この記事は、明日をまもるナビ「日本に暮らす外国人をどう守る」(2023年2月19日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
これだけは知っておきたい、災害にあった外国人が困ること
▼避難を呼びかける日本語がわからず、避難が遅れたり、避難所へ行けなかったりする。
▼宗教上の理由などで、避難所の食事の中身がわからず口にできない外国人もいる。
▼避難所での表示や案内が日本語だけだと、必要な支援が受けられなかったり、他の日本人避難者とトラブルが起きやすくなったりする。
日本に暮らす外国人は総人口の2パーセント
日本に住んでいる外国人は、観光などの短期滞在者を除いて、およそ300万人。総人口の2パーセントくらい、50人に1人が外国人という計算になります。
国籍・地域別で一番多いのは中国。2位はベトナムで、日本の製造業や農業の技術を学ぶためにやってくる技能実習生が増えています。
しかし、災害時には言葉や文化などの違いからさまざまなリスクに直面し、災害弱者になってしまうことがあります。
ダイバーシティ研究所・研究主幹の楊梓(よう・し)さんは中国出身で、熊本地震など数々の災害の被災地を訪ねて、外国人被災者の実態を調査しています。
「“外国人”という言葉でひとくくりに表現されますが、それぞれの言葉や習慣も異なっています。この違いを、日本人も外国人も理解し合うことがとても大事で、災害時に助け合うことにつながります」と、多言語や多文化に対応した支援の必要性を指摘しています。

熊本地震 外国人が感じた壁
熊本市内に住むパキスタン人のシラーズ・カーンさんは、イスラム教の指導者として熊本に来てわずか1か月で、震度7の地震に襲われました。2016年4月14日の熊本地震です。
カーンさんは建物の中にいるのは危険だと思い、他のイスラム教徒たちとモスクの前にある公園に避難しました。
夜中に雨が降りだす中、直面したのが“言葉の壁”でした。
「行政の車が来て、何かを呼びかけているのが聞こえましたが、何を言っているのか分かりません。一晩中ここで過ごすしかなかった」(カーンさん)

その後、カーンさんたちはなんとか避難所にたどり着くことができましたが、そこでも新たな問題に直面します。“避難所での食べ物”です。
カーンさんらイスラム教徒は、豚やアルコールを含んでいるものを食べたり飲んだりすることができません。また、油や調味料にも気をつけなければなりません。ふだんは、戒律に従って作られていることを示す「ハラル認証」を目印に、食べ物を選んでいます。

しかし、避難所の炊き出しには何が含まれているのか分からず、まったく口にできなかったといいます。避難所に聞いても、非常時のため、何が入っているのか把握されていなかったそうです。
当時、熊本市内の外国人住民は4500人。パキスタン人のほかに中国人や韓国人、フィリピン人などさまざまな国籍の人たちが被災しました。
そんな外国人の支援にあたったのが、熊本市国際交流振興事業団です。市の委託を受けて、ふだんから外国人の生活相談に対応しています。災害時には市の「国際交流会館」が外国人支援の拠点となると決められていました。
当時、事業団の事務局長だった八木浩光(やぎ・ひろみつ)さんは、地震後すぐに、この場所を多くの言語や文化に対応できる避難所にしようと動きました。
「言語の確認や、困っていることがないか、文化習慣で特別な事情があるかを聞いた」(八木さん)

国際交流会館には、外国人と日本人、あわせて最大140人が避難。ホワイトボードには、英語や中国語などで、炊き出しの時間や交通情報などが貼り出されました。

また、食事についても、宗教や文化に合わせて多様なニーズに対応しました。
「何が使われているのか説明することによって、少しでも安心を取り戻されるということがあった」(八木さん)
しかし、地震の被害が広範に及び、道路も寸断されていたため、すべての外国人被災者が国際交流会館に来ることはできませんでした。
そこで、八木さんたちは、手分けして避難所を巡回することにしました。外国人がいる避難所を把握し、支援が行き届いているか確認することにしたのです。
中国人に対応したのは、熊本に30年住む楊軍(よう・ぐん)さんです。熊本市国際交流振興事業団で中国語相談員を務めています。

