ゲリラ豪雨をもたらす積乱雲
年々増加傾向にあるというスーパー台風やゲリラ豪雨。その猛威は全国各地を直撃し、去年の台風では、浸水被害が相次ぎました。
洪水で川のようになった甲州街道
さらに追い打ちをかけるのは新型コロナウイルス。避難所に人が密集すれば、集団感染の危険性が高まります。その中で、「水害とコロナ」の課題に真正面から向き合う町があります。2018年の西日本豪雨で69人が犠牲になった岡山県倉敷市真備町です。目指すのは、住民同士がつながり命を守る「逃げ遅れゼロの町」。
真備町で活躍する住民、行政、専門家が、町の支援を続けてきたはるな愛さんとリモートで集まり、コロナ時代の水害対策についてとことん考えました。
<リモートで集まった方々>
- 真備町ボランティア団体代表 槙原聡美(まきはらさとみ)さん
- 真備町防災アドバイザー/香川大学特命准教授 磯打千雅子(いそうちちかこ)さん
- 国土交通省・真備町防災担当 桝谷有吾(ますやゆうご)さん
- 真備町住人ボランティア 松田美津枝(まつだみつえ)さん
- 倉敷市防災危機管理室・防災担当 渡邉直樹(わたなべなおき)さん
- 真備町の介護事業所代表 津田由起子(つだゆきこ)さん
※この記事は、番組 明日へつなげよう「逃げ遅れゼロの町へ~西日本豪雨2年 倉敷市真備町~」(2020年6月28日 NHK総合テレビ放送)をもとに作成したものです。
逃げ遅れゼロの町へ
~西日本豪雨2年 倉敷市真備町~
- LINEを使った危険情報共有システム
- ライブ配信型防災訓練「オンLINEさんぽ」
サバイバル術〜車中泊の極意
サバイバル術〜非常食の極意 - 分散型避難とマイ避難先を考える
- 2階へ上がれ 防災アパート
- ひとりひとりのマイ避難計画
LINEを使った危険情報共有システム
住民のドライブレコーダーがとらえた堤防決壊の瞬間
西日本豪雨では河川の8か所が決壊し、真備町の3分の1が浸水しました。しかし、堤防が決壊した情報や、堤防から離れた場所に浸水範囲が広がった事実を住民の間で共有する術がなく、それが多くの犠牲者を出した原因のひとつと考えられています。
この問題を解決するために、今年6月初旬、国や自治体、住人などが連携して防災訓練がありました。暴雨災害を想定し、無料通話アプリ「LINE」で住民から被害情報を集め、みんなで瞬時に共有する実験を行ったのです。
LINEで危険情報を共有するシステム
実験の流れは以下の通りです:
- まず対策本部が被害状況をたずねるメッセージをLINEで住民に一斉配信。
- 住民は、自分がいる場所の状況を、写真やメッセージを添えて送り返します。
例:用水路から水があふれた・・・、
避難所に人が集中し中には入れない・・・など - 送られた写真は、すぐに位置情報とともにLINEの地図上に表示されて共有されることが確認されました。
住民から送られた写真と情報が地図に表示される
LINEで登録すれば、国内のどこでも誰でも、メディアや行政が把握しにくい被害情報をリアルタイムで共有できるこのシステム。活用すれば活用すれば、命を守る避難行動につながるうえ、より適切な避難が可能になるといいます。
