この記事は、明日をまもるナビ「首都直下地震 火災からどう身を守る?」(2023年1月29日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
これだけは知っておきたい、地震火災から身を守るポイント
▼都市部での同時多発火災から命を守るためには「避難所」ではなく、広い「避難場所」に避難をするのが原則。
▼火災からの避難開始のタイミングは、およそ500メートル先に煙が2本以上見えたとき。
▼停電復旧後の通電火災を防ぐために、あらかじめ「感震ブレーカー」を設置しておくことが有効。
関東大震災 死者・行方不明者の9割が火災
1923(大正14)年9月1日に起きた関東大震災。死者・行方不明者およそ10万5000人のうち9割が火災によるものでした。
これだけの被害が出た要因は何だったのか?
まず地震が発生したのが土曜日の正午前で、食事の準備のために使っていた炭火などの火気が出火の原因になりました。当時はまだ石油やガスが普及していない時代でした。
また、この日は日本海に台風が入り込み、地震発生時には東京でも強い南風が吹いていたために、火が燃え広がりました。
東京都立大学名誉教授の中林一樹(なかばやし・いつき)さんは、火災が広がった原因をこう分析しています。
「台風の移動とともに、風向きが西風、北風と変わり、火災が『の』の字を書くように燃えて、市街地を焼き尽くしていきました」

【参考】
明日をまもるナビ「地震火災から命を守る」(2021年9月29日公開)より
関東大震災では「火災旋風」で多くの死者が
阪神・淡路大震災 同時多発火災の恐ろしさ
1995年1月17日、観測史上初めて最大震度7を記録し、6434人が犠牲となった阪神・淡路大震災でも、多くの人々が倒壊した家屋などの下敷きになり、避難できないまま火災に巻き込まれました。
この地震で発生した火災はおよそ290件、7000棟あまりの建物が全焼しました。
この大規模火災の最大の特徴は、次々といろいろな場所で起こった「同時多発火災」でした。
壊れた建物は出火しやすく、まちのいたる所で火の手が上がりました。渋滞に加えて道路はがれきで埋まっていたため、消防車はなかなか現場にたどり着けず、住民や消防団員たちが協力して消火にあたりましたが、断水でホースから思うように水が出ませんでした。

夜になっても続いた火災。収まったのは地震発生から3日後のことでした。

首都直下地震による火災の被害想定は
首都直下地震では、発災直後から大規模な火災が発生し、阪神・淡路大震災よりも多くの命が火災で奪われるのではないかと想定されています。
東京都が2022年5月に出した首都直下地震の被害想定では、冬の夕方、風速8メートルのもと、マグニチュード7.3の直下地震が発生した場合、東京都だけでも11万2000棟が焼失し、死者6148人のうち40パーセント以上の2482人が火災で亡くなると想定されています。

全壊焼失する建物数の想定では、ほとんどがビル化されている山手線の内側の都心部では火災が燃え広がらない一方、木造住宅密集地域が多い山手線の西側や東側のいわゆる下町と言われる区域は全壊焼失する想定が高くなっています。

■燃え広がらないまちへの取り組み
首都直下地震が起きたら避けられない火災への取り組みとして、東京都では燃え広がらないまちにするための対策が進んでいます。
「不燃化特区制度」は、木造住宅密集地域のうち、火災の危険性が特に高い市街地から重点的・集中的に改善を図る地域を指定して、不燃化を支援する取り組みです。
【詳しくはこちら】
東京都都市整備局「不燃化特区制度と特定整備路線の取組」
※NHKサイトを離れます
「特定整備路線」は、密集したまちの延焼をくい止めるために、道路整備とともに道路の両側の建物の不燃化を進めて、火災が広がるのを遮断する「延焼遮断帯」の形成を目指す取り組みです。

火災からの避難 タイミングと避難先が大事
首都直下地震が発生し、もしあなたの周りで火災が発生した場合、大切なのは早期避難です。
なるべく早い段階で最寄りの避難場所に逃げることです。
兵庫県立大学特任教授の室崎益輝(むろさき・よしてる)さんは、「同時多発火災」は通常の火災と同じように考えないでほしいといいます。
「火災があちこちで起きている状況を考えた時には、人間の速度は限りなく遅くなる」

地震の直後は火災が起きている場所が見えにくいため、どの方向に避難すべきかわかりません。
煙が上がっているのが遠くだからといって安心していてはいけません。すぐそばに立つ一見平穏な家も、室内では今、まさに炎が燃え広がろうとしているかもしれないのです。

避難が遅れれば遅れるほど状況は悪化していきます。このとき、避難を妨げるのは炎ばかりではありません。
木造住宅密集地域は、家の前の道が路地状態で大変狭くなっています。そこに家屋が全部倒れ込んでしまうと、逃げられなくなります。阪神・淡路大震災のときもそうでした。

最終的には、わずかに通れる道に全ての人が殺到し、大混乱になります。

そうした危険を避けるためにも、「指定された避難場所にできるだけ早く逃げる」ことが重要なのです。
一つの目安は、「およそ500メートル先に煙が2本以上見えたら避難開始のタイミング」です。

阪神・淡路大震災後に神戸市で行われたアンケートでは、「火災に気づいてもしばらく避難しなかった人」がおよそ70パーセントもいました。
東京都立大学・中林さんはこう警告します。
「人間は、まだ大丈夫だろう、そんなにひどくならないだろうと思い込む『正常性バイアス』を本能的に持っている。しかし、都市部で大きい地震が起きたら、必ず火災は発生するということを、日本に住む人全員が頭に入れておかないといけない」
では、実際にどこに避難したらいいのか?
ここで「避難所」と「避難場所」の違いを知っておきましょう。
「避難所」とは、自宅が災害で壊れて生活の場を失った被災者に、災害救助法に基づいて提供される生活施設のことです。小中学校の体育館や公民館などが一般的です。
「避難場所」とは、災害の差し迫る危機から命を守るために逃げ込む場所のことです。大きな公園や河川敷、大学のキャンパスや大規模団地なども指定されています。「緊急避難場所」とか「広域避難場所」とも言われます。
避難場所は、周りの市街地が燃えても、火災の輻射熱(ふくしゃねつ)から命を守ることのできる「安全スペース」が確保されている大規模な屋外空間です。