楊さんが目にしたのは、日本人ばかりの避難所で孤立していた外国人の姿でした。
「長く日本に滞在していた人たちでも、一言、大丈夫ですかと母国語で声をかけると、涙が出るくらい安心していた」(楊さん)
外国人の避難者は、コミュニケーションができないことで、さまざまなトラブルが起きていました。
ある避難所では、外国人が支援物資を必要以上に取っているという苦情が寄せられました。楊さんが双方から話を聞くと、「日中出かけている家族の分が欲しかった」とわかりました。


これらの経験から、八木さんは地域の避難所も外国人が避難してくることを想定しておく必要があると感じたといいます。
「外国人の対応避難所が1つあって、そこにみんな来てというのは非常に難しい。外国人の方がどの避難所でも対応してもらえるような仕組みづくりが大事だと思います」

外国人に伝わるやさしい日本語とは
熊本での事例でもわかるように、言葉の壁を乗り越えるには、まず分かりやすく、高齢者でも子どもでも分かりやすい、やさしい日本語で話しかけるのがポイントです。
わかりやすく話すコツは「は・さ・み」です。
避難所でよく使う言葉をやさしい日本語に言い換えてみましょう。
土足厳禁 → 靴を脱いでください
中国の「土足」は「泥がついている足」のこと。漢字を見てわかる中国人でも、土足と靴の関連性がわからないそうです。
ご自由にお持ちください → 一人1個です
これは熊本地震のとき、大勢の外国人が避難した国際交流会館で実際に使われた事例です。
「日本語には、ときどき暗黙のルールが含まれていて、外国人にとっては難しい部分。分かりやすく正確に伝えると、災害時はお互いに誤解を生じません」(楊さん)
では、外国人の力になりたくても、言葉が通じないときはどうすればいいのでしょうか?
そういったときに便利なのが、自治体の国際化を支援する「CLAIR(クレア)」のホームページにある「災害時多言語表示シート検索」です。避難所や避難場所でよく使われる言葉を14の言語に変換できるサイトで、スマートフォンやパソコンで利用できます。
【参考】
一般財団法人 自治体国際化協会(CLAIR/クレア)
災害時多言語表示シート検索
※NHKサイトを離れます
言語を選び、画面を下にスクロールして、「災害時多言語表示シートを表示」をクリックすると、必要な言葉が表示されます。
異なる食文化に対応する非常食
避難所へ行っても、宗教上の理由などで炊き出しなどが食べられない人もいます。
イスラム教の人たちが食べることができるのは、イスラム教の戒律に従って製造や保管がされていることを証明する「ハラル認証」がある非常食です。

動物性食品をいっさい口にしないヴィーガン向けの非常食もあります。動物や魚の成分を含まないカップめんやパン、お肉の代わりに大豆ミートを使ったハンバーグなどが揃っています。

これらの非常食は、イスラム教徒やヴィーガン限定ではなく、誰でも食べられます。
楊さんは、「こういうものを事前に準備してほしい。もちろん避難所でも備蓄して、外国人に備えるなど、(非常食の)味を変えたい日本人にもぜひ試してほしい」といいます。
ちなみに、楊さんによると、「食べることが大好きな中国人にも苦手な食べ物がある」そうです。
それは「冷めた」お弁当。中国では温かいごはんと温かいおかずを一緒に食べるのが習慣。日本のような冷めた状態の弁当を食べる習慣が少ないのです。
「災害時にはぜいたくかもしれないが、温かいものがあると体も心も元気になるのは、日本人も外国人も同じだと思います」(楊さん)
外国人を孤立させない地域のつながり
熊本地震では、自宅や車中泊での避難生活が続くことで孤立してしまう外国人も少なくありませんでした。そんな中、ふだんからの地域のつながりが孤立を防いだ例もあります。
熊本市内にある日本語教室。地域に暮らす外国人が、週に1度、日本語を学んでいます。
10年前に台湾から来日した邱桂芬(きゅう・けいふん)さんは、熊本に頼れる知り合いがおらず、地域とのつながりを求めてこの教室に通い始めました。

