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“備えない防災”「フェーズフリー」 日常のものが災害時にも使える!?

「防災が大事なのは知っているけど、いまひとつ前向きになれない…」そんな皆さんに知っていただきたいのが、 “災害のためだけに備えない防災” = 「フェーズフリー」という考え方です。日常的に活用できるものが、実は防災にも役立つ!という発想で、今さまざまな製品や施設などが生まれています。フェーズフリーの考え方や取り組みを紹介します。

この記事は、明日をまもるナビ「備えない防災 フェーズフリーって何?」(2022年12月11日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。

これだけは知っておきたい、フェーズフリーのさまざまな取り組み
▼食料品のローリングストックや、アウトドアグッズもフェーズフリーのひとつ。
▼「道の駅」でフェーズフリーの考え方による防災拠点化が進んでいる。
▼災害時に主体的に判断できる子どもを育てるためにフェーズフリーを教育に取り入れる自治体が出てきている。


「フェーズフリー」ってなに?

近年注目されている防災の考え方「フェーズフリー」。フェーズとは「日常時と非常時の区切り」、フリーは「なくす」という意味です。

いつもの暮らし(日常時)と災害が起きたとき(非常時)を分けるのをやめて、日常で使うものを災害時にも役立てようというものです。

その代表例が、明日をまもるナビでもたびたび紹介している「ローリングストック」。ふだん食べている食べ物や飲み物を少し多めに買っておいて、古いものから順に消費しながら、一定量を備蓄していく方法です。

また登山やキャンプに使うアウトドアグッズも、電気やガスが使えない場所で過ごすための道具として、フェーズフリーといえます。

民間の調査では、およそ4割の家庭が「自然災害に対し、何も備えていない」という結果があります。

災害の備えに関する全国調査(損害保険ジャパン株式会社調べ)

山梨大学地域防災・マネジメント研究センター准教授の秦康範(はだ・やすのり)さんは、「特別な備えではなく、ふだん使っているものがそのまま災害の時にも役立つようにデザインしておくことです」と、フェーズフリーの必要性を説きます。

山梨大学地域防災・マネジメント研究センター准教授 秦康範さん

【参考】
ローリングストックを無理せず続けるコツ
(明日をまもるナビ 2022年10月19日公開)


新発想!フェーズフリーな施設

▼活用されなかった備えを教訓に

2019年、台風15号の強風によって電柱や送電用の鉄塔が倒壊し、64万戸が停電した千葉県。復旧までの間、住民は電気のない生活を強いられました。

後日、千葉県が災害用に備蓄していた発電機250台の半数以上が、倉庫に眠ったまま活用されなかったことが判明しました。発電機は、各市町村の要請で貸し出される想定でしたが、その存在が自治体に認知されていなかったのです。(現在は対策が取られています)

倉庫に積まれた発電機

2022年9月の台風15号では、静岡市で観測史上最多の豪雨となり、清水区でおよそ6万3000世帯が断水しました。完全復旧までおよそ2週間を要し、給水車での配給でしのぎましたが、後日、災害用貯水槽が1基使われなかったことが判明しました。住民にその存在が知られていなかったのです。

断水を給水車の配給でしのぐ住民

このように、災害のために備えた装備や施設も、その存在を把握していないと、非常時に使用できないことがどこでも起こり得ます。

▼「道の駅」の商品が災害時の食料に

ふだんから装備や施設の存在を把握するためにはどうしたらいいのでしょうか?そのヒントになるのが、徳島県鳴門市にある道の駅「くるくるなると」です。

2022年4月にオープンした鳴門市の道の駅「くるくるなると」

2022年4月のオープン以来、地域の特産品や新鮮な魚が味わえる場所として多くの客でにぎわっている、この道の駅。ここにある商品は、非常時には避難者のために食料として提供されることになっています。

非常用として倉庫などに備蓄した食料は、賞味期限が切れるたびに入れ替える必要があり、廃棄になることもあります。

そこで、この施設ではフェーズフリーの考えを取り入れ、“生鮮食品以外はあえて在庫を多めに抱える”ことで、災害時には売り場にある食品で避難者の食事をまかなう工夫がされています。

