この記事は、明日をまもるナビ「災害発生!介護サービスを続けるには?」(2023年5月14日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
「BCP=事業継続計画」とは?
日常、介護サービスを利用している人にとって、災害が起きてもサービスを受け続けられるかどうかは命に直結しかねない問題です。どういう準備が必要になってくるのか考えていきます。
災害が発生した時に、介護施設などが介護サービスを続けるにはどうしたらよいのでしょうか。そのカギとなるのが、BCP=事業継続計画(Business Continuity Plan)です。
そのBCPについて情報発信しているのが跡見学園女子大学教授で福祉防災コミュニティ協会代表理事の鍵屋一(かぎや・はじめ)さんです。
BCPとはいったいどのようなものなのでしょうか。
「災害が起これば、停電、断水、交通機関が止まるなどさまざまな困難がありますが、福祉のサービスは続けなければなりません。これを続けられないと、命にかかわる方が数多く出てきます。災害発生後、介護サービスをどうやって続けるかを考えておこうというのがBCP(事業継続計画)なのです」(鍵屋さん)
このBCPは、国が介護事業者に対して、2024年3月末までに作成することを義務化しています。
ところが、内閣府が2022年3月に公表した調査結果では、医療・福祉の分野で「策定済み」と回答した事業者は32.8%にとどまっています。(内閣府 令和3年度企業の事業継続および防災の取組に関する実態調査)
BCP作成 初めにすることは?
番組では、BCPの策定を進めている山口県の介護施設を鍵屋さんと訪ね、現状を取材しました。
山口県防府市の特別養護老人ホーム「ライフケア高砂」を訪ねました。職員はおよそ140人、デイサービスなどを含め150人ほどが利用しています。
この施設は、川沿いで水害が危惧されるため、災害に備えた取り組みに力を入れてきました。
居住スペースは2階と3階に限定。建物の外側にある非常階段にも緊急時、足が不自由な人も避難できるよう階段の脇にすべり台をつけました。
避難方法などを定めた防災マニュアルも作成。緊急時に対応できるよう職員たちに徹底しています。
施設がこうした防災の取り組みをするのには理由があります。それは2009年の中国・九州北部豪雨です。当時は山あいにあったこの施設は、山からの大量の土砂がなだれ込み被災。土砂は施設の1階部分を直撃し、入居者7人が亡くなりました。
施設は機能停止し、入居者は近隣の病院や介護施設などに避難を余儀なくされました。しかし、そこでも5人が亡くなってしまったのです。
「今も鮮明に思い返せますし、本当に悲惨な状況。日頃から備えておくことの重要性を学んだ」(施設長の竹本秀樹さん)
この施設が新たに取り組んでいるのが、「BCP=事業継続計画」の作成。災害後も介護サービスを続けるための計画です。
「進捗状況的にはまだ1割2割。初めてつくるものというのは、どこの施設もそうかもしれないが、どのようにつくったらいいのか悩んでいるところは多いと思う」(施設長・竹本さん)
そこで、BCPをどう作成していけばいいのか、介護施設などのBCPづくりに詳しい鍵屋一さんが助言することになりました。
まずは設備をチェック。水は3日分を確保するため、70トンもの巨大な受水槽を設置しています。鍵屋さんも水対策は上々と評価。

続いては電気の対策です。この施設が用意しているのは2台の発電機。水害対策として、1メートルほどの台の上に載せています。発電時間は、1台は2~3時間ぐらい、もう1台は5〜6時間ほどです。
鍵屋さんは発電時間の短さを指摘。医療用器具の使用などを考えると、72時間、3日分は必要だと助言しました。屋根の空きスペースへの太陽光パネルの設置や、電気自動車の蓄電池の活用も検討してはどうかと提案しました。

次に向かったのは食料や生活用品が準備されている備蓄倉庫。保管されている量を見た鍵屋さんは、140人の職員と入所者100人の3日分となると、もっと大きな倉庫が必要だと指摘しました。
さらに、保管方法にも工夫の余地が。水嚢(すいのう)やおむつなど、いろんなものが入っていて、いざというときに取り出しにくくなっています。鍵屋さんは「備蓄物資の一覧みたいなものを整理して、入り口に貼り付けると分かりやすい」と提案しました。

