この記事は、明日をまもるナビ「命と暮らしを守る 地域局の取り組み 金沢放送局」(2023年7月2日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
能登地方の地震 金沢放送局が取り組んだこと
今年5月5日午後2時半過ぎ、石川県能登地方を震源とする地震が発生し、珠洲(すず)市で震度6強の揺れを観測しました。この地震により1人が亡くなり、40人余りが負傷。1000棟以上の住宅に被害が出ました。
震度6強の地震の後も揺れが相次ぎ、被害のあった自宅で生活を続ける人々が多くいました。この地震発生以来、地元の金沢放送局は、さまざまな情報を発信し、地域の人々と向き合い続けています。

①L字型画面とSNS 全職員で挑んだ災害報道
災害が起きた際、NHKの放送に現れる“L字型の画面”。これは、被害の状況や避難場所、災害ごみの出し方などを文字で伝える仕組みです。金沢放送局は、今回の地震では発生から丸一週間、こうした放送を続けました。
さらに、画面に表示した情報は、同時にSNSでも発信。テレビが見られない人たちにも、情報が伝わるよう工夫しました。
実は、能登半島では去年6月にも震度6弱の地震が発生。金沢放送局の全職員が、地震発生時にすぐに情報発信できるよう、システムを構築し操作方法を訓練してきたのです。
こうした放送は、インターネットの利用が難しい高齢者や避難所で暮らす人などからも評価を得ています。
②地域局の役割 被災地から伝え続ける
金沢放送局では、被害が大きかった珠洲市を中心に1か月間、毎日取材。さまざまな情報を県内に伝えました。
園山紗和(そのやま・さわ)記者は、当時の取材状況をこう振り返ります。
「地震から1週間以上たってくると、住宅をどうすればいいのか?生活再建に向けてどうすればいいのか?といった情報を求めていた人が多かった」(園山記者)

地震直後の放送は、被害状況が中心でしたが、次第に、復興に向けた生活情報が中心になりました。
こうした復興に向けた情報発信は今後も続けられる予定です。石川県全体の防災意識向上につながると期待しています。
③避難の呼びかけ 地域の人々に伝わるように
地震発生当日、NHK金沢放送局が地域の皆さんに対して行った呼びかけがこちら。
「石川県のみなさん、みんなで声を掛け合って安全を確保してください。もしかしたら取り残されている方がいるかも知れません。お子さんやお年寄りだけの家がないかどうか、声を掛け合って、みんなで安全を確保する行動を取ってください」
呼びかけたのは松岡忠幸アナウンサー。平日のニュース情報番組「かがのとイブニング」を担当しています。
実は、NHKのアナウンサーは災害時の呼びかけ方法などを研究し、定期的に訓練しています。しかし、今回の松岡アナウンサーは、災害時の呼びかけには、もう一つ、“日頃からの努力”が必要だと考えています。
「“この人は私たちの仲間だ”と思ってもらえるかどうかって、情報の伝わり方、身の安全を守ってくださいと言うにしても、感覚が違う」(松岡アナ)
松岡アナウンサーは得意の料理の技を生かし、石川県の郷土料理に挑戦しています。担当番組でその料理の出来栄えを紹介することで、地元の人たちにとって身近な存在になれるように努めてきました。
「『このアナウンサーは確かに、石川県のスーパーで買い物をして、石川県の料理をしている人だ』という感覚があると、いざ火の元を確認してくださいと言われたら、『そうだ、この人も料理しているけど、私も確認しなくちゃ』ということにつながるんじゃないか。地域に住んでいるからこそ、地域から伝えているからこそできることだと思いますね」 (松岡アナ)
地域防災が専門の北陸学院大学教授の田中純一さんに、石川県で起きた災害と金沢放送局の取り組みに関して解説してもらいます。
田中さんは、2011年の東日本大震災のときに津波が押し寄せた岩手県陸前高田市の住民に「避難のきっかけは何だったのか」を調査しました。
その結果について、田中さんは「職場や学校、家族、近所の人など、身近なところにいる人々の直接的な声掛けが背中を押していた」と分析しています。
金沢局の松岡アナウンサーの呼びかけについても、
「地元の方にとって親しみのある松岡アナが、いつもと違う表情・声の出し方で、緊迫感のあるメッセージを発信した。画面越しではあるけれど、その緊迫感は確実に伝わり、背中を突き動かす大事なメッセージになったのでは」と田中さんは評価しています。
珠洲市の住民に聞く 地震で役立った情報
NHK金沢放送局で行ってきた、地域向けの防災情報の発信。その取り組みをさらに良くするため、どんな情報が役に立ち、そして今後どのような情報が必要なのか、今回の地震で最も被害の大きかった珠洲市の住民に話を聞きました。
今回お聞きした珠洲市の14組18人の皆さんのお声をまとめた表がこちらです。
「詐欺に注意情報」を上げた人が多かったのが目をひきます。
今回のインタビューを通じてわかってきたことがありました。地震後に役立った情報をどこからもらったかを尋ねると、「回覧板みたいに回ってきた」と答えた住民が多かったのです。実は被災地では、昔ながらの回覧板など、紙の情報も役立っていました。
北陸学院大学・田中さんの調査でも、珠洲市や2007年の能登半島地震があった輪島市で、住民の皆さんが信頼しているものが何かと聞くと「回覧板」との答えが多かったとのこと。
「情報は、正確に伝わってその意味や内容が理解できることが大切。必ずしもデジタルだけが全てではなくて、まだアナログに信頼を置いている方もいる。その中で、どのように情報を出していくのか。発信する側が工夫を重ねていく必要がある」(田中さん)
地域防災力を高める防災ワークショップ
NHK金沢放送局は、今年5月、石川県小松市で地域の住民が参加する防災ワークショップを開きました。当日は300人近くの住民が参加しました。
ワークショップでは、2022年8月の記録的大雨で水害を経験した3組の家族と来場者が災害を振り返り、適切な避難行動について考えました。
ワークショップに参加した山﨑さんは6人家族。ハザードマップの浸水域に暮らし、当時、床上まで浸水し、消防のボートで救出されました。また、福田さんと竹田さんは、浸水被害こそ免れましたが、どちらもすぐ目の前まで水が迫りました。