「くるくるなると」売り場の写真

日常の売り場が、およそ1000人が3日間避難生活を送れるだけの食料を備蓄している形になっています。

▼「道の駅」避難スペースを日常から魅力的な場所に

道の駅の「屋上広場」も、フェーズフリーの発想で作られていて、災害時には津波からの避難スペースになります。

屋上広場の写真

南海トラフ巨大地震が起きた場合、海岸からおよそ6キロ離れたこの道の駅では、約3メートルの浸水被害が想定されています。

南海トラフ地震での鳴門市の津波想定浸水域
南海トラフ地震での鳴門市の津波想定浸水域

①日常と災害時を考えたデザイン
屋上広場は、24時間、施設の営業時間外でも入ることが可能になっています。また、広場に上がるルートは、そり遊びができる芝生の坂になっていて、災害時には避難スペースまで車で上がってこられるように設計されています。

②多くの人が集まる仕掛け
鳴門の特産物やオブジェ、一風変わったデザインの遊具を置くことで、遊び場としての利用はもちろん、撮影スポットとしても日常的に人々がここに来てもらうことを想定したといいます。災害時には避難場所となる広場を、日常から魅力ある施設にすることで、地域の住民にもこの場所に避難すればいいと知ってもらうことに繋がっています。

いろいろなデザインの遊具

2011年の東日本大震災のときにも、広い駐車場があり、水や食べ物も得られ、トイレもある道の駅が役立ち、その存在が見直されました。いま、全国の道の駅で防災機能の整備が進められています。

道の駅 無料で利用できる駐車場、トイレを有し食料や道路情報が入手できる


企業が取り組むフェーズフリーのホテル

千葉県富津市の国道沿いの敷地にあるこの建物。カラオケボックスではありません。実は、自動車で移動する人のためのビジネスホテルです。

コンテナ風の部屋が並ぶビジネスホテル

料金は1泊5600円から。部屋にはデスクや冷蔵庫、ユニットバスなどが完備され、一般的なビジネスホテルと変わりません。

ホテルの室内

このホテル、通常はビジネスホテルとして運営されていますが、災害など有事の際には、被災地に移動して、避難所や臨時の医療施設として活用できます。

建物の下にタイヤがついていて、トラックに連結して部屋ごと移動させることができます。港などで見かけるコンテナと同じ規格でできた、輸送可能な建物となっています。

タイヤがついた建物

ホテルの運営企業は、もともと建築用コンテナモジュールを開発・製造し、トランクルームの運営をしていました。

東日本大震災の際には、備蓄倉庫を寄付しに被災地へ向かいましたが、そこで見たのは、被災者のプライベートが全くない避難所生活でした。そこで急いでコンテナを使った臨時宿泊施設を開発し、提供しました。

震災被災地に建てられたコンテナを使った臨時宿泊施設

このノウハウを生かして、自然災害時の仮設住宅への利用を想定したコンテナホテルの運用を開始し、現在全国60か所に展開しています。

また、非常時には宿泊施設だけでなく、臨時の医療施設としても運用可能となっています。2020年以降、新型コロナウイルスの対応に当たった医療関係者の休憩室やPCR検査の施設として、自治体に貸し出されました。

臨時の医療施設として運用されたコンテナホテル

ホテルのコインランドリー室もこのまま移動し、被災地に届けて使ってもらうことが可能です。

コンテナホテルのコインランドリー室

この企業は、災害が発生した時にコンテナホテルを優先的に提供する「災害協定」を全国108の自治体と結んでいます。
「まさに仮設住宅がストックされるという意味で、フェーズフリーの考え方が実践されていると言っていいと思います」(秦さん)


フェーズフリーを取り入れた防災グッズ

フェーズフリーの考え方を取り入れたグッズが次々と作られています。その一部を紹介します。

▼目盛りがついた紙コップ

避難する時に計量カップを持っていくことは困難。薬を飲む時や、赤ちゃんのミルクを作るときなどに使えます。

紙コップの写真

▼ふせん

強力な糊が付いたふせんは、屋外での安否確認や情報共有に役立ちます。

ふせんの写真

▼ボールペン

強い圧縮空気の圧力でインクが出るので、上向きでも、水に濡れていても書けます。

ボールペンの写真

▼シガーソケット充電器

USBで充電ができる他、2つの災害時に使える機能があります。
(拡大します)
①先端の突起が脱出用ハンマーになり、ガラスを割ることができる
②シートベルトカッターがついている

