ただちに区外の安全な場所へ避難。大渋滞が発生するため、車の使用は禁止
▼9時間前
域内垂直避難指示(緊急)
⇒ 行き場を失ったら、建物の上層階へ避難
堤防が決壊して水が流れ込むと、ポンプで水をすべて吐き出さないといけません。水が引くまで約2週間かかる想定もあり、その間は電気・ガス・水道が使えなくなります。暑いなか、水も飲めずトイレも使えません。熱中症や感染症なども危惧され、食料品を備蓄すれば安心ではないのです。
「ライフラインが途絶えます。夏の暑いときにエアコン、冷蔵庫が使えない。下水道も使えなくなります。2週間逃げずにいると、命の危険につながります。ゼロメートル地帯からの避難は、自分の町にとどまることを考えずに、外に逃げる広域避難が重要です」(片田さん)
車での避難は要注意
一般的に車で避難することは原則禁止と言われています。一斉に避難すると大渋滞を引き起こし、動けない状態では水害の危険が増すためです。しかし、車で移動しないと不便な地域の人たちや、家族に足腰の悪い高齢者がいると車を使わざるをえません。そこで、車で避難するときの3つの心構えがあります。
「いちばん大事なのは、早めに出発すること。そのうえで、ふだんから避難先をいくつか決めておき、避難先は水につからない安全な場所であることを確認しておく。次にルートです。ハザードマップを見て、道が水につかる危ない状況ならそのルートを避ける。渋滞になった場合の抜け道も複数決めておくこと。浸水の情報はカーナビにはでてきません。カーナビに任せておけば避難ルートを考えなくても大丈夫と思うことは危険です」(片田さん)
身近に潜む新たな水害
これまで以上に増えると予想され、注意が呼びかけられている“水害”があります。その特徴は、急激に事態が悪化し、予測が困難なことです。
内水氾濫
短時間に大雨が降ると下水道などの排水機能が追いつかなくなり、川に流れなくなります。行き場をなくした水が逆流して地上にあふれ出す現象を“内水氾濫”と呼びます。
湛水型(たんすいがた)内水氾濫
2019年の台風19号では、タワーマンションの地下にある電気設備が水につかり、停電や断水が起きました。しかし、堤防が決壊して起きたものではありません。
雨があまり降っていない、東京都の多摩川と丸子川に挟まれた地域でも内水氾濫が起きました。当時の映像を見ると、雨はそれほど降っていないのに水位がどんどん上がっているのがわかります。
これは“湛水型”といわれる内水氾濫です。広域にわたって雨が降ったことで、本流の川の水位が上昇。支流の川や下水からの水が流れ込めずにあふれるというものです。

アンダーパスの冠水
今いる場所で雨が降っていなくても、車などの運転で注意が必要なのが鉄道などの下を通るアンダーパス。短時間の大雨で冠水しやすく、気がつかずに突っ込んでしまうと身動きがとれなくなります。
さらに恐ろしいのは、水位10センチ程度でも水圧で車のドアを開けるのが難しくなり、車から脱出できなくなることです。アンダーパスの冠水に気づかずに入り込み、乗っていた人が死亡する事故がたびたび起きています。
もし車でアンダーパスに突っ込んだら、脱出の手段は窓を割るしかありません。そのため、車の中にハンマーのようなものを準備しておきましょう。
40センチの浸水でも避難が困難に
浸水被害はどのくらい危険なのか、疑似体験できる「DisasterScope」というアプリがあります。AR(拡張現実)を利用して、自分のいる場所が浸水した際の状況をスマホやタブレットの画面にCG映像で再現。学校などでの避難訓練に役立てられています。

アプリを開発した神奈川歯科大学教授の板宮朋基さんは、水害をリアルに感じてほしいと語ります。
「災害が起こると被災地の状況がニュースで流れますが、知らない場所や人を見てもどこか他人事となってしまいます。(アプリを使うことで)目の前の状況がこうなってしまうと避難できなくなるというのが、よりリアルに、自分のこととして実感できると思います」(板宮さん)
浸水の深さは自由に調整可能で、40センチ程度でも下の物が見えなくなり、歩くのが大変だとわかります。段差があっても見えず、ベンチなども流されてしまう可能性があります。片田さんは、浸水した道を歩く際の注意を呼びかけます。
「40センチというとあまり深くないように思うかもしれませんが、水が流れてくると濁って下が見えません。周りからいろいろな物が流れてきて、ガラスの破片があるかもしれません。マンホールや側溝も危険です。特にマンホールは水が噴き出して外れることもあります。40センチくらいだから歩けると思うのではなく、水がでる前に逃げるのが原則になります。万が一、水につかっている状況で逃げる際には、しっかりと固定したひも靴で、杖や傘で安全を確認しながら歩くことが重要になります。長靴はなかに水が入ると歩きづらく、脱げたりするので危険です」(片田さん)
浸水をリアルに体験することで知る危険の大きさ。浸水する前に避難することが大切だとあらためてわかります。
「地震は突然襲ってきますが、水害は多くの場合、台風が来るとか広域に雨が降るとか、注意してくださいと情報があって、それから災害が起こります。準備する時間、対応する時間がある。早めの対応をとっていただくことに尽きます」(片田さん)
毎年のように豪雨による水害は起きています。役所や役場、各自治体のホームページで入手できるハザードマップを見て、ふだんから避難場所、複数の避難ルートを確認しておきましょう。
【参考】
国土交通省「地点別浸水シミュレーション検索システム(浸水ナビ)」
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江戸川区水害ハザードマップ(2019年5月発行)
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