この記事は、明日をまもるナビ「デジタルが変える!防災の未来」(2022年10月30日 NHK総合テレビ放送)の内容をもとに制作しています。
これだけは知っておきたい、デジタル防災のいま
▼現実にある建築物や自然地形などをデジタル空間の中にいわば双子のように再現し、様々なシミュレーションを行ったり、その結果を現実の変革につなげる「デジタルツイン」の取り組みが進んでいる。
▼デジタルツインの活用により、未来を予測し、現実世界で先手を打つ「フィードフォワード」が注目されている。
▼防災の無人化に貢献する最先端のドローンやロボットがつぎつぎと開発され、消防現場などで導入が進んでいる。
現実空間を再現する「デジタルツイン」
人工知能AIをはじめとしたIT技術やロボット技術を駆使して、災害の把握や予測に活用しようという、「防災のデジタル化」。
防災科学技術研究所の臼田裕一郎さん(防災科学技術研究所・総合防災情報センター長)がいま取り組んでいるのが「デジタルツイン」です。
デジタルツインとは、現実にある建築物や街、自然の地形などをデジタル空間上で“ツイン”つまり“双子”のように再現するものです。
①現実の街の姿をデジタル空間の中に再現します。CGのような見た目だけでなく、マンションの居住人数や家族構成、建物の構造や耐震化の状況、時間帯による交通量、工場のCO2の排出量など、さまざまなデータを取り込みます。
②街が再現することで、いろいろなシミュレーションを行うことができます。例えば、工場から煙を排出したときに、風速などによって、二酸化炭素がどの程度公園まで来るのかを計算できます。
③シミュレーションの結果により、現実の「変革」ができるようになります。
工場の例でいうと、現実の排出量をどう規制して変えていくかを決めるなど、対策を考えることができます。
デジタルツインに取り組む静岡県
このデジタルツインを災害の現場で役立てている自治体を取材しました。
静岡県版デジタルツイン「バーチャル静岡」は、6年前から静岡県未来まちづくり室が取り組みを進めてきました。

県内の建造物や自然地形などをレーザー光で測量し、デジタルデータを収集します。これまでに、静岡県の総面積の86%にあたる6700平方キロメートルをデジタル空間として再現してきました。
デジタル化された建物や自然の地形は、小さな点の集合体で構成されています。この点のひとつひとつに、緯度や経度、高さの情報などが含まれています。そのことで、地形の高低差や体積などを瞬時に計算することが可能となるのです。
さらに、デジタル空間上では、山から樹木を取り除くなど、引いたり足したりするシミュレーションも簡単に行うことが出来ます。
このデジタルツインが実際に活用されたのが、2021年7月3日に静岡県熱海市で発生した土石流です。
この災害では、当初、どれだけの土砂が流出したのかわかりませんでした。救助活動は、再び土砂が崩れる恐れがあるなかで行われていて、二次災害を防ぐために、崩れた地形の詳細な把握が急がれていました。
そこで注目されたのが、デジタルツインです。
「あれだけの被害だったので、データをためてきたものが役に立つというか、役立たせないといけないとまず思いました」(静岡県未来まちづくり室 杉本直也さん)
災害発生から2時間後。まず未来まちづくり室は、より詳しい土石流の分析のため、地質学や測量の専門家たちの力を借りようとSNSで呼びかけました。集まったのは大学の研究者や企業の技術者12人。有志による「サポートチーム」が結成されました。
サポートチームは、さっそくデジタルツインのデータを活用し、斜面の分析に取り掛かりました。
注目したのは、国土交通省が2009年に調査目的で取っていた測量データでした。このデータを、静岡県が2019年に測量したデータと比較すると、10年の間に土地の高さが増していることがわかりました。
計算した結果、盛り土の量は50メートルプール20杯分にあたる、およそ5万立方メートルにのぼると推定されました。
災害翌日の朝。サポートチームは、救助活動が続く中、二次災害を防ぐため、崩れる可能性のある盛り土がどれだけ残っているのか、更なる分析を開始しました。
被災前と被災後の地形の変化を比較したところ、残っている盛り土の量はおよそ2万立方メートルにのぼることが判明しました。
サポートチームが分析した残った盛り土周辺へ、静岡県はセンサーを設置。崩れる兆候を感知したら、作業員に警報で知らせるようにしたのです。

