2019年08月09日 (金)林家たい平 ふるさと埼玉(秩父)を語りつくす! 後編


taihei_kao.jpg 埼玉県秩父市出身で秩父市観光大使をつとめる林家たい平さんが「みちしる」の動画を見ながら、ふるさと埼玉(秩父)の魅力を語りつくします。今回は「秩父鉄道のSL」「秩父の巡礼の道」「秩父を支える武甲山」について語ります。

<プロフィール>
 1964年埼玉県秩父市生まれ。1988年林家こん平に入門。2008年芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。落語においても明るく元気な林家伝統のサービス精神を受け継ぎながらも、古典落語を現代に広めるために努力を続け、落語の楽しさを伝えている。たい平ワールドと呼ばれる落語には老若男女数多くのファンを集めている。

■秩父鉄道のSL

<2012年放送「三峰口駅(秩父鉄道)」>

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Q 秩父鉄道のSLは、だいぶ評判になって人気のようですが、たい平さんは乗ったことはありますか?

たい平:僕は、駅長もさせていただいたり、何度もSLに乗せていただいています。ある時、自分の田舎に帰ったら町の中をSLが走ってることにビックリして、どんな町なんだってね(笑)。ちょっと驚がくの違和感というか、SLが俺の故郷走ってると思って、最初見た時はびっくりしましたね。でも、今は秩父帰ってSLを見たりすると幸せを感じたり。あとは、近くでSLを見たことがない世代ですからあの大迫力と大音量に圧倒されますね。こんな力強いものがSLだったんだという。本当に一度見に来て欲しい。首都圏から一番近くで乗れるSLですので。

Q 今やSLは貴重な観光資源でしょうけど、暮らしの中で秩父鉄道には昔から乗っていましたか?

たい平:乗ってました。この「三峰口」の4駅手前のところは「浦山口」と言いまして、そこはすごい鍾乳洞があったりとか、キャンプ場があったりだとか。だから夏はキャンプ場。そこからもう少し行くと白久(しろく)って駅があって、そこは天然のスケートリンクがあったんです。秩父の人は以前、冬季オリンピックでスピードスケートが強かったんですよ。それはそういうリンクがあったからなんですね。子供の頃は、そこまでいつもこの秩父鉄道に乗って行って、帰りは歩いて帰ってきました。だからもう秩父鉄道には思い出いっぱいですね。

Q 動画で郷土料理、「つとっこ」っていうのが出て来ましたけど、そのほかたい平さんにとっての郷土料理って、何ですか?

たい平:僕の郷土料理っていうと何だろうな。それこそ「わらじカツ」だとか、「豚肉の味噌漬け」だとか。あと一番は「しゃくし菜漬け」っていう漬物ですね。もう秩父にしかないですね。野沢菜みたいな感じなんですけど、野沢菜の悪口言ったらいけないですけど、野沢菜よりおいしい(笑)。これはもう子どものころから食べていて、うちでも親が漬けていてくれた時期なんかもありましたけど、これは最高においしいです。

Q 動画みたいに、ちっちゃいジャガイモとか山菜とか、ああいう地の物でおもてなしするというのがいいですよね。

たい平:そうなんでよね。秩父って、盆地の中でギュッと町自体が凝縮されているので、SLにしても、SLに乗るだけじゃなくて人とも触れ合えるし、鉄道マニアから山岳マニアから、あと人好きマニアから、グルメマニアまで、全ての人の心を満たしてくれる。それが秩父ですね。

 

■信仰の里 秩父 巡礼の道

<2012年放送「信仰の里」>

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Q 秩父にも巡礼の道があったんですね。お遍路さんを接待する文化みたいなのはあるんですか?

たい平:ありますね。接待所みたいなところはないんですよ。だけど、そういう精神が秩父の人たちには根づいているんです。この間も「どこそこに行きたいんですけど、どうすればいいですか?」って言った観光客に、じゃあ、連れてってやると言って車に乗せてそこまで行って、着いたら、「じゃあ、次どこ行くんだ」って言って、結局一日ガイドしてくれる人がいたり(笑)。秩父人の気質なんですよね。自分からはどうしたんですか?とか言わないんですけど、頼まれたり、話しかけられたりしたら、「どうしたんだ? 秩父のうまいもん食ったか?」 という具合に案内しちゃう(笑)。うちなんかもよく、お祭りの時に帰ると、「あの人誰?」と聞くと「知らないけど、東京からお祭りにきたって言うから、上がってもらってお酒飲んでもらってるの」なんていうのが普通なんです(笑)。「ゆっくりしていってください。」って言って。そういう、いたるところに接待の文化というか心意気が残っているんですよね。町の中に何となく、秩父に来てくれてるんだなぁというのを遠目で見ていて、話しかけられると一気にガッと。もろ差しになってそのまま寄り切っていくみたいな(笑)。

Q 実はサービス精神が旺盛なんですね。

たい平:そうなんです、楽しんで帰ってもらうために何かできるかな。って何か考えてる。

Q 動画で出てきた子どもたちの花祭り。いいお祭りですね。

たい平:神仏がすごく近いところにあるんですね。山が近い、川が近いので。やっぱり万物、よろずの神じゃないけれど、子どものころから信仰心みたいなのが秩父の人間は強いと思うんです。だから、お祭りもみんな一生懸命やるんですよね。

 

■秩父を支える武甲山

<2012年放送「武甲山」>

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Q 武甲山というのはたい平さんにとっても秩父の人たちにとってもなじみの山なんですか?

たい平:いやー、特別な存在ですね。子どものころから必ず写生とか絵を描く時には、誰もが一度ならず、二度、三度、四度、五度は武甲山の絵を描いてますしね。ただ、僕たちが子どものころからどんどん形が変わっていくので、故郷に帰るたびに寂しい気持ちになります。平日とかにサイレンが鳴ってダーンとか音がすると、「ああ、武甲山が削られた」っていうのはみんな秩父の人は知っています。動画の中の富田さんがおっしゃっていたみたいに、本当に秩父のために身を削って、秩父のために尽くしてくれてる山なんだなあと、申し訳ない気持ちにもなります。秩父を見守ってくれている位置にどーんとあるので、東京から来た友達に「町の中から見える山があんなにこう崩れていくのは、ちょっと異様な光景だな」と言われたこともあったんですが、秩父の人たちにとっては、かけがえのない山なんですよね。
 僕が東京に出て来ていつも思うんですけど、東京で暮らしてて、でも心丈夫だったのは、武甲山削ってこのビル出来てるんだなって思うと、常に武甲山に見守られて東京で暮らしてるっていう気になるんです。そういう意味で言うと武甲山にずっと支えられてきたんですよね。

Q これも本当にみんな知らないと思うんですよね。この武甲山という山の石灰が都心のビルになっている。これはすごいことですよね。

たい平:そうなんですよね。僕は昭和39年の東京オリンピックの生まれなので、まさに高度経済成長で一番、武甲山削って、インフラを整備しているころなので。そういう意味で言うと自分の成長と武甲山は常にダブってくるんです。落語家も自分の身を粉にしてというか、身を削って周りを明るく出来ればと思っているのは、やっぱりこの武甲山を見るたびに感じる事なんですよね。
 だから、武甲山は僕の一番の師匠ですよね。自分の身を削って、削られても何も言わない。痛いだ、かゆいだ、何も言わない。ただひたすらどーんとそこにいて、削られていく中で秩父の人間を見守ってくれている。そういう山なんですよね。

林家たい平 ふるさと埼玉(秩父)を語りつくす! 前編 はこちら

投稿時間:11時00分


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