例えば、ひとりで動けない人を車いすで避難させる場合、以前なら、道の先で用水路が氾濫していても事前に知ることはできませんでした。しかし、LINE上の地図で確認することで、現在地から避難所へのルート上に浸水情報があれば、それらを避けてスムーズに迂回することができます。
<リモートスタジオ>
(槙原聡美さん)
「西日本豪雨のときは、ちょうど夜に避難する人が多かったので、特に周りの状況が分からなかったんですよ。なので、地図上で見られるっていうのは危ない場所を避けて避難できるので、これが使えるようになるとスムーズな避難につながると思います。」
国土交通省の桝谷有吾さんは、このシステムが水害だけでなくコロナ対策にも役立つと考えています。鍵となるのは、位置情報から把握する住民全体の動きです。西日本豪雨では町内に5か所しかない洪水時の避難所に人が集中しましたが、それを避けた分散避難を促進できるのではないかといいます。
(桝谷有吾さん)
「システムはすごい進化していると思います。スマホもここ1年で一気にみんな使うようになってますし、(コロナ対策の)システム自体はいずれ遠くないうちにできるんじゃないかと期待しています。」
ライブ配信型防災訓練「オンLINEさんぽ」
西日本豪雨から3か月後に、槙原さんたちが立ち上げた住民ボランティア団体「あるく」では、防災イベントなどの情報共有にLINEを活用してきました。グループ登録者は600人にのぼります。
ライブ配信した映像
今年はコロナの感染拡大防止のため、大規模な防災訓練を行うことができないため、限られた人数で訓練を行う様子をLINEライブで生中継する「オンLINEさんぽ」を企画。災害時に危険となる場所を確認しながら歩く映像を配信して、視聴者にも疑似体験してもらいました。
さらに、真備町の防災アドバイザーである磯打千雅子さんによるメインイベント、「水害とコロナから命を守るサバイバル術」も中継。住民のべ300人以上が視聴し、大好評でした。
そのサバイバル術をご紹介します!
サバイバル術〜車中泊の極意
三密が心配される避難所を避け、駐車場などで車中泊をすることが注目されていますが、暑い季節や寒い季節には命の危険にかかわることも。車中で数日過ごすことを想定して、備品を揃えることが大切です。
ポイント1:体を伸ばせる平らな場所を作る
でこぼこがあると血のめぐりが悪くなり、エコノミークラス症候群になる恐れがあります。シートを倒した時は、前の座席と後ろの座席の間にできた段差部分にバスタオルなどを挟み、なるべく平らにしましょう。キャンプ用のマットなどがあると便利です。
ポイント2:車中泊の“三種の神器”
- アルミシート
100円ショップなどに売っているものでOK。窓に貼れば断熱効果が抜群です。ガソリン代の節約、目隠しにもなります。 - 車用の虫よけネット
簡単に装着でき、換気のために窓を開けても虫の侵入を防げます。 - ポータブル電源
家庭用コンセントや太陽光で充電できるもの。災害時もスマホや扇風機などが使え、より快適に過ごせます。
サバイバル術〜非常食の極意
車でしっかり睡眠をとったら、次に必要になるのが食料です。西日本豪雨では、スーパーも水没し、食料の調達もままなりませんでした。非常時でもおいしく、楽しい食事を可能にする極意がこちら!
ポイント1:備蓄の目安
4人家族で3日過ごすには、無洗米3キロ、缶詰36個、水36ℓがあると安心です。
ポイント2:飯ごうで簡単炊き込みご飯!
