2019年09月09日 (月)萩原浩司の一度は登ってみたい!日本の山「槍ヶ岳」


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槍ヶ岳

 雑誌『山と溪谷』の編集長を務め、日本各地の山々を巡ってきた萩原浩司さんが「みちしる」の動画の中から、一度は訪ねてみたいおススメの山を紹介します。今回は、北アルプスのシンボル、槍ヶ岳です。今も昔も登山者から愛される、その魅力とは?


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萩原浩司

 小学生の頃より父親に連れられて日光・那須の山々に親しみ、高校・大学時代は山岳部に所属。大学卒業後、山と溪谷社に入社し、『山と溪谷』『ROCK&SNOW』の編集長を歴任する。2013年からNHKBS1『実践!にっぽん百名山』のレギュラー解説者として出演。日本山岳会「山の日」事業委員会委員長。著書に『萩原編集長の山塾 実践!登山入門』『写真で読む山の名著』など。

槍ヶ岳(3180m/長野)

 私の槍ヶ岳初登山は高校1年生のときのことだった。それまで日光や那須の山を何度か歩いていた私は、登山経験はないが体力抜群の友人を誘って裏銀座コース(烏帽子岳~鷲羽岳~槍ヶ岳縦走)を目指すことにした。一般的な槍沢コースや人気の表銀座コース(燕岳~槍ヶ岳縦走)ではなく裏銀座を選んだのは、ガイドブックのなかの1枚の写真がきっかけだった。それは鷲羽岳の頂上で撮影されたもので、手前に火口湖の鷲羽池、中景に荒々しい岩肌をむき出しにした硫黄尾根、その奥に北鎌尾根を従えて鋭く天を突く槍ヶ岳の姿があった。北アルプスでもっとも奥深い峰から、長い尾根道をたどって北アルプスのシンボル・槍ヶ岳へ。変化に富んだ縦走コースが1枚の写真に凝縮されており、そこに強い魅力を感じたのだった。

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鷲羽岳山頂から見た槍ヶ岳。この景色が見たくて裏銀座コースを選んだ

 初めての北アルプスとなった裏銀座コースは、登山者も少なく、コマクサをはじめとする高山植物の種類も豊富で、ライチョウにも出合えた。「北アルプス三大急登」のひとつに数えられるブナ立尾根を登ったことも、西鎌尾根や槍の穂先といった岩場を歩いたことも次の自信につながった。夜行列車での入山から上高地に下山するまでの4日間は、とにかく毎日が驚きの連続であった。なかでも強い刺激を受けたのは、槍ヶ岳の頂上で北鎌尾根から登ってくるクライマーに出会ったことだった。ヘルメットをかぶり、ロープを肩に絶壁から頂上に姿を現わした彼らの姿に、思わず憧憬の眼差しを向けたものである。

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〔東〕表銀座縦走路(燕山荘付近)から見た槍ヶ岳

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〔南〕穂高連峰(北穂高岳)からキレット越しに見た槍ヶ岳

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〔西〕裏銀座縦走路(双六岳付近)から見た槍ヶ岳

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〔北〕北鎌尾根から見た槍ヶ岳。その頂は、どこから見ても鋭く尖っている

 北鎌尾根にはその後、大学で山岳部に入ってから何度も登ることになった。当時の青山学院大学山岳部は、槍ヶ岳北面の千丈沢にベースキャンプを設けて夏山合宿を計画していたため、北鎌尾根は下級生を連れて何度も歩いた。「小槍の上でアルペン踊り」も恒例の儀式。岩登りのトレーニングで登った小槍の頂上で、歌に合わせてぎこちなく踊ったものである。この3週間の合宿で、バリエーションルートを登るために必要な体力や基礎的なクライミング技術、そして状況判断力などを身につけることができた。私にとって槍ヶ岳は、北アルプスとの出会いの山であり、学びの山でもあった。

 槍ヶ岳は昔も今も登山者に人気の山である。私が編集長をつとめた山岳雑誌の読者アンケートでは、「好きな山」の第1位はいつも穂高岳か槍ヶ岳のどちらかであった。なぜそれほどまでに好かれるのか。参考までに、日本山岳会の初代会長で紀行作家としても知られる小島烏水の一文を紹介しよう。

 「余が槍ヶ岳登山をおもひ立ちたるは、一朝一夕のことにあらず。何が故に然りしか。山高ければなり。山尖りて嶮しければなり」(『槍ケ嶽探険記』より)

山が高く、尖っていて険しいから登ってみたい・・・。その単純明快な気持ち、なんとなく心に響きませんか?

投稿時間:09時55分


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