発掘ニュース

No.167

2017.09.15

ドキュメンタリー/教養

『ひよっこ』大家の富さんが!37年前『若い広場』に

今回はこの方!

最終盤を迎えて毎日見逃せない朝の連続テレビ小説『ひよっこ』で、主人公のみね子たちが暮らす“あかね荘”の大家・富さんを演じる白石加代子さんです!

これは、一年ほど前に発掘された『若い広場』(1980年放送)の映像です。
そういえば桑田佳祐さんが歌う『ひよっこ』の主題歌も「若い広場」でしたね!!

37年前、この日の『若い広場』は3つのコーナーに分かれていて、一番時間が長く中心となっていたのが「利賀山房 早稲田小劇場の世界」というドキュメンタリーです。「早稲田小劇場」は劇団の名前で、白石加代子さんは団員の一人でした。

利賀(とが)とは、合掌造りの郷として知られていた富山県利賀村、現在の南砺市のこと。当時人口1300ほどでいわゆる過疎の村でした。

そこに4年前の1976年に本拠を移してきたのが「早稲田小劇場」。劇団そして劇場自体の名前でもあった「早稲田小劇場」は、もともと早稲田大学の学生演劇がスタート。新しい演劇活動の中心的存在として活躍していました。

主宰は演出家の鈴木忠志さん
「10年間、早稲田大学のそば、新宿で活動していた早稲田小劇場の契約が切れたということがありまして、新しい稽古場や拠点を探していたんです。東京だと似たりよったりで、鉄筋の地下とかコンクリートのマンションの空間になってしまうので、なんとか木造で早稲田小劇場のような感じのものはないかと。合掌造りのように、長年日本人が蓄積してきた手作りの知恵みたいな、手作りの空間であるのが、僕の芝居には合っているということでここに来ました。」

合掌造りの劇場は「利賀山房」と呼ばれ、28人の劇団員が稽古をする場所でもありました。

さらに劇場の2階のわずかな空間は…

劇団員たちの布団が敷き詰められた寝床に…。
劇場は稽古場でもあり生活の場でもありました。

劇団の看板とも言える存在として活躍していたのが白石加代子さんです。

「ここで長い間稽古をして、その場で公演をうてるでしょ。そうすると体がその空間に棲みついていて、とても役者にとっては得なことなんですね。…人の家に行った時とか、初めての場所に行った時は、体が慣れないでモジモジするようなことってあるでしょ。同じことが役者にもあるんですね。2日くらいの舞台稽古だけで新しい場所で公演をうったりするようなことがよくありますが、体が慣れなくて思うように自分のイメージが花開かないで苦心することがあるんです。」

もちろん公演の準備も自分たちで。8月下旬の3日間、稽古してきた演劇を利賀で披露します。

村までは東京から8時間!しかし観客は全国から集ります。仕事を休んでくる人も…。入場料は1日2500円。観客はのべ2000人以上、村の人口よりも多かったといいます。

初日:郷土芸能と観世栄夫の能
2日目:野村万之丞の狂言と「劇的なるものをめぐって」
3日目:「トロイアの女」など

発掘された映像に残されている白石さんの演技は、『ひよっこ』での富さんとは全く違います!特に『劇的なるものをめぐってⅡ』は強烈なインパクトです。

最終日、舞台が終わったあとは劇団員と観客が一緒になって打ち上げです!

「東京だとエレベーターで上がってきて椅子に座って、見終わるとサッと帰る。お客さんもバラバラで、やってるほうもお客さんと対話したり交流することが無い。そういうあり方だと本を読むのと同じなんですね。個室で本を読んで、読み終われば終わり。演劇が演劇であるのは、そうじゃなくて、作品も作品だけどもその前後の時間、それから場を形成した人たちとの対話がすごく大事。それが生きた時間、日常の中のちょっと非日常な時間になる。…5回目で最後ということだったんですが、僕としてはようやく出発点に立てたと考えています。」

鈴木忠志さんの言葉の通り、早稲田小劇場はSCOT(Suzuki Company Of Toga)と名前を変えて現在も利賀で活動を続けています。(白石さんは1989年に退団されています)
また利賀は、国際的にも“演劇の利賀”として知られ、世界一流の舞台芸術家が訪れる地となっています。

この番組の発掘もSCOTからのご提供です。貴重な映像を、本当にありがとうございました!

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