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2020年11月20日 (金)

岐路に立つ災害ボランティア~"市民の善意"からの脱却~

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NPO法人のリーダーである中島武志さんは、東日本大震災以来10年間にわたり各地の被災地をボランティアとして転戦してきた災害支援のプロ。今年7月、各地に甚大な被害をもたらした豪雨災害では、熊本県の被災地に入り、車で寝泊まりしながら支援活動を続けました。

各地で災害が起きる中で、中島さんたち支援団体の多くは、運営の難しさに直面しています。活動資金の多くは支援金や寄付金ですが、活動を続けるために生活費を切り詰めたり、自らの貯金を取り崩したりすることも珍しくありません。

専門家は、問題の背景には70年前から変わらない日本の支援制度があると指摘。政府・行政が、支援団体を信頼して公的に活動を任せるべきだと言います。長年、市民の善意に支えられてきた日本の災害支援。人々の命と生活を守るために、今、何が求められているのでしょうか?岐路に立つ、災害支援の現場から報告します。

※この記事は、番組「岐路に立つ災害ボランティア ~“市民の善意”からの脱却~」(2020104日 NHK総合テレビ放送)をもとに作成したものです。

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岐路に立つ災害ボランティア
~“市民の善意”からの脱却~

■台風から1年:今も続く鴨川での支援
■ボランティアに目覚め災害支援のプロへ
■活動資金の確保と行政との連携の難しさ
■必要なのはボランティア活動を支える社会構造
追い詰められる災害支援の現場
■行政との連携を目指す
 ▶70年以上変わらない「災害救助法」
 ▶国内の先進事例「ワン・ナガノ」
 ▶ついに実現!鴨川市との「災害協定」

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■台風から1年:今も続く鴨川での支援

千葉県南部にある鴨川市では、1年前の台風でおよそ2000軒の住宅が被害を受け、そのうち約5割は、いまだに修理待ちの状態が続いています。

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中島武志さんが代表を務めるNPO法人「災害救援レスキューアシスト」(本部:大阪・茨木)は、台風災害の発生直後から鴨川市に拠点を置いて支援を続けています。主な活動は、専従のスタッフ6人と地元のボランティアとともに、被災した屋根にブルーシートを張ること。中島さんたちボランティアによる応急処置を経て、無事に工事までたどり着けた人も多くいます。

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中島さんは、社会福祉協議会と協力し、被災家屋700軒の被害状況と支援の必要性について聞き取り調査を実施。中でも特に被害が大きかった100軒を分析したところ、6割以上が業者と連絡が取れない、もしくは経済的な理由で修理ができていないことが明らかになりました。

中島さん
「工事にも頼めないし自分でもシートが張れないという人を見つけ出さないといけない。そういった方を放っておくと命の危険もあり得る。」

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そこで、中島さんは定期的に住民向けの講習会を開き、自分たちで地域を守る必要性と具体的なノウハウを伝え続けています。講習で中島さんの活動を知った鴨川市民の中から、災害支援チームも立ち上がりました。メンバーの多くはボランティア活動が初めての人ばかりです。

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小山さん(参加者)
「ここに住んでる子どもたちが、みんなで助け合うのが当たり前だよって、そういう文化みたいなのが湧いてくればいいなと切に思います。」

 

■ボランティアに目覚め
 災害支援のプロへ

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大阪府出身の中島さんがボランティアを始めたきっかけは、東日本大震災。被災地の実態をテレビで知り、居ても立ってもいられず現地に向かったといいます。

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その後、がれきの撤去から現場のコーディネートまでさまざまな経験を積んだ中島さんは、2016年にNPOを設立しました。その直後に発生した熊本地震では、かつて建築現場で働いた経験を生かして家屋にブルーシートを張る技術を習得。高度な技術をもつ災害ボランティアのプロとして、人々の生活再建を支えました。

2018年、中島さんの地元・大阪で起きた直下型の地で、5万棟を超える住宅被害が発生した時も、すぐにブルーシートを張る支援を開始。その数は1000件以上にのぼりました。