今回のワークショップの「避難シミュレーション」では、去年8月の大雨と水害の様子を小松市にポイントを置いて振り返り、4つの段階に分けて考えていきます。そして、段階ごとに避難するか避難しないかを、3家族と会場に集まった皆さんに答えてもらいました。みなさんも、自分ならいつの段階で避難するか、考えながら読んでみてください。
第1段階:続々と出される情報
司会の滝島雅子アナウンサーが当時の気象情報を説明します。
「はじめに前の日の夜の気象状況です。8月3日夜9時。日本海から東北地方に伸びた前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込み、大気の状態が非常に不安定でした」
「翌8月4日木曜日。小松市から白山市にかけて赤くなっています。赤は1時間に80ミリ前後の猛烈な雨」
こうした状況で、午前4時18分には「大雨警報」、5時8分には「土砂災害警戒情報」、そして「洪水警報」、「記録的短時間大雨情報」が次々と出されます。まずこの時点で、避難するか避難しないか。ステージ上の3家族が答えました。
今回、3家族とも「避難しない」を選びました。
山﨑さん「うちは川の近くにある家なんですけど、水位が上がってるわけではなかった。これくらいの警報なら問題ないと、川を見て判断しました」
福田さん「雨の降り方はすごかったが、ここまではたまらないだろうと」
会場の皆さんの回答もほぼ「青・避難しない」を掲げました。
大雨情報に避難指示… あなたならいつ避難する?
第2段階:午前6時15分 避難指示
気象レーダーで雨雲のかかる範囲が広がってきました。
この時間のニュース映像を見ると、山間を流れる手取川が午前4時過ぎから水位が上昇を始めました。濁った水が勢いを増して流れています。

こうした状況で新たな情報が伝えられます。午前6時15分、小松市から「避難指示」が出されます。事態は緊迫してきました。
では、この時点で避難するか、避難しないか?
今回も、3家族はいずれも「避難しない」に。
竹田さん「6時半ごろには出社するんですけども、6時15分ぐらいに避難指示が出て、ちょっと距離が離れている んで、そこまでひどくはならないかなと思いました」
山﨑さん 「特に水位は上がってなかったので大丈夫かなと」
第3段階:午前10時40分 避難指示の対象地域 広がる
午前8時前後に白山市内で撮影したニュース映像を見ると、路面に水がたまっています。かなり激しい雨が降っています。

こうした状況で小松市内に「記録的短時間大雨情報」が出され、「避難指示」が追加されました。
果たして避難は…
山﨑さんは「避難する」に変わりました。福田さんと竹田さんは「避難しない」。
山﨑さん「(避難指示に変えたのは)避難指示が出たから、それだけです。去年は避難しませんでした」
会場の皆さんにも聞いてみたところ、「避難する」と「避難しない」が半分ぐらいずつです。
第4段階:午前11時30分 緊急安全確保
さらに緊迫した状況になりました。
「午前10時と11時の気象レーダーです。石川県の上空の雨雲はさらに範囲を広げます」
午前11時前後に小松市内の方が撮影した映像では、道路は水没し、プロパンガスのボンベが倒れてしまっています。
河川カメラの映像では、梯川(かけはしがわ)の水位が上昇しています。
こうした状況で午前11時10分、「梯川氾濫警戒情報」が出されます。そして午前11時30分、「緊急安全確保」が発表されます。
その時に住民の皆さんのスマートフォンにはこんなメッセージが届きました。
『西尾地区に緊急安全確保を発令しました。西尾地区については2階に避難するなど身の安全を確保してください』
さらに、「避難指示」と、「梯川氾濫危険情報」も出されます。
ここで3家族のボードはすべて「避難する」になりました。
3家族に昨年の水害を振り返ってもらいました。
山﨑さん「午前11時半ごろにはもう家の中に水が入っていて、もう外はもう出られない状態。もう水浸しでした。もうこの時点で自力で脱出するのは無理でした。ボートで避難をしました」
福田さん「息子から脱出してこないかと電話があったがもう遅い。家の周り360度全部道路が冠水して通行止め」
竹田さん「自分の住んでいるところが避難指示になっているので避難することに。学校に避難するのに梯川を渡らないといけないので、川に近づくのは危険だと思って家の2階に避難しました」
会場の皆さんが上げたボードは、この最終段階では「避難する」が増えましたが、まだ「避難しない」という人もいます。
「避難する」をあげた会場のお子さんに聞いてみると「なんで避難するかというと、避難指示が出たからです」とキッパリ!お母さんは「どのくらい避難すればいいのか見通しが気になる」との声も。