シガーソケットの写真

▼リュックサック

バックルに笛がついていて、緊急時に遠くへ届く音を出せます。

リュックサックの写真

▼エコバッグ

内側が撥水(はっすい)加工されていて、そのままバケツとして利用できます。

エコバッグの写真

▼災害時の風呂敷の使い方

おしゃれなアイテムとして最近注目の風呂敷は、災害時にも役に立ちます。

① 財布など貴重品をくるんで、腰に結びつけてウエストポーチの代わりに。
② ほこりが舞う中では、頭や口元を覆う頭巾として。
③ 端を首の後ろで結んで、赤ちゃんの抱っこ紐の代わりに。
④ 避難所では椅子の背などに結びつけて仕切りに。
⑤ 床の冷たさを和らげる敷物にも。

風呂敷の使い方の説明写真

畳めばかさばらず軽いので、ふだんから持ち歩けばいざという時に便利です。

【ナビ動画】
防災の知恵「#28 災害時に使える!風呂敷」


フェーズフリーな授業とは?

学校教育でもフェーズフリーの視点が盛り込まれている事例があります。

鳴門市の撫養(むや)小学校の国語の授業では、複合語を学ぶ中で、防災用語がさりげなく盛り込まれています。
「巨大と地震で、巨大地震」
「非常持ち出し品って、“非常”と“持つ”と“出す”と“品”」

複合語の学習に防災用語を盛り込む

体育の授業では、平均台の上に赤い玉を障害物として置き、避けて歩く練習が行われています。

「みんな、地面に地震で揺れて危ないものが落ちていたら、それ踏んでしまったらどうなる?」(教師)
「ダメ~、足に刺さって血が出てくる」「ケガするかもしれんな」(児童)

平均台を使った体育の授業

算数の授業では、津波について取り上げました。ダチョウやキリンが走る早さと、津波の速さを比較します。

「津波は1分間で600メートル進みます。どのくらいの速さなんだろう?ダチョウと同じくらい?いや、キリンより遅いのかな?」(教師)

津波の速さを学ぶ算数の授業

子どもたちに計算をさせてみると…
「津波は1秒間あたり10メートル進みます。50メートルだと5秒で、私たちより、だいぶ速いと思いました」(児童)

計算の結果を発表する児童

ふだんの授業の中で、“津波が来てから走って逃げるのでは間に合わない”、という気づきが生まれました。

「この授業を受けている子どもたちは5年生で、自分が50メートルを何秒で走れるかを知っているのがポイント。だから体感で理解することができるんです」(秦さん)

現在、鳴門市では、南海トラフ地震に備え、市内全ての幼稚園と小中学校で、こうしたフェーズフリーの導入を進めています。

この取り組みを始めた元鳴門市教育委員会の古林賢一(こばやし・けんいち)さんは、今後フェーズフリーを取り入れた学習を進めることで、災害時に主体的に判断できる子どもを育てたいと考えています。

「地震に見舞われた際に、積み重ねてきた防災に関するスキルがパッと子どもたちの中でひらめいて、命を落とすことがないような行動を取ることにつながればいいと思っています」(古林さん)

授業を見守る古林さん

▼体感してみよう!フェーズフリー授業

リュックサックと水のペットボトルの写真

算数と防災を組み合わせたフェーズフリーな授業をあなたも体験してみましょう。

① リュックサックと水のペットボトル(500ミリリットル)があります。
② ひとりが1日に必要とする水の量は2リットルです。ひとり分の水を備えるには、ペットボトルは何本必要ですか?その重さはどれくらいになりますか?
③ 正解の本数をリュックに入れて背負ってみて、重さを確かめてみましょう。
④ 次に家族が4人いるとします。必要な本数は何本になりますか?重さはどうなりますか?
⑤ 必要な本数のペットボトルを全てリュックに入れて背負ってみましょう。
⑥ いざというときに、必要な分の水を入れたリュックを担いでどのくらいの距離を避難できるか考えてみましょう。

「数や計算のことを学びながら、いざという時に自分がどれくらいの重さを背負えるのか、どれくらいが限界なのかを同時に学べます」(秦さん)

秦さんが最後にフェーズフリーへの期待をこうまとめました。
「“フェーズフリー”の施設や商品、サービスがどんどん広がっていくと、日常生活も豊かになるし、災害への備えにもつながります。そんな社会を実現していくためにも、このフェーズフリーの考え方をぜひ実践していただきたい」

山梨大学地域防災・マネジメント研究センター准教授 秦康範さん