先日は九州をはじめ各地で豪雨災害が発生しました。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆さまの一日も早い復興をお祈りします。
さて、都心部を中心に新型コロナウイルスの感染者数が再び上昇傾向に転じています。もしも今、大きな災害が起きて避難しなければならなくなったら?人のひしめく避難所で感染者が出てしまったら?私たちはどう備えれば良いのでしょうか。
今回は、そんな不安を少しでも解消すべく、感染症対策の第一人者から教わった心得とノウハウをご紹介します。
※この記事は、番組「明日へ つなげよう 大震災とコロナ危機~感染症対策のプロが語る~」(2020年6月7日 NHK総合テレビ放送)を基に作成したものです。
<プロに聞く!災害時の感染症対策>
- 東日本大震災とICATの活躍
- 避難所では感染症で差別が起きることも
―ルール 作りと正しい理解が不可欠 - 新型コロナと避難所の体制
- 【ノウハウ1】避難所での感染防止対策グッズ
- 【ノウハウ2】コロナ禍で日々心がけること
- プロが語る!コロナ対策への新たな提言
東日本大震災とI C A Tの活躍
岩手県矢巾町にある岩手医科大学附属病院医師の櫻井滋(さくらい・しげる)さんです。
櫻井さんは、2011年の東日本大震災発生直後に発足した、日本初の災害時の感染制御支援チーム「I C A T」(いわて感染制御支援チーム)を率い、300を超える避難所でインフルエンザなどが流行しないように調査体制を構築した感染症対策の第一人者です。ICATは災害時の感染症対策のプロ集団として、熊本地震後も、いち早く現地に入り、衛生管理に必要な物資を調達して支援のネットワークを整理。全国規模で感染症の専門家チーム立ち上げの気運を生むきっかけとなりました。
今年2月には新型コロナウイルスで揺れるクルーズ船でも感染拡大の防止に尽力するなど、その存在が改めて注目されています。
櫻井さんの活動の原点は、東日本大震災の惨状を目の当たりにした時の思いにありました。
「生きている人を生かしていかなきゃならないって思ったんですね。感染症対策しなければと。僕にできることですから」(櫻井滋さん)
しかし当時、感染者を届け出る病院や保健所も被災していたため、状況を把握することは困難でした。3月11日以降、自治体の記録では岩手県沿岸部のインフルエンザ患者数はゼロとなっていますが、現場には感染者が出ていたのです。
避難所には4万人以上が密集し、断水で衛生環境も悪化。感染拡大のリスクが高まっていました。そこで結成されたのが、日本初の災害時感染制御支援チーム「ICAT」。医師、看護師、薬剤師、検査技師、さらに県の担当者から成る官民一体のチームです。
いわて感染制御支援チーム(通称ICAT)
ICATがまず取り組んだのは「リスク・アセスメント」。避難所の衛生管理の問題点と感染症発生の危険をつきとめていきました。
- トイレを流すための貯水槽に虫が浮いている
- 手を消毒した後に共用のタオルを使い回している
- ほこりっぽい物置小屋で調理がされている
- ハイタッチサーフェイス(みながよく触るところ)の消毒がされていない
洗い出した問題点はすぐに避難所の運営者と共有し、適切な指導を行ったといいます。
ICATが次に取り組んだのは「サーベイランス・システム」の構築です。利用したのは、当時まだ珍しかったタブレット型端末。日々、各避難所で聞き取り調査を行い、発熱、呼吸困難、下痢などの症状ごとに人数を入力して送信してもらいました。
若者にも協力してもらい、聞き取った人数情報を端末に入力して送信
集約されたデータは、システムを開発した感染症疫学専門家の加來浩器(かく・こうき)さんが分析。人々に症状が出始めると数字に変化が現れるため、病名が診断される前に感染症の流行の兆しをいち早く察知できます。
震災発生から1か月が過ぎた4月中旬、ある避難所から送られてきたデータが異常な数値を記録。インフルエンザ流行の第二波でした。櫻井さんたちICATは、支援に入っていた医療チームと協力しながら、衛生管理の指導を徹底するなど、感染拡大を防ぐことに成功しました。
避難所では感染症で差別が起きることも
— ルール作りと正しい理解が不可欠
東日本大震災から5年後。熊本地震の本震から1週間後に現地入りした櫻井さんは、「避難所のあるべき姿」を考えさせられます。南阿蘇村でノロウイルスの集団感染が発生し、症状のない人を別の場所に移そうという議論になり、最終的には同じ避難所にとどめることになったのです。櫻井さんは、この時の南阿蘇村の判断に学ぶべきだと言います。