続いて、鍵屋さんが助言したのは、災害時の職員確保の重要性です。この施設では、災害時に出勤できるかどうか、職員向けのアンケートが行われました。すると「小さい子どもがいる」、「親が高齢」など、家庭の事情で集まれないという声が記入されていました。
鍵屋さん「半分くらいの職員さんは来られないかもしれない。仕事は職員さん半分で回りますか?」
竹本施設長「ローテーションを組むという観点では、70名では難しい」
鍵屋さん「BCPは、今と同じことをそのままやるのではなく、災害時には重要な仕事に絞り込み、少ない職員で業務を回していくという考え方も大事」

今回の調査を通して、「施設の今の実情があらためて確認できた。結果を参考にして、BCP作成にも役立てたい」と竹本施設長。
災害が起こっても介護サービスを続けていくにはどうしたらよいのか。現場での取り組みが続いています。
どのように計画を作成するのか そのポイントは?
実際に計画をどのように考えていけばいいのか。鍵屋さんが代表理事を務める「福祉防災コミュニティ協会」の資料をもとに、時系列で優先順位を示し、重要な業務とそのポイントを表にまとめました。
SA:最も重要で、間断なく続けなければいけない介護サービス
A:数時間から24時間以内に復旧すべき重要な業務
B:1日から3日以内に復旧すべき業務。人手があったらできるだけ早くやる
C:少し後回しにする業務
(「福祉防災コミュニティ協会」資料)
特に鍵屋さんが「どんなに少なくてもこの4つは間断なくやっていただきたい」と強調するのが、「状況確認・対応」「情緒安定・安心安全の確保」「排泄ケア」「医療的ケア」です。
「災害時に特別にやる仕事は、例えば避難や消火ですが、表に載っている業務は介護の現場でふだん毎日やっている仕事です。ふだんの仕事の優先順位を決めておくということです」(鍵屋さん)
さらに、そのサービスを継続していくための計画を立てる上で、鍵屋さんは4つのポイントがあるといいます。それは「人」「モノ」「情報」「場所」だといいます。
【人】
「どんなに人が足りなくてもやらなければいけない仕事もあります。集まれる人数でどこまでやれるか考えておくことが大事」
【モノ】
「食料や水だけでなく、特に電源の確保は、医療用機器を動かすためにも必要な“命綱”です。高齢の入居者の暑さや寒さによる体力消耗を防ぐためにも重要です」
【情報】
「大きな災害の後、情報が何も入ってこないことは、ものすごく不安です。人は情報の空白に耐えられません。災害時は電話やメールは通じにくい。今有効と言われているSNSや、学校や役場の防災無線や連絡網など、いろいろな方法を多様に用意しておくのが大事です」
【場所】
「福祉の強みは、地域とのつながりと、近くに同じサービスをしている仲間がいることです。同じ福祉施設間でつながりを持って、安心できる避難所に行くこともとても大事です」
先行事例にみるBCP作成、運用のコツ
BCPは、一気に完璧なものを作るのがなかなか難しいものです。すでに作成して運用している施設からコツを探りました。
取材したのは、静岡県熱海市の標高100メートルほどの高台にある特別養護老人ホーム「海光園(かいこうえん)」です。スタッフは68人。デイサービスや訪問介護なども含め、およそ120人が利用しています。
この施設のBCP(事業継続計画)は9年がかりで作り上げられました。そのきっかけになったのが東日本大震災でした。被害を目の当たりにする中で、災害後も介護サービスを続けられる施設にしたいと強く考えたと、理事長兼施設長の長谷川みほさんは言います。
「震災時の、本当に寒い中、お年寄りの皆さんが毛布をかぶって避難をしている映像がすごく印象にあって、かなり酷な事態だと思う。できる限りの計画を立てながら、実行できるような組織にしたいと強く思った」(長谷川さん)