火災から命を守るためには、避難所ではなく、「避難場所」に避難をするのが原則です。
中林さんは次のように強く注意を促しています。
「よく『避難所へ避難すればいい』と思い込んでいる方がいますが、これはとても危ないことです。周りの市街地から火災が広がると、逃げ場を失ってそこで焼け死んでしまう危険性があります」
小中学校の運動場程度の広さでは、周りに燃え広がってきた火災の輻射熱(火災から放出される熱)によって、長時間熱い空気を吸うことになり、気管がやられてしまい危険です。そのために、もっと大きな空間が必要になるのです。
東京都では、地震火災からどのように避難すべきかを次のような図で説明しています。
①火災が発生し、煙が上がるのが見えるとき
→ 一人で避難できない人を支援して、避難場所へ避難します。
②まだ煙が見えない状況だが、強い揺れだったとき
→ 自治会や町内で決めてある「一時(いっとき)集合場所」へ行きます。
自分の避難場所や避難所を、自治体が発行する防災マップやホームページで確認しておきましょう。
電気による火災を防ぐ
地震による火災の大きな原因の一つは「電気」です。
阪神・淡路大震災では、火災の発生状況の6割が電気関係によるもので、東日本大震災でも電気関係が過半数を占めました。
電気が原因の火災とは、どのようにして起きるのか?
地震直後の状況を再現実験してみると…
地震でモノが散乱。干していた洗濯物が電気ストーブに触れると燃え始め、あっというまに大きな炎になりました。
停電から電気が復旧したときも、注意が必要です。例えば、家具の転倒などで傷ついた電気コードに電気が通ると、火花が出て火事になることがあります。
このように、停電した電気が復旧したときに起きる火災を「通電火災」と言います。
通電火災を防ぐためには、「安全が確認されるまではブレーカーを落とす」、「プラグをこまめに抜く」などが大切です。


また、家を留守にしているあいだに地震が起き、その後の通電による火災が発生してしまったら、近所にも大きな被害が及ぶことになります。
そうした事態を防ぐのに役立つのが「感震ブレーカー」です。一定以上の大きな揺れを感じると、電気を自動的に遮断する装置です。
内閣府は、感震ブレーカーの普及により、首都直下地震での火災の被害を、半分近くまで抑えることができるとしています。
感震ブレーカーには、ブレーカー自体にその機能がついている「分電盤タイプ」や、価格が比較的安い「コンセントで電気を切るタイプ」「おもりやバネをブレーカーのスイッチに取り付け、電気を切るタイプ」があります。
【電気による火災対策まとめ】
①大きな地震が起きたら、すみやかにスイッチを切り、コンセントからプラグを抜く。
②避難する場合はブレーカーを落とす。
③あらかじめ「感震ブレーカー」を設置しておくことが火災を防ぐのにとても有効。
犠牲者を減らす「初期消火」
首都直下地震による火災の犠牲者は最大で2500人と想定されています。
東京都によると、住民が対策を実行すれば800人にまで減らすことができるといいます。
電気関係による出火の防止に加えて、もう1つ重要な防火対策が「初期消火」です。
東京理科大学火災科学研究所教授の関澤愛(せきざわ・あい)さんは、阪神・淡路大震災後の聞き取り調査で次のような話を聞いたといいます。
「家の近くで出火した方が、バケツ一杯の水があれば消せる小さな火だったのに、断水して水がなかったために町全体に燃え広がってしまったと、本当に悔しそうでした。そういうときのためにも消火器は必須アイテムです」

初期消火の際に欠かせないのは、消火器です。ただ、いざというときにあなたはちゃんと使えますか?
【正しい消火器の使い方】
①消火器を炎の近くに運んだら、黄色い安全ピンを抜きます。
②ホースをはずし、火に向けてからレバーを握ります。
③消火剤は、炎ではなく、燃えている物そのものにかけます。ほうきで掃くように噴射します。
④まんべんなく消火剤をまいて、燃え広がるのを防ぎます。
室内での消火の場合、他にも大事なポイントがあります。
①地震が起きたら、まず身の安全の確保を最優先にする
もし、何かが燃えていたとしても、火が小さければ揺れがおさまってからでも十分に消すことができます。
②大声で火災を知らせて助けを求める
心理学的には声を出すことで、冷静さを保つ効果もあるそうです。
③初期消火を諦めるタイミングを知っておく
目安として、炎が「目の高さ」まで大きくなったら、消火を諦めてすぐに避難しましょう!

「火災の変化は非常に劇的で、天井に火がついてからものすごく早くなります。炎が天井に届くようになってから数分で火の海になるので、その前に潔く逃げることが大事です」(関澤さん)

初期消火の3原則は「知らせる」「消火する」「逃げる」です。
火災が発生したら、まず周りに知らせてから消火活動を行い、難しいと判断したらすぐに避難をして身を守りましょう。
最後に、東京都立大学の中林さんは火災対策の基本をこうまとめました。
「火災対策は、消防が来て火を消すことではなくて、一人一人が火を出さない取り組みをするのが基本です。一人一人が防災をすることで、揺れによる被害と同時に火災の被害も減らせ、地震の後の同時多発火災の“多発”が“少数”になります」