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みんなの選挙 記号式投票を広げて
濵本 菜々美(記者)
2023年06月22日 (木)

6月に行われた青森県知事選挙。
実は、投票用紙が2種類あったことはご存じでしょうか。
ひとつは、通常の国政選挙でも使われる候補者の名前を書く「記名式」
もう一つは、あらかじめ候補者の名前が印刷されていて、
その上に丸、もしくはスタンプを押す「記号式」です。
期日前では「記名式」、投票日は「記号式」の投票用紙が使われました。
この「記号式」は、青森県知事選挙では50年以上前から使われていますが、実は全国的には広まっていません。
条例を制定した自治体の選挙のみ導入可能です。
去年12月時点で総務省がまとめたデータによると、知事選挙で採用されているのは全国5つの県のみとなっています。
候補者名の書き間違いなどの無効票を減らす効果も期待されてきたこの「記号式」ですが、実は障害のある人から、この記号式投票をもっと広げてもらいたい、という声があがっています。
文字のつづりが浮かばない
青森市内に住む岡田充弘さん(58)。
妻の理砂子さんと愛犬のプリンと3人で暮らしています。
岡田さんは、およそ10年前に脳卒中を発症し、失語症と診断されました。
文字の練習のため、一行日記をつけることが日課だという岡田さん。
日記帳に「NHKの取材」と書こうとしましたが、「H」というつづりが浮かびません。
妻の理砂子さんの手助けを受けながらスマホで検索し、画面を見ながら文字を書き写していました。
失語症は、「読み」「書き」「話す」「聞く」のすべてに何らかの影響が出る障害で、岡田さんの場合は、相手の言っていることが一度では理解が難しかったり、話したい言葉がうまく出てこなかったりします。
今回の取材も妻・理砂子さんに手伝ってもらいながら、時間をかけてすすめました。
理砂子さん
「なかなか私の言った言葉を拾うのも大変なんですよ。我慢比べですよね。毎日起きることは前のページを見て、『散歩』とか『リハビリ』とか見ながら書けるんですけど。新しいところに行った時はチラシとか箸の袋とかを持ってきて、『きょう、ここでご飯食べた』ってそれを見ながら書くんだよね」
失語症に加えて、病気の後遺症で右半身にまひがある岡田さん。
書くことにも難しさがあります。
利き手だった右手を使わずに、
左手だけで紙を押さえながら文字を書かなくてはなりません。
「選挙は社会参加の1つ」
岡田さんは、病気になった後も欠かさず投票を行ってきました。
その思いを妻の理砂子さんとともに次のように話してくれました。
理砂子さん
「選挙は社会参加の一つだと思うので。たとえ字が書けなくても、しゃべれなくても大事な一票だよね。」
岡田さん
「うんうん。」
濵本(記者)
「選挙には行きたいですか?」
岡田さん
「行きたい。」
文字にすると短い答えですが、表情には力がありました。
「(選挙に)行きたい」という言葉も自らの意思を絞り出すように話していると感じました。
岡田さんが投票に行く前に必ず、準備しているものがあります。
それは、投票先を記したメモです。
投票用紙に正しく書けるようにと、選挙公報を見ながら候補者の名前を書き写していきます。
投票所では、このメモに書かれた名前を投票用紙に書き写すことで自分の意思を投票に反映してきました。
記号式の方が投票しやすいけど
国政選挙では「記名式」のため、このメモの準備が欠かせませんが、今回の青森県知事選挙は、「記号式」と「記名式」の2つの選択肢があります。
岡田さんにとって、「記号式」と「記名式」の投票用紙、どちらが投票しやすいか、理砂子さんの助けを借りながら、仕組みを絵に描いて、聞いてみました。
岡田さんは、それぞれの絵を指さしながら、ゆっくりと話しました。
岡田さん
「これ(記号式)がやりやすい。これ(記名式)がやりにくい。」
岡田さんが選んだのは、印刷された候補者の名前の上に○印をつけて投票する「記号式」でした。
しかし今回、岡田さんは、「記名式」となっている期日前投票を選ぶことにしました。
理由は、投票日に開設される自宅近くの投票所は、土足のままでは入れないからです。
右半身にまひがある岡田さんは、立ったまま靴を脱いだり履いたりすることも難しいといいます。
このため、書くのが簡単な記号式投票より、靴を脱がずに投票できることを優先したのです。
期日前投票所で投票する様子も取材させてもらいました。
岡田さんは、記載台で時間をかけながら名前を書いて、投票を済ませていました。
妻の理砂子さんからの「ちゃんと書けた?」との呼びかけに、岡田さんは「書けた」「大丈夫」と笑顔で応じていました。
そして、次の選挙にも「行く」。そう強く話してくれました。
「記号式」は投票日、「記名式」は期日前投票
さて、岡田さんが希望した「記号式」は投票日当日のみで、期日前投票では「記名式」となっています。
理由は投票用紙の印刷が間に合わないからです。
期日前投票は、原則として告示日の翌日から始まります。
告示日の午後5時に立候補の届け出が締め切られてから、候補者全員の名前を印刷して青森県内の40市町村に運ぶのは難しいのです。
このため、期日前は「記名式」、投票日は「記号式」となっています。
また、県選挙管理委員会によりますと2022年12月31日現在で、県知事選挙に加えて、県内では八戸市や三沢市など22の自治体が首⻑選挙で記号式投票を実施しているということです。
一方、投票所に靴を脱がなくてもそのまま入れるようにする、いわゆる「土足化」ですが、青森市の選挙管理委員会も対応する施設を増やそうと動いてきました。
6月に実施された知事・市長選挙では、108か所ある投票所のうち54か所、ちょうど半分の投票所が「土足化」に対応していたといいます。
ただ、岡田さんの家の近くにある投票所も含めて、床が畳やフローリングになっている施設もあり、すべての施設を土足対応にするのが難しいのが現状だということです。
取材後記
「字が書けなくても、しゃべれなくても、大事な一票」。
理砂子さんの言葉が印象に残っています。
神奈川県出身の私は、今回の取材で初めて「記号式投票」を知りました。
無効票を減らすだけでなく、岡田さんのように字を書くのが難しい人にとっても、メリットがあるものだと感じました。
投票用紙の印刷や運搬などで自治体の負担が増す側面もありますが、1人でも多くの民意を政治に反映するために、もっと広がってほしい取り組みだと思いました。
靴を脱ぐことや文字を書くことなど、思わぬところにある投票への壁。
障害のある人にとっての難しさを想像し、ひとつずつ解消していくことが大切だと思いました。
投票をする上でほかにどのような壁があり、その解決策はないのか。
取材を続けていきたいです。