震災の翌年、長谷川さんはBCP作りに着手します。県の講座に参加し、大学院で経営学も学び、知識を増やしました。
この施設のBCPは、災害発生から最低7日間サービスを継続するよう作られました。
停電への備えとして、ガスを使った発電機を導入。10日以上電気を供給できるようにしました。
水もおよそ10日分を確保。受水槽には蛇口をつけ、災害時に直接水を出せるようにしました。
中でも重視しているのが、備蓄品です。
2階の防災備蓄庫には、食料品は7日分、衛生用品は半年分以上が備えられています。費用は1000万円を超えるといいます。
倉庫のドアには「一覧表」を貼り、備蓄品の種類や買い替える時期などが一目でわかるように工夫しています。
保管場所は、倉庫やフロアなど11か所。最初はまとめて置いていましたが、分けるようにしました。
「1か所に全部置いて、そこで何かあった場合に取りに行けない。必須のものほど各階に分散をさせて、常にあるような状態にしている」(長谷川さん)
特に徹底しているのが、訓練です。
BCPに沿って取るべき初動をまとめ、表にしています。「発生直後」、「6時間以内」、「3日以内」、「それ以降」と時系列に応じて、事業を継続させていくための動きが決められています。


この日行われた、地震発生直後の訓練を見せてもらいました。
想定は、南海トラフ地震で震度6以上の揺れが起きたというもの。安否確認や負傷者の救助、フロアごとの状況把握など、初動を確認するために行われました。
利用者も参加し、4フロアある施設全体を使って行います。負傷者の救助や応急救護など、発生直後にするべき動きを計画に沿って行なっていきます。

訓練の中で課題が見えてくることもあります。
各フロアの安否情報は、長谷川さんのいる事務局に集めると決めていたはずですが、なかなか報告が来ません。一部の報告が事務局ではなくフロアの責任者に届いていたなど、訓練中、どこに情報を伝えればよいかわからず、現場に混乱が生まれていました。
「報告先が今回きちっと定まっていなかった。実際に災害が起きたらどこか1か所に必ずしないと。どこに連絡をするのかきちんと決めておくことが重要」(参加した職員)
こうした訓練で見つかった課題は、BCPに反映させていきます。この繰り返しが重要だと長谷川さんは考えています。
「もう終わりがないですね。常に見返して、考えてやってみて、また書き換えていく。自分たちのための計画書になると思います」(理事長兼施設長・長谷川さん)
この施設の取り組みを鍵屋さんは次のように分析しています。
「大きいのはトップのリーダーシップ。生きる計画にするためには、志と熱意という魂を吹き込んで、毎年繰り返すとことが大事です。それからやり方が適切です。必ず検証・見直しを繰り返していく。最初は30点でもいい。必ずレベルが上がっていくから、一つひとつ課題を見つけて、みんなで解決していこうという姿勢が大切」
地域との助け合いを実現するための取り組み
2009年の中国・九州北部豪雨で、山口県の特別養護老人ホーム「ライフケア高砂」は、裏山から土砂が流れ込み、大きな被害を受けました。
その時、助けとなったのが、地域住民の協力です。土砂のかき出しや片付けを手伝ってもらったことで、職員だけでは手が回らない状況を乗り越えました。その後、施設は移転し、業務を再開しました。
こうした経験を受けて、力を入れてきたのが、地域との深い関係作りです。施設では地域の人も参加できる健康教室を毎週行っています。

参加している皆さんに話を聞いてみると…
「来るのが楽しみです。どんな人に会えるかなと思ってね」
「もしものときはどうしたらいいかなとか。ここは幸い避難所にもなってますし、ありがたいです」
ほかにも、青空市場やクリスマス会などさまざまなイベントを行い、多くの住民と交流を続けてきました。

また災害時には地域の人を施設に受け入れるための備えもしています。
平時はステージとして使用している台は1畳ずつ動くようになっています。上に畳を敷くことでベッドになり、荷物も中に入れられます。
「外部の方が避難して来られた際には有効利用できると思っています」(竹本施設長)

こうした地域との関わりは、BCPに直結する重要な取り組みだと、専門家の鍵屋さんも評価しています。
「福祉施設のBCPはその地域とつながっていることがとても強み。地域の方々が、危ないときにここに来て手伝いながら、場合によっては一晩過ごすという関係づくりをふだんから防災訓練などを通じてやっておくと来やすくなる」(鍵屋さん)
「今後BCPを考えていく上でもそういった訓練も取り入れて、有事のときにスムーズに動けるように、平時から対応しなければいけないと感じています」(竹本施設長)

最後に鍵屋さんは、BCPを作成する介護事業者へこのようにエールを送りました。
「設備を整えるのにはお金がかかりますが、その他のことは熱意と志があれば何とかなります。明日をまもるために、今日、努力をしていただきたいです」
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