 

■活動資金の確保と
 行政との連携の難しさ

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この活動を支えたのが「茨木ベース」という拠点です。使われていない幼稚園を茨木市が無償で提供したもので、寝る場所や浴室もあり、光熱費も無料。各地から応援に駆けつけたボランティアも利用できる施設でした。

NPONGOなど、災害支援を続ける団体にとって運営資金の確保は大きな課題です。資金の大半は個人や企業からの寄付金や支援金で、そこからスタッフの人件費などを捻出すると、中島さん自身の給料は月20万円ほど。ガソリン代などに自腹を切ることも少なくないといいます。

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中島さん
「本当に困っている人は最後まで声を出せなくて、熊本なんか2年経ってやっと声をあげてくれた人たちがいます。自分は誰にも助けてもらえないと思う人を減らすために、せめて大阪北部だけでも僕たちが何とか力になれれば…。」

中島さんは、行政と連携しながら、「茨木ベース」を市の防災拠点として育てたいと考えるようになっていきました。しかし去年3月、市は茨木ベースを閉鎖。理由の1つに挙げられたのは、中島さんの支援活動が評判を呼び大阪府全体からも依頼が舞い込むようになったため、市の税金をほかの自治体のために使うのは難しいという茨木市の判断でした。

こうしたボランティアや支援団体をめぐる厳しい現実は、決して珍しくありません。

 

■必要なのはボランティア活動を支える社会構造

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NPONGOの就労について研究している小野晶子さんの調査では、日本にNPO法人はおよそ5万あり、その労働市場の規模は携帯電話などの通信事業に匹敵するといいます。しかし、正規職員の年収は平均260万円ほどしかなく、中でも災害支援を専門にする団体は財政基盤がぜい弱。小野さんは、東日本大震災の調査では、資金不足で活動が立ち行かなくなったところも多かったと指摘します。

労働政策研究・研修機構 副統括研究員 小野晶子さん
「ボランティアをされている方は、自分の善意で身銭を切って働かれているので、その方たちが将来的に損をしない社会構造が必要です。ヨーロッパでは、災害が起きると巨大なNPONGOが災害現場に駆けつけ、そこに登録されているボランティアたちが集まってきます。自費ではなく、交通費、保障、有給休暇などの福利厚生面があるうえでボランティアがあり、これは国の制度です。」

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日本と同じ地震大国であるイタリアの場合、災害支援活動に対する有給休暇は年間90日まで認められ、平時に行うボランティアの研修も、ほとんどが公費でまかなわれています。

小野さん
「国や行政、あるいは政治に関わる人たちには、個人の善意に頼るのではなく、その人々の思いや団体の思いをくみ取って、大きな活動になるようなシステムを作ってほしいです。」

 

■追い詰められる災害支援の現場

今年、新型コロナウイルスの脅威のさなかで、西日本から東北地方の広い範囲で豪雨災害が発生。住宅被害は全国で1万8千棟に及びました。感染拡大を防ぐため、各地のボランティアセンターの受付は「県内の在住者」に限定され、長年活動してきた支援団体も被災地に入るのが困難な状況になったのです。

レスキューアシスト熊本の代表・吉住健一さんは、熊本県八代市で地元の高校生たちの協力も得ながら復旧作業を進めました。しかし、ボランティアの確保が難しい中で、吉住さんたちも、被災した住民も日に日に負担が重くなっているといいます。

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吉住さん
「現状ボランティアも少ないし、精一杯です。コロナの恐怖や不安感があるので、そこの問題が一番難しい。」

吉住さんは、週2回、熊本県内で活動するNPOなどを取りまとめている組織、くまもと災害ボランティア団体ネットワーク・KVOADの会議に出席。被害の状況や支援のニーズについて他団体と情報を共有しています。今は、初期の緊急支援の時期を乗り越え、被害者の心のケアなど、隠れた問題が見えてくる時期に差し掛かっていました。

