この記事は、明日をまもるナビ「首都直下地震 あなたは何日避難できる?」(2023年2月5日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
これだけは知っておきたい、長期避難生活への備え
▼ライフラインが大きな被害を受けた中での在宅避難は、最低でも「1週間分の備え」が必要。
▼避難所は、自宅が倒壊するなど「自宅で暮らせない人」が優先的に避難する場所。“とりあえず避難所へ行く” のはやめる。
▼在宅避難に必要な備蓄品の中でも「携帯トイレ」は、最優先で備えるべき。
“とりあえず避難所へ行く”はやめて!
大きな地震で被災したとき、どこでどのように避難生活を過ごせばよいのでしょうか。
行政が指定する避難所に避難しようと考える人が多いかもしれません。しかし、慶應義塾大学環境情報学部准教授の大木聖子(おおき・さとこ)さんは、
「“とりあえず避難所へ行こう”と考えるのはやめてほしい!」と話しています。

東京都の人口およそ1400万人に対して、指定されている避難所の収容人数はおよそ320万人。都民の実質4分の1しか収容できず、全員が殺到したら大混乱になり、助かる命も助からなくなる恐れがあるためです。
被災後に私たちが過ごす場所は2つに分かれます。
「避難所」は、自宅が倒壊するなど、自宅で暮らせない人が優先的に避難する場所です。
一方、自宅に耐震性があって倒壊の危険がなく、火災などの危険が迫っていない場合は、自宅で避難する「在宅避難」が基本になります。
首都直下地震でライフラインや避難所はどうなる?
首都直下地震が発生したら、私たちの生活にどのような影響を及ぼすのか?
2022年5月に東京都が発表した被害想定から、生活に欠かせないライフラインの被害や復旧に関する項目を見ていきます。
最も被害が大きいと想定される、都心南部を震源とするマグニチュード7.3の直下型地震が冬の午後6時に起きた場合、死者はおよそ6000人、負傷者は9万人、建物被害は19万棟と予想されています。
その場合、避難所などに避難する人の数は最大299万人と想定。その他の多くの東京都民は、『在宅避難』を余儀なくされます。
東京都の被害想定では、ライフラインやインフラなどの被害と復旧状況が、発災直後から1か月後まで、タイムラインで示されています。


■電力
広範囲で停電が発生し、エアコンなどが使えない状況が1週間ほど続きます。
徐々に回復しますが、発電所が被災した場合、計画停電が続くとみられています。
■上下水道
上水道は浄水場などの被災により断水。1週間ほど利用困難な状況が続きます。
上水道が復旧しても、下水管の修理が終わるまで、キッチンやトイレなどの水は流せない状況が続きます。
■ガス
被害は長期化。5割近くの家庭で供給が停止し、最大60日程度使えないおそれがあります。
■通信
固定電話、携帯電話ともにつながりにくくなり、メールやSNSは大幅な遅れが生じます。
利用困難な状況が1週間は続き、インターネットはさらに長期間不通となる可能性があります。
■道路交通網
周囲の建物や電柱の倒壊、さらに液状化によるマンホールの飛び出しなどが生じ、車両による移動が困難に。
東京23区内では、環状7号線の内側方向ヘの通行は規制され、自衛隊や緊急車両のみ通行可能となります。
ガソリンスタンドも長蛇の列に。慢性的な渋滞が1週間は続くとみられています。
【参考】
東京都防災ホームページ
身の回りで起こり得る被害の様相
※NHKサイトを離れます
【何をどのくらい備蓄したらよいのか?】
在宅で避難生活を送るためには、最低でも『1週間分の備え』が必要だといいます。
何をどのくらい備蓄したらいいのかを知るには、東京都防災ホームページの「東京備蓄ナビ」が便利です。家族の構成やそれぞれの性別・年代、飼っているペットなどを入力すると、家庭で必要な備蓄品リストを教えてくれます。必要に応じてリストを紙で印刷しておくとより安心です。


