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【NHK】日本の安全保障に影響も?アメリカ軍 三沢基地のACE訓練を独自取材

執筆者浅井遼(記者)
2022年12月16日 (金)

【NHK】日本の安全保障に影響も?アメリカ軍 三沢基地のACE訓練を独自取材

「いつも見ている北東アジアの地図を逆さにして見てください」。

私(浅井=記者)がNHK入局前に勤めていた防衛省で、入省時のある研修で言われたことです。
周辺国の視線で日本を見るというのが、その目的でしたが、確かに地図を逆さにして見るとロシアや北朝鮮、さらに、中国が太平洋側に出ようとする際、日本列島は「防波堤」のように存在しているのがよく理解できたと記憶しています。

青森の重要性

青森県の三沢基地

その日本の北に位置し、日本海と太平洋をつなぐ津軽海峡もある青森県の三沢基地は安全保障を考える上で重要な存在と言えます。
三沢基地には、最新鋭の戦闘機が配備されている航空自衛隊があるほか、アフガニスタンやイラクで作戦を遂行した経験を持つF16戦闘機を主とするアメリカ空軍の第35戦闘航空団などが駐留しています。
三沢市の郊外には本州では唯一、空から地上への射撃や爆撃の訓練が行える三沢対地射爆撃場があり、三沢基地の所属ではない航空機も訓練を目的にたびたび飛来します。

また、青森県には各地に自衛隊やアメリカ軍の基地や関連施設が点在しています。自衛官の最上位の階級は「将」と言いますが、陸海空の自衛隊の「将」がそろっている都道府県は、実は東京と青森県だけなのです。

津軽海峡を通過する軍艦

防衛省によると2021年10月、中国とロシアの軍艦が初めて同時に津軽海峡を通過しました。また、2022年10月にはミサイルが県内の上空を通過したとされるなど、北朝鮮はミサイルの発射を続けていて、青森県でも「安全保障環境」が厳しさを増していることを実感しました。

エースって何だ?

ACEの正式名称は「Agile Combat Employment」

私は防衛省時代に、青森県では唯一、三沢基地を訪れたことがあり、その縁もあってか、2019年の夏からNHKの三沢支局に勤務しています。
日々のアメリカ軍三沢基地の取材を通じて最近、特に聞くことが多くなった単語があります。それは「ACE」です。基地の司令官が交代するごとに記者会見がありますが、そこでもこのACEに言及していました。

「エースって何だ?」・・・。
この疑問が今回の取材をはじめるきっかけでした。

ACEの正式名称は「Agile Combat Employment」。

日本語に訳すと「機敏な戦力の展開」という意味で、アメリカ空軍が2018年から採用している戦略概念です。

これまでアメリカ空軍は、安全が確保された基地から航空機を飛ばし作戦を遂行することを想定していましたが、2022年夏に公開されたACEの指針書は「基地は、もはや敵の攻撃を避けられる聖域ではない」と言い切っています。

背景には、昨今のアメリカを取り巻く安全保障環境の悪化があるでしょう。
そして、基地が使えない状態になっても迅速に部隊を移動させて作戦を実行に移す必要性を強調し、各基地でもACEに関連する訓練を実施するよう求めています。

実際、アメリカ軍三沢基地のHPなどを確認してみると、数年ほど前から関連する訓練を実施しているようです。

これまでのアメリカ空軍の戦略を大きく変化させるかも知れないACE。
日本の安全保障にも影響を与える可能性もある現場をぜひ取材してみたい。
早速、アメリカ軍に取材を申請しましたが、作戦の運用に関することでなかなか許可は下りません。

しかし、交渉すること約1年。
ついに訓練の現場を取材することができたのです。

ACE訓練を独自取材

訓練の様子

2日間の日程で行われた訓練は、「ミサイルなどの攻撃を受けて三沢基地の滑走路が正常に使えなくなった」という想定で、アメリカ軍の兵士およそ130人とF16戦闘機12機を動員して始まりました。

三沢基地と百里基地

初日は、三沢基地を早朝に出発して約500キロ離れた茨城県の航空自衛隊百里基地に陸路で移動したのち、兵士らは同じく基地から運搬してきた大型のコンテナなどの資材をトラックから降ろしていました。

ここで、報道対応の兵士が訓練について解説してくれました。

「作業している兵士に注目してほしい。ふだんの職種にかかわらず、迅速に目的を遂行するため全員で作業するのが、このACEの特徴の1つだ。例えば彼は、基地内の警備を担当していて、ふだんは、このような任務には関わらない」

確かに職種を示す肩についたワッペンを確認すると、警備要員だったり電気系統の担当者だったり、さらには兵器を扱う兵士も・・・。

有事には、部隊の迅速な展開に向け職種に関係なく総動員を行う。
役割がしっかり分担されているアメリカ空軍においては、かなり大きな変化のように思えました。

通信用のアンテナ

訓練は続きます。

通信用のアンテナや発電機なども配備して部隊の展開に備えたほか、滑走路では小石や砂利などを拾い上げる専用のマットが付いた車両を使うなどして戦闘機が離着陸できるよう整備を行う手順を確認していました。