熱伝導に優れ、固形燃料だけで素早くおいしいご飯が炊けると大注目の飯ごう「メスティン」です。ホームセンターなどで2千円ほどで購入できます。
缶詰やフリーズドライの具を混ぜ合わせれば、炊き込みご飯も簡単に作れます。材料を切る必要がないので、子どもたちも楽しめそうです。
さば缶と感想ごぼうの炊き込みご飯です。参加した子どもたちにも大好評でした。
分散型避難とマイ避難先を考える
<リモートスタジオ>
サバイバル術を伝授してくださった磯打さんは、新型コロナウイルスの感染拡大が危ぶまれるいま、「分散型避難」と「マイ避難先」について考えておくことがとても大切だと指摘。それを受け、訓練のライブ配信を企画したメンバーのひとりで、町民に避難行動アンケートを行うなって防災意識を高める活動を続けてきた松田美津枝さんはこう言います。
(松田美津枝さん)
「コロナの状況が心配だからということで、自宅にとどまろうかという人が結構多いと感じています。その中で、私たちの“みらいミーティング”という活動で、みんなで防災のことを考える話し合いをしているんです。まずは自分がどこへ逃げるか、自分の避難先を考えないといけないなって。」
倉敷市で防災担当している渡邉直樹さんによると、行政でもコロナを前提にした避難所の準備を進めているといいます。
(渡邉直樹さん)
「避難所の方もしっかり対策をまとめつつあります。新型コロナのことがあって、できるだけ分散して散り散りに配置すると3分の1くらいしか人が入れない状態になりますが、教室も使ってみんなが過ごせる空間を増やして、できるだけ三密を避けるような仕組みを考えています。」
(磯打千雅子さん)
「避難所は避難所しか行くところがない方たちのために取っておいてあげて、知人宅に行けるだとか、少し離れた実家に帰れる方は、ぜひそちらに積極的にいくなど、普段から余裕をもてる地域や社会になるといいなと思います。」
2階へ上がれ 防災アパート
6年前から真備町で介護事務所を営む津田由起子さんは、西日本豪雨で事務所が水没して全壊。利用者ひとりひとりの救助に向かいましたが、耳が遠く認知症を患っていた一人暮らしの三丸さんは、2階建の自宅の1階で亡くなっていました。2階にさえ避難できていれば助かったのではないか」と、津田さんには今も悔いが残ります。
(津田由起子さん)
「20数人の人が地域に散らばっているので、その方たちを守っていくという下地を作っておかないと、結局救えないということがわかった。」
2年前の西日本豪雨によって真備町内で亡くなった51人のうち、8割の方が自宅の1階で亡くなっています。同じ悲劇を繰り返さないために、津田さんは磯打さんとともに、全国に先立って「避難機能付き共同住宅」の実現に取り組んできました。
目をつけたのは、2階建ての中古アパートです。2階に伸びる長いスロープを取り付け、万一の時は2階に「垂直避難」ができるようにしました。
スロープを取り付ける600万円の費用の工面で苦労しましたが、半分は、住民自ら避難場所を作る全国に先立つ取り組みだとして、国からモデル事業に選ばれ補助金で確保。残りの300万円はクラウドファンディングで集めました。
2階の一部屋はコミュニティールームで、地域のみんなが使える集会所です。災害時には非常食を備えた避難所に早変わり。地域の高齢者など3世帯5人が暮らすことが決まっています。こうしたアパートがあちこちにできれば、「三密」を避けた避難ができ、コロナ対策としても有効です。
(はるな愛さん)
「災害時に避難所になるところが日常から憩いの場所であれば、顔見知りになって、みんながおのおのの状態を分かっているというのも大切なことなんですよね。」
(磯打千雅子さん)
「年配の方だとか、おひとりでは逃げられない方をどうするのかというのは、どこの地域も必ず出てくる問題なんです。本当にこれからの災害大国の日本のモデルになるんじゃないかと感じました。」
(津田由起子さん)
「特に体が弱い方とか障害がある方にとって遠方の避難所は、日頃からなじみがなかったり、そこに行くだけでもすごく大変なことなので、やっぱり自分たちが親しみのある場所にこういうところがあれば、それがもう点々とあるっていう日本になると、日本中が安心な町になって、災害大国でも大丈夫というふうになったらいいなって思います。」
ひとりひとりのマイ避難計画
