放送内容

東北のたたかいは、まだ終わらない

2020年2月2日(日)

様々な分野のスペシャリストが講師となって、集まった若者(塾生)とともに被災地の復興を考える「未来塾」。今回は、社会人になった元・塾生が被災地の復興に取り組む姿を追います。
津波に流された仙台市荒浜地区に新規就農し、かつて存在した豊かな地域コミュニティーの再生に取り組む平松希望さん。東京の旅行会社で働きながら、被災地と他の地域の人を結びつけることで被災地の水産業を再興しようとする弘田光聖さん。福島の地方新聞社で台風19号の爪あとを取材するなかで、被災者に寄り添いたいという思いと、事実を伝える記者としての立場との葛藤に悩む緑川沙智さん。3人の思いや悩みを通して、まもなく震災から9年を迎える被災地の課題を探っていきます。

1人目の元塾生は、仙台市荒浜で農業を行う平松希望さん。この地で農業を始めて3年になります。富山県出身の彼女が荒浜に来るきっかけとなったのは9年前の震災でした。3月11日、仙台の大学に入学の手続きに来ていた時に震災に遭遇。その体験から、大学時代にがれき撤去のボランティアに参加するなかで、荒浜と出会いました。震災で多くの農家が離農するなか、それでも農業を続けようとする人たちの姿に、地域の再生の可能性を感じた平松さん。さらに大学3年で参加した未来塾で被災地での農業のあり方を学び、農家となることを決意します。がれきだらけの土地を整備し、工夫を重ね、今では15種類の野菜を作る専業農家に成長しました。しかし、平松さんが目指すのは、あくまで荒浜の地域コミュニティの復活です。そんな彼女に朗報が届きます。荒浜の津波跡地を活性化しようという仙台市の事業への応募が認められ、新たな農地を借り受けられるようになったのです。平松さんは、新しい地域コミュニティの創生に向けて動き始めます。

弘田光聖さんは5年前の未来塾参加を経て、現在は旅行ツアーを通して、被災地とそれ以外の地域の人々を結びつける仕事をしています。今回弘田さんは、水産加工業が抱える課題に向き合うというテーマで、宮城県石巻市へのツアーを担当することになりました。震災から9年、石巻では水産加工会社が再建を果たしていますが、漁獲量の低迷のため思うように工場が稼働できず、借金に悩まされていました。弘田さんはそんな現状に変化をもたらすツアーを考えようと現地に打合せにいきますが、待っていたのは「正直期待していない」という厳しい意見でした。それでも、ツアー参加者のなかに様々な業種の人たちがいることに注目し、可能性を模索し続けます。迎えたツアー当日。石巻の水産加工業とコラボして何かできないかと真剣に考える参加者たちの姿勢に、当初は期待していないと言っていた現地の人も、積極的なアイデアを出し始めます。今回、具体的なプランはまとまらなかったものの、今後一緒に考えていく関係を持ち続けようということになりました。弘田さんは今回の結果に満足することなく、今後への決意を語りました。

3人目は福島の地方新聞社で記者として働いている緑川沙智さん。現在はいわき支社に配属されています。震災で大きな被害を受けたいわき市は、昨年10月、台風19号で9人が犠牲になるなど大きな被害を受けました。それから2か月が過ぎていた番組の撮影時、彼女の取材の中心は依然として台風の被害に関することでした。延期されていた市内の保育園のお遊戯会、市民の手工芸品を集めた展覧会、被災者のための炊き出し、さらに過疎地域でのクリスマスコンサートと、半日で4件の取材をこなします。なかでも炊き出しの取材では、台風被害の深刻さを改めて目の当たりにすることになりました。そこで緑川さんは、取材した住民の一人から、自宅が被災した人への引っ越しの補助金制度についての疑問を聞きます。しかし与えられた文字数はわずか250。限られた字数で何を伝えればいいのか、緑川さんは悩みます。結局、住民から聞いた補助金制度についての話は記事に盛り込みませんでした。「自分の仕事はなんの役に立っているのだろう」、緑川さんは悩み続けます。

緑川さんは、自分が参加した未来塾の講師、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんに会うことにしました。悩める緑川さんに安田さんは、「葛藤を抱え続けることから逃げてはいけない」と語ります。安田さん緑川さんに、震災直後から撮影を続けてきた女の子の写真を見せます。「しんどくて悲しい部分もあるけど、それを上回る喜びややりがいも見つかるはず。」という安田さんの言葉に、緑川さんは、単純ではない現実に真摯に向き合うことが「伝える」という仕事の原点なのだということを改めて心に刻みます。

ナレーション 吉本実憂のつぶやき

3人の元塾生が、それぞれが「未来塾」で学んだことを、それぞれが選んだ仕事の中で生かし、活躍してくれているのが、とてもうれしかったです。私が未来塾のナレーションを始めたのは10代でした。いま23歳になって改めて講師たちの言葉を聞くと、より深く理解できるところがあります。塾生だった3人も、いまだからわかることがあるのだと思います。 同時に「震災からもう9年が経とうとしているんだ」と思いました。この9年の間に、日本各地で次々と自然災害が起こりました。新聞記者の緑川さんが「この仕事役に立っているのかな?」と葛藤していましたが、私も同じようなことを考えることがあります。でも、たとえ一人だったとしても、誰かが動くことで何かが変わると信じたいです。緑川さんとは仕事は違いますが、同じ「伝える」側として「自分に何ができるか」を考え続けていきたいです。

番組応援団長 サンドウィッチマン 今回の一言

【伊達】「何ができるか問い続けなきゃいけない」。今回紹介した3人全員の気持ちなんじゃないかと思いましたね。富澤はどう思った?今回3人の若者みてきましたけど。
【富澤】やっぱり、まだ被災地たくさんの課題があるんだね。
【伊達】うん、記憶が薄れているとか、言っている場合ではないね。

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