ギター工房代表 梶屋陽介 建具職人

南相馬市の染職人 西内清実さん

梶屋陽介さん中村多一さん
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野馬追バカの旗づくり~南相馬 染職人~
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〜宮城 女川〜
エレキギターがつなぐ千年の技 〜岩手 陸前高田〜
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1分版エレキギターがつなぐ千年の技
〜岩手 陸前高田〜

唯一無二のエレキギターを作る

唯一無二のエレキギターを作る
大震災以来、新しい街づくりが進む宮城県女川町。2014年、梶屋陽介はここに大きな夢を抱いて東京から移住した。大きな夢とは、世界に通用する“唯一無二のエレキギター”を作ることだ。

種子島出身の梶屋は、東京の大学を卒業後、お茶の水にある楽器店の営業マンとして働いていた。楽器販売の激戦区といえるお茶の水で、ギターを月に100本以上売り上げたことがあるほどのやり手だった。そんな梶屋が女川町に移住を決めたきっかけは、東日本大震災。メーカーと連携して、子どもたちに楽器を無償提供するボランティア活動をするうちに、梶屋は、違う形で持続的に東北の復興に貢献したいと考えるようになった。そして、梶屋のエレキギター製造販売事業案を応援してくれた女川町で起業したのだ。
気仙大工の技で協力している中村多一(左)”
気仙大工の技で協力している中村多一(左)
東北の素材と技で誕生したエレキギター
東北の素材と技で誕生したエレキギター
時代の流れをくみ、目指したのは低く重厚でクリアな音。すると、東北の素材にたどり着いた。それは、岩手県釜石市で開発された新合金。強度が高く、弦の振動が失われにくい特徴を持つこの合金を、弦を留めるテイルピースに採用した。さらに梶屋は、音の伝わりを最大限に引き出す方法を模索するうち、ギターのネックとボディを、釘やネジを使わずに木と木の組み合わせだけで結合できないかと考えた。そして2015年、実現すれば世界初となるこの挑戦に、強力な助っ人が現れた。それは、岩手県陸前高田市の建具職人・中村多一。中村は、気仙地方の宮大工集団である「気仙大工」の系譜を継ぐ木工の達人だ。中村の尽力あって、梶屋の夢のギターは1年半がかりで完成。東北で生まれた“唯一無二”のギターで、梶屋は世界を目指す。

職人は頼まれれば できないとは言わない

唯一無二のエレキギターを作る
岩手県陸前高田市の建具職人・中村多一には、楽しみにしていることがある。それは、月に1度お隣の宮城県女川町へ出向き、若い職人に気仙大工の木工技術を教えることだ。津波で自宅と工房を流された中村は、自身も津波に飲まれ九死に一生を得た。中村は、震災後、「後世に技術を残したい」と強く思うようになったという。
木だけで繊細な模様を生み出す組子細工
木だけで繊細な模様を生み出す組子細工
組子細工で作った行灯
組子細工で作った行灯
中村は、昭和50年、中学卒業後に木工所に弟子入り。そこで、釘を使わずに木と木だけを組み合わせ、繊細な幾何学模様で装飾を作る組子細工を学んだ。組子細工の最も古いものは奈良の法隆寺に見られるというから、実に1300年も続いてきた伝統の技だ。中村は、古い建築物の装飾などを見て研究を重ね、技を研さん。20年前、全国規模の技能グランプリ「建具部門」で優勝。2016年には、岩手県の卓越技能者に表彰された。

そんな中村が東京から女川町に移住した梶屋陽介と出会ったのは2015年のこと。梶屋は中村に、釘やネジを使わずにネックとボディを結合して世界初の「エレキギター」を作りたいと相談。「どんなに難しくても、職人は頼まれると、出来ないとは言わない」と語る中村は、その夢を応援しようと決めた。そして1年半後、夢のギターは完成。新たな形で伝統技術の継承が進んでいる。
梶屋陽介さん中村多一さん
宮城県牡鹿郡女川町
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