【参考】
東京都防災ホームページ
東京備蓄ナビ
※NHKサイトを離れます
【明日をまもるナビのこれまでの記事から】
防災グッズ 何を用意したらいいの?
2022年10月19日
ローリングストックを無理せず続けるコツ
2022年10月19日
最優先で備えるべき トイレの備蓄
首都直下地震では、自宅が住める状態の人は在宅避難になります。
必要となる備蓄品の中で、水と食料以外に見落としがちなのが、携帯トイレです。実は、「最優先で備えるべき」と日本トイレ研究所代表理事の加藤篤さんは指摘しています。
「イメージでは水や食料と思いがちですが、現実的にはトイレのニーズが真っ先に来ます。トイレは健康被害と直接つながっています」(加藤さん)

2016年の熊本地震では、発災後3時間以内に4割の人がトイレに行きたくなったという調査結果があります。6時間以内だと、全体で7割になりました。
排せつという行為は待ったなし。しかし災害時には断水が起こり、水洗トイレは使えなくなってしまいます。トイレが不便な状況になってしまうと、できるだけトイレに行かないで済むようにと、水分摂取を控える人が増えます。その結果、脱水症状となり、エコノミークラス症候群などの健康被害が出てしまうのです。
健康被害を防ぐためにも大切な「携帯トイレ」の備蓄。
緊急時に使える携帯トイレには、「吸水シートタイプ」と「凝固剤タイプ」があります。
【使い方】(凝固剤タイプ)
①自宅で使う場合、便器にポリ袋を取り付けたあと、付属の袋を重ねます。こうすれば付属の袋が便器の底の水で濡れません。そして、付属の袋の中に用を足します。
②凝固剤を入れれば水分が固まるので、あとは袋をしばって捨てるだけです。


加藤さんは、少なくとも1週間分の備蓄を勧めています。トイレを1日5回とすると、ひとり35個必要です。
さらに慶應義塾大学の大木聖子准教授は、「女性の場合は1日7回から8回」で考えるように勧めています。
使用した後の携帯トイレはしっかり口を結んで保管しておくことが大事です。
ゴミの回収は、災害時にはすぐには来ません。収集が来るまで自宅に保管しておくことも考える必要があります。臭いが漏れないように蓋つきの容器に保管しましょう。

「トイレの備えを怠ってしまうと命に関わるし、尊厳にも関わる。助かった命を明日につなぐために、ぜひトイレの備えをしてもらいたい」(加藤さん)
高層マンションでの在宅避難 必要な備えは?
東京都では、高さ45メートルを超える高層建築物がこの10年でおよそ1000棟増加しました。
首都直下地震では、多くの高層マンションは在宅避難ができると想定されています。
タワーマンションが密集する東京都江東区の豊洲地区。江東区役所ではマンションの住民と防災について考えるオンライン会議が開かれました。
そこで示された、タワーマンションが首都直下地震に襲われたときに想定される事態には、次のようなものがあります。
①電動の給水ポンプが停電によって停止。部屋での水の確保が困難に。
②給水車など、外部に水を求めようとしても、マンション内のエレベーターは停止。都内全ての修理や点検が済むまでには、相当の日数がかかると予想。
③そのため、水を得るために階段で上り下りすることに。高層階に住む人にとって、水の備蓄はとりわけ重要。
では、はたしてどの程度の備蓄が必要なのか。
江東区の会議で講師を務めた、防災士の岡部梨恵子(おかべ・りえこ)さんによると、一般的に大人1人あたり1日3リットル、子ども2リットル、赤ちゃんで1リットルが目安とされています。
備蓄する水の量は最低でも3日分。1人あたり9リットルが必要になります。さらに可能なら7日分21リットルを備えてほしいと、岡部さんはいいます。
トイレについての不安も、会議の参加者から寄せられました。
「低層階なので、トイレが使えない場合、上層階からの汚水が溢れ出ることを心配しています」
地震で、地面の下の排水管が曲がったり割れたりしてしまった場合、そのことに気がつかず、住民がトイレを使い続けてしまうと、詰まったものが1階のトイレからあふれ出すことがあるのです。