真備町には、福祉事業所が把握しているだけで、災害時の避難に声かけや手をつないで歩く介助が必要な高齢者は400人以上います。そこで津田さんは今、サポートが必要な高齢者に対し個別の支援策をまとめた、ひとりひとりの避難計画「マイ・タイムライン」を作る取り組みを始めています。
最大の特徴は、近所の方にも協力してもらい、サポート体制を明確に定めることです。津田さんの介護事務所を利用している土師勝子さんの避難計画を例にみてみましょう。
「マイ・タイムライン」計画例
土師さんは認知症を患い、ひとりで歩くことが困難です。同居の息子さんが働いている日中はひとりになるため、万一の時には近所の支援が欠かせません。そこで津田さんは、息子さんの了解を得て近所の人たちと情報を共有し、次のようなサポート体制を作れないかと考えました。
- 大雨の予報が出た時、近所のAさんが声をかけ様子をうかがいます。
- 警戒レベル3になったら、知り合いのBさんが息子さんに助けに来られるか確認をとります。
- 息子さんが来られないとなった場合、車の運転ができるCさんが避難所まで送り届けます。
サポートのタイミングと行動をあらかじめ取り決めておくことで、逃げ遅れを防ぐのが狙いですが、最大の壁は個人情報の扱いです。本人や家族、そして近所の支援者の間で信頼関係をどう築くかが大きな課題です。
津田さんは、土師さんの近くに住む山中幸恵さんに協力を申し入れました。避難を支えることは責任も伴います。山中さんはそれを理解した上で、サポート体制に加わることになりました。
(山中幸恵さん)
「普段のことを考えたら、やっぱり気になるから見に行ったりする。結局は。でも、ピンポン押していいのかな、電話しようかなとか思い悩む。だからやっぱりこれがいるんだよね。すぐ隣の人も彼女のこと気になっとって、日頃から話をしたりしてたんです。サポーターは何人かおった方がいいので、また声をかけさせてもらいたいなと思ってる。」
<リモートスタジオ>
(津田由起子さん)
「実際これ作るとなると、ご本人の気持ち、ご家族の思い、ご近所さんがいいよって言ってくれるかなど本当に大変です。だけど、これを作って行くことが、ひとりひとりの命を守るし、ひとりひとりの(安全な)暮らしを守っていく。」
(はるな愛さん)
「日頃から、私も東京のマンションで、お隣さんにどういう方が住んでいるのか知らないことが多いので、すごく考えさせられましたけれども、正直、なかなかそううまくいかない場所もあったりするんじゃないですか?」
(津田由起子さん)
「あると思います。そういうことを再確認できるのもある意味メリットかなと思いますし、地域の中で必ずその方とつないでくださる方って、あっちにもこっちにもいてくださる。あるくさんとか松田さんとか、いろんな方がいてくださるので、そういう人たちとつながっていくことも私たちには必要なのかなと思います。」
(槙原聡美さん)
「西日本豪雨のときに、私自身もなんですけど、あの人は大丈夫だったのかなって、心配で心配で、本当に気になってた方がたくさんいらっしゃった。だから津田さんみたいな福祉とか医療のプロの方、それから民生委員の方、私たちみたいな住民が連携して、うまい具合にひとりの方を何人かで支えられるような仕組みづくりを、一緒にこれからもどんどんやっていけたら、“逃げ遅れゼロ”の真備町に、日本になっていけるんじゃないかなって思う。」
(渡邉直樹さん)
「誰か特定のひとりがその方に対して責任を負うのではなくて、重層的にみんなで責任というか、一緒に頑張っていくんだっていうところがとてもいいなと。これを行政としても進めていかないといけないなというふうに見ています。」
(松田美津枝さん)
「自分も声がけをせずに避難してしまった後悔が残っているので、小さい単位で声がけできるようなコミュニケーションの結い直し、絆の結い直しという小さい取り組みをしていきたいなと思っています。」
(はるな愛さん)
「私は真備町にお邪魔したときに、『まさか自分が被災するとは思っていなかった』という声をいろんなところで聞いたんです。だからこうして、みなさんがお伝えしたところを、みなさんにしっかりと心に受け止めていただいて、本当に備えを、日々の日常に自然に取り込んでいただけたらなと。それで、“逃げ遅れゼロ”を目指して、みんなで頑張っていきたいと思います。みなさん本当にありがとうございました。」