今回のワークショップの3家族の結果はこうなりました。
北陸学院大学・田中純一教授はこのワークショップのポイントを解説しました。
「その場所に30年、40年住んでいて一度もなかったので、これからもないというのはもう通らなくなっています。ワークショップの中で、お子さんになぜ避難するかを尋ねたら『避難指示が出たから』と言った。経験も大事ですが、こういう指示が出たら逃げるという判断をしてくれる子どものほうが、場合によっては正しいかもしれません。前が見えなくなるくらいの雨が降っているときは、むしろ家から出る方が危険。自宅から避難所に移動するタイミングはもっと早くしなければいけないです」
冠水した道路を車で避難するのは危険!
小松市のような大雨が降った時、避難が遅れると「車での移動」ができなくなります。
道路が冠水した中での車での避難がどれほど危険か、昨年の小松市の洪水のときに記録されたドライブレコーダーの映像が残されています。
前方の車が浮き上がり、次に自分の車も浮き上がり、ハンドルが効かなくなりました。幸いこの運転していた女性は、近隣の住民の方に助けられて無事だったそうです。
「いつも車を運転しているし、車で逃げようと考えてしまいがちですが、水位によっては、そのまま乗り続けてしまうと、最悪の結果になることも十分考えられます。車を乗り捨ててしまうことも考えるべきです」(田中さん)
田中さんが提案する「大雨による災害への備え」の3つのポイントを紹介します。
① 身のまわりの危険を知る
ご自身の危険は何かを調べて、あるいは家族で話し合って考えておくこと。ハザードマップなどで、自分自身の危険がどこにあるのか、あらかじめ調べて把握しておく。
② リアルタイム情報の活用
刻一刻と状況が変化する中で、今いったいどういうことが起こっているのか、その中で自分ができることとできないことを考えていくことが大事。
③ 避難は恥ずかしくない
躊躇(ちゅうちょ)してしまったり、ちょっと恥ずかしいなという思いがあったりしても、命を守ることをまず最優先にして行動する。
「これってなあに?」チコちゃんの防災教室
NHK金沢放送局のワークショップでは、「チコちゃんに叱られる」でおなじみのチコちゃんが登場する防災教室もありました。

5歳なのに防災のこともよく知っているチコちゃんからさっそく問題が。
ものすごくたくさん雨が降ったときに気象台が出す情報はなあに?
答えは「記録的短時間大雨情報!」
言葉の意味を、金沢大学の谷口健司教授が解説します。

「『記録的短時間大雨情報』が出るのは、時間雨量が80ミリ以上のすごい数字のとき。どんな雨かといえば、80ミリは滝のように降っている、息苦しくなる、怖いな、と感じるくらい。これから降るのではなく、すでに降った状況なので、もしかしたら河川があふれているかもしれない。この情報が気象庁から出たら、河川や崖から離れることを心がけてほしい」
さあ、チコちゃんの防災教室、2問目は…。
とても怖い状況になったとき、自治体が出す最も強い呼びかけってなあに?
答えは「緊急安全確保!」
谷口教授「この『緊急安全確保』が出たときは、すでに危険が迫っている、危ない状況。『とにかく命を守ってください』というお知らせです。この情報が出たら少しでも高いところ、川以外で土砂災害が起こりそうなところは、頑丈な建物に避難したりして、とにかく命を守ってほしい」
防災教室を見て、スタジオでは田中純一教授が「難しい言葉を伝えるポイント」を次のように解説しました。
「『記録的短時間大雨情報』だとか『緊急安全確保』など、日頃聞いてない言葉だと、聞いても聞き流してしまうことがある。難しい言葉を身近な人が置き換えて、伝えてあげることが大事かもしれません。
子どもたちはクイズが大好きなので、クイズ形式で進めていくと難しい言葉もすっと頭に入りやすくなります。平時にやる時には、防災に楽しさをくっつけた『楽しい防災』の要素は必要だと改めて思いました」
最後に、今回紹介した金沢放送局の取り組みを田中さんはこうまとめました。
「今回、小松市で行ったようなワークショップは、参加型の学びの機会になっています。地元に根ざした局が企画して提供したのは非常に大きい。地域を考える機会がどんどん増えていけばと思っています」