F16戦闘機

訓練2日目には三沢基地に配備されているF16戦闘機が次々と着陸し、有事に備えた即応態勢を確かめていました。

訓練に参加したF16戦闘機のパイロット、マンスフィールド大尉がインタビューに応じ、訓練の意義を強調しました。

F16戦闘機のパイロット キース・マンスフィールド大尉

「この訓練はわれわれアメリカ軍の能力を高めるだけでなく、航空自衛隊と経験を共有し連携を深める上でも重要だ」

実際、マンスフィールド大尉が言及したように、2日間の訓練を終えたアメリカ軍の部隊はその後も百里基地にとどまり、翌日から9日間、航空自衛隊と共同訓練を実施しました。 

このようなことから、大枠では①ACEの構想に基づき迅速に部隊を展開したのち、②日米で作戦を遂行するという一連の流れを確認するための訓練だったのかも知れません。 

日本周辺の安全保障環境

そもそも、アメリカ空軍はなぜACEという戦略概念を採用し、訓練を重ねているのでしょうか。

知り合いの防衛省の元関係者から荒木淳一さんを紹介してもらいました。

荒木さんは、航空自衛隊の階級では最上位の「空将」まで務めた元幹部自衛官で、アメリカ空軍士官学校やアメリカの大学の研究所などで学んだ経験もあるアメリカ通。ACEについても「日本で一番詳しい」という第一人者です。

早速、ACEを採用した背景について聞きました。

航空自衛隊 元空将 荒木淳一さん

「北東アジアにおいて、相対的に中国の軍事的な能力が優位な状況になっている。その厳しい中にあっても、可能な手段をすべて尽くしてアメリカ軍の軍事力の中核である航空戦力を適切に発揮したということで、このACE構想が出来上がったと認識している」 

では、なぜ三沢基地が狙われる可能性があるのかというと、アメリカ軍を狙おうと思ったら戦闘機が飛び立って攻撃される前に、先制攻撃をしてしまうのが一番効率がいいとされているからなのです。

そこで荒木さんに率直に聞いてみました。
「中国や北朝鮮は三沢基地を攻撃する能力がありますか?」・・・と。

荒木さんは三沢基地の重要性について強調した上で、次のように述べました。

「三沢基地は核となる航空戦力を発揮する重要な基盤であり、冷戦後も戦略的な意義は変化せずにある。中国や北朝鮮が三沢基地を攻撃できる能力があるのかということに関しては“あります”。三沢というか日本全土が射程の中に入っているので攻撃される能力は十分に有している」

また、荒木さんは、北東アジアにおいてアメリカ軍の優位性が相対的に低下している中、日本をはじめとする同盟国との協力や連携が非常に重要となっていて、航空自衛隊もアメリカ軍と共同でACEの構想に基づいて訓練を重ねる必要があると指摘していました。

その上で、今後、日本の民間空港を活用する可能性も想定して、関係自治体などと事前に議論を深めることが大切だと話していました。

編集後記

日本から遠く離れたウクライナでは、ロシアによる侵攻で一般市民を含め多くの人が亡くなっています。
インタビューした荒木さんによりますと、アメリカ空軍では最近、ACEの構想について対ロシアを念頭に、ヨーロッパに駐留するアメリカ軍の基地でも取り入れ訓練を実施しているといいます。

では、NATO加盟国などヨーロッパに脅威となっているロシアは日本にとって遠くの国でしょうか。そうではありません。北東アジアの地図を逆さにして見ると、青森県を中心に北日本を包み込むように存在しています。
日本を取り巻く安全保障環境が変わっていく中で、青森県内にある基地や関連施設の重要性はいっそう高まっています。
航空自衛隊三沢基地では最新鋭のF35戦闘機の配備が着々と進んでいるほか、2022年12月15日には無人偵察機グローバルホークの運用部隊も発足しました。また、海上自衛隊八戸基地では海上保安庁の無人航空機が運用を始めるなど、この傾向は今後も続くとみられます。

一方、三沢基地に隣接する地区では長年、騒音問題に悩まされ早期の集団移転を求める住民もいます。基地機能が増強される過程において、地域住民の声に耳を傾けない場合、三沢市が掲げている「基地との共存共栄」も実現できなくなりかねません。騒音問題など基地を取り巻く地域の課題もまた、安全保障問題の1つといえるであると思います。 

フェンスの中から初めて見た三沢基地を、今は記者としてフェンスの外から取材して4年目となります。
安全保障というなかなか難しいテーマですが、今後もフェンスの中の出来事も外の出来事も取材を続け、きめ細かく報道していきたいと思います。

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