熊本地震のとき、幼い子どもと夫の3人で暮らしていた邱さん。避難所に逃げようとしましたが、どこもいっぱいで、車や友人宅での避難生活を余儀なくされました。支援物資も情報も得ることができない日々が続きました。
4日後、ようやく自宅に戻った邱さんが、特に困ったのが水。断水が解消しても、水が濁っていて、飲み水にもお風呂にも使えませんでした。外国人の友人に聞いても情報は得られず、困っていた邱さんの救いとなったのが、日本語教室でのつながりでした。
教室で日本語を教えている井上郁子(いのうえ・いくこ)さんたちボランティアは、邱さんらの窮状を聞いて、地域のライフライン情報を提供することにしました。井上さんたちは「日本語教室のグループライン」を立ち上げ、炊き出しや、シャワーが浴びられる場所の情報などを共有していきました。

これらの情報を元に、邱さんは水を入手することができました。
「私たちの住んでいる地域に一番近い情報を集中して送ってくれて、本当に助かった」(邱さん)
井上さんは、いざというときに顔が浮かぶ関係性を作っておくことで、外国人も日本人も孤立せず、助け合える存在になると考えています。
「日本人だ、外国人だと分けないで、一緒に共生していけるまちづくりが必要だと思っています」(井上さん)

地域を守る 外国人防災リーダー
岡山県総社市には、ベトナム人やブラジル人などおよそ1500人の外国人が住んでいます。
市では、10年前から地域の防災の担い手となる外国人の育成を行っています。その名も「外国人防災リーダー」。現在8か国の43人で構成されています。
中心になっているのが、ブラジル出身の譚俊偉(たん・しゅんわい)さん。現在は日本に帰化して、市の職員として働いています。
譚さんは東日本大震災で、避難の仕方を知らない外国人が「災害弱者」となってしまったことを知り、危機感を覚えました。
「日本人は小さいときから防災訓練に参加しているが、外国人はそういうチャンスがなく、私たちは防災の知識がゼロなのです」(譚さん)

外国人も防災の知識をつける必要性を強く感じた譚さんは、市にかけあって、救急救命や土のうの作り方などを学ぶ研修会を行ってきました。
研修を受けた人たちは「外国人防災リーダー」となり、地域の防災訓練にも積極的に参加してきました。

そうした中、2018年7月に西日本豪雨が起こり、総社市や隣の倉敷市に大きな被害が出ました。
譚さんたちは、中国語やポルトガル語など自分たちの国の言葉で情報を発信しました。被災した外国人に支援物資を配ったり、再建手続きの相談にのったりするなど、一人一人の困りごとにも対応しました。
さらに、外国人防災リーダーは被害の大きかった地域に出向き、地元住民の支援にも乗り出しました。自分のボートで住民を救ったリーダーもいました。水が引いた後も、土砂やがれきの撤去を進んで行いました。

備えをもとに、的確な行動をとることができたと譚さんは感じています。
「防災リーダーだから助けに行くという、メンバーたちのプライドや誇りがある。西日本豪雨では一人一人自信を持って活動できたと感じます」(譚さん)
さらに多くの外国人住民に防災知識を広めたいと、譚さんたちはリーダーたちのアイデアを盛り込んだ「防災マニュアル」を作ることにしました。
マニュアル作りでは、「避難指示」などの難しいことばを「すぐに全員逃げてください」などとわかりやすく言い換えたり、パスポートの番号控えについて触れたりなど、外国人ならではの意見を出し合いました。
この「防災マニュアル」は今後、やさしい日本語に加えて、ベトナム語、インドネシア語、中国語、タガログ語など8か国語に翻訳され、市内の外国人住民に配られる予定です。
総社市は、外国人防災リーダーが育つことにより、地域の防災力が強化できると考えています。
この外国人が地域の防災リーダーを担う取り組みは総社市以外にも全国で広がっています。
「日本では高齢化が進み、過疎化も進んでいる。技能実習生も増えている地域にとって、若い外国人は人材です。外国人の防災力を高めつつ、地域の防災力を高めることにもつながっています」(楊さん)
最後に、楊さんは全体をこうまとめました。
「外国人でも日本人でも、自分の命を守れるように、備えや訓練への参加が大事です。自助ができたら、次はできる範囲で共助や公助を手伝っていただくのがいいと思います。平時から理解し合えば、災害のときに役に立ちます。助け合う気持ちがあれば日本語のレベルは関係ありません」
【参考】
がいこくごのニュースと防災情報(NHK WORLD JAPAN)