下の階や周辺に迷惑をかけないためにも、携帯トイレの備蓄が重要です。

いざという時に備え、独自の取り組みを進めるマンションもあります。
東京都中央区の高層マンションでは、年2回の防災訓練で、あるチャレンジが行われます。
それは、水24リットル(4人家族の2日分)を担いで、最上階の43階まで階段804段を上りきること。
訓練で挑戦した住民の男性は、ゴールまでにおよそ10分かかりました。
「実際エレベーターが止まったら、これを繰り返さなきゃいけないと思うと、結構しんどい」(男性)

このマンションでは防災訓練を通し、住民の中にいるさまざまな人材を把握し、いざというときの体制づくりを進めています。

水の運搬には、取っ手がついていて、折りたためる専用の袋もあります。普段は畳んで保管しておき、いざというときに水を入れて運ぶことができます。

避難者による避難所運営をゲームで学ぶ
地震で家が壊れるなど、住むことが難しくなった人が身を寄せるのが『避難所』です。
しかし、交通や通信が混乱する中、自治体の担当者がいないということも考えられます。そんな時は、避難者が自分たちで避難所を運営しなくてはなりません。
そんな事態に備えて、静岡県では防災自主組織に避難所運営を学んでもらうためのシミュレーション・ゲームを考案しました。
いったいどんなゲームなのか?2018年の西日本豪雨で浸水被害を受け、多くの人が避難所生活を過ごした愛媛県西予市(せいよし)で行われた講習会を取材しました。

ゲームの仕組みです。
2種類のカードがあります。
1つは避難してきた人の年齢や家族構成などが書かれた「避難者カード」。
例えばAさんの場合、『ぜんそくがある』、またBさんは『独り暮らしの高齢者』です。こうした避難者カードが204枚あります。
もう1つは「イベントカード」。避難所で起こるさまざまな出来事が書かれています。こちらは『着替えスペースを作って』『毛布200枚の置き場所を決めて』など46枚あります。
2種類のカードを進行役がランダムに読み上げ、プレイヤーへ渡します。
受け取ったプレイヤーは、避難所の平面図を見て、最適だと思う場所に配置します。
例えば、足をケガした高齢者が避難所に来たら、移動しやすさを考えて、トイレの近くへ配置。カードをその場所へ置きます。

実際の避難所のように、避難者が次々とやってくると同時に、イベントも立て続けに発生します。刻々と変化する事態にどう対応していくかというゲームなのです。
合計250枚のカードをすべて配置すれば、終了です。

今回、このゲームの進行役を務めた三瀬啓二(みせ・けいじ)さんは、市内の川東地区自主防災会の会長です。ゲームを体験しようというきっかけは、西日本豪雨の被災体験だったといいます。
「(避難所運営を)見た時に、役所主導で最初は対応ができてなかった。そのときは何もできなかったけど、これじゃいかんと」(三瀬さん)
ゲームを終えて、三瀬さんは手応えを語っています。
「(避難所運営とは)こういうことだと気づいてくれた人がいっぱいいると思うんですよ。これが防災の始まりじゃないかと思っています」

避難所の運営には、住民の協力が不可欠です。何が起こるのか、事前に想定しておくことが円滑な運営につながります。
【どうする?避難所運営】
慶應義塾大学の大木聖子准教授の研究室では、発災時の避難所の状況を4コマ漫画にした教材をつくっています。
【状況】
2月5日午前10時、首都直下を震源とするマグニチュード7の地震が発生。避難所が開設され、あなたは食料物資班として避難所運営に携わることになりました。
250人分の支援物資が届きましたが、避難所にいるのは1000人です。次の支援物資がいつ届くかわからない中、あなたはどう対応すべきか?



考えるヒントとして、実際に起こった体験談が複数示されます。
このゲームには正解があるわけではありません。
自分が係の立場に立ってその苦労を知ることで、実際に避難者として避難所へ行った場合、運営者に協力しようという人が増えてほしい。それがこの教材のねらいです。
大木さんは、最後に長期避難の心得をこのようにまとめました。
「避難所は、誰でも行って、“上げ膳・据え膳”を求めるものではありません。また、在宅避難するためには、自宅をどこよりも最高の避難所にすることが大事です。さっそく今日から備えてください」