本来、現地での測量や分析を重ねると2か月はかかるとされた作業でしたが、デジタルツインのデータを使うことで、5日で終えることができました。
未来を予測し、先手を打つ「フィードフォワード」
静岡県の事例では、災害後の分析で活用されたデジタルツイン。今後は、事前に災害を防ぐ手段としての可能性を模索したいと関係者は考えています。
それが「フィードフォワード」。未来を予測し、先手を打つという「攻めの防災」です。
デジタルツインは、「フィードフォワード」の考え方によって、他にもさまざまところで活用されています。
東京の高層ビルで火災が発生したらどうなるか。どこに避難する人びとが滞るのか、人の流れをシミュレーションするシステムがあります。

また、デジタルツインによって、降雨予報に基づいて、各都道府県でどのくらいの被災者が出るのかを推定し、自治体の職員1人がカバーする被災者数を予測。これにより自衛隊や医療従事者などの支援の規模を事前に把握し、災害対策で先手を打つことが可能になります。

ここまで来た!防災の無人化
防災の無人化に貢献する最先端のドローンやロボットがつぎつぎと開発されています。そのいくつかをご紹介します。
●自動で飛行する災害用ドローン
撮影した映像からAIが救助すべき人を発見。専用のゴーグルを身に付けると、助けを求める人がいる方向に画像が表示されます。
複数の救助隊員で捜索する時にリアルタイムで情報が共有できるため、活用が期待されています。
●物資を輸送するドローン
重さ20キロのものまで運ぶことが可能で、地上の的をめがけて荷物を空から降ろします。災害で孤立した集落に衛星電話などの救援物資を届けることを目指しています。
●消防用ロボット
消防署でも無人型ロボットの導入が進んでいます。その名も「スクラムフォース」。3種類のロボットが連携して消防活動を行います。
大規模な火災が発生するとまず、上空からドローン型ロボット、地上から偵察ロボットが消火の必要な場所を判断。その情報をもとに、指令システムで放水の向きや角度を計算します。
そして、放水ロボットが現場に向かい、水を発射! 500度の熱にも耐えられるため、火元に接近した消火活動を期待されています。

「こういうものがどんどん進化していけば隊員も安全になると思うし、災害も初期の段階で対応できる」(市原市消防局 佐藤司典さん)
ドローンは全国の消防本部の半数ですでに導入されています。照明をつけたり、電波を出して通信の確保を行う機能を持つものもあります。
●犬型の四足歩行ロボット
人が近づくことができない災害現場など、危険な場所での探索が期待されています。平常時は建設現場やトンネル工事などで、デジタルツインのための測量データを撮ることができます。
アメリカのメーカーとこのロボットを共同開発した企業の春岡裕史さんに特長をうかがいました。
【特長】
①ロボット本体に4方向にカメラが付いています。これで障害物を察知し、よけて歩いていくことができます。
②4本脚で前後左右に動くことが可能。歩幅も自由に変えられ、障害物を乗り越えられます。
③厳しい災害現場で倒されても、バランスをとって元の位置に戻ることができます。

カメラの映像データを遠隔からリアルタイムに見ることができ、人が行けない場所の被災状況や、被災者の有無をモニターすることができます。マイクで、救助を求めている人の声も聞き取ることもできます。

臼田さんは国のISUT(災害時情報集約支援チーム)のメンバーとして現地災害対策本部に入り、いろいろな情報に基づく意思決定支援を行っています。「こういうロボットが、人では入れない危険なところで活躍したり、人手不足を解消してくれたりして、災害現場の情報が分かることで、意思決定が正確に早くできます」と、期待しています。

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