発掘ニュース

No.227

2019.03.29

音楽

古賀政男さんが歌う『ひるプレ』発掘!

1972年『ひるのプレゼント』で歌う古賀政男さんです。作曲家の古賀さんが生放送で歌った貴重なこの番組は古賀政男音楽文化振興財団から提供いただいた1本です!

『ひるのプレゼント』は1970年にスタート、20年続いたお昼の人気番組でした。しかし、生放送だったこともあり80年代に入っても保存が少ない番組です。そんな『ひるプレ』のスタートから3年目(1972年11月放送)、初期のレアな発掘です!

テーマは“涙と歌謡曲”いしだあゆみさん、美川憲一さん、井上順さんが歌い、出演者の皆さんが様々な涙の思い出やエピソードを語ります。司会は飯窪長彦アナウンサーです。

いしだあゆみさんは「ブルー・ライト・ヨコハマ」「生まれかわれるものならば」美川憲一さん「一番列車の女」井上順さん「ラブ・ソング」。24分間のバラエティー番組ですが、たっぷり音楽も聞かせてくれる盛りだくさんな内容です。

古賀政男さんの母校・明治大学のマンドリン倶楽部が演奏に彩りを添えます。

また学生服姿の慶應義塾大学応援指導部の皆さんも出演。この年、3シーズン連続で慶應義塾大学野球部が東京六大学野球のリーグで優勝、その時の映像が流れます。

応援指導部のメンバーも涙を流して喜んだと語り、「青春の涙というのは
こういう大きな感動の時に出るんですね」
と飯窪アナ。

後半のトークコーナーでは、当時、若者たちに絶大な人気を誇っていたラジオ番組『若いこだま』のディスクジョッキーの一人、馬場こずえさんも登場。(『若いこだま』では、ユーミンこと松任谷由実さんが荒井由実として活動していた頃や、村上龍さん、桃井かおりさん、甲斐よしひろさんなどもDJを担当していました。)

飯窪アナ「馬場さんのところには若い方々からのハガキがたくさん舞い込むわけでしょ?」
馬場さん「そうですハガキとか手紙とか。ハガキの方が面白くて、手紙の方はちょっと涙もろいのが多いですね。でもハガキは失恋なんかしたり、色々あるんだと思うんです、本当は。でもみじめな感じはそのまま出てこなくて、みじめなのをもう一回遊んで、自分をもう自虐的に見たりというのが多い。だからあまり女々しくない。」
飯窪アナ「馬場さん自身はどうなんですか?」
馬場さん「私はマンガ見ても映画見ても個人的なことでもよく泣きます。」

そして、いよいよ古賀政男さんの登場!

Q 作曲家をしていると、感激や感動が無くなるとお仕事続けられなくなる?
「なんでもそうじゃないですか。感激がなくなったら人生はおしまいだな、そう思います僕は。昔、われわれ日本人は、悲しくても涙を見せちゃいけない、おかしくてもゲラゲラ笑うんじゃない。これが男だといわれましたね。」

「だけど私は生まれつき泣き虫に生まれてきちゃって!あとで聞いたら、赤ん坊の時から二六時中泣いてたっちゅうから。今でもやっぱり泣き虫ですねぇ。」

Q 多感な青春時代を振り返るといかがですか?
「涙こらえてっていう青春でしたね。戦前にね、自分の青春なんてどこにあるかということをいつも語り合ったんですよね。戦争だったでしょ。絶えず駆り立てられましたからね。」

Q 今の若い人たちは恋愛の問題が日常に出てきますが、古賀さんの時代には無かった?
「今はデートっていうけど、昔は二人歩いても遠く離れて目と目で合図して歩いた時代ですからね。」

Qそれを歌に託した?
「自分の感情を出すのは嫌ですけど、人様の悲しみとか親子の話なんかを聞くと、もうたまらないですよね。そうして泣いて書いた歌はたくさんございます。」

そしてこの日、古賀さんが歌った「友あればこそ」
「戦前に曲をつくり、なかにし礼くんが昔の青春を詞に書いてくれて。青春は友達があるからこそ我々はこうして生きられるんだという歌です。人の前で歌ったことが無いんだけど…(笑)」と話した後、味わい深い歌声を披露してくれました。

最後はスタジオの全員が古賀政男さんの指揮のもと古賀さんの代表曲のひとつ「丘を越えて」を大合唱。

古賀政男音楽文化振興財団からは、このほか「夜の指定席」「あなたのメロディー」「歌のビッグステージ」などを提供いただきました。ありがとうございました!

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