吉住さん
「地道に少しずつやっていくしかない。そうしないと現場に出ている人たちがつぶれちゃう。住人のみなさんもそうです。とりあえず頑張っていくしかないというのが今の状況。」

 

■行政との連携を目指す

70年以上変わらない日本の「災害救助法」

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被災地支援の調査・研究を続ける菅野拓(すがの・たく)さんは、日本の法制度そのものに問題があると指摘します。1947年に制定された「災害救助法」では、被災地支援は、国が県や市町村の協力のもとに行うとされ、70年以上経った今も変わっていません。

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菅野さん
「今も1947年に作った『災害救助法』という法律で、避難所の支援や仮設住宅などを自治体が実行することになっていますが、自治体職員が災害の対応を本気でやるのは一生に一回あるかないかです。それならば、経験がある人たちに任せるというのがひとつの答えだと思います。実際に、いろんなところで避難所の運営をしているNPOがあったり、物資の配布などは民間の流通企業がやっているわけです。」

菅野さんは、経験のある支援団体には国の公的資金を使い、継続的に活動できるようにすべきだと提言します。

菅野さん
「諸外国でもNPOの世界は3割から半分程度は行政の資金を使って運用しているんです。つまり、政府が本来やらなければならない仕事を代わりにやっているということでもあります。日本もそういう構図にしなければいけないと思います。」

 

国内の先進事例「ワン・ナガノ」

菅野さんが先進事例として注目するのが、長野県の「ワン・ナガノ」。去年10月の台風19号で住宅地にあふれた土砂と廃棄物が問題となり、県が考えた新しい支援の仕組みです。

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まず、ボランティアが住宅地の廃棄物を近くの公園などに集め、軽トラックで広い仮置き場に搬送。その後、自衛隊が地域の外に運び出します。ボランティアと自衛隊が連携することで、これまでにない早いペースで、土砂や廃棄物を撤去することができました。

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県が設立した基金から助成金を出し、NPOなどを資金面でもサポート。さらに、支援団体のリーダーを災害支援対策本部のメンバーに正式に迎え入れ、結果、NGOのリーダーからの提案で自衛隊とボランティアが連携する仕組みも生まれました。こうした取り組みが実現した背景には、県とNPOによる平時からの積極的な関係構築と連携があります。

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長野県危機管理防災課職員 古越武彦さん
「経験豊かな方たちといかにうまく連携するか、支援をいただけるかというのは、我々行政はしっかり考えないといけない。」

 

ついに実現!鴨川市との「災害協定」

千葉県鴨川市で支援活動を続ける中島さんも、行政との連携を深める努力を1年にわたり続けてきました。

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千葉市から依頼された講習会では、市内の建設業者や消防職員らにブルーシートを張る技術を伝授。地元の人たちが自ら技術を身につけることで、今後の災害に備えるのが狙いです。さらに、自衛隊の要請に応えて研修を実施。長年培ってきた自分の技術を伝え、信頼関係を築いてきました。 

そうした努力が実り、今年8月、中島さんは鴨川市と「災害協定」を締結。災害時には、市が宿泊施設などを提供するほか、必要な資材や情報を共有します。さらに、平時から住民への講習を実施するなど、相互連携を強化することが盛り込まれました。行政との連携が公式に認められ、よりスムーズに活動できるようになります。

take24.jpg 災害協定書をもつ鴨川市長と中島さん

中島さん
「今回初めて行政と災害協定を結べました。積み上げてきた連携を、改めて協定書という形で組めたことがすごくうれしいです。」

家族や仲間、被災地で出会った人々に支えられながら、中島さんの支援活動は続きます。

中島さん
「僕ひとりだけじゃしょせん力は知れているし、できることも知れているので、僕みたいなやつをいっぱい育てたいというのが今の目標です。困っている人たちの役に立ちたいというのは、たぶん死ぬまで変わらないだろうと思います。」

大切な命と暮らしを守るために、いま日本の災害支援の現場は変革の時を迎えています。