「要するに陰性者だけを他の場所に移したくなりますよね、だけどそもそもそれが間違いなんです。つまり、もう避難所全体がグレーだって考えることが大事で、そこから切り分けて外に出したら、次の避難所に持ち込む可能性がある。ですから避難所をひとつのコミュニティと考えて、その中に隔離場所を置くことが基本なんです。ただ、そこに医療従事者がいないと、うわさが先に広がってしまい、症状のある人を追い出そうという話になりかねないので、ルール作りをしておくことも大事です。」(櫻井さん)
櫻井さんと同時期に感染症対策支援に入った長崎大学病院医師の泉川公一(いずみかわ・こういち)さんは、当時をこう振り返ります。
「“あなた下痢しとってノロやったね。だからわたしに近寄らんで”っていう話ですよ。もう治ってるのに、そういう偏見の目で見られる。いじめに近いような状況にもなりかねない。」(泉川さん)
こうした恐怖心からくる偏見や差別をなくすには、感染症と予防策について正しく理解してもらうことが重要だといいます。
新型コロナと避難所の体制
櫻井さんは、もし新型コロナが広がる中で避難所に行くことがあっても、避難所の体制が整っていればむやみに恐れる必要はないと言います。
「今、コロナウイルスは同じ部屋にいるだけでうつってしまうと、皆さん誤解してる面があります。これは飛まつ感染、つまり唾が飛んでくっつくような、そういう距離だとかなり危険なんですけれども、通常マスクをしていれば、そんなに飛ぶことはないんですね。」(櫻井さん)
櫻井さんの考える『避難所に理想的な体制』とは?
- 入り口に発熱を確かめるコーナーを設置。
- 熱がある人にはPCR検査を受けてもらい、検査結果が出るまでダンボールなどで間仕切りを設けた待機場所で休んでもらう。
- PCR検査で陽性と判定された人は医療機関に移す。
- 避難所のスペースは地域ごとにブロックを分ける。
- 地域ブロックごとに地元の開業医が診療を担当する。
櫻井さんは、避難所でも周りに馴染みのあるご近所さんや医師がいるコミュニティを維持できれば、日常のつながりから互いの異変に気づきやすいだけでなく、長引く避難生活を支える安心感と癒しになると考えます。
【ノウハウ1】避難所での感染防止対策グッズ
避難所での感染対策のために、「非常用持ち出し袋」に入れておくべきものがこちら!
- 体温計
- マスク
- 体調を記録するためのボールペンと紙
- タオル数枚(自分専用で使えるもの)
- ゴミ袋(多めに入れておく)
使用済みのティッシュペーパーなども感染の原因になるので、必ずゴミ袋に捨てるようにします。ポケットなどにしまうと、その中に感染物質が付く可能性があります。
【ノウハウ2】コロナ禍で日々心がけること
■手洗いと消毒
- アルコールスプレーなどで、こまめに手指を消毒しましょう。
- 家庭では、流水と石鹸で手を洗いましょう
- 次亜塩素酸・塩素系のものは手に悪いので使わないでください。
■マスクの使い方
- マスクのフィルターを通して息をしていると、表面にウイルスがいちばん付きます。
- 着脱の際はひもの部分を持ち、生地には触れないことが大事です。
- マスクをしまう時は表面を内側にして折ります。
■周囲に人がいる場所では、大声を出して唾を飛ばさないようにしましょう。
プロが語る!コロナ対策への新たな提言
櫻井さんは、日々の新型コロナウイルスとの戦いでも「サーベイランス・システム」を活用することで、保健所の負担を軽減できないかと考えています。必要な調査は次の2つです。
(1) 新型コロナ患者の毎日の症状把握
自宅にとどまっている間、病状を日々把握するつながりやシステムを構築することで、症状が急変したことを察知する。
(2) 感染に不安がある人の情報
感染への不安を持つ人が症状を登録できる「不安相談センター」的なウェブサイトを、行政や病院単位で立ち上げる。
さらに、櫻井さんは、ICATの経験から「コミュニティの力」も対策に有効だと言います。
「町内会でも、マンションの管理組合でも結構です。隣のお家との連携というのが重要なんですね。いざという時に何かの信号を発すると、代わりにどこかに伝えてもらえるような。今や皆さんがスマートフォンをお持ちの時代ですから、恐らく今からでも(ネットワークを)構築すれば、1年2年続くかもしれない難局に対して、十分対応できるんじゃないかなと思います。」(櫻井さん)
「分断したり、閉鎖的な言葉ではなくて、できれば、もちろん出歩いたり触ったりしてはいけないのかもしれないですけれども、何かの形でつながりあう。結局、昔からあるコミュニティの維持を目指していただきたい。」(